2月23日朝日新聞系列のテレビ朝日「報道ステーション」が朝日新聞社が脱税し、カラ出張で裏金を作ったり、約4億円を架空の編集関連経費として申告していたことを明らかにした。
昨年1月朝日新聞はNHK職員3人がインサイダー情報を入手し、40万円の利益を上げたことを厳しく弾劾した。
その第1弾は18日の朝刊1面トップに5段抜きの黒ベタ白抜きのタイトルで「NHK記者ら特ダネ悪用」と第1級の記事扱いで報道した。その内容が朝日のスクープであったなら、多少大きく扱ってもいいだろうが、NHKが自ら17日に「報道局記者ら3人が証券取引法(現・金融商品取引法)違反(インサイダー取引)の疑いで、証券取引等監視委員会の調査を受けていることを明らかにした」(この記事のリードの一部)と,朝日の記者が独自の取材でつかんだ情報ではなかったことを明らかにしている。
さらに同紙の社会面(35ページ)でもやはりトップ記事として扱い、タイトルも1面同様黒ベタ白抜きで「放送直前 株を購入」と厳しく弾劾した。その記事の中で編集委員の川本裕司氏はこうNHKを批判した。
「04年のプロジューサーによる制作費流用に端を発した不祥事では、不正経理や放火、わいせつ事件など個人の資質にかかわる事例が多かった。
今回深刻なのは、公共放送の根幹である報道部門で、取材で得た情報をもとに勤務時間中の株取引で利益を上げた行為だったことだ。1本のニュース原稿で同時に3職員が不正の株取引をしていたとしたら、疑惑はさらに広まり、深くなるのではないかと考えざるを得ない。
05年以降、数々の再発防止の仕組みを構築しながら、記者らの職業倫理や使命感につながっていなかったことも示した。インサイダー取引については、報道局経済部が4,5年前から家族を含めて株取引をしないよう、部長が2ヶ月に1度の部会などで指示をしていただけ。取り組みの甘さは否定できない」
朝日のNHK批判はそれだけにとどまらない。その日(18日)の夕刊では社会面のトップ記事として、またしても黒ベタ白抜きで「NHK記者らに課徴金」というタイトルを付け、「NHKの記者ら3人の職員によるインサイダー取引問題で、証券取引等監視委員会が、金融庁への課徴金納付命令勧告に向けて調べていることがわかった。報道機関の記者に課徴金納付命令が出るのは初めて」と極めて重大な犯罪行為であったかのような印象を読者に植え付けた。
極め付きは翌19日の社説である。「株の不正取引 NHK記者のやることか」というタイトルで、感情的としか言いようのないNHK批判を展開した。その全文を転載する。
こんなことを記者がやっていたとは、何とも悲しむべきことだ。
NHKの報道局記者らが、放送前の特ダネ原稿を局内の端末で読み、資本業務提携で値上がりしそうな株を買い、翌日売り抜けて利益を得ていた。
証券取引等監視委員会はインサイダー取引と見て調査に入った。疑いのある3人のうち2人は大筋で認めている。
1年半前、日本経済新聞社の広告局員がインサイダー取引で逮捕されたが、記者がかかわるのは初めてである。
「高い倫理観が求められる報道に携わる者が、報道目的のための情報を自己の利益のために悪用したことは許されない」。橋本元一会長がそう言って謝罪したのは当然だ。
入手した情報を報道以外に使えば、取材先から信用されなくなる。しかもそれでもうけようというのは論外だ。
深刻な事態なのは、NHKだけではない。新聞を含めてすべてのメディアが、同じような不正をしているのではないかと疑いの目で見られかねない。(筆者注・現に朝日の記者が編集局ぐるみと思えるほどの巨額な不正を行ったことが2月23日明らかになった)
3人の間に連絡はなく、ばらばらに株を売買していたという。そうだとしたら。不正に手を染めていたのは3人にとどまらないのではないか。3人は今回だけでなく、これまでもインサイダー取引を繰り返していたのではないか。そう思われても仕方があるまい。(筆者注・朝日編集局ぐるみの不正が東京国税局から摘発された過去5年間の不正申告は、5年にとどまらず数10年にわたって続けていたのではないか。そう思われても仕方があるまい)
NHKはすべての職員を調べて、結果を公表するというが、おざなりの調査で済ませてはいけない。再発防止策も急がなければならない。(筆者注・朝日はそれすらしないようだ。後で触れる)
それにしても日経新聞社の時にあれだけ騒がれたのに、NHKの危機管理はあまりのも甘かった。(筆者注・朝日はもっと甘いことが明らかになった)
