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★ Serena ★

カナダ暮らしのエスペランチスト、自然愛好家。
エスペラントやカナダの野草、ネーチャークラブの活動など思いつくままに。

FREDERICK BANTING カナダの偉人-その2

2005-07-30 03:44:09 | カナダの偉人
フレデリック・バンティング July 29 14:44
カナダの偉人二人目はインシュリンを発見したフレデリック・バンティングです。
私も詳しいことを知らなかったので、日本語に書き直しながら勉強になったし、この私欲の無い科学者たちの心意気をとても嬉しく思いました。
ツアーの中には時折糖尿病の方がいますが、トロント大学を通りながら手を合わせていた人のことを思い出します。


国内はもちろん海外にもインシュリンを発見した男として何百万人もの人々に知られ、世界中の糖尿病患者に新しい希望を与えたフレデリック・バンティングの、新しい分野を開いた1920年代初期の研究は世界中から喝采を浴び、政府からは終身年金を受け、英国王室からは騎士の称号を与えられ、カナダ最初のノーベル賞受賞をもたらした。
だが、医学界に歴史的な足跡を標す直前のバンティングは第一次世界大戦の帰還兵であり、オンタリオ州ロンドン市のウェスターン・オンタリオ大学で医学を教えながら駆け出しの医業を営み苦労するまだ若い医者であった。
1920年10月31日、医学界のジャーナルに載っていた糖尿病についての記事が28歳の彼にインスピレーションを与え、犬の膵臓からその不思議なホルモンを抽出することを思い付かせたのである。
当時の糖尿病患者は自然に体内で作られ、糖分をエネルギーに変えるホルモン、インシュリンの不足のため長生きは出来なかったし、失明や手足の切断を余儀なくされることもあったのである。研究者達は血液中の糖分の不均衡が原因とは判っていても患者達に飢餓を感ずるほどの節食や毎日の運動を薦めるくらいが関の山であった。
そういうことを念頭においてバンティングは研究室探しに数ヶ月を費やした。ようやく同情的な耳を傾けてくれるトロント大学の教授ジョーン・ジェームス・リチャード・マクロゥドに巡り合う。1921年五月マクロゥドはバンティングに22歳のチャールス・ベストを紹介した。
ベストはマクロゥドの優れた学生の一人で米国から医学の勉強に来ていたのだった。ベストの卒業試験が済むと直ぐ二人は研究に取り掛かった。
1921年の夏中、経験豊かなマクロゥドの助言を得ながら数限りない研究を続けた。その間ジェームス・バートラム・コリップというリサーチャーが人体実験にも使えるようにインシュリンのサンプルの欠点を取り除くことに助力してくれた。
1922年1月23日彼らは始めての人体実験として14歳の糖尿病重症患者レオナルド・トンプソンに投与、結果は上々で、この少年の症状は直ちに好転した。他の患者達に行った試験も結果は良く奇跡的な転換を見せた。インシュリンの投与により、糖尿病患者たちは血液内の糖分をコントロール出来るようになったのである。この発見は、糖尿病の治療ではないとは言え、何百万人の糖尿病患者に新しい健全な生活をもたらしたと喝采を浴びた。
翌年バンティングとマクロゥドは生理学或いは医学の分野でノーベル賞に推薦された。ベストとコリップが除外されたことは議論の余地がある。ベストをこの記念すべき発見の同等のパートナーとみなしていたバンティング自身も彼の除外には悩み、公に遺憾の意を表し、賞金はマクロゥドがコリップと分け合ったように、ベストと分け合った。
私心の無い四人は巨万の富を齎したであろう特許の取得はせず、権利をトロント大学に1ドルで売った。こうすることでインシュリンを必要とする誰もが末永く容易に手に入れられることを望んだのである。
その後20年に亘って、バンティングは成果を見ない研究を続けていた。とは言え、パイロットが高速の飛行に耐える為の最初のG-スーツを作ったのは彼であり、このことは1939年彼が国立研究審議会の 航空医学会会長に任命されることにつながって行った。そんな中でも絵を描く時間を見つけ、素人画家として名前を知られるほどの腕前で、当時「グループ・オブ・セヴン」の一員 A.Y. Jacksonと共に何度もスケッチ旅行に出掛けていたが、50歳になったら医学の方はリタイアして絵の方に専念したいと洩らしていたと言う。
義務の一環として、1941年2月21日、英国に向かう爆撃機に搭乗したが、離陸後間もなく、彼の乗った飛行機はニューファンドランドのマスグレーヴ・ハーバーと言う所に墜落、飛行士だけが生き残った。バンティングは49歳だった。

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2 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

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素晴らしい人ですね! (りこ)
2005-07-30 21:05:53
Serenaさん今晩は。フレデリック・バンティング私欲に走らず世の中の病気に苦しむ人々の為に特許を取得しなくて皆が末永く容易に手に入れやすくしたなんて出来た人なのですね~。



今の世の中如何にして自分だけが幸せになれるかを考えている人が多いのに。



お金じゃなくて名誉を残したから~素晴らしい生きた証をこの世に残した。
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画家として。。 (serena)
2005-07-31 02:37:29
余生を楽しむ機会を持てなかったことをとても残念に思います。昔はこういう奇特な人って居たんですよね。最近は探すのが難しいですけど。

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