東京・新宿の路地裏。
深夜0時から朝7頃までやっている食堂である。
とくに屋号はなく「めしや」という古びた暖簾がかかっている。
店主のこだわりを感じさせる落ち着いた雰囲気。
前々からこんなうらぶれた店で飲んでみたいと思っている。
常連客は「深夜食堂」と呼ぶ。
壁のメニューは名物の「豚汁定食」だけだが
客が食べたいものがあればマスターは何でもつくってくれる。
場末のちっぽけな食堂だが結構にぎわっている。
この大都会の宿り木のような店で
毎回、客たちの悲喜こもごものドラマが繰り返される。
マスターはこの人である。
本名、素性、経歴ともに一切不明の謎の人物である。
左目の上に「いかにも」という切り傷の跡があるがこれも謎である。
客に決してベタベタせず、といって不愛想でもなく
誰もに慕われる人徳のようなものがある。
このマスターを中心に客たちのせつなくもの悲しい
人情ドラマが毎回繰り返されるのであるが
もう一つのドラマが料理である。
この日はスパゲティーであった。
アツアツに熱した鉄板の上にのって下には卵を敷き詰めた
古き良きスパゲティーナポリタン。
懐かしさのあまり思わず涙がこぼれそうになった。
大の卵好きの私にはたまらないメニューだ。
昔はみんなこうだった。
玉ねぎ、ピーマン、ウィンナーの食感が
茹でた麺のケチャップ味と混然一体とからみあつて
ハフハフ言いながらかっ食らうのがナポリタンの常道だった。
最近のナヨナヨした「パスタ」なるものは何だ!
あんな軟弱な屁もでないような食い物はスパゲティーではない!
ああ、懐かしの鉄板スパゲティーが食べたい!
などと興奮してしまったが・・・
深夜、眠られぬままネットで「深夜食堂」を見ていたのである。