「取材で知りえたことを個人のために利用してはならない」とガイドラインにあるというが、経済部員にさえ株取引の自粛は口頭で伝えるだけだった。5千人もが放送前のニュース、とりわけ特ダネを見ることができるシステムにしていたことも信じられない。
ほかの報道期間は、株取引の制限などを明文化しているところが多い。朝日新聞社の場合、半年以内の短期売買は自粛するよう全従業員に求めている。編集局員はさらに、担当分野については短期売買でなくても自粛すると定めている。
新聞やテレビの記者は、様々な企業情報に接する。職業倫理としては、株取引を一切しないというのが筋だろう。
とりわけ公共放送のNHKは、特定の企業と距離を置くことが求められる。NHK職員になれば、株取引はできない。それぐらいの覚悟を持ってもらいたい。
そのうえで、NHKの全員に考えてもらいたいことがある。
唯一の公共放送としてライバルのいない甘えがありはしないか。厳しい競争なしに受信料が入る制度に安住してはいないか。そう自問し、建て直しを真剣に考えないと、NHKそのものが国民から見放されかねない。
これだけ朝日が目くじらを立てたNHK職員3人がインサイダー取引で得た利益は総額でたったの40万円だった。もちろんジャーナリスト(新聞・テレビ・雑誌などに勤務するジャーナリストとは記者を意味する。私のようなフリーのジャーナリストは記者ではない)はとくに厳しい倫理観を持たねばならないことは朝日が主張するとおりである。そのことに異論はない。
そこで朝日の記者がどの程度の倫理観を持っているか、私が遭遇した二つのケースを紹介しておこう。
私は企業を取材して単行本を書く場合、必ずしてきたことが二つある。その一つは取材対象にゲラのチェックをお願いしたこと。もう一つは本が出版されたのち広報部門の責任者と担当者にお礼のご馳走(大した金額ではないが)してきたこと(ただしこの行為は、私はかなり手厳しいことを書いてきたため、広報責任者から断られることが多くなり、やめることにした)。
ゲラのチェックを取材相手にお願いしてきたことは、編集者や同業者からしばしば批判された。なぜか。かつてTBSのワイドショー担当のスタッフが麻原彰晃の取材テープを見せ、オウム側の要求に応じた編集をしたことがあり、社会問題になったように、取材先の了解を得ることが目的だと誤解されかねない行為だからだ。だから私は広報責任者にゲラのチェックをお願いするとき必ず念を押してきた。「チェックをお願いするのは事実関係だけです。もし私の誤解から事実と異なることを書いたら私の本を金を払って買っていただいた読者に申し訳ないからです」と。
広報の責任者は私の依頼を聞いてくれたが、ゲラを取材相手に見せると不当な干渉を受けててトラブルになることがしばしばあった。もちろん事実誤認の指摘は無条件に受け入れてきたが、問題は事実に基づいた私の主張や見解に対して、自分や会社にとって都合のいいように書き直してほしいと要求してくる人たちがいたことだった。ほとんどの方はゲラのチェックをお願いした趣旨を改めて説明して納得していただいたが、最後まで納得していただけなかった方が3人いた。
NHKの名物ディレクターとして名をはせた相田洋がその一人だった。彼と初めて会い名刺を交換した時、相田は「僕は大道香具師(やし)ですよ。ウン、テレビの大道香具師なんだ」と自己紹介した。そして彼の名刺の裏には彼が制作した16本の作品一覧と「ダブリン国際コンクール金賞受賞」「芸術祭受賞」同じく「芸術祭受賞」さらに「石油文化賞、放送文化基金大賞」「JCJ賞、芸術祭大賞、イタリア賞グランプリなど5つの国際賞を受賞」と誇らしげに書いてあった。
ゲラをNHKの広報に渡して2日後、相田から電話があり、「大道香具師」と自己紹介した部分と名刺の裏に誇らしげに書いた作品一覧及び受賞歴を削除してほしいというのが彼の要求だった。私は「大道香具師云々」という自己紹介は削除できない、名刺の裏の印刷に間違いがあったのなら訂正すると応じた。相田は「NHK内部での自分の立場が悪くなるから、何とか削除してもらえないか]と重ねて言ってきたので、「この名刺はNHKから支給された名刺ではないでしょう。自分を売り込むために自費で作った名刺ではないんですか。だとしたらそんな名刺を私に渡した以上、事実誤認ではありませんから削除しません」と相田の要求を拒否した。
