落合順平 作品集

現代小説の部屋。

『ひいらぎの宿』 (51)

2014-01-13 06:56:23 | 現代小説
『ひいらぎの宿』 (51)第5章 NPO法人「炭」の事務局長
たかが7兆円、されど7兆円




 『土壌に木炭を施す事業そのものについては、国による国庫補助メニューは
どこをどう見つけても、一向にみあたらない』と、凛が重ねて悔しさぶりを強調しています。
地方が独自で炭撒きを実施するとして、その便益が将来に及ぶと考えた場合でも、
地方自治体が地方債を発行できる経費を規定している、現在の地方財政法5条(公共施設の整備)に
合致するものでなければ、発行のための許可は降りません。


 森林を元気にすることは、国家100年の根幹を育てる大事業です。
しかもそれが、もともと山林にある資源(炭焼き)を活用して、地域経済振興の観点からも、
容易に実施しうる位置にあるのが、木炭を山林に散布という事業です。
炭の製造から炭撒きに至るまで、総額で7兆円がかかると仮定をしても10年計画で
全国に展開をしていくと考えれば、単年度でかかる費用は、7000億円あまりにすぎません。
国と地方で半分ずつ負担をすると考えれば、単年度の経費は、3500億円ずつです。
これにより全国の森林が蘇り、地域経済が再活性化するとなれば、必ずしも
高い買い物ではないようにも思えます。



 「だけどねぇ。日本の政治家どもは、クズばっかりで、まったく使い物にならないの。
 山村の振興や、地域経済振興のために、必要な施策を真剣に考えなければならないという
 この時期に、ああだこうだと、のらりくらりと、あたしたちから逃げているばかりです。
 酸性雨は土壌中の微生物を殺し続け、生命循環の輪を破壊し続けてきた。
 すべての生きものは、微生物の力を借りなければ生きていくことはできません。
 微生物のいない世界は、生命をつないでいくことができません。
 酸性雨は土壌の中から猛毒のアルミニウムを溶かし、実を作るうえで大切なリンを奪い、
 実を結べない森林を作ってきました。
 長いこと毒の雨を受け、ここにきていろいろな影響が重なって現われてきました。
 炭は微生物の住みかになり、そこで育つ樹木を元気にします。
 炭をまいた県内の山や公園、栃木県の足尾町の山などの経過報告や、炭を使って
 魚を増やした湖の例などを、さんざん紹介をしてきたというのに・・・・
 それなのに、あの腰の重い政治家連中たちは、いつまでたっても一向に動きません。
 あ~あ。思い出しただけで、何故かまた頭にきます!。
 お酒をください、おじいちゃん。今夜は徹底的に飲み明かします!」



 「お前さん。言うことが、過激になってきたぞ。
 炭は命を救うということがよくわかったが、その過激ぶりでは、お前さんの身を滅ぼしかねん。
 お前さんは、もしかしたら過激な共産党系かな?」



 「失礼な。私は、政治的には、まったくの無色です。
 NPO法人「炭」の言い分を聞いてくれる政治家さんなら、赤だろうが黒だろうが
 右がだろうが左だろうが、効能について、いつでもトコトンまで語りにすっ飛んで行きます。
 だけど、いまの国会議員たちは、どいつもこいつもクズばかりです。
 福島第一原発の事故の実態を、隠し続けてきたあの東電のグズグズとした隠蔽体質は、
 実は、軟弱すぎる与野党の議員先生たちに擁護されてきたために、温存をされてきたものです。
 飛散した放射能の実態がどれほどひどいものであるかは、山を歩いてみればすぐに分かることです。
 マスコミを使って世論を操作し、おおくの国民の目を欺くことができても、
 自然を騙すことは、断じて、できません」


 凛が、一升瓶をむんずとばかりに抱え込みます。
酒癖が悪いというよりも、何故か、聞く耳を持たない政治家たちに本気で真っ向から
腹を立てているという様子が、見ている側にもに伝わってきます。



