落合順平 作品集

現代小説の部屋。

北へふたり旅(108)メロン記念日③ 

2020-05-31 14:11:36 | 現代小説
北へふたり旅(108) 


 床面積の広いスーパーマーケット。そんなイメージで地下へ降りていく。
エレベーターのドアが開いた瞬間、目を見張った。
そこはまるで食のテーマパーク。
洗練された店舗が華やかに並んでいる。


 (いまどきのデパ地下は、こんな風になっているのか・・・)


 (ホント。じつに美味しそうです)


 メロンを見にいくはずが、妻の目は華やかな弁当にクギづけになった。
北海道の食材をふんだんに盛り込んだ弁当が、これでもかとばかり並んでいる。


 「駅弁よりこちらのほうがおいしそうに見えます」


 「問題は時間だ。朝10時だ。買えるか、ここで」


 デパートの開店は10時。その時間、弁当はここへ並んでいるのか?。


 「だいじょうぶです。
 開店とどうじに販売できるよう、ご準備しております。
 駅弁として楽しんでいただけるようお茶もセットで用意してございます」


 妻の疑問に、店員が笑顔でこたえる。


 「いいわね。それならたくさん買えるわ」


 10時30分から10時間。
わたしたちはJR東日本を南下していく。
効率を重視したため、乗り換え時間にそれほど余裕はない。
そのため2食が、列車の中の食事になる。
 
 「カニがおいしそう」


 「君。明日の弁当もだいじだが、とりあえずメロン記念日が先だ。
 ユキちゃんのメロンを見に行こう」


 「だいじょうぶ。もう見つけてきたっしょ」


 ユキちゃんがわたしたちの背中へ戻ってきた。
手に透明のカップを持っている。
カップの中にカットされた赤肉のメロンがはいっている。


 「800円て書いてある・・・、こんなので良いの。本当に?」


 「学生です。これでもずいぶん贅沢っしょ。
 自分のご褒美に買うのも、年に1度か2度あれば買いすぎですから」


 「あら。おいしそうね。それ。どこで売っていたの。
 わたしたちも買いましょう。せっかくですもの、ねぇあなた」


 結局。カップにはいったカットメロンを3個購入した。


 「ずいぶん世話になったのに、ささやかすぎてこころ苦しい。
 ほかに何かないか。
 遠慮しないで言ってくれ」


 「それなら、もうひとつ・・・」


 「あるのか。そいつは良かった。
 どんなものがいい?」


 「卒業旅行を考えているっしょ。
 わたし、群馬へ行きたくなりました」


 「群馬へ卒業旅行・・・ずいぶん地味だね」


 「お2人を見ていたら源泉かけ流しの温泉地、草津温泉を見たくなったしょ」


 「おお、草津か。いいところだ。草津温泉は。
  毎分3万2300ℓ以上の自然湧出量は、日本一だ。
 よし。群馬へ来たら電話してくれ。
 おれたち2人で草津温泉へ案内してあげるから」


 「ほんと!。うれしいっしょ!。約束です」


 「君にまた逢えると思うと、おれたちのほうがはるかに嬉しい。
 よかった。はるばる札幌までやってきた甲斐があった」


 卒業したら親が経営している牧場を継ぐといっていた娘が、
嬉しそうに、カットメロンが入った袋をぶらさげて、立ち去っていく。




(109)へつづく


北へふたり旅(107)メロン記念日②

2020-05-28 14:00:41 | 現代小説
北へふたり旅(107)


 「この味がいいね」と君が言ったから、8月27日はメロン記念日」


 「何。それ?」


 「俵万智。1987年に発売されたサラダ記念日。そこからの盗作」


 「あら。懐かしいです、俵万智。
 『寒いね』と話しかければ『寒いね』と答える人のいるあたたかさ。
 ハンバーガーショップの席を立ち上がるように 男を捨ててしまおう、
 という作品も好きでした」