二つ目のケースは日立の技術力を検証するために書いた本だった。日立の広報から呼び出されて出向いたが、応接室で待ち構えていたのはシステム開発研究所の川崎淳所長だった。私の顔を見るなり川崎は「この個所をすべて削除してほしい」と威圧的な態度をむき出しに言ってきた。その個所をこのブログで明らかにしても意味がないので要点だけ述べると、当時メインフレームの3大メーカーが技術開発にしのぎを削っていた自動翻訳システムについて、ライバルの富士通とNECが目指している自動翻訳システムは「パチンコのような幼稚なシステム」と切って捨てた川崎の発言の部分であった。これも事実誤認なら訂正するが川崎の発言はテープに記録されており、全面削除には応じられないと断った。1時間ほど堂々巡りの論争を繰り返す羽目になったが、私の説得は無理とわかった川崎は「僕はたくさん本を読んできて、どんな本にも何がしか得るものはある。しかし小林さんの本から得るものは何もなかった」と捨て台詞を言い、その席に立ち会っていた広報マンから「川崎さん、それはいくらなんでも失礼でしょう」とたしなめられたこともあった。
3冊目のケースはパソコン黎明期に天才と呼ばれた西和彦と神童と呼ばれた孫正義のライバル物語を書いた本だった。私はどちらを応援するつもりもなく、客観的事実に基づいてフェアに両者を評価した。結果的にはかなり西には厳しい内容になったが、西からは「これで結構です」という返事が来た。一方孫からは呼び出しがあり、「CS放送についての主張を変えてほしい」という。当時CS放送は97年12月にディレクTVが、翌98年秋にはパーフェクTVが放送を開始していた。そこに孫がマードックと組んで第3のCS放送局のJスカイBを立ち上げようというのだから、間違いなく孫のCS事業は失敗すると私は考えた。
実は日本で世界の主要国の放送事情を調べているのは東京港区の愛宕山にあるNHKの放送文化研究所だけで、私はそこに何回も足を運び、世界主要国のCS放送の実態を各国の担当者に取材して調べ上げていた。その結果3つのCS放送局が並存できる可能性は皆無という結論を出していた。その私の論理的結論を覆せるだけの根拠があるなら孫さんの言い分も書き加えましょうとチャンスを与えたが、孫から返ってきた答えは「小林さん、僕はこの事業に命をかけているんだ。それをわかってよ」だった。結果を言っておこう。CS3社は大合併してようやく経営は軌道に乗った。そして命をかけたはずの孫はCS事業(スカパー)から完全に手を引き、「命をかけた」ことを完全に忘れている。
さて私のジャーナリストとしての姿勢についてはこの辺でやめる。問題は朝日の記者の姿勢だ。
先に述べたように私は本を上梓すると広報の責任者と担当者にほんの些細なご馳走をしてきた。広報部門の協力があったからこそいい取材ができたという感謝の思いからだ。なぜ私は広報に感謝したのか。私は私の本をお金を出して買ったくれる読者のために本を書いてきた。だから取材相手が喜んでくれるようなことを書くこともあれば、取材相手が怒り心頭に発することも平気で書いてきた。そういう仕事に一切注文をつけず取材に協力してくれた広報に些細なお礼をするのは私にとって当然の行為だった。
ただ私の些細な感謝を受ける側の広報の人にとってはご馳走になりっぱなしというわけにもいかず、食事の後「軽くもう1杯やりましょう。付き合ってください」と2次会に誘われるケースが多かった。私は「ではご馳走になりますが、高級クラブはだめですよ」と応じることにしていた。その日はたまたま富士通の広報室長の山口昇と赤坂のやや高級なスナックに行った時のことだった。その店に先着でNECの水上部長以下数名の広報マンがいて、水上以下のNEC広報マンが次々と私たちの席にあいさつに来られた。水上たちの席に一人残された30そこそこの男性が、席に戻った水上に何やら話した後名刺を持って私のところにあいさつに来た。朝日新聞の経済部の記者だった。朝日の記者ともなると偉いものだなとあきれたことがある。はっきり言えば朝日の看板を背負ってのたかりである。