 「たかがの、7兆円ですよ。7兆円。たったの7兆円です 
 政治家がその気になれば、右から左へポンと動き出す金額じゃないですか!。
 国土の未来を守るための根幹とも言える、大切な資本への投資だというのに、
 それをサボってひたすら無駄使いに狂奔している政治家や、官僚たちの神経が信じられません。
 例えば、無駄な税金の典型として、『国家公務員宿舎法施行令』に基づく
 公務員専用マンションの建設があります。
 2010年完成予定のタワー36階建ての建設費用が、「141億円」です。
 これのすべてが、国民の税金です。
 しかも、一部の官僚および役人しか住めません。あくまでも役人専用のマンションです。
 会計検査院が、11月2日に、国の2011年度決算の検査報告をまとめて、
 民主党の、野田佳彦首相に提出した報告書があります。
 税金の無駄遣いなど、経理処理が不適切と指摘したのは全部で513件。
 金額にして、なんと、1年間で5296億円。
 金額は前年度比の1、2倍で、09年度(約1兆7904億円)に続き、
 過去2番目に多かったそうです。
 それだけじゃありません。
 10兆5000億円の増税などから編成されている、東日本大震災の復興予算の、
 総額19兆円の使い道がおかしいという話も飛び交っています。
 事実、復興に直接関係のない、霞が関の合同庁舎の改修に、12億円。
 被災地以外の3つの税務署の改修に5億円。沖縄の小中学校改修には、31億円。
 あげくのはてには、被災地以外の国立大学の改修に、389億円。
 被災地以外の全国の道路の整備に、273億円なんてのまであります。
 震災から2年近くが経つというのに、総額19兆円の復興予算は宙に浮いたままです。
 いまだに多くの被災者が、仮設住宅から脱出することができていません。
 世の中、何かがどこかで狂っています。
 必要なところへ、必要なお金が流れないなんて、信じられない世界です。
 残念です・・・・とにかく、私は無念です・・・・」


 凛の呂律が、微妙に怪しくなってきました。
ふらりと前後に凛の身体が揺れたあと、ポトリと茶碗が板の間に転がります。
『あなた!』清子が俊彦へ目で合図をしたまさにその瞬間、ふわりと崩れはじめた凛が
作次郎老人に覆いかぶさるように、徐々に倒れ込んでいきます。



 「おおい。助けろ!。この姉ちゃん、見かけによらず意外と重いぞ!」



 必死で凛の体を支えている作次郎老人の顔も、どうやら、飲み過ぎのようです。
いつのまにか、当人の顔も真っ赤になっています。


 (52)へ、つづく





 
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『ひいらぎの宿』 (50)

2014-01-12 10:44:38 | 現代小説
『ひいらぎの宿』 (50)第5章 NPO法人「炭」の事務局長
炭の効能




 凛が、炭による実践例のひとつとして、
群馬県・前橋市にある敷島公園で行われた松枯れ対策の事業を挙げます。
前橋市街地の北側に位置している敷島公園には、園内に約2,700本の松林が広がっています。
内陸部で平地にある松林としては、全国有数の規模を誇っています。
この松林は、約100年前に利根川の洪水を防ぐために植えられたもので、現在は緑豊かな公園として
広く市民を中心に愛されています。


 広大な園内には、郷土の詩人・萩原朔太郎の記念館や
詩碑、前橋の生糸の歴史を物語る蚕糸記念館などが点在をしています。
春には桜が楽しめるボート池や釣堀、600種7000本のばらが咲き誇るばら園もあり、
週末には芝生の上でお弁当を広げて寛ぐ、家族連れの姿も多く見られます。
まさに市民の憩いの場として、親しまれている広大な緑地です。

 前橋市は、国推奨による各種の松くい虫防除対策を、概に使い果たしていました。
たまたま、NPO法人「炭」の提案を受け、炭と木酢液を公園内の土壌に撒いたところ、
あきらめかけていた松が、見事に復活をするという成果をあげています。
炭を撒いたことにより、まず土壌にミミズが集まりはじめます。
さらにそのミミズを目当てに、たくさんのモグラたちが集まってきました。
炭により、土壌が中和された結果(現在値でPH6.4)、土壌が生き返り、微生物たちが再生し、
その結果として、美しい松林の復活につながったという因果関係が立証されています。



