イタリアの原子力発電再開の是非を問う国民投票では、投票者のうち95%が原発の凍結を望んでいると報道しています。
でも、それは投票率が50%に達せずに国民投票が成立しないかのどちらかのそのような結果になるはずだってわからないのでしょうか。
我が国の国民投票の方法を決める際にも、投票率50%の縛りをつけるかつけないかですったもんだしたように記憶しています。
国民投票を成立させたくない側は、投票率50%の縛りをつけることを望んでいたのです。
イタリアのように投票率50%の縛りがある場合、原発の凍結を望んでいない人たちは、原発再開の凍結を望まないと投票するよりも、投票をせず投票率が50%に達しないことを狙ったほうが簡単なのです。
つまり、投票に行くのは原発の凍結を望んでいる人たちだけなので、投票者のうち95%が原発の凍結を望んでいる、という結果になるのです。
それがわかっていれば国民投票の結果を伝えればいいだけのことで、95%が原発の凍結を望んでいるとするのは正しくないと思うのです。
でも、それは投票率が50%に達せずに国民投票が成立しないかのどちらかのそのような結果になるはずだってわからないのでしょうか。
我が国の国民投票の方法を決める際にも、投票率50%の縛りをつけるかつけないかですったもんだしたように記憶しています。
国民投票を成立させたくない側は、投票率50%の縛りをつけることを望んでいたのです。
イタリアのように投票率50%の縛りがある場合、原発の凍結を望んでいない人たちは、原発再開の凍結を望まないと投票するよりも、投票をせず投票率が50%に達しないことを狙ったほうが簡単なのです。
つまり、投票に行くのは原発の凍結を望んでいる人たちだけなので、投票者のうち95%が原発の凍結を望んでいる、という結果になるのです。
それがわかっていれば国民投票の結果を伝えればいいだけのことで、95%が原発の凍結を望んでいるとするのは正しくないと思うのです。