もう一つのケースは東芝のワープロ開発の技術者を取材していた時だった。念のために書いておくが、こういう取材には必ず広報マンが立ち会う。取材をしていた応接室のドアを開けて別の広報マンが私の取材に立ち会っていた広報マンを呼び出し、何やら話しあっていた。数分後、私の取材に立ち会っていた広報マンが部屋に戻ってきて「昨日取材に来られた朝日の記者が写真撮影に失敗したので、ほんの5分ほどだけ取材を中断していただけませんか」と言ってきた。5分くらいならと思い私は快諾したが、30分経っても広報マンも技術者も戻ってこない。私は隣の応接室のドアをノックもせず開け、「5分だけという約束ではなかったか」と怒鳴りつけ、広報マンは「すみませんでした」と私に言い、朝日の記者には「申し訳ありませんが、取材中でしたから」と引き上げてもらった。朝日の記者は私に謝りもせず傲慢な態度で帰って行った。朝日の記者は「世界は自分たちのために回っている」と考えているようだ。
余談が長くなったが、朝日の記者の傲慢さが今回の不祥事の根っこにあったことを明らかにするため、長々と書かせていただいた。
さてNHKの記者を含む3人の職員がインサイダー取引をしたことを朝日は執拗に追求してきた。もちろん私はインサイダー取引を行った3人をかばうつもりは毛頭ない。が、3人がインサイダー取引で得た利益は総額でたったの40万円だった。朝日の執拗な攻撃に屈したのかどうかは知る由もないが、NHKはこの3人を懲戒免職という最も重い処分にした。このことは記憶にとどめておいてほしいが、懲戒免職の場合、退職金は一切出ない。だから公務員が犯罪を犯した場合、よほどの重罪でなければ役所は懲戒免職ではなく懲戒免職に次ぐ重い懲罰の停職処分にして、自発的退職を促す。自発的退職の場合は退職金が全額支給される。
さて5億1800万円の申告漏れをした朝日は自らの不祥事をどう報道したか。はっきり言ってほとんど目につかないような記事を書き、私は朝日に電話でこの不祥事を報道しなかったのかと聞いたぐらいだった。朝日の案内でようやく38面に目立たないように書かれた記事が掲載されているのを見つけた。小見出しの一部に「関係者処分」とあった。その記事の全文を転記するのはばかばかしいので朝日のモラルが明白にわかる部分を引用する。
東京国税局は、取材費の一部を交際費と認定したり、出張費の過大計上を指摘したりして、編集関連費のうち約3億9700万円を経費とは認めず、重加算税の対象と認定した。このうち京都総局が出張費などで計上した約1800万円についてはカラ出張による架空経費と指摘した。(筆者注・まるで他人事のような書き方ではないか)
(中略)朝日新聞社は、これらの認定を受けて、同日付で京都総局の当時の総局長らを停職などの処分にしたほか、管理責任を問い、東京、大阪、西武、名古屋の各本社編集局長を減給処分にした。
朝日新聞社広報部の話 申告漏れの指摘を受けたことを報道機関として重く受け止めています。架空経費に関しては関係者を厳しく処分しました。今後一層、適正な経理、税務処理に努めます。
朝日の報道機関としてのモラルが厳しく問われるのは5億1800万円の申告漏れではない。問題は編集関連費のうち約3億9700万円の巨額が経費と認められなかっただけでなく、悪質な脱税行為に課せられる重加算税の対象と認定されたことだ。
言うまでもなく編集関連費は朝日の記者(ジャーナリスト)が深く関与した金だということだ。京都総局のカラ出張は果たして記者が行った犯罪か、それとも広告営業などに携わる社員(彼らはジャーナリストではない)が行った行為かは今のところわからない。ただ朝日が報道機関としてのモラルを重視するなら、とりあえず責任者たちに極めて軽い処分を行った、で済む話ではない。少なくとも当時の京都総局長に下した「停職」という処分は「すぐに辞表を出してください。そうすれば退職金は満額支払います」という意味だ。それが朝日のモラルの本質だ。朝日はホームぺージでコンプライアンスを公表しており、とりわけその中の「朝日新聞記者行動基準」は世界に誇れるほどの高いモラルを記者に求めている。
そのコンプライアンスが今崩壊に瀕している。読者の信頼を取り戻すためには、1面トップ記事で、NHK職員のインサイダー取引を批判した以上のスペースを割いて、秋山社長および社長と同格の船橋主筆の厳しい自己批判を掲載し、重加算税の対象にまでされた記者の不正行為の全貌を、朝日と利害関係のない弁護士や公認会計士を交えた調査委員会を早急に立ち上げ、誰が、どういう名目で経費として計上した金額の本当の使途を、3億9700万円のすべてについて調べ上げ、不正に携わった記者の氏名と処分(当然懲戒免職)を必ず紙面で公表することを読者に約束していただきたい。それが朝日のコンプライアンスに最もかなう方法だ。「いや、あれは建前を書いただけです」というならホームページで公表しているコンプライアンスに「これは建前です」という一文を書き加えてほしい。
