落合順平 作品集

現代小説の部屋。

農協おくりびと (22)堂々とカンニングが出来る?  

2015-09-30 12:24:26 | 現代小説
農協おくりびと (22)堂々とカンニングが出来る?





 「怒るなよ。
 落ち込んでいるお前さんを見て、慰めてあげようと思って声をかけたんだ。
 だが俺たちの間にあと3時間しか残っていないというのも、事実さ。
 悪いなぁ。あと1年待ってくれないか。
 修行が終れば、僧侶としてまたここへ戻って来るから」



 「呑気なことを言っている場合じゃないでしょ。
 明日発生するかもしれない無理難題を、1年後に先送りしてどうすんの。
 葬儀査定も覚えなきゃいけないし。いろいろ有りすぎて大変なのよ、あたしも」


 「相変わらず要領が悪いな、お前は」弘悦が、ふたたび鼻で笑う。
「そんなもの覚える必要なんかない。堂々とカンニングすることが出来るんだぜ、
葬儀の場では、な」そんなことも知らずに新しい職場へやって来たのかお前は、
とふたたび光悦が横目で笑う。


 「神聖な葬儀の場で、司会者が堂々とカンニングをする?
 不謹慎過ぎるでしょう。そんな行為は」


  
 「だから要領が悪すぎると言ってんだ。お前さんは。
 葬儀場の司会席のテーブルが、どんな形になっているか思い出せ。
 司会者の手元が見えないような構造になっている。
 手元にすべての資料が、ちゃんと置けるようになっているんだ。
 斎場ってのは忙しい日には、2つも3つも葬儀を出す。
 その時に、故人の名前なんか間違えてみろ。
 その場でいきなり大騒動がはじまる。
 故人の名前はもちろん、喪主、主な親族の名前、指名焼香する人の順番などを、
 手元に置いて、つねに確認しながら式を進めていく必要がある。
 そのために、手元が見えないような形になっているんだ、
 斎場の司会席というのは」

 
 「あ・・・」言われてみればその通りだと、ちひろが葬儀場の様子を思い出す。
「そのうえ斎場の司会者ってのは、カンニングが堂々とできる目線にもなっているんだ」
と光悦がさらに続ける。



 「司会席に立ったら、まず、ごく自然にあごを引く。
 顔全体を斜め15度くらいにまで傾ける。
 そうすることで伏し目がちの視線になる。声もまた、若干だが低くなる。
 どうだ。手元に置いたメモや書類が、ぜんぶ目の中に飛び込んでくるだろう。
 あとは葬儀の進行にあわせて、手元の書類を読み上げていけばいい。
 どうだ。チョロイもんだろう、斎場の司会者なんて」


 「あ・・・」ちひろの目が、真ん丸になる。
「そういうことが出来る事実を知っただけでも、ここへ来た甲斐が有るだろう、お前」
どうだと言わんばかりに、光悦が胸を張る。
なるほどねぇとうなずいたちひろが、あらためて嬉しそうな目を光悦に向ける。



 「で。これから残った2時間30分。わたしたちはいったいどうすればいいの?。
 口説くには時間が足らないし、口説かれてもいきなり『はい』とは応えられません。
 うふふ。困ったわねぇ、何の話をすればいいのかしら、わたしたち」

 
 「口説く?。もしかしたらお前。いまでもひとり身のままか、ひょっとして?」


 「悪かったわね。30を過ぎた女が、いまだに独り身のままで。
 そういうあんたこそ、どうなのさ?。
 ちゃんと居るんでしょうね、女房のような女が2人や3人」



 「女房みたいな女が2人も3人も居たら、俺は重婚罪で逮捕されちまう。
 だいいち修行中の身だ。
 こころに決めた女は居るんだが、俺もいまだにひとり身だ」


 (へぇぇ・・・やっぱり居たんだ。こころに決めた女が、こいつには・・・)
ちひろの鋭い目が、光悦の横顔を食いつくように見つめる。


(23)へつづく




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農協おくりびと (21)明日は、千の風で大騒ぎ?

2015-09-29 11:33:22 | 現代小説
農協おくりびと (21)明日は、千の風で大騒ぎ?




 「別嬪の一番下にランクインできる?、わたしが?・・・ふぅ~ん。
 で実際はどこの位置へランクインするの、別嬪さんという呼び方は?」


 「呑み込みの悪い女だな、お前も。
 美人ランクの格付けのどこにも入らないから、別格扱いなんだ。
 そんなことより、明日は注意したほうが良い。
 ちょっと荒れそうな情報を、事務室で聞きこんできた」



 「荒れそうな情報が有る?。なにそれ。聞き捨てなりませんねぇ。
 でも。引き継ぎのとき、所長は荒れそうな情報なんかいっさい口にしていません。
 これを覚えろと、ポンと葬儀査定を手渡してくれただけです。
 なにが有るの、荒れそうな原因というのは?」



