うてん通の可笑白草紙

江戸時代。日本語にはこんな素敵な表現が合った。知らなかった言葉や切ない思いが満載の時代小説です。

昨日のまこと、今日のうそ~髪結い伊三次捕物余話~

2014年10月08日 | 宇江佐真理
 2014年9月発行

 髪結いと同心の小者の、二足の草鞋を履く伊三次の人情捕物劇と、その家族との繋がりを描いたシリーズ第13弾。

共に見る夢
指のささくれ
昨日のまこと、今日のうそ
花紺青(はなこんじょう)
空蝉(からせみ)
汝、言うなかれ 計6編の短編連作

共に見る夢
 龍之進、きいに待望の子が誕生した。栄一郎と名付けられた子の誕生祝いが臨時廻り同心・岩瀬修理から届かない事にいなみは首を傾げる。
 ほぼ時を同じくして、その岩瀬から大名家の若様の放蕩に手を焼いていると相談を受けた友之進。岩瀬と親しく交わる内に、岩瀬の妻女・清乃が死の床にあると知る。
 清乃を、伊勢参りにも連れて行けなかったと悔やむ姿を目の当たりにした友之進は、役目を退いた後、いなみに伊勢参りに行こうと持ち掛けるのだった。

指のささくれ
 伊三次の弟子・九兵衛は、実父・岩次の勤める魚問屋・魚佐の娘・おてんとの祝言に踏み切れないでいた。それは、家格の違いにもあるが、ほかに好いた娘が現れた事が大きかった。しかし、おてんとの話を反故にすれば、岩次が職を失い欠けず…。苦しむ九兵衛を見兼ねた伊三次は、九兵衛が思いを寄せているであろう娘に探りを入れるが…。

 九兵衛の、淡い恋心とおてんの一途な思いに、童女失踪事件を絡め、人の思いと誤解、また、身分といった日常にありがちな事柄を九兵衛の主演で描いた、味わい深い一作。

昨日のまこと、今日のうそ
 病いに臥せる松前藩嫡男・松前良昌を見舞う三省院鶴子の供として上屋敷に赴いた茜(刑部)だったが、そこで、良昌から案に側室を所望される言葉を切り出される。どうやら鶴子も承知の上だったようである。
 茜は、その場で良昌の快癒を願い、まずは藩主となって欲しいと励ますが…それは承諾とも受け取れる返事だった。
 
 武家の奉公人としての刑部と、ひとりの女としての茜の、追い詰められた苦しい胸の内、伊与太への思いを描いている。伊与太と茜の恋はどういった展開になるのか、宇江佐氏の筆に興味が募る。
 
花紺青
 伊与太の師である歌川国直の元に、芳太郎なる新たな弟子がやってきた。伊与太のとっては年齢的にも弟弟子になるのだが、その経歴や才能は伊与太の比ではない。
 己の限界を感じながらも、悋気を押さえ切れない伊与太。思い余って足が向いたのは、葛飾北斎の元だった。
 伊与太の言動から全てを察した北斎は、伊与太に結髪亭北与(けっぱつていほくよ)の雅号を与える。
 一方、九兵衛とおてんの祝言が決まり、伊三次一家、不破家も喜び一色である。伊与太も兄と慕う九兵衛へ、己の画を届けるのだった。

 九兵衛とおてんの祝言の日の慌ただしさの中に、人の繋がりを描き、温かな最終回のような終わり方をしている。いつか最終回を迎えるのなら、こんな終焉が望ましいと思わせるのだが、やはり宇江佐氏である。
 伊与太と葛飾北斎を絡ませ、今後、葛飾北斎の存在が深く関わっていくことを暗示させているのだ。

空蝉
 江戸の町に周到な押し込みが横行し、捕獲を逸した内与力の山中寛左は、古川喜六が内通者があると疑い、不破龍之進と緑川鉈五郎に喜六の周辺捜査を依頼する。
 だが、山中寛左の思惑は短絡であり、彼の言動に不信を抱く龍之進。父・友之進も同様な捜査を依頼され、山中寛左への疑惑を抱く。
 そして、九兵衛の新妻・おてんの実家である魚佐を回りに高積み見廻り同心が調べていることから、伊三次は、次の押し込みは魚佐ではないか、真の密通者は山中寛左ではないかと、魚佐張り込む。