昨年1月朝日新聞はNHK職員3人がインサイダー情報を入手し、40万円の利益を上げたことを厳しく弾劾した。
その第1弾は18日の朝刊1面トップに5段抜きの黒ベタ白抜きのタイトルで「NHK記者ら特ダネ悪用」と第1級の記事扱いで報道した。その内容が朝日のスクープであったなら、多少大きく扱ってもいいだろうが、NHKが自ら17日に「報道局記者ら3人が証券取引法(現・金融商品取引法)違反(インサイダー取引)の疑いで、証券取引等監視委員会の調査を受けていることを明らかにした」(この記事のリードの一部)と,朝日の記者が独自の取材でつかんだ情報ではなかったことを明らかにしている。
さらに同紙の社会面(35ページ)でもやはりトップ記事として扱い、タイトルも1面同様黒ベタ白抜きで「放送直前 株を購入」と厳しく弾劾した。その記事の中で編集委員の川本裕司氏はこうNHKを批判した。
「04年のプロジューサーによる制作費流用に端を発した不祥事では、不正経理や放火、わいせつ事件など個人の資質にかかわる事例が多かった。
今回深刻なのは、公共放送の根幹である報道部門で、取材で得た情報をもとに勤務時間中の株取引で利益を上げた行為だったことだ。1本のニュース原稿で同時に3職員が不正の株取引をしていたとしたら、疑惑はさらに広まり、深くなるのではないかと考えざるを得ない。
05年以降、数々の再発防止の仕組みを構築しながら、記者らの職業倫理や使命感につながっていなかったことも示した。インサイダー取引については、報道局経済部が4,5年前から家族を含めて株取引をしないよう、部長が2ヶ月に1度の部会などで指示をしていただけ。取り組みの甘さは否定できない」
朝日のNHK批判はそれだけにとどまらない。その日(18日)の夕刊では社会面のトップ記事として、またしても黒ベタ白抜きで「NHK記者らに課徴金」というタイトルを付け、「NHKの記者ら3人の職員によるインサイダー取引問題で、証券取引等監視委員会が、金融庁への課徴金納付命令勧告に向けて調べていることがわかった。報道機関の記者に課徴金納付命令が出るのは初めて」と極めて重大な犯罪行為であったかのような印象を読者に植え付けた。
極め付きは翌19日の社説である。「株の不正取引 NHK記者のやることか」というタイトルで、感情的としか言いようのないNHK批判を展開した。その全文を転載する。
こんなことを記者がやっていたとは、何とも悲しむべきことだ。
NHKの報道局記者らが、放送前の特ダネ原稿を局内の端末で読み、資本業務提携で値上がりしそうな株を買い、翌日売り抜けて利益を得ていた。
証券取引等監視委員会はインサイダー取引と見て調査に入った。疑いのある3人のうち2人は大筋で認めている。
1年半前、日本経済新聞社の広告局員がインサイダー取引で逮捕されたが、記者がかかわるのは初めてである。
「高い倫理観が求められる報道に携わる者が、報道目的のための情報を自己の利益のために悪用したことは許されない」。橋本元一会長がそう言って謝罪したのは当然だ。
入手した情報を報道以外に使えば、取材先から信用されなくなる。しかもそれでもうけようというのは論外だ。
深刻な事態なのは、NHKだけではない。新聞を含めてすべてのメディアが、同じような不正をしているのではないかと疑いの目で見られかねない。(筆者注・現に朝日の記者が編集局ぐるみと思えるほどの巨額な不正を行ったことが2月23日明らかになった)
3人の間に連絡はなく、ばらばらに株を売買していたという。そうだとしたら。不正に手を染めていたのは3人にとどまらないのではないか。3人は今回だけでなく、これまでもインサイダー取引を繰り返していたのではないか。そう思われても仕方があるまい。(筆者注・朝日編集局ぐるみの不正が東京国税局から摘発された過去5年間の不正申告は、5年にとどまらず数10年にわたって続けていたのではないか。そう思われても仕方があるまい)
NHKはすべての職員を調べて、結果を公表するというが、おざなりの調査で済ませてはいけない。再発防止策も急がなければならない。(筆者注・朝日はそれすらしないようだ。後で触れる)
それにしても日経新聞社の時にあれだけ騒がれたのに、NHKの危機管理はあまりのも甘かった。(筆者注・朝日はもっと甘いことが明らかになった)
