うてん通の可笑白草紙

江戸時代。日本語にはこんな素敵な表現が合った。知らなかった言葉や切ない思いが満載の時代小説です。

かってまま

2012年10月14日 | 諸田玲子
 2007年6月発行

 不義の恋の果てに生を受けたさいは、江戸を襲った大火をきっかけに、数奇な運命を歩み始めるのだった。  
 出会った人々の心を揺らしつつ、さいの謎めいた人生が時を駈ける。さいの半生を綴った七つの物語。

かげっぽち
だりむくれ
しわんぼう
とうへんぼく
かってまま
みょうちき
けれん 長編

かげっぽち
 郎党だった実父が獄死した伊夜は、成島家の好意で育てられた。その恩義もあり、成島家の娘・奈美江が不義の子を身籠ると、その代役として、孤児で郎党だった丈吉と夫婦になり、さいを引き取り市井に暮らしていた。
 だが、ある火事の夜、奈美江が現れた事により、押さえていた奈美江と丈吉への疑惑が深まる。

主要登場人物
 さい(0歳)...丈吉、伊夜の養女
 伊夜...丈吉の女房、元旗本成島家の下女
 丈吉...絵師、元旗本成島家の郎党
 奈美江...才右衛門の娘 旗本・新御番組の妻女
 成島才右衛門...旗本・御納戸組頭
 (願哲 小石川正行寺の修行僧)

だりむくれ
 ひとり娘を亡くし、遊び人の亭主に売られて、場末の飯盛旅籠で遊女にまで落ちたかやは、さいと出会い、我が子を思い出す。同時に、さいの父親の丈吉に思いを寄せるが、ある日、さいの器量に目を付けた飯盛旅籠の主の企みで、さいが勾引される。

主要登場人物
 さい(7歳)...丈吉、伊夜の養女
 丈吉...絵師、元旗本成島家の郎党
 かや...南品川宿の飯盛女
 耕太...かやの亭主、遊び人
 (喜兵衛 内藤新宿の分限者)

しわんぼう
 丈吉の遺言で旗本・成島家を頼ったさいだが、奇しくも成島家は代替わりしており、さいは、質草として鶴亀屋へ預けられていた。
 そこに、浪人・添田慎右衛門が子猫を質草に持ち込む。そんな風変わりな慎右衛門と心を通わせるさいが、ある日行方不明になり…。

主要登場人物
 さい(10歳)...おすみ、初五郎の養女
 おすみ...小石川富坂町質屋鶴亀屋の内儀
 初五郎...おすみの亭主
 添田慎右衛門...浪人、富坂町庄衛門店の店子
 (成島城太郎...旗本・御納戸組頭、奈美江の異母兄)

とうへんぼく
 仕立て直しを生業とするおせきは、ひとりむすこを佐渡送りにした岡っ引きの利平の鼻を明かす為、わざと人目の集まる縁日で巾着切りを働いていた。
 そのおせきの元に転がり込んださい。そこへ、佐渡から集団島抜けの噂が伝わる。

主要登場人物
 さい(14歳)...おせきの居候
 おせき...仕立て直し、巾着切り、平川町獣店の店子
 利平...平川町の岡っ引き
 願哲...僧

かってまま
 家事もおざなり、勝手気ままに暮らすおらくの隣に、さいが越して来た。おらくはさいと、姉妹のように仲良く過ごすが、次第に乙吉とさいの仲を疑うようになる。さらに、長屋に出入りする豆腐屋が殺され…。

主要登場人物
 さい(16~17歳)...本所荒井町の住人
 おらく...乙吉の女房、本所番場町油屋の娘
 乙吉...大工
 (鬼門の喜兵衛...盗賊の頭領)

みょうちき
 非情な盗賊の頭領・喜兵衛の妾腹の娘・みょうは、男のようななりと言葉遣いで、傍若無人に振る舞っていた。
 だが、痩せ衰え、喜兵衛の手下に手酷い傷を負わされた旅の僧・願哲を助け、匿っていた。
 ある日、みょうの前に喜兵衛の妾のさいが現れ、願哲は喜兵衛へ仇討ちをすると告げる。

主要登場人物
 さい(20歳)...喜兵衛の情婦
 みょう...喜兵衛の娘
 喜兵衛(鬼門の喜兵衛)...内藤新宿質屋の主、盗賊の頭領
 願哲...僧、喜兵衛の実弟

