つれづれ読書日記

SENとLINN、二人で更新中の書評ブログです。小説、漫画、新書などの感想を独断と偏見でつれづれと書いていきます。

あーあ

2006-04-01 02:01:15 | ファンタジー(現世界)
さて、タイトルはすごくいいんだけどの第487回は、

タイトル:月族
著者:今村恭子
出版社:海竜社

であります。

何はともあれ、私的にタイトルで速攻買い。
と言うのも、太陽や星よりも月のほうが好きだから(笑)
それに、「ふと、月を見上げて立ち止まった経験はありませんか?」ってあったり(あります(爆))、「月の民の血を引くあなたに時空を超える壮大な愛の物語を」とかあったり、ものすごく興味をそそられる帯の文章があったりして、これは読むべきだな、と……(笑)

さておき、ストーリーね。
いままで一度も恋をしたことがない19歳の大学生の薬子クスコは、月がとても好きな女性だった。
月と目が合ったように感じたり、月に語りかけたりするほどに。
夏の余韻が残る秋の日に、薬子はある女性に呼び止められ、病床にある飛鳥という青年の話し相手になってもらえないかと問われる。

バイトだと言うそれを受けた薬子は、その飛鳥から、自分も、そして薬子も月族……月の民だと教えられる。

当然、俄にそんなことを信じられるはずもない薬子に、飛鳥は人類の文明が栄えるよりも遙か以前……何万年も前に栄えていた時代に生きたプラリネと言う、月の王の血筋の女性の話を語る。
愛というものを知らず、様々な男性と出会い、運命に翻弄されていく物語と平行して、薬子の周囲にも男性の影が近付いてくる。

いつもの真夜中のコインランドリーでの洗濯。
そこで1年間、薬子を見ていたと言うリンゾウと言う青年。
大学で話をすればいつも月の話題と言う青野という青年が作った月の同好会で出会った文哉。
リンゾウとおなじく、コインランドリーで出会った月昌。

飛鳥の語る物語の登場人物と重なるような青年たちとの出会いの中で、プラリネとおなじように恋や愛について考える薬子。
また、月族だと言われ、そのことを自覚するために語られるプラリネの物語。
現実世界と飛鳥の語る物語世界とを行き来しながら、ストーリーが進んでいく。

構成は、薬子の一人称で語られる薬子の話と、飛鳥の語りで進むプラリネの物語が交互に描かれている。
どちらも一人称だが、薬子と飛鳥の部分の書き方が異なっていることもあって、最初は、薬子から飛鳥、飛鳥から薬子の変化に取っつきにくいところがあるかもしれない。

薬子だけの物語を切り取ってみるならば、内向的な主人公が様々な出会いを通して恋や愛と言うのは何なのかを自覚していく話。
この部分については、とにかく月が好きな薬子のキャラがよいのでおもしろい。
著者のブログを見ると、著者自身も相当月が好きらしいので、まぁ、著者自身と見ていいだろう。

しかし、飛鳥の語るプラリネの物語、と言うのがねぇ……。
古代文明を舞台にした出来の悪いファンタジーみたいだと思ったぞ。

確かに、伝承や言い伝えというものとして読むのならばまだ我慢できるかもしれないし、そこでプラリネを愛していく男性たちの姿と、現実に薬子が出会う青年たちが重なっていると言う作り方は悪くない。
ただ、プラリネの物語が進むにつれて、月にあった高度な科学文明や魔術、地上の帝国での魔術や、竜になる魔術師など、薬子の物語とどうもマッチしていないように感じてしまう。

薬子の話での青年たちや、まーちゃんと呼ぶ母親、月に関する描写などなど、薬子についての話はとても雰囲気があっていいのに、プラリネの物語で科学文明だの魔術だのと出されて、いい感じの雰囲気が台無し。
「月族」なんてそそられるタイトルなんだから、科学文明だの魔術だの、そういうのは出してほしくなかったなぁ。
魔術みたいな感じのものを使いたいなら、もっと言葉を選んでほしかった。
それなら、月というものを題材にしたいい雰囲気を壊さずにすんだのではないかと、個人的には思う。

帯には「月物語、始動」とあるので、これが最初なんだろうけど、次はどうかなぁ。
タイトルに惹かれて文芸書でもあっさり手に取ってしまったけど、微妙なところ。
お金に余裕があって、気が向けば買うかなぁ。