 「ナラ林の再生にも、炭は効能があります」


 いつのまにか、凛の瞳がキラキラと輝き始めています。
茶碗を膝下に置いたまま、熱い口調で過去の実践例について、語り始めています。
桐生市の林照寺の境内にある、モンゴリナラの林、1haに2トンの炭を撒いたところ、
これまで見たこともないほど、見事なドングリが実ったと言います。
モンゴリナラの樹勢が炭で復活したという、これもひとつの証明です。


 「人類が困難に陥った際に、人類を救ってきたのが炭の存在です。
 毒ガスや環境ホルモン、放射能やダイオキシンなども、炭が吸着をしてしまいます。
 例えば、妊娠した猿が妊娠中毒になったとき、本能的に焚火の後の炭を食べるそうです。
 豚も炭が好物です。
 炭豚は倍の値段で売れ、群馬県の伊香保温泉の小暮旅館では
 この炭豚を使い、評判を集め、顧客力をあげています。
 アトピーは、体にたまった毒素の作用ですが、炭が体に入って毒を吸着するという説もあります。
 スズメバチの毒も吸着するという研究結果もあります。
 全身スズメバチに刺された子供を、炭の湯船につからせたら
 直ぐに回復したという、米国での報告例もあります。
 あら・・・・いつのまにか、あたしったら、ムキになって炭の効能について
 あつくなって、語っていますねぇ。
 ごめんなさい。思わず、我を忘れて取り乱しました・・・・」


 「いやいや。あなたが炭に関しては、すこぶる熱い研究者だということが、
 話を聞きながら、心からわかりました。あっはっは」


 『もう一杯いきましょう』と、俊彦が一升瓶を差し出します。
『これだけが大好きで、あたし、記憶がなくなるまで飲んじゃうんです。昔っから・・・』
と凛が、目を細めて妖艶に笑い出します。



 「ノンベェ防止に、炭は効かんのか?」と作次郎老人が横から口を出せば、
「あら。それだけは、まだ試していませんねぇ!。今度、人体実験をしてみます」と
軽く受け流します。ほろ酔いの加減から、少し酩酊の様子さえ見せてきた非常勤講師の凛は、
さらに時間とともに、饒舌に変わります。


 「炭の効用は、人の身体にも、森林にも幅広く及びます。
 炭の活用は、地域経済の振興にもつながり得るというのが私の持論です。
 いま、中山間地帯は、荒廃し疲弊しきっています。
 山は荒れ、動物たちは食料を求めて、里山にまで下りてきています。
 山の森林資源を活用することで、自前の資源による地域再生が可能になります。
 その一つが土壌の酸性化と、疲弊した山林の復活です。
 炭の活用は、その大きな突破口になります。
 全国の山林の酸性土壌を中和するために、全国に炭を撒くと、約7兆円の費用がかかます。
 一度炭を撒くと、その効果は「40年」間は持続する、という試算があります。
 たったの7兆円が有れば、絶滅しかけている日本の山と森林を、救済することができるんです。
 長期的に炭の効用が持続するかについては、まだ今後の検証が必要ですが、
 炭の効用が長期に及ぶのであれば、全国的な「山林に対する炭撒き事業」を
 大々的に展開し、公費を投入する財源として、建設国債の発行を検討することも
 有効だと考えています」


 凛が力説をしているのは、農林水産省の補助事業として、それらに対し
公債の発行が認められているからです。
現在、農林水産省の補助事業として、木を木炭化する施設整備についての助成のメニュー
というものが作られ、かつ推進をされています。
『強い農業づくり』という交付金の中に、土壌機能増進資材製造施設の整備、
森林・林業・木材産業づくりなどの交付金の項目が盛り込まれています。
この中に、地域資源最高度活用活性化対策、農山漁村活性化プロジェクト支援交付金などがあり、
特用林産物生産施設、リサイクル施設の整備などが含まれています。