けれん
 四世鶴屋南北作の「お染久松 色読販」が、岩井半四郎の七変化と共に大当たりとなっていた。その件のお六とは、鶴屋南北こと俵蔵が、二十年前に恋した相手であり、さいの事であった。
 一人前の狂言作者になったら舞台を見に来ると言い残し、姿を消したお六(さい)の姿を、鶴屋南北は今日も探す。

 お六(さい/(30代回想、50代)...吉原土手引手茶屋の女将
 四世鶴屋南北(俵蔵)...狂言作者
 お吉...俵蔵の女房、三世鶴屋南北の娘
(鬼門の喜兵衛...盗賊の頭領)

 これは、「まいった」。
 複雑に入り込んだ群像劇と、その人々の巡り合わせを、さいを軸に描き切り、幕引きは鶴屋南北が担ったさいという女性の数奇な半生を辿った大河小説である。
 物語はさいの視線から描かれているのではなく、その時、その場所で生きる市井の女性の抉るような心根で進んで行くので、二章までは短編集だと思い読み進めていた。
 頁をめくる度に、登場人物の名前が重なり、長編であると気付くくらいに、章毎にも読み応えがある。
 三章の「しわんぼう 」辺りからは、切なさが胸に沁みる話になり、人生の割り切れない定めを思い知らされる。
 また、きらめくばかりの美しい少女だったさいが、頭像の首領の妾になっていた時には、頭を強く打たれた思いだったが、身寄りもない女ひとりであれば、それも自然な流れだったのだと思うと、庇護者がないさいの身の上に胸が詰まる思いだ。
 この物語をさいという女の転落劇と読むか、復讐と見るか、市井の女たちの心を写し出した作品か…。
 多岐に渡る角度から、個人の解釈で読み事が出来るが、私は、仇討ち物語としたい。
 「しわんぼう」の添田慎右衛門、「みょうちき」の願哲の潔い生き様と、「けれん」のお六(さい)の仇討ちが印象的だった。
 また、「だりむくれ 」のかやの台詞に、「…考えることをやめてしまえば怖いものはない。這い上がろうとあがきさえしなければ、日々はたらりたらりと流れてゆく」といった一節がある。悲しくも深い言葉だ。
 これ程までも緻密に練られたプロットに、本を閉じ、しばし呆然とした。



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曾根崎心中

2012年10月14日 | ほか作家、アンソロジーなど
角田光代(原作/近松門左衛門)

 2011年12月発行

 人形浄瑠璃・歌舞伎有名な近松門左衛門作の「曽根崎心中」を、角田光代さんが現代風にアレンジ。初と徳兵衛の悲恋を綴る。

曾根崎心中 長編

 幼くして京の島原に売られた初は、故意か事故か、姉分の遊女によって太腿に酷い火傷を負ってしまう。
 その為、格下の堂島新地へと宿替えになったが、そこで、運命の徳兵衛と出会うのだった。
 互いに強く引かれ合う二人は、夫婦の約束を交わし、その日を夢見るが、徳兵衛に奉公先の縁者との縁組みが持ち上がり、しかも、徳兵衛の意思に反し継母が、持参金を貰い受けてしまった。更に、その金は周到な悪巧みに寄って九平次の手に。
 九平次にはめられた徳兵衛は、罪人として追われる身となり、初と徳兵衛は旅立つのだった。

 余りにも有名な「曾根崎心中」だが、遊女の心中劇としか認識がなかった。どうして二人が死を選ばなければならなかったのかが、分かり易く描かれている。
 物語は、初の視線から描かれているが、遊女が外の世界に焦がれる様子が、奇麗な情景描写で、徳兵衛を思う気持ちが狂おしい程に描かれている。
 小説ではあるが、まるで舞台を見ているような物語で、さすがに現代まで続く近松門左衛門の才能に感化した。現在よりも遥かに身近であった江戸の人にはたまらなかっただろう。
 原作の「此の世のなごり。夜もなごり。死に行く身をたとふれば、あだしが原の道の霜」を角田氏は、「星も最後、夜も最後。目に映るもの、ぜんぶ最後」と表現している。いずれにしても、死を覚悟した者のこの世の最期を現すには深い文である。
 近松門左衛門作と聞くと、難しく考えるかも知れないが、角田光代氏が万人にも分かり易く、かつ情感は損ねずに書いている。

主要登場人物
 初...大坂堂島新地天満屋の遊女
 徳兵衛...醤油問屋平野屋の手代
 九平次...油屋の若旦那
 島...天満屋の元遊女
 小春...天満屋の元遊女
 かめ...天満屋の下働き
 加島屋...紀伊の商家の主

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