児玉真の徒然

峠にたつとき
すぎ来しみちはなつかしく
ひらけくるみちはたのしい
(真壁仁 峠)

相模原は広い

2007年11月24日 | 徒然
かつて、相模原というのは横浜線の相模原駅のことだと思っていて、本当に原っぱなんだろうなあと思っていた時代がある。実際にも新宿区に住んでいたので、町田で乗り換えて(それも今と違っていったん外に出て歩くのである)また何駅かあ・・と言う感じ。
実はそのころは相模大野というのが相模原市だと言う認識がなかったので、ある日相模大野に大きなホールが出来ると聞いて吃驚した記憶がある。とはいえ、いまや、兄の家が淵野辺にあるのでそれなりに縁のある町であり、時々行くので相模川に降りていく地形などなかなか魅力的なこともわかってきた。
その相模原市、合併をしていって、ついに相模湖まで相模原市になってしまった。イメージがわかないが、まあ今回の合併は50代の人間にとってはそんなものだろう。文化やそれに近いものを通して場所のイメージを持っていると、似たようなことがあちらこちらで起こっているにちがいない。風景(スケープ)と名前の不一致が修正されるのにはそれなりに時間がかかると思う。住む、ということになるともっとギャップはあるかも知れぬ。
その、政令指定都市も視野にはいる大きな町になった相模原市の文化財団が、来年、学校へのアウトリーチ事業を行うことを計画していて、その相談に財団の人が来た。2,3月にコーディネート側の人とアーチストに講座を持って欲しいという依頼。まあ小学校だけでも80くらいはあるはず(ちなみに北九州は130校くらい)。財団事業として仕組みに持っていくのにはそれなりの覚悟が必要だろうなと思う。
アウトリーチという言葉と内容に関しては、全国的に見てもイメージがやや混乱していると言っていいだろう。特に趣旨としては全く良いことなので、みんなが良かれと思って実践していることを、「こうでなくてはならない…」と強弁することは難しい。そもそも、いろいろなイメージを一つの言葉であらわすことに無理があるように思う。学問的にもまだ「実践に対して先回りをする」というような段階には至っていないことを考えると、一つ一つの実践を良いものにしていく事しか方法はないだろう。元々、極めて地味で小規模な実践の積み上げなのだ。
というわけで、この手の依頼には、忙しくても引き受けるべきだという意識がはたらく。考えれば明らかに自分の首を絞めているような気がするのだけれど、まあ3回だから良いか…。でもいつも同じ事をやるのではつまらないなあ、というジレンマ。