 こうした経費はいずれも、公債発行対象経費であり、その地方分の負担には、
地方債を充てることが可能であると明記されています。
また、間伐そのものについても、「森林の間伐等の実施の促進に関する特別措置法」において、
起債の特例が設けられています。平成24年度までは一定の範囲で、起債が可能と書かれています。


 「ただし。土壌に木炭を施す事業に関しては、
 国庫補助のメニューが、どこをどう探しても見当たらないのです。
 これはまったくもって、炭を軽く見る、由々しき問題です!。
 女将さん。お酒のおかわりをください!」


 凛の怪気炎は、収まる気配を一向にみせません・・・・


(51)へ、つづく





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『ひいらぎの宿』 (49)

2014-01-11 10:12:29 | 現代小説
『ひいらぎの宿』 (49)第5章 NPO法人「炭」の事務局長
山が枯れる原因




 「森林の衰退と、山が枯れはじめているだって?
 松茸が採れなくなると、松が枯れるというのは、山ではよく知られる循環だ。
 松枯れの現象が進んでくると、広い範囲で今度は、広葉樹が枯れ始めることになる。
 昔からよく言われているように、部分的に樹木が枯れる『縞枯れ』の現象かと思っていたが、
 それとは、また別の問題が発生をしているという意味か?」


 石工の作次郎老人が、思わず膝を乗り出します。


 「縞枯れ現象(しまがれげんしょう)は、亜高山帯の針葉樹であるシラビソや
 オオシラビソなどの優占林に限って見られる、独特の現象です。
 それらは山による自浄作用や、木々の世代交代や、天然更新などと考えられてきました。
 大規模な縞枯れの様子は、蓼科山や縞枯山などで確認することができます。
 樹林帯の一部分が帯状に枯れると、白い縞模様が山肌に発生します。
 ですが、その枯れた樹木の下には、すでに次なる幼樹が育ってきているというのが普通です。
 同時にまた、その山林の上部でも続いて縞枯れがおこるため、縞模様が山肌を
 徐々に上昇していくような形をとります。
 こうした、縞枯れの現象は古くから研究者や登山者の興味を引いてきましたが、
 いまだにはっきりとした原因は、解明をされていません」



 「政府は、松枯れの現象や広葉樹林の枯れに対して、『マダラカミキリの影響』とか、
 『キクイムシの影響』として、農薬の散布したり、樹幹に注入といった対処療法を
 長年にわたって行ってきた。
 しかし、それらのほとんどの対策が、まったく効果を上げなかったことは、政府自らが、
 松枯れ対策に対して行政評価のC評価を与えたことで、証明されておる」


 凛が驚ろきの目で、目の前にいる作次郎老人を見上げます。
先程までは、ただの酔っ払いでよぼよぼのように見えていた老人が、今はしっかりと
凛の目の前で息を吹き返し、興味深そうに瞳を輝かせています。



 「全国的に見て、日本の松は約60%ほどが枯れ、
 現在は、全国的な『ナラ枯れ』の段階に移行しているという話も聞いておる。
 遠くから見て、ナラの梢がグレー色に染まり、おおくのコナラの梢には
 まったく新しい葉がつかない状態が続いているそうだ。
 わしらが若い頃にはあり得なかったほどの、山の悲惨なまでの現象じゃ。
 ナラの樹勢が弱まり過ぎたために、枝の先端にまで栄養物を送れなくなり、
 起きた現象だと、原因について聞いた覚えがある」


 「よくご存知ですねぇ。老人がおっしゃるとおりです。
 全世界的に見ても、同じ現象が、あちこちで同じように進行をしています。
 これらは全て、地球的な規模の大気汚染からくる、酸性雨の影響だろうと考えられています。
 ブナも弱り、ササも弱り、クロマツも弱っています。
 梢が弱った松は、子孫を残そうと「松ぼっくり」ばかりを作ろうと躍起になっています。
 秋に紅葉するはずのナナカマドが、6月に紅葉するし、
 栄養を遠くの枝に送れないために、幹の途中から枝が出てくる
 「胴ぶき」という現象を起こしている木々たちも、林の中でも目立ってきました。
 比較的強いと言われている、ホウノキさえ弱っています。
 山を歩き回ると、様々な樹木の衰退が否応なしに、私の目に入ってきます」