 「そういえば、
 おしまいにするはずだった恋なのに しりきれとんぼにしっぽがはえる。
 なんて作品もあったね」




 「えっ。いったいなんのお話ですか?」


 ユキちゃんがキョトンと振りかえる。
無理もない。
40代から上の年齢層なら知っているが、平成生まれは俵万智を知らない。


 「サラダ記念日は、280万部のベストセラー。
 口語体で現代短歌を詠んだ人、それが俵万智というひと」


 「へぇぇ・・・」


 「ここだけの話、サラダ記念日に裏話が有る。
 ご本人がのちに、サラダではなく「鶏の唐揚げ」だったと種明かしした。
 いつもの鶏の唐揚げをカレー風味でアレンジしたら、当時つきあっていた彼が
 「おっ、この味いいね」と褒めてくれたそうだ。
 夏のきらめきのように、パッと華やぐ女性の笑顔が連想できる一句。
 みずみずしさが、なんとも素晴らしい。
 彼女はこの一句で時の人になった」
 
 「こちらにも、みずみずしいメロンがたくさん並んでいます」


 妻がウィンドウを指さす。
贈答用の秀品が、これでもかと棚一杯に並んでいる。


 「いいね。どれも美味しそうだ。ユキちゃん。どれがいい?」


 「わたしにですか。もったいないっしょ。高すぎます」


 「遠慮することはない。どれでもいいから選んでくれ。
 君にプレゼントする」


 棚にならんでいるメロンは、1玉4000円から5000円。
高値で取引される夕張メロンから比べれば、ほぼ半値に近い金額だ。


 「贈答用メロンの売り場ではなく、地下へいきましょ」


 「地下?。デパートの地下といえば食品売り場だ。
 そんな場所でメロンなんか売っているの?」


 「はい。わたしのためのメロンが、たぶんそこで売られているっしょ」


 ユキちゃんがデパ地下へむかうエレベーターを指さす。
なぜデパートの食品売り場が地下に作られるようになったのか。
最大のメリットは、食品売り場に欠かせない水道やガス、電気などの
配管や設備が上階よりずっと低コストで済むからだ。


 また地下鉄や地下の駐車場から人を集めるのも容易。
地下から人を吸い上げ、上の階へ人を導く策略を噴水効果と呼ぶ。


 「どうやらさいきんのメロン記念日は、地下にあるらしい」
 
 「そのようですね。サラダ記念日の発刊から33年。
 時代はずいぶん変わりましたから」




(108)へつづく



北へふたり旅(106)メロン記念日①

2020-05-25 16:04:05 | 現代小説
北へふたり旅(106)


 2人が手ぶらでわたしの前にあらわれた。


 「あれ・・・どうしたの?。買ったものは?」


 「大きな荷物をもって戻って来ると思っていたの?。もしかして。
 遅れていますねぇ。いまどきはお店から送ってくれる時代です」


 なんでも宅配で送れる。
おおきな荷物をかかえ電車へ乗りこむわたしが、いきなり時代遅れになった。


 「ユキちゃんにすっかりお世話になりました」


 「本当だ。あらためてお礼をしたいね」


 「なにか欲しいものがある?。遠慮なく言ってちょうだい」


 「わたし・・・メロンが大好物なんです」


 「メロン。いいわね。わたしも大好き!
 お世話になったお礼にメロンを買いに行きましょう。ねぇあなた」


 女2人ですでに筋書きが出来ているようだ。


 「このさき。西の出口にメロンを売っているデパートがあるそうです。
 駅弁も置いてあるそうですから、あしたの下見もできます」


 女2人はメロンに心が躍っている。
メロンには魔性が有る。
甘くかぐわしい香り。とろけるような舌触り。
幸せな気分を満足させてくれるフルーツ、それがメロンという果物だ。


