淡彩スケッチ ひとりあそび

  へたはへたなりに 楽しんでいます    ( by satoyama )
  

春をまちかねて  [708]

2016-02-29 22:38:23 | 淡彩スケッチ
         
               県道沿いの民家  F4  淡河町 南僧尾

         
               農村歌舞伎舞台  F4  淡河町 北僧尾
                 安永6年(1777年)の墨書があり、現存する農村歌舞伎の舞台として
                 もっとも古いものとして注目されているそうである

         
               山すその民家   F4  淡河町 北僧尾
                 遠くから見つけて、傍まで行って描いた 

              この日、朝からの穏やかな日差しにつられて、久しぶりにスケッチに出た。
            計画も無く、とにかく家を出てうろつきまわる(とはいえ車でだけれど)のは決まって
           北区淡河地域である。

            前に、スケッチすることを断られた茅葺の民家は、心配していたとおり、痛々しいほど
           傷みが進んでいた。
            葺き替えを思案しているのではない、住む人がもう居ないのか放置されたままの民家も目に付いた。

            田舎の原風景を絵にしておきたい。
  

                          

         

わびすけ     [707]

2016-02-16 01:06:26 | 淡彩スケッチ
        
           「わびすけ」  水彩 F4

        
           「藪つばき」  水彩 F4


          地方紙の「出版メモ」欄を読んでいて、タイトル「麦の秋」というある私家版作品集の
       紹介が目に付いた。
        亡きご夫人に捧げられた短歌、俳句、川柳が収録されているそうである。
        〈麦の秋 助手席の妻眠りこけ〉 
        〈妻癒えてキツネうどんの上手い店〉
        〈柚子風呂や先に死ぬなと背を流す〉
        〈針仕事と言ってもボタン付けただけあなた任せの日々は返らず〉
       などの作例が列記されていた。

        またそれぞれの作には、友人の英語学者の手による英訳もついているとか。
        希望者には無料で送るとの添え書きがあったので、昨日申し込んでいたら、今日、2,3日中
       には送って頂けるとの丁寧な返事が返ってきた。

        来週、亡き妻の17回忌を迎える自分にも、なんとなく通じるものが載っているような気が
       して、届くのを待っている。

        「わびすけ」は妻の好きだった花で、庭に咲くものを毎年の様に描いている、いやいや、ついつい
       描いてしまう。

少年の頃  柏原(大阪府)   [706]

2016-02-01 01:30:23 | 淡彩スケッチ
           
                 柏原南口駅   サイズ SM

           
                 大和川 柏原南口駅 近くの堤防から  サイズ  F4

           昨年の末、数日あちこち一人歩きをし、スケッチもした。
         富田林寺内町であったり、ここ柏原である。
         少年の頃、自宅から大和川の堤防を自転車で小一時間ほどさかのぼれば、川泳ぎを楽しめたし、
        古墳めぐりも、見よう見まねのスケッチも出来た。

         近鉄道明寺線が大和川を渡るために、堤防を目指して登ってきたところに、柏原南口駅がある。
         晩秋、紅葉したブドウ畑の葉が、西日を受けて燃えるように真っ赤に映える山を背にする孤独な
        駅舎はずっと記憶に残っていた。
         もう一度見たい、描きたいというのが今回の目的であった。
         堤防に立ってみる駅舎は、60年も前と少しも変わっていなかった。

         この柏原での川泳ぎに忘れられない深い思い出がある。
         中学2年の時、友人と泳ぎに来ていて、川岸の砂浜で休んでいた時のことである。
         泳いでいた職場仲間らしきグループの中のひとりが、不自然と思える姿勢で沈んでいくのを目撃し、
        大声でその人たちに知らせたけれど誰も取り合ってくれなかった。
         この中の誰かが潜ったのを見間違えたのだろうという事であった。
         大人たちを説き伏せる根拠も無かった。
         30分もした頃、人々が騒ぎだし、消防団員のハッピを着た人たちも集まって来て、やがて水中
        から一人の男性を担ぎあげて陸へ連れて行った。
         たとえ泣き叫んででもして、訴え続けておればとずうっと悔やみ続けてきたのである。

         30過ぎの夏季休暇の時に、妻と小さな車を駆って、奈良の五條市から和歌山県新宮市へ抜ける道を
        ドライブ旅行したことがあった。
         途中、川床から温泉の湧き出ている川湯温泉に宿泊した。
         川岸を散歩していて、川遊びしていた小学4年生くらいの女の子が、転がるゴムボールを取りに行って
        足を滑らし、流れに落ち込んだところを偶然目撃した。
         とっさに川岸を流れに沿って走り、飛び込んだ位置から泳いで追いつき、水中で子供を抱きかかえた
        けれども、岸まで泳ぎ着くことが出来ず、気が付いて追いかけてきた川岸の保護者の手に子供を渡す
        のに50メートルくらいは流されていた。

         泳ぎが得意でもなんでもない自分が、考える間の無く無鉄砲な行動に出たのは、若い頃の柏原での
        負い目が体に浸みついていたのだろう。