 「原因は、その、酸性雨なのか?」



 「化石燃料を燃やした結果の酸性雨が、雨や雪、霧、風などを媒体として
 土の中に入り込み、中和力を失ってしまった結果、
 土壌のミネラルが、以前の1/3に減ってしまったことがその大きな要因です。
 強酸性の土壌では、土壌の中の微生物は生きられません。
 根粒菌と共生をする細根が弱り、水分や養分の吸収が困難になったことが
 森が荒れ、木々たちが枯れ始めてきた原因です。
 多雪地帯においてPH3の強酸性土壌は、まさに死の世界そのものになります。
 PH6の値であれば、土壌の微生物が安心して活動できます。
 WHO(世界保健機関)でも、アルミニュムによる健康面での危うさを指摘していますが、
 PH5.5になると、土壌中からアルミニュムが溶け出し、
 PH値が下がるにつれアルミニュムの溶け出す量が増えていきます。
 こうしたことから、微生物が生息できなくなる、という因果関係が生まれてきます」


 「待て待て。専門的すぎてわしには、よくわからん。
 酸性雨が危険だということはわかるが、なぜ、アルミニュムというやつが危険なんだ。
 老いぼれにもわかるように、もうすこし詳しく、わかりやすく説明をしてくれんか」


 「一般的に、植物は、中性から弱酸性の土壌までで良好な生育状態を示します。
 酸性土壌が強すぎると、生育が抑制されてしまいます。
 植物の生育に適さない酸性土壌は、熱帯や亜熱帯を中心に広く分布をしています。
 世界の耕地の、約3~4割を占めているとさえ言われています。
 土壌が酸性になると、土壌中のアルミニウムがイオン(Al3+)という有害な
 物質になって、土の中に溶け出してきます。
 Al3+は、植物に対して、きわめて強い毒性を持っています。
 マイクロモルレベルのわずかなAl3+溶液で処理しただけで、数時間以内に
 根の伸長が阻害され、養水分の吸収が阻害をされてしまいます。
 したがって、酸性土壌での生育を阻害する主な原因は、このAl3+であると考えられています」


 「なるほど。その有害なAl3+とやらをやっつければ、
 縞枯れや、立ち枯れの山や、枯れかけた木々たちが助かるというわけか。
 で、その対策には、いったい何が有効なんだ。特別な薬品や物質などが必要となるのか」


 「炭が、万能の処方箋としての役割を果たします」

 「なに、炭だと。本当のことか、それは!」



 「はい。炭の投入により、土壌のアルミニュムを吸収することができるのです。
 炭は、アルミの害を鎮静化させるための機能を,、充分に持っています」


 俊彦も清子も、凛の意外な発言に思わず目を丸くしています。
『待て待て。ゆっくりとその話を最後まで、わしに聞かせろ。まずはぐっと一杯いけ。
詳しい話は、喉を湿したそのあとだ。ほれっ』と、作次郎老人が、凛の茶碗になみなみと、
あふれるほどに日本酒を注いでいます。



(50)へ、つづく




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『ひいらぎの宿』 (48)

2014-01-10 10:50:24 | 現代小説
『ひいらぎの宿』 (48)第5章 NPO法人「炭」の事務局長
黒炭とは





 「黒炭のばあい、炭化温度はだいたい400~700度で炭化が終わります。
 その段階で土釜の口や煙道口を石や粘土で密閉します。
 ちょうど火消し壷と同じ要領でかまのなかの火が消され、そのまま冷やしてからかま口を開き、
 やきあがった炭を取り出します。
 土釜が冷えてからかま口を開くので、白炭のように灰がつかず、表面が黒いままなので黒東とよばれています。
 世界で生産をされるている木炭は、そのほとんどがこうした黒炭です。
 日本の場合は、生の木をゆっくりと炭化させるので、よくしまった良質の黒炭になります。