 「8月だ。夕張メロンの時期はすでに過ぎていると思うけど?」


 「夕張は終わりましたが、北海道はフルーツ王国。
 いまのおすすめは、富良野メロンです」


 「富良野って・・・ラベンダーで有名な、あの富良野?」


 「はい。北の国からで有名になった、あの富良野です。
 夕張メロンよりひとまわりおおきくておいしいメロンが、およそ半額。
 魅力的でしょ。リーズナブルなお値段が」


 「ほう。安いのか。それは嬉しい。
 メロンほど価格に幅が有る果実もめずらしい。
 1玉400円から、1万円以上の贈答用の高級メロンまでさまざまだ。
 君。知っているかい。アンデスメロンの名前の由来を?」


 「アンデス地方原産だから、でしょ?」


 「生産者は作って安心。流通は売って安心。消費者は買って安心。
 安心を冠にした安心ですメロン(アンシンデスメロン)を略して
 『アンデスメロン』になったんだ」


 「ホント?」


 「クインシーメロンの「クインシー」は、赤肉ということで
 女王を表す「クイーン」と「ヘルシー」の造語。
 エメラルドメロンの「エメラルド」は、5月に市場に出回ったことから、
 5月の誕生石の「エメラルド」にかけた」




 「ぜんぶ日本でつけられた名前なの。あら、びっくり・・・」


(107)へつづく



北へふたり旅(105)北の赤ひげ⑧ 

2020-05-22 18:14:44 | 現代小説
北へふたり旅(105)


 「こちらだべ」ユキちゃんがアンテナショップの前で立ち止まる。
北海道どさんこプラザと書いてある。
コンビニよりすこし大きな店構えだ。


 「こんなところにぜんぶ揃っているの?」


 「こんなところだから全部そろっているっしょ」


 定番みやげの菓子。毛ガニをはじめとする海産物と加工品。
チーズ、バター、地酒、ビール、ワイン・・・
なるほど。コンパクトな中に、北海道らしい品物がこれでもかとばかり並んでいる。
これならリクエストされた土産のほとんどが手に入りそうだ。


 「土産はぜんぶ揃いそうだ。
 ユキちゃん。もうひとつ教えてくれないか。
 少し疲れた。ひと休みしたい。ちかくにそんな場所があるかな?」
 
 「たっぷり歩いていますからねぇ。
 ユンケルを過信し過ぎて無理すると、あとで祟るっしょ。
 すぐそこの通路を右へすすむと、喫茶店があります」


 「じゃ、わたしはそこで待っている。
 わるいが買い物は、きみたちだけでかたずけてくれ」


 そうね。そのほうが賢明ですと妻がうなずく。
女2人を置いてユキちゃんに教えられた通路を、奥へすすむ。
店はすぐみつかった。それほど中は混んでいない。
席へ座るなり、すぐに店員がやって来た。
 
 「アイスコーヒーをひとつ」


 「はい」とこたえて店員が奥へ消えていく。


 こんな風にオーダーする店は久しぶりだ。
ゆっくり流れそうな時間ががここちよい。
ガラス越しの通路へ目をやる。
人が流れていく。
しかし、誰も店の中へ目を向けない。
目を前に向けたまま、目的地へ向かってすすんでいく。


 (リタイヤしている旅人に、誰も興味をもたないか・・・)


 自嘲気味につぶやいたとき、
「おまちどうさま」とアイスコーヒーがやってきた。
「ありがとう」と言えば、「ごゆっくり」と立ち去っていく。


 こんな状態になるとは、自分でも思っていなかった。
2日目の後半から身体の疲れを感じていた。
慣れない長旅のせいだろう。そんな風に思い込んでいた。
まさかこんなところで不整脈の診断を受けるとは、夢にも思っていなかった。


 (まいったな。不整脈だってさ・・・)


 どうする?、と自分に問いかける。


 3人兄弟の長男だった父は心臓の病気で、70代半ばで亡くなった。
次男も三男もおなじように、心臓の病で亡くなっている。


 (わが家は心臓病の家系だからな・・・)


 ひとくち呑んだコーヒーがみょうに苦い。


 (口までおかしくなったかな・・・いや。そんなバカな)