 龍之進、鉈五郎が内密な使命を受ける奉行所内から話が始まり、務めと友情との葛藤から、九兵衛とおてんの新婚生活。そして孫が産まれた不破家と舞台は変わりながらも、話が全て繋がり、やはり伊三次の勘が鍵となっていく展開に、レギュラー陣が顔を揃え自然な流れの中で事件が明るみとなる、練られたストーリだった。
 
汝、言うなかれ
 京橋・柳町の漬物屋・村田屋の女将・おとよは、亭主で村田屋の主・信兵衛の10年前の打ち明け話を思い起こしていた。
 当時手代だった信助(信兵衛)に惚れて入り婿に迎えたのはおとよである。
 その折り信助は、以前貧しさから人を殺め金子を奪った過去を告白していたが、その過去を深く悔い改め、また、日頃の奉公振りから、止むに止まれぬ事情と、おとよは罪を胸に仕舞い込み、重みを共に背負う覚悟で一緒になったのだった。
 だが、村田屋を継いでから首をもたげ出した信兵衛の短慮な性質に不安を抱く中、信兵衛と不仲の青物問屋・八百金の主・金助が土左衛門となって発見される。
 おとよの胸に、当日の信兵衛の不審な行動が重く伸し掛かったように、伊三次たち町方の手が信兵衛に伸び、過去の殺人が明るみに出る。

 ほとんど村田屋の話で、伊三次は大詰めの捜査から登場といったシリーズでは異色の展開(何本かはある)である。伊三次ファンには物足りないが、宇江佐氏が、現在の事件の傷ましさを伝えようとしている作品が見受けられる一端であろう。
 人の二面性、物事の善悪を見事に表現している。
  
主要登場人物
 伊三次...廻り髪結い、不破友之進の小者
 お文(文吉)...伊三次の妻、日本橋前田の芸妓
 伊与太...伊三次の息子、芝愛宕下の歌川豊光の門人
 お吉...伊三次の娘
 九兵衛...伊三次の弟子、九兵衛店の岩次の息子
 岩次...新場魚問屋魚佐の奉公人
 お梶...九兵衛の母親 
 お園...炭町髪結床・梅床十兵衛の女房、伊三次の姉
 不破友之進...北町奉行所臨時廻り同心
 不破いなみ...友之進の妻
 不破龍之進...友之進の嫡男、北町奉行所定廻り同心
 不破茜(刑部)...友之進の長女、本所緑町・蝦夷松前藩江戸下屋敷の奥女中(別式女)
 不破きい...龍之進の妻
 不破栄一郎...龍之進の嫡男
 笹岡小平太...北町奉行所同心、元北町奉行所物書同心清十郎の養子、きいの実弟
 松助...本八丁堀の岡っ引き(元不破家の中間)
 おふさ...伊三次家の女中、松助の妻
 佐登里...松助とおふさの養子
 歌川国直...日本橋田所町の絵師、伊与太の師匠
 芳太郎(歌川国華)...国直の弟子
 片岡監物...北町奉行所吟味方与力
 緑川平八郎...北町奉行所臨時廻り同心
 緑川鉈五郎...平八郎の嫡男、北町奉行所隠密廻り同心
 橋口譲之進...北町奉行所年番方同心
 古川喜六...北北町奉行所吟味方同心
 三保蔵...不破家の下男
 おたつ...不破家の女中
 和助...不破家の中間
 増蔵...門前仲町の岡っ引き
 おてん...新場魚問屋魚佐の末娘
 松前良昌...蝦夷松前藩藩主・道昌の嫡男
 三省院鶴子...蝦夷松前藩8代藩主・資昌の側室
 村上監物...蝦夷松前藩執政(首席家老)
 長峰金之丞...下谷新寺町松前藩江戸上屋敷の奥女中(別式女)、茜の朋輩
 佐橋馬之介...松前藩江戸上屋敷の奥女中(別式女)、茜の朋輩
 さの路...松前藩江戸上屋敷の御半下女中 
 藤崎...松前藩江戸上屋敷の老女
 おため...歌川国直家の女中
 葛飾北斎...浮世絵師
 お栄(葛飾応為)...北斎の三女、浮世絵師
 おとし...産婆
 山中寛左...北町奉行所内与力







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