 炭材に用いられるのは、クヌギやコナラ、カシなどのナラ類の木が多く、
 『ナラ炭』という商品名で、市販されています。
 市販黒炭の代表的なものに、ミズナラを原料としている「岩手木炭」があります。
 ナラ類の黒炭は、白炭にくらべて炭質がやわらかで、火つきがよく、立ち消えも少ないと言われています。
 また、その他の炭材でやかれた国産の炭は「雑炭」として、厳密に区別されます。


 これらの国産の木炭のほか、海外から輸入される木炭も増えています。
 産地のほとんどが、東南アジアとスリランカです。
 ヤシガラ炭が多く、活性炭の原料などに使用されています。
 マンクローブ(熱帯地方の海岸で生育する植物)や、ゴムの木をやいた炭も年間数千トンが輸入されています。
 マングローブ炭は硬質で、外観が備長炭に似ているために、「南洋びんちょう」の名で市販されていますが、
 いずれもやき方が不十分で、煙を出すものなどもたくさんあります。
 マングローブは海辺の植物なので塩分を多く含み、料理に使うと、焼き肉や什器などに
 白い粉となって付着する場合などもあるようです。
 ゴムの木をやいた炭も、バーベキュー用燃料として格安で市販されていますが、おもに、
 工業用として使われています。


 白炭の代表格といえば、紀州備長炭が挙げられますが、
 もう一方の黒炭の代表格といえば、岩手切炭(いわてきりずみ)や
 茶の湯炭(ちゃのゆずみ)などが挙げられます。
 黒炭も白炭も、ともに炭焼きにかんしては、「木伐り3年、窯作り10年、炭焼き一生」と
 いう言葉があるくらい、奥の深い仕事とされています。
 材料となる原木は、「炭材」などと呼ばれ、広葉樹が主に好まれていますが、
 炭の質を一定にするために、出来る限り1種類の木を使って焼かれます。
 中でも楢(なら)・樫(かし)・椚(くぬぎ)などの団栗(どんぐり)の、
 できる硬い木が好まれています。


 「木伐り3年」と言われる通り、
 製炭士が自ら山に入って木々を伐採し、原木を集めてきます。
 最初の工程では、適当な大きさに切り揃えられた材料を、土釜へ詰め込む込んでいきます。
 炭材詰めと呼ばれるこの工程では、原木を窯の大きさに合わせ、隙間なくぎっしりと、
 密集させながら詰めこんでいきます。
 木に隙間ができてしまうと、必要以上に燃えてしまうため積み方にも、熟練した技術を要します。
 原木をギッシリ詰め込んだ窯の口から、新聞紙や藁、雑木などで口火を焚いて
 炭材を一両日程度の時間をかけ、ゆっくりと木を乾燥をさせます。
 ここまでは、本格的にかまの中に火を入れているわけではありません。
 あくまでも、炭を焼くための準備の過程です。
 本格的に炭化させるためには、徐々に土釜内の空気を絞りながら、木材に着火させていきます。
 通常の燃焼とは異なり、酸素の供給を最小限に抑えながら、窯内を高温の状態に保ちます。
 土窯の大きさにもよりますが、数トンの原木を入れた場合ならば、
 ここまでで数日が掛かります。


 着火が始まり、充分に火が回ったてきたら、ここから少しずつ空気の通る量を増やします。
 炭を硬く締めていくための工程に、移ります。
 ここまでの工程は、製炭士の感と経験がすべてです。
 目に見えない炭窯の中で何が起きているのかを、製炭士は、長年の経験から推測をします。
 着火に失敗をすれば、赤茶けた消し炭のようなものが出来てしまいますし、
 済の精煉が進み過ぎてしまうと、炭が焼失をしてしまいます。
 納得の行く精煉度を見極めたら、窯口を塞ぎ、完全に密閉をして消火をします。
 数日を置いて、完全に消火したら、窯口を開け出荷することになります。
 このように時間を費やしながら作られ、樹皮がついたままで年輪が見えるような炭が、
 一般に、黒炭と呼ばれています」