 あわてて否定した時。ガラスのむこうに妻とユキちゃんの姿が見えた。


 
(106)へつづく


北へふたり旅(104)北の赤ひげ⑦ 

2020-05-19 14:53:39 | 現代小説
北へふたり旅(104)


 タクシーが札幌駅の北口へ滑りこんだ。
繁華街に面している南口と様子が異なる。
こちらはすこし、閑静な雰囲気がただよっている。


 「駅中へ入るの?」


 「はい。ここがおすすめの場所です」


 札幌駅は駅としての機能だけでなく、おとずれる人が買い物をたのしめる。
商業施設としての役割もはたしている。
4つのショッピングセンターに、600以上の店舗がある。
そのどれかへ行くかと思ったら、西の改札を目指してあるきはじめた。


 東西をつなぐ通路にたくさんのコインロッカーが並んでいる。
コインロッカーの数を見るだけで、駅の観光度がわかる。
そういえば北陸新幹線が開通したばかりの金沢駅で、コインロッカー探しに
苦労したことがあった。
どこを見ても、すべてのコインロッカーが使用中。
一時預かりのフロントも、荷物を預けたい観光客でごった返していた。


 (まいったねぇ。荷物を預けたくても空きがないぞ)


 (新幹線のおかげで、東京から2時間30分で金沢。
 朝早く出れば街中をバスで観光して、夜には東京へ帰れます。
 泊まらなくても観光できるの。
 たぶんそんなひとたちが、きゅうに増えてきたのでしょう)


 (日帰りなら荷物はいらないさ。手ぶらで充分だろう)


 (女はそういうわけにはいきません。
 けっこうな荷物になるのよ。たとえ日帰りの旅行でも)


 (そんなもんか・・・)


 (そんなものです)


 結局、荷物をかかえたまま、近江町市場を歩いたことを思い出した。
先頭を歩いていたユキちゃんが、とつぜん振り返った。
 
 「そういえばおじさま。やっぱしユンケルが効いたのかしら。
 さきほどからずんぶ、元気さ歩いてるっしょねぇ」


 「おっ・・・言われてみればその通りだ。
 効くんだねぇ一本千円のユンケルは。名医だ。北の赤ひげ先生は」


 「さきほどまで藪医者だと言ってたくせに。
 勝手すぎますねぇ。あなたったら」


 「歩けるのはありがたい。
 明日は特急と新幹線を乗り継いで、いっきに群馬まで帰るようだからな。
 旅の4日目は、ほとんど電車の中、ということになる」


 「群馬までどのくらいかかるべか?」


 「10時30分発のスーパー北斗で、3時間30分。
 新函館北斗駅で北海道新幹線に乗り換えて、仙台まで約3時間。
 仙台から東北新幹線に乗り換えて、宇都宮まで1時間と少し。
 宇都宮から小山駅まで20分。
 さいごはローカル線の両毛線にゆられて、1時間。
 乗り継ぎの時間もいれておよそ10時間かかる」


 「なして途中で新幹線を乗り換えるのですか?」
 
 「北海道新幹線は宇都宮では停まらない。
 仙台を出た後、栃木県をスルーして埼玉県の大宮まで行く。
 ローカル線の両毛線に乗るために、いちど仙台でのりかえる必要がある。
 不便なんだよ。北関東のへき地に住んでいると」


 「それは大変っしょ。
 新千歳から羽田まで、飛行機なら1時間半。
 わざわざ汽車を何本も乗り継いで群馬へ帰るのは、何かわけでもあるっしょか?」


 ユキちゃんの疑問に、妻が横から口を出す。


 「実はね、わたし、高所恐怖症で飛行機が苦手なの。
 だから移動はつねに新幹線。
 そうよね。飛行機ならたったの1時間半。羽田から群馬まで電車で2時間。
 4時間もあれば帰れるのにわざわざ10時間かけて帰るのよ。
 急がない人生もあるの。
 大人のぜいたくと言うのかしら。こういう旅を。うふっ」
 
 「大人のぜいたくですか・・・なるほど。素敵っしょ」
 


(105)へつづく