「取材で知りえたことを個人のために利用してはならない」とガイドラインにあるというが、経済部員にさえ株取引の自粛は口頭で伝えるだけだった。5千人もが放送前のニュース、とりわけ特ダネを見ることができるシステムにしていたことも信じられない。
ほかの報道期間は、株取引の制限などを明文化しているところが多い。朝日新聞社の場合、半年以内の短期売買は自粛するよう全従業員に求めている。編集局員はさらに、担当分野については短期売買でなくても自粛すると定めている。
新聞やテレビの記者は、様々な企業情報に接する。職業倫理としては、株取引を一切しないというのが筋だろう。
とりわけ公共放送のNHKは、特定の企業と距離を置くことが求められる。NHK職員になれば、株取引はできない。それぐらいの覚悟を持ってもらいたい。
そのうえで、NHKの全員に考えてもらいたいことがある。
唯一の公共放送としてライバルのいない甘えがありはしないか。厳しい競争なしに受信料が入る制度に安住してはいないか。そう自問し、建て直しを真剣に考えないと、NHKそのものが国民から見放されかねない。
これだけ朝日が目くじらを立てたNHK職員3人がインサイダー取引で得た利益は総額でたったの40万円だった。もちろんジャーナリスト(新聞・テレビ・雑誌などに勤務するジャーナリストとは記者を意味する。私のようなフリーのジャーナリストは記者ではない)はとくに厳しい倫理観を持たねばならないことは朝日が主張するとおりである。そのことに異論はない。
そこで朝日の記者がどの程度の倫理観を持っているか、私が遭遇した二つのケースを紹介しておこう。
私は企業を取材して単行本を書く場合、必ずしてきたことが二つある。その一つは取材対象にゲラのチェックをお願いしたこと。もう一つは本が出版されたのち広報部門の責任者と担当者にお礼のご馳走(大した金額ではないが)してきたこと(ただしこの行為は、私はかなり手厳しいことを書いてきたため、広報責任者から断られることが多くなり、やめることにした)。
ゲラのチェックを取材相手にお願いしてきたことは、編集者や同業者からしばしば批判された。なぜか。かつてTBSのワイドショー担当のスタッフが麻原彰晃の取材テープを見せ、オウム側の要求に応じた編集をしたことがあり、社会問題になったように、取材先の了解を得ることが目的だと誤解されかねない行為だからだ。だから私は広報責任者にゲラのチェックをお願いするとき必ず念を押してきた。「チェックをお願いするのは事実関係だけです。もし私の誤解から事実と異なることを書いたら私の本を金を払って買っていただいた読者に申し訳ないからです」と。
広報の責任者は私の依頼を聞いてくれたが、ゲラを取材相手に見せると不当な干渉を受けててトラブルになることがしばしばあった。もちろん事実誤認の指摘は無条件に受け入れてきたが、問題は事実に基づいた私の主張や見解に対して、自分や会社にとって都合のいいように書き直してほしいと要求してくる人たちがいたことだった。ほとんどの方はゲラのチェックをお願いした趣旨を改めて説明して納得していただいたが、最後まで納得していただけなかった方が3人いた。
NHKの名物ディレクターとして名をはせた相田洋がその一人だった。彼と初めて会い名刺を交換した時、相田は「僕は大道香具師(やし)ですよ。ウン、テレビの大道香具師なんだ」と自己紹介した。そして彼の名刺の裏には彼が制作した16本の作品一覧と「ダブリン国際コンクール金賞受賞」「芸術祭受賞」同じく「芸術祭受賞」さらに「石油文化賞、放送文化基金大賞」「JCJ賞、芸術祭大賞、イタリア賞グランプリなど5つの国際賞を受賞」と誇らしげに書いてあった。
ゲラをNHKの広報に渡して2日後、相田から電話があり、「大道香具師」と自己紹介した部分と名刺の裏に誇らしげに書いた作品一覧及び受賞歴を削除してほしいというのが彼の要求だった。私は「大道香具師云々」という自己紹介は削除できない、名刺の裏の印刷に間違いがあったのなら訂正すると応じた。相田は「NHK内部での自分の立場が悪くなるから、何とか削除してもらえないか]と重ねて言ってきたので、「この名刺はNHKから支給された名刺ではないでしょう。自分を売り込むために自費で作った名刺ではないんですか。だとしたらそんな名刺を私に渡した以上、事実誤認ではありませんから削除しません」と相田の要求を拒否した。