 「なるほど。白炭と黒炭の違いがよくわかりました。
 それにしても、あなたのような美人の大学の非常勤講師が、この寒い時期に、
 まったく何もない冬枯れ中の山中を、わざわざほっつき歩いている理由が、まだ俺には、
 よく理解が出来ていません。
 何か特別の特定の目的があって、このあたりの調査にやってきたのですか?」


 「うふふ。実は、釣りが上手なおじさまと渓流で行き会って、
 天然の美味しいイワナを食べるために、はるばるとやってまいりました」


 「おっとっと。冗談は、顔だけにしてください。お嬢さん」


 「あら、悔しい。
 あたしの顔の出来は、おじ様から見たら、冗談レベルですか?。
 自分の口から、あえて美人とは申しませんが、これでも、中の上くらいには思っています。
 うふふ。ごめんなさい。冗談ばかりを言いまして。
 俊彦さんがおっしゃりたいのは、2年が経過をした福島第一原発の、
 その後の放射能汚染の実態の調査に来たという意味かしら。もしかしたら?」


 「最初にあなたを見た時から、直感的に、そんなふうに感じていました」


 「たぶん。そうしたことも、おそらく今後の研究課題になるだろうと思います。
 今回こちらに来たのは、いま日本の各地の森林で進行している、酸性土壌の影響からくる
 枯渇状況の現状検査です。いま、日本中で、森と山が枯れ始めています。
 私の研究のメインは、こうした現状を炭で救うためのものです」


 
 (49)へ、つづく




 
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『ひいらぎの宿』 (47)

2014-01-09 10:28:23 | 現代小説
『ひいらぎの宿』 (47)第5章 NPO法人「炭」の事務局長
白炭とは、




 「炭といえば、一様に黒いものだと思い込んでおりました。
 先程から伺っておりますと、しきりと、白い炭や黒い炭という言葉が出てまいります。
 白と黒い炭とでは、何が、どのように異なるのですか?」


 きょとんとした顔で、清子が炭への疑問を口にします。


 「そのとおりです。もっともな疑問です。
 木材を焼いた炭化物ですから、炭は一様に真っ黒けであることが普通です。
 どうやらこのあたりで、女将さんの疑問にも、白黒をつける必要があるようですね」

 やっと私の出番です。と凛が微笑みます。
『長い説明になりますので、その前に、充分に口を湿しておきましょう」と、茶碗を持ちあげれば、
『まかせろや』といち早く、古老の作次郎が一升瓶を持ち上げて対応をします。



 「日本で焼かれている木炭を、炭質で分けると
 「白炭(シロズミ)」と「黒炭(クロズミ)」の二種類になります。
 どちらもやき方に、大きな違いはありません。
 焼きあがるときの火の消し方で、炭質が、まったく異なったものになります。
 同じ原木でやいた炭でも、白炭と黒炭とでは、炭素量や酸素、水素、灰分などの成分、
 硬さや発熱量、火つきや火もちのよさなど、性質も特性も、まるっきり別のものになります。


 白炭は炭やきの仕上げ段階で、釜のなかに空気を入れます。
 ほぼやきあがっている炭を、1300度の高温でさらに燃やし続けます。
 ころあいを見て、真っ赤になった炭をかま口から取り出します。
 灰と土を混ぜ水分を含ませた消粉をかぶせて、すばやく冷やしながら消しますが、
 この一連の作業のことを、白炭を精製するための「ねらし」と呼んでいます。


 消化の際に使った消粉によって表面に白い灰がつくので、その名前がついたものです
 「ねらし」の工程により炭質がより硬くなるので、一般には「カタズミ」とも呼ばれています。
 世界で白炭を焼いているのは日本を中心に、中国文明の伝統を受け継いでいる
 アジアの、ごく一部の国に限られています。
 白炭の代表的なものとして、ウバメガシからつくられる備長炭が有名です。
 鋼のようにかたく、たたき合わせると、キンキンと金属のような音を発生させます。
 火力が強く、火もちのよいのが大きな特徴です。
 燃やすと、パチパチはねる炭もありますが、これは炭に含まれている水分や
 硫黄などのガス分が熟せられて、はじけるために起こる現象です。
 「爆跳(ばくちょう)」と、呼ばれています。
 高温でやきあげられる白炭は、炭釜のなかで水分やガス分は、すっかり燃焼させているので、
 いきなり加熱をしないかぎり、炭火の状態ではねるようなことはありません。
 白炭には備長炭のほか、秋田や長野県北部で生産されているナラ白炭、高知や大分、宮崎県で
 生産をされている、カシ白炭などもよく知られています」



