落合順平 作品集

現代小説の部屋。

舞うが如く 第六章 (13)大地に生きるもの 

2013-02-10 10:02:24 | 現代小説
舞うが如く 第六章
(13)大地に生きるもの 






 広がりつづける「ワッパ騒動」を封じ込めるために
県も強硬な態度で、激しい弾圧と鎮圧のための工作を開始します。
各地で、騒動の主だった指導者たちが次々と検挙されてしまいます。
松ヶ丘開墾場の幹部たちの元にも、万一にそなえて、軍備を整え、
有事の際の出動を準備するよう秘密裏の指令が届きました。


 開墾場は旧庄内藩の士族たち、3000人の選りすぐりの精鋭部隊です。
60人ずつを各小隊に分けたうえで、30組にもおよんだ組同士は、つねに
競争原理の上におかれました。
目標を持たせて競わせることが、平時の軍事教練にもなっていたのです。



 縦割りに組織された開墾部隊の構成は命令ひとつで、戦闘集団に早変わりをします。
旧庄内藩の指示のもと、有事の際の軍事力としても通用するように、
元士族たちとその兵力はこうして形の下で温存をされてきました。


 この密命は、時をおかずに新徴屋敷に住む琴や良之助達の元にも届きました。
隊長の沖田林太郎らとの会合がもたれ士族たちと共に、有事の出撃に
同行することが再確認をされます。

 琴が重い気分のまま、
いつものように、陸稲畑へと向かいます。


 「どうしなすった、
 今日は顔色が良くない。
 めずらしく、ふさいでおる様子にあるが。」

 老農にそう言葉をかけられた瞬間に、琴が、我に返ります。
呼ばれるままに木陰へと向かい、老農と相対します。

 「どうやら、
 思案に暮れている有りようじゃな。
 うちの良太といい、そなたの様子といい、
 若い者は悩むことが多すぎる。
 おおかた、両天秤をかけて、どちらにも都合のよい
 結論などを探していると見える、
 それでは一向に埒(らち)があくまい。」

 「分かるのですか。」


 「正直者は、
 みんなそうして顔に出る。
 若いうちは皆、別れ道に立たされた時には一様に悩むものである。
 結果や正解などというものは、あとになってから現れるもので、
 いま見つけようとして、いくらあがいてみたところで、
 事態が右に動くか、左に動くかが解らぬうちは
 悩む事自体が、無駄なことである。
 だが、それが分かるようになるまでは、おおくの時間がかかる。
 それが解るようになるには、
 わしぐらい、老いぼれてからの話であろう」


 「ご老体には、なにが見えまするか。」


 琴が、老農の瞳をまっすぐに見つめます。
いつものと同じように、老人が細い目をさらに細めて琴に笑顔を見せます。

 「雑草に、遠慮することはありません。
 路傍にある草を踏まずに歩けるのならば、それに越したことはありません。
 嫌でも、踏まなければ前に進めないときも又、あるようです。
 前に行きたいのなら、踏みつけるしかありません、
 踏むことを躊躇するのなら、時節に逆らうことにもなるでしょう。
 誰が雑草であるかは、めいめいの価値観の違いで異なります。
 世の中が大きく変わり、その仕組みが生まれ変わろうとすればするほど、
 嵐も発生して、激しい軋(きし)みも生まれます。
 百姓は、昔も今も、
 踏まれたままに生きてきた。
 たまに、頭をもちあげることもあるが、
 たいていは、無残に踏みにじられて、また話が終わる。
 さてさて・・・・
 今回は、どうなることになるのやら。」


 
 琴が腕を組みます。
焦点の定まらない目線のまま、
遥かに続く、松ヶ丘の桑畑をぼんやりと見降ろしています。
老人が腰に手を置いて、のっそりと立ちあがります。


 「噂をすれば、なんとやらだ。
 今度ははるかに、
 良太の飛んでくる様子が見て取れる。
 あの様子では、また村でひと悶着がはじまったようだな。
 やれやれ今日は、忙しいことだ。」

 先日会ったばかりの、良太と言う青年が
巨体を揺すって、坂道を猛然と駆けあがってくる様子が見えます。
血相を変えて疾走するという言葉がぴったりで、
ただ事ではない事態は、到着する前から歴然に見て取れました。



 「爺っ、
 逮捕された者たちを奪還するために、
 決起する決議が回ってきたぞ~!。
 酒田の監獄を包囲するために、すべての者たちが
 至急集まれと、ふれが出た!」


 「村でも、農民たちが騒ぎはじめたようですなぁ。
 そちらの開墾の士族たちにも、
 すでに、出陣の指令が届いたかもしれません。
 いずれにしても、琴ども。
 あなた様は、自分自身を信じて凛(りん)として構えなされ。
 案ずることなどはありません。
 雨が降ろうが、槍が降ろうが
 身じろぎもせずに、自分の決めた道を貫き歩いてくだされ。」



 どれと、腰をあげた老農が
もう一度、優しい目で琴をふり返ります。



 「ほうれ、
 陸稲が、ずいぶんと元気に育ち始めました。
 この種をさらなる荒れ地に播いて、
 2代、3代と続ければ、水の乏しい陸地でも育つ
 陸稲(おかぼ)米がやがて完成するでしょう。
 しかし、それを見ることができるのは、
 おそらくあなたや、良太の時代のことになると思います。
 この種は、まだまだ新しい環境で育つほどに力をたくわえてはいませぬ。
 新しいものを育てるあげるということは、
 途方もなく長い時間と、試練の嵐もまた必要となる。。
 時には我が意に逆らって、予期せぬ嵐に巻き込まれるかもしれませんが、
 それもまた、自然のなりゆきのひとつですぞ。
 結論を急ぎ過ぎてはいけません。
 お若いかたがた。」


 立ちつくしたまま見送る琴をしり目に、老農が立ち去ります。
良太が息を切らせて駆けあがってくる坂道を、まがった腰に両手を添えながら、
急ぐこともなくのっそりと下り始めました。




 
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