思惟石

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『海松』海沿いの小さな家が欲しい!

2020-08-26 14:04:55 | 日記
稲葉真弓『海松(みる)』。
「海松」、「光の沼」、「桟橋」、「指の上の深海」
4つの短編が収録されています。
表題作と「光の沼」は同じ主人公のお話し。
後半ふたつは、ダメ恋愛女子の自分語りなので、一段落ちますが、
前ふたつが最高に良い。すごく良い。

東京でずっと暮らしていた40代独身女性が、
「オスの雉がぽつねんと歩いているのを見た」
ことがきっかけで、半島の崖沿いの土地を買い、
家を建てる。

それまでは、地元愛知を出て、東京のマンションでひとり
働き、暮らす。20年間。

いつの間にか「わんさといた友人たち」は
海外勤務やら結婚やら病気やらでいなくなり、
死に別れた友人も少なくなく。
主人公は東京の暮らしに行き詰まるというか、
息が詰まっちゃったというか。
いきつけのバーで泥酔したり
独り帰ったマンションでクチナシの苦しい夢を見たり。

わかる。
私はすでに東京を離脱してしまったけれど、すごくわかる。
24時間ぜんぶ自分のもので、
働くのも遊ぶのも食べるのも好きにできて
ものすごく自由で、ふとした瞬間に、ものすごく孤独なんだよな。

ただ、人生で過去にちょっとだけ戻れる魔法が使えるなら、
私は、こども時代でも青春時代でもなく、
20代に東京で一人暮らしして
好き放題にワーカホリックして呑んだくれて
狭いマンションで生きていたあの頃に戻ります。
まあ、一泊二日くらいで十分です!おねしゃす!

そんな感じで、私は東京の暮らしが好きだった。
仕事も好きだった。
多分、主人公の女性も同じで。
その先が見当たらなくて行き詰まって。

主人公は40代で志摩半島の家を買った。
東京と行き来する暮らしが日々のモチベーションになった。
一歩踏み出した。

とはいえ数年経つと、やっぱり半島での暮らしも
ちょっとずつ変わるようで。
不変なんてない。

「あしたお天気さえよければね」と言いながら
行かないままの灯台に行って、時間との折り合いをつけねば。
わかる。

私もそんな小さな家がほしい。

『海松』もいいけど、『光の沼』も最高に良い。
表題作で、第34回川端康成文学賞(2008)受賞。
コメント
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