 「という事は。
 備長炭というのは、単に白炭の仲間の一種ということなのですか?
 あたし。白炭のことといえば、備長炭のことだとばかり信じ込んでいました」


 「その通りです。備長炭は、木炭(白炭)の一銘柄にすぎません。
 ウバメガシのみを備長炭と呼ぶ傾向もありますが、実際には、樫全般のことを指しています。
 青樫等なども広く使われていますし、ナナカマドを使ったものは、
 その中でも、極上品とされているくらいです。
 『備長』は人名のことで、紀伊国の田辺の商人、備中屋長左衛門(備長)が
 販売したことに由来をしています」



 「あらら。目からウロコですねぇ。
 さすがに、炭の第一人者は、知識の量も半端ではありませんねぇ」


 笑顔の清子が、一升瓶を持ちあげます。
『喜んで、もう一杯いただきます」と、凛も笑顔で茶碗を持ち上げます。
先程まで正座を見せていたのに、いつのまにか膝を崩し、横座りの体勢になっています。
このまま放っておくと、そのうちに胡座(あぐら)などをかいてしまいそうな雰囲気が漂っています。
しかし、本人にそうした仕草を気にする様子などは、全く見えません。

 「最近では炭も、燃料として使うだけでなく、さまざまな用途に利用がなされています。
 備長炭が持っている無数の小さな空洞に、化学物質などを吸着することができるため、
 ご飯を炊くときに入れてカルキ臭を取り除いたり、下駄箱に入れて靴の臭いを取り除いたり、
 さらには部屋へ置いて、空気を浄化するためにも使われています。
 備長炭は、普通の黒炭よりもかたくて叩くと金属音がするため、風鈴や
 炭琴(たんきん、木琴のように楽器として使う)に加工することもできます。
 その以外にも、水道水の浄化や、風呂水をまろやかにするなど、多方面での用途で使われています。
 備長炭1g当たりで、200~300㎡(テニスコート1面強)の吸着力があると言われています。
 炭とはいえ、バカにできない浄化力を内側に秘めています」



 「たかが炭。されど炭というほどの、優れた実力の持ち主ですね。備長炭って」


 「いいえ。これだけを見ると優等生のようにも見えますが、備長炭にも弱点はあります。
 備長炭を始め、白炭は黒炭よりも水分やにおいの吸収率が大きく、
 1月も放置しておくと、比重が大きく変わってしまいます。
 保存状態が悪いと、爆跳や無駄な煙などが発生しやすくなり、危険になります。
 さらには、こうしたことが原因で、食材がおいしく焼けないなどの難点が発生をしてきます。
 白炭はなるべくなら、製造所から直接購入し、短期間で使い切るのが好ましいのです。
 長期に保管をする場合は、湿気が入らないように厚手のビニール袋に密封し、
 場合によっては、乾燥剤などを添えるのがベストです」


 「あらら。備長炭という高級な炭は、わたしたちのように見るからに良い女が、
 ひとつ間違うと、途端に扱いにくくなるのと、まったく同じ理屈の持ち主ですねぇ。
 うっふっふ」



 「うまい!。
 女将さん、まったくもってそのとおりです。例え方が最高です!。
 そうなの。いい女は扱い方が難しいのです。見かけもよければ性能もいいし
 素性もいいというのに、なぜか世間からは、扱い難いと、遠まわしに敬遠をされてしまいます。
 あらら・・・・なんだか、あたしまで、思わず、話が脱線をしてしまっています。
 まずいなぁ、やっぱり飲みすぎかしら。まいったなぁ・・・・」


(48)へ、つづく




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