こうして1軒のバーの調理を任されたものの、お酒を飲むことを主とした場合の料理、、
今までとは全くちがうものでした。
そして調理場もカウンターの中、IHコンロと電気オーブンのみ。
屋上で燻製をかけたり、倉庫でアイスクリームを作ったりと試行錯誤しながら1年半が過ぎ常連のお客様もついてきました。
「もうちょっと大きな厨房でやってみない?」
社長からのありがたいお言葉でした。
火力の強いガスコンロとオーブンで仕込みがしたい。
その時はその思いだけで、そこでどれだけ売り上げが出せるのかとか、スタッフはどうするかなんてほとんど考えていませんでした。
会社を辞めた今、社長は「あそこであの店をやるっていうとは、正直思わなかったんだけどさ」と笑って言います。
人を使ったことがないコックが、いきなり席数50、立食ならば100名入ってしまう店の
調理一切を任せてもらえたわけです。
おまけに厨房には初めて見る立派なグリル板。
この日から4年間、わたしはここの広い厨房をパタパタとかけずりまわり、自分の料理の
核を作ることができたのです。
この会社でもう一人の偉大な魔法使いと出会うことができました。
その魔法使い、総料理長はその広い厨房での仕事をいちから私に教えてくれました。
わたしのような甘い考えでやっていける店の規模ではありませんでした。
それでも自分が「おいしい」と思う料理のスタイルはゆずれない。
それでは時間がかかる。お客さんに迷惑がかかる。。
いろんな葛藤もありましたが、彼は一度も私の考えを否定せず、それでも
多くの皿を作ってゆく、作ってゆかなくてはならないプロの仕事というものを私に教えてくれました。
今でもその総料理長は私に「料理するのに一番大切なのは愛やなあ」といって笑います。
料理は愛だという最初の師匠の教えと、愛を込めるために技術が必要なのだという
教え、この二人の魔法使いによって私は育てられました。
サービスの仲間にも支えられ、常連のお客様もできました。
つらいことも楽しいこともたくさんありました。
新人も入ってきます。
他の店舗の料理長と自分を重ねてみたときに、やはり違う。
「あの人は仕事できるよね」ではなくやはり「あの人の作る料理はおいしいよね」
そういわれたい。。それだけでいい。
そう思ったときに、辞めようと思いました。
自分を大きく成長させてくれた会社、いつも助けてくれた仲間から離れてパン屋で
修行を始めて1年。
どうしても料理がしたい。
お客さんに食べてもらいたい。
お客さんの「おいしい」が聞きたい。
気持ちがおさえられなくなったとき、移動販売というスタイルにたどりつきました。
商品を何にするかはあまり迷いませんでした。
初めて飲んだ魔法使いのかぼちゃのスープ。
寒い市場から帰ったあと、飲ませてもらったあのあったかいスープ。
それでいこう!
前の会社の社長に話してみました。
「作れるよ、自分で。手伝うからやってみようよ。」そういってくださいました。
このとき背中を押してもらったんだと思います。
車の入手から改造、社長とともに助けてくれたのは1年前に辞めたその会社で、車の整備や修理、なんでもこなしていたメカニックの人。
在職中から、私の車をずっと見てもらっていた人なのですが、
なるべく外装がそのまま使える車を。。というと、あっという間にこの相棒となる1台にたどりつきました。
そこからは、社長と、そのメカニックの人、その仲間の方が
車のことをなんにも知らない私を手伝ってくれて、時には「私、何もしてないなあ」というくらい
着々と車を仕上げてくださいました。
お店の看板ともなるロゴはフランス料理店で一緒に働いていた仲間が書いてくれました。
たくさんの人に助けられ、やっと今出発進行となったわけです。
この大事な相棒。
たくさんの人のあったかい応援でできあがった、世界で一台の私の宝物です。
いつか自分の店を開くんだったら、、と決めていた店名
「le petit magicianne」 フランス語で「ちっちゃな魔法使い」
どこへいってもちっちゃい、ちっちゃい、、といわれる私の店だから「ちっちゃい」は
はずせないわけで、、まだまだ未熟である意味あいもこめられているわけです。
移動販売ではわかりやすさも大事なので、悩んでいると
信頼する兄貴とボス(総料理長)が「そのまま日本語にすりゃいいじゃん。魔法使いのスープ屋で。」
というわけで 「まほうのすうぷ屋」ができあがりました。
まだやっとスタートラインです。
一人でやっていくのは不安がいっぱいです。
でも応援してくれる、助けてくれる仲間がたくさんいるから
その人達にも、そしてこれから出会うたくさんの人達にも
いっぱいの「愛」が届けられるように、小さな相棒と一緒に走って行きたいと思います。