
私の集落の川辺の土手に立つ一本のこの大きなサクラを人はみなポンプ小屋のサクラとよんで親しんでいます。ポンプ小屋などどこにも見えないのにです。
かつて集落の広い圃場には堰の水が充分にまわらずお百姓さんが苦労していました。だからこの水田のあちこちに「どっこんすい(独渾水)」とよぶ自噴の井戸が掘られていました。太い竹筒を地中に打ち込んで作った自噴の井戸で灌漑用に使われていました。でも用水は充分ではありませんでした。
これを改善するために集落の人々が相談してこの川に小さなダムを造り、堤の上に小屋を建てて大きな用水ポンプを据えました。以後集落の水田の灌漑用水は豊かになりました。ポンプ小屋の用水ポンプは長い間大事な灌漑用の施設になりポンプは働き続けました。そして記念に植えられた桜は大きく成長して美しい花を咲かせるようになりました。じじいも愛犬エリーと一緒にここのダムの上の一本橋を渡った懐かしいポンプ小屋です。
その後、この地方あげての大事業水田の基盤整備が行われて、コンクリートの用水堀に豊かな水が流れるようになりポンプ小屋の役目は終わり小さなダムもポンプ小屋も取り払われ、大型の用水ポンプは集落の公民館の小さな建物の中に大事に保管展示されております。そしてこのサクラだけが残ったのです。
だから、今でも集落の人はこのサクラをポンプ小屋のサクラとよんで親しんでいるのです。ポンプ小屋のサクラは広い圃場を守る大事なシンボルなのです。