二つ目のケースは日立の技術力を検証するために書いた本だった。日立の広報から呼び出されて出向いたが、応接室で待ち構えていたのはシステム開発研究所の川崎淳所長だった。私の顔を見るなり川崎は「この個所をすべて削除してほしい」と威圧的な態度をむき出しに言ってきた。その個所をこのブログで明らかにしても意味がないので要点だけ述べると、当時メインフレームの3大メーカーが技術開発にしのぎを削っていた自動翻訳システムについて、ライバルの富士通とNECが目指している自動翻訳システムは「パチンコのような幼稚なシステム」と切って捨てた川崎の発言の部分であった。これも事実誤認なら訂正するが川崎の発言はテープに記録されており、全面削除には応じられないと断った。1時間ほど堂々巡りの論争を繰り返す羽目になったが、私の説得は無理とわかった川崎は「僕はたくさん本を読んできて、どんな本にも何がしか得るものはある。しかし小林さんの本から得るものは何もなかった」と捨て台詞を言い、その席に立ち会っていた広報マンから「川崎さん、それはいくらなんでも失礼でしょう」とたしなめられたこともあった。
3冊目のケースはパソコン黎明期に天才と呼ばれた西和彦と神童と呼ばれた孫正義のライバル物語を書いた本だった。私はどちらを応援するつもりもなく、客観的事実に基づいてフェアに両者を評価した。結果的にはかなり西には厳しい内容になったが、西からは「これで結構です」という返事が来た。一方孫からは呼び出しがあり、「CS放送についての主張を変えてほしい」という。当時CS放送は97年12月にディレクTVが、翌98年秋にはパーフェクTVが放送を開始していた。そこに孫がマードックと組んで第3のCS放送局のJスカイBを立ち上げようというのだから、間違いなく孫のCS事業は失敗すると私は考えた。
実は日本で世界の主要国の放送事情を調べているのは東京港区の愛宕山にあるNHKの放送文化研究所だけで、私はそこに何回も足を運び、世界主要国のCS放送の実態を各国の担当者に取材して調べ上げていた。その結果3つのCS放送局が並存できる可能性は皆無という結論を出していた。その私の論理的結論を覆せるだけの根拠があるなら孫さんの言い分も書き加えましょうとチャンスを与えたが、孫から返ってきた答えは「小林さん、僕はこの事業に命をかけているんだ。それをわかってよ」だった。結果を言っておこう。CS3社は大合併してようやく経営は軌道に乗った。そして命をかけたはずの孫はCS事業(スカパー)から完全に手を引き、「命をかけた」ことを完全に忘れている。
さて私のジャーナリストとしての姿勢についてはこの辺でやめる。問題は朝日の記者の姿勢だ。
先に述べたように私は本を上梓すると広報の責任者と担当者にほんの些細なご馳走をしてきた。広報部門の協力があったからこそいい取材ができたという感謝の思いからだ。なぜ私は広報に感謝したのか。私は私の本をお金を出して買ったくれる読者のために本を書いてきた。だから取材相手が喜んでくれるようなことを書くこともあれば、取材相手が怒り心頭に発することも平気で書いてきた。そういう仕事に一切注文をつけず取材に協力してくれた広報に些細なお礼をするのは私にとって当然の行為だった。
ただ私の些細な感謝を受ける側の広報の人にとってはご馳走になりっぱなしというわけにもいかず、食事の後「軽くもう1杯やりましょう。付き合ってください」と2次会に誘われるケースが多かった。私は「ではご馳走になりますが、高級クラブはだめですよ」と応じることにしていた。その日はたまたま富士通の広報室長の山口昇と赤坂のやや高級なスナックに行った時のことだった。その店に先着でNECの水上部長以下数名の広報マンがいて、水上以下のNEC広報マンが次々と私たちの席にあいさつに来られた。水上たちの席に一人残された30そこそこの男性が、席に戻った水上に何やら話した後名刺を持って私のところにあいさつに来た。朝日新聞の経済部の記者だった。朝日の記者ともなると偉いものだなとあきれたことがある。はっきり言えば朝日の看板を背負ってのたかりである。
もう一つのケースは東芝のワープロ開発の技術者を取材していた時だった。念のために書いておくが、こういう取材には必ず広報マンが立ち会う。取材をしていた応接室のドアを開けて別の広報マンが私の取材に立ち会っていた広報マンを呼び出し、何やら話しあっていた。数分後、私の取材に立ち会っていた広報マンが部屋に戻ってきて「昨日取材に来られた朝日の記者が写真撮影に失敗したので、ほんの5分ほどだけ取材を中断していただけませんか」と言ってきた。5分くらいならと思い私は快諾したが、30分経っても広報マンも技術者も戻ってこない。私は隣の応接室のドアをノックもせず開け、「5分だけという約束ではなかったか」と怒鳴りつけ、広報マンは「すみませんでした」と私に言い、朝日の記者には「申し訳ありませんが、取材中でしたから」と引き上げてもらった。朝日の記者は私に謝りもせず傲慢な態度で帰って行った。朝日の記者は「世界は自分たちのために回っている」と考えているようだ。
