うてん通の可笑白草紙

江戸時代。日本語にはこんな素敵な表現が合った。知らなかった言葉や切ない思いが満載の時代小説です。

ばんば憑き

2012年07月06日 | 宮部みゆき
 2011年2月発行

 強い恨みの念を抱いた亡者が人の魂を食らい尽くしてすっかり成り代わってしまう、ばんば憑き始め、亡者の恨みに翻弄される人々の切なくもあり、悲しくもあり、また哀れでもある話。人の心に巣喰う、江戸の怪奇短編集。

坊主の壺(つぼ)
お文(ふみ)の影
博打眼(ばくちがん)
討債鬼(とうさいき)
ばんば憑(つ)き
野鎚(のづち)の墓 計6編の短編集

坊主の壺(つぼ)
 ころりで家族を失ったおつぎは、世話になったお救い小屋を建てた材木商の田屋重蔵の店の奉公人になった。ある日、重蔵が広げた掛け軸に描かれた、壺の中に肩まで収まった奇妙な僧侶の絵を目にする。
 妖に見入られた奇妙な話であるが、結果も悲壮ではなく決して後味は悪くない。

主要登場人物
 田屋重蔵...深川田町材木問屋の主
 田屋小一郎(4代目重蔵)...重蔵の嫡男
 おつぎ...深川北六間掘町飯屋の娘→田屋の奉公人→4代目重蔵の妻

お文(ふみ)の影
 影踏み遊びに高じていた子どもたちを、見守っていた佐次郎は、三吉の動向が気になり目を凝らすと、子どもの数より影がひとつ多い事に気付き、早々土地の岡っ引きの政五郎に、剛衛門長屋の謂れを尋ねるのだった。
 「ぼんくら」シリーズのレギュラー政五郎と三吉(おでこ)が、謎解きにひと肌脱ぐ。また、この政五郎親分は、「あやし」に収録されている「灰神楽」に登場する政五郎と同一人物でもあった事が発覚。すると「初ものがたり」の茂七親分は、やはり「ぼんくら」シリーズのその人であったか。
 切ないと言うか悲しいと言うか哀れと言うか、政五郎の女房(お紺)同様、席を立ちたい思いである。
 ラストシーンの情景は必見。佐次郎の言葉に涙が溢れた。

主要登場人物
 佐次郎...深川北六間掘町剛衛門長屋の店子、元日本橋糸問屋の番頭
 政五郎...本所、深川の地廻りの岡っ引き
 三吉(おでこ)...政五郎の手下
 吉三...剛衛門長屋の大工の息子

博打眼(ばくちがん)
 近江屋の主善一が「政吉兄さんが死んだ」と言うと、男衆総出で三番蔵に何かを封じ込めた。騒ぎに外に飛び出した太七によれば、大きな黒い布団に沢山の目玉が付いた化け物が蔵に飛び込んだという。
 怖い話であるが、お美代、太七、竹次郎のキャラがそれを払拭させている。また、狛犬の件も物語をファンタジーへと変えているように感じた。

主要登場人物
 近江屋善一...上野新黒門町醤油問屋の主
 香苗...善一の妻
 お美代...善一の長女
 五郎兵衛...近江屋の番頭
 太七...棒手振り寅蔵の息子、お美代の手習仲間
 竹次郎...町飛脚山登屋の居候、便利屋

討債鬼(とうさいき)
 手習所深考塾の師匠である青野利一郎は、習子の真太郎の殺害をほのめかされる。聞けば、信太郎の実父である大之字屋宗吾郎が、うさん臭い僧侶に操られ、信太郎を討債鬼であると信じ込んでいるのだ。利一郎は、真太郎を救う為に奔走する。
 「あんじゅう」に登場した青野利一郎、手習い女の習子金太、捨松、良介と行然坊の出会いや、利一郎の過去を描き、「あんじゅう」への布石とも言える作品。
 何はともあれ、冒頭から青野利一郎が登場しているのだ。邪道ではあるが安心感を抱いて読めた。

主要登場人物
 青野利一郎...本所亀沢町手習所深考塾の師匠
 加登新左衛門 元深考塾の師匠、利一郎の師匠
 行然...僧侶(偽坊主)
 信太郎...本所松坂町紙問屋大之字屋の総領息子
 久八...大之字屋の番頭
 大之字屋宗吾郎...大之字屋の主、信太郎の父親
 吉乃...宗吾郎の妻、信太郎の母親
 金太、捨松、良介...深考塾の習子
 
ばんば憑(つ)き
 佐一郎は、湯治で箱根に行った帰り、足止めを喰らった戸塚宿で同宿となった隠居のお松から、亡者が己を殺めた下手人の魂を喰らい、いつの間にか入れ替わってしまう、ばんば憑きの話を耳にする。
 あっと驚く思わぬ結末。そして不穏な佐一郎の思惑を匂わせ物語は終了する。文章ではっきりとさせないながらも、それをしっかりと感じさせる手法は宮部みゆきさんならではの巧さである。

主要登場人物
 佐一郎...湯島天神下小間物商伊勢屋の入り婿、実家は分家
 お志津...伊勢屋の跡取り娘、佐一郎の妻
 お松...新材木町建具屋増井屋の隠居
 嘉吉...伊勢屋の番頭
 八重...某村庄屋の娘
 お由...某村豪農戸井家の娘

野鎚(のづち)の墓
 何でも屋の源五郎右衛門は、猫又のお玉から、物の怪と化した野鎚退治の依頼を受ける。話を聞くうちに、件の野鎚には、子どもの霊が宿っているのではないかと疑念を抱く。
 妖たちとの摩訶不思議な体験。そして野鎚退治といったストーリー。事が落着した後の展開に、亡き妻が姿を現し、ファンタジー仕立てとなっている。

主要登場人物
 柳井源五郎右衛門...何でも屋、深川三間町八兵衛長屋の店子
 加奈...源五郎右衛門の娘
 しの...源五郎右衛門の妻
 八兵衛...八兵衛長屋の差配人
 お玉(タマ)...猫又
 
 恐ろしいテーマではあるが、一編一編を読み砕くと、存外に恐ろしさはなく、発展的結末を迎えている。
 だが、どの話でも、登場人物の過去、背景には暗い影があるのが特徴的であり、それでも人は逞しく生きていけるといった筆者からのメッセージとして受け止めた。
 ただ「お文(ふみ)の影」に関しては、これは辛い。物語であり所詮作り物とは分かっていても、胸が苦しくなる話であった。ただ、ここに政五郎を持ってきて、その悲壮さを政五郎が静かに受け止めるといった手法はさすがである。
 また、前記したが、「ぼんくら」シリーズ、「あんじゅう」のスピンオフも収録され、今更ながら宮部みゆきさんの才能に圧巻された。


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