余談が長くなったが、朝日の記者の傲慢さが今回の不祥事の根っこにあったことを明らかにするため、長々と書かせていただいた。
さてNHKの記者を含む3人の職員がインサイダー取引をしたことを朝日は執拗に追求してきた。もちろん私はインサイダー取引を行った3人をかばうつもりは毛頭ない。が、3人がインサイダー取引で得た利益は総額でたったの40万円だった。朝日の執拗な攻撃に屈したのかどうかは知る由もないが、NHKはこの3人を懲戒免職という最も重い処分にした。このことは記憶にとどめておいてほしいが、懲戒免職の場合、退職金は一切出ない。だから公務員が犯罪を犯した場合、よほどの重罪でなければ役所は懲戒免職ではなく懲戒免職に次ぐ重い懲罰の停職処分にして、自発的退職を促す。自発的退職の場合は退職金が全額支給される。
さて5億1800万円の申告漏れをした朝日は自らの不祥事をどう報道したか。はっきり言ってほとんど目につかないような記事を書き、私は朝日に電話でこの不祥事を報道しなかったのかと聞いたぐらいだった。朝日の案内でようやく38面に目立たないように書かれた記事が掲載されているのを見つけた。小見出しの一部に「関係者処分」とあった。その記事の全文を転記するのはばかばかしいので朝日のモラルが明白にわかる部分を引用する。
東京国税局は、取材費の一部を交際費と認定したり、出張費の過大計上を指摘したりして、編集関連費のうち約3億9700万円を経費とは認めず、重加算税の対象と認定した。このうち京都総局が出張費などで計上した約1800万円についてはカラ出張による架空経費と指摘した。(筆者注・まるで他人事のような書き方ではないか)
(中略)朝日新聞社は、これらの認定を受けて、同日付で京都総局の当時の総局長らを停職などの処分にしたほか、管理責任を問い、東京、大阪、西武、名古屋の各本社編集局長を減給処分にした。
朝日新聞社広報部の話 申告漏れの指摘を受けたことを報道機関として重く受け止めています。架空経費に関しては関係者を厳しく処分しました。今後一層、適正な経理、税務処理に努めます。
朝日の報道機関としてのモラルが厳しく問われるのは5億1800万円の申告漏れではない。問題は編集関連費のうち約3億9700万円の巨額が経費と認められなかっただけでなく、悪質な脱税行為に課せられる重加算税の対象と認定されたことだ。
言うまでもなく編集関連費は朝日の記者(ジャーナリスト)が深く関与した金だということだ。京都総局のカラ出張は果たして記者が行った犯罪か、それとも広告営業などに携わる社員(彼らはジャーナリストではない)が行った行為かは今のところわからない。ただ朝日が報道機関としてのモラルを重視するなら、とりあえず責任者たちに極めて軽い処分を行った、で済む話ではない。少なくとも当時の京都総局長に下した「停職」という処分は「すぐに辞表を出してください。そうすれば退職金は満額支払います」という意味だ。それが朝日のモラルの本質だ。朝日はホームぺージでコンプライアンスを公表しており、とりわけその中の「朝日新聞記者行動基準」は世界に誇れるほどの高いモラルを記者に求めている。
そのコンプライアンスが今崩壊に瀕している。読者の信頼を取り戻すためには、1面トップ記事で、NHK職員のインサイダー取引を批判した以上のスペースを割いて、秋山社長および社長と同格の船橋主筆の厳しい自己批判を掲載し、重加算税の対象にまでされた記者の不正行為の全貌を、朝日と利害関係のない弁護士や公認会計士を交えた調査委員会を早急に立ち上げ、誰が、どういう名目で経費として計上した金額の本当の使途を、3億9700万円のすべてについて調べ上げ、不正に携わった記者の氏名と処分(当然懲戒免職)を必ず紙面で公表することを読者に約束していただきたい。それが朝日のコンプライアンスに最もかなう方法だ。「いや、あれは建前を書いただけです」というならホームページで公表しているコンプライアンスに「これは建前です」という一文を書き加えてほしい。