 「最近は、どこの葬儀場でもBGMを流す。
 故人が好きだった曲とか、送る側が任意に選んだ曲を流す。
 明日は喪主役の奥さんのたっての希望で、千の風になってを使うそうだ。
 ♪~わたしのお墓の前で 泣かないでください ではじまる、例のあの曲だ。
 亡くなった故人もこの歌が好きだったが、奥さんはこの歌の熱狂的なファンだそうだ。
 いつだったかウチの本堂で、千の風を披露したことがある」


 「それなりの雰囲気も有るし、どこかの葬儀場でも聞いたことが有ります。
 いいんじゃないの千の風くらい、流してあげても?」


 
 「ウチのオヤジが担当するのなら、別に問題は無い。
 本堂で千の風を歌うことを、許可したくらいだからな。
 だがオヤジはいま、病気で病院のベッドの上だ。
 オヤジの代理で、真言宗の別の僧侶を呼んだ。だがこの僧侶に問題がある。
 千の風が大嫌いなんだ。
 亡くなった故人の魂は墓で眠っておらず、千の風になって大空を吹き渡っている。
 と歌うこの部分が、特に大嫌いだと言う。
 故人が眠る墓を軽んじるのもいい加減にしろと、僧侶はカンカンだ。
 ということで明日は、千の風の騒動が持ち上がる。
 本堂で千の風を歌った実績をもつ喪主の奥さんと、千の風が大嫌いな頑固僧侶が、
 まっこうから正面衝突をする。
 どうするお前。着任早々、明日は、とんでもない難題が待ち構えているぞ」


 
 (ええ・・・)ちひろの目が、丸くなる。
葬儀査定の暗記以外に、難題が待ち構えていることを初めて知ったからだ。
(どうなるの、いったい。明日のわたしのデビューは・・・)
ちひろの気持ちが、少しだけ落ち着きを取り戻してきた矢先だというのに、
途端に目の前が、真っ暗になって来た。



 「あんた。代理でやって来るその僧侶を説得して。
 わたしは、どうしても千の風を流したいという喪主の奥さんを説得してみるわ。
 2人同時に説得すれば、どちらかが折れてくれる可能性が生まれるもの。
 我ながらいい考えです。冴えているなぁ、あたしったら」


 「せっかくだが、お前さんのナイスな申し出には応えられない。
 あと3時間したら、俺はここから電車に乗る。
 東京駅から24時発の深夜の高速バスに乗り、明日の昼までに奈良へ戻る。
 悪いなぁ、手伝ってやりたいが俺にはもう、時間の余裕がない。
 他をあたってくれ」



 何かとついていないなお前さんもと、弘悦が鼻で笑う。
午後9時発の電車に乗れば、2時間30分後に東京駅へ着く。
たしかに深夜の高速バスに充分、間に合う。
(ということはわたしはここで単に弘悦の、時間つぶしの相手をしているわけか?)



 ちひろの目の前が、ふたたび真っ暗になってきた。
頼みの綱の光悦はあと3時間で、此処からまたいなくなる。
(せっかく再会したというのに、また私の前から消えてしまうのか、この男は。
ついていませんねぇ。切れてしまいそうな細い絆で結ばれているのかなぁ、
わたしたちは・・・)



(22)へつづく

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農協おくりびと (20)ふたつの毛の国

2015-09-27 11:49:37 | 現代小説
農協おくりびと (20)ふたつの毛の国



 ちひろの町には、JRが走っている。名称は「両毛線」。
ふたつの毛をつなぐ鉄路、という意味が有る。
4世紀のなかば頃。北関東の群馬県と栃木県はひとつの国として扱われていた。
「毛野国(けのくに)」と、ひとくくりで呼ばれた。
境界腺はどこにも見当たらず、ひとつの細長い大きな国を形成していた。



 毛と言っても人体に生える毛のことではない。
うっそうと茂る原生林の荒野一帯を指して、まるで毛のようだと例えた。
古墳時代の中ごろ。横に細長い毛野国は西側の一帯(現在の群馬県側)を、
上毛野(かみつけの・こうづけの)と呼ぶようになり、
東側を(現在の栃木県側)を下毛野(しもつけの)と分離して呼ぶようになった。
こうして北関東の奥地に、ふたつの毛の国が誕生した。



 さらに時代が進んだ712年。
群馬側は上野国(こうずけのくに)と命名され、栃木側は下野国(しもふさのくに)
と名づけられ、上下の毛の国に区分が付いた。
全国の国名を漢字2文字で統一しようという国策が、実行されたからだ。
かくして栃木県から下の毛は消滅してしまったが、群馬には上毛(じょうもう)の
二文字が残った。
現在、「両毛(りょうもう)」と呼ぶときは栃木県の西部と、群馬県側の
東部一帯を指すときに使われている。



 ちひろの住む町は、JR両毛線で上京するには不便すぎる。
ちひろの町は、東京の真北にある。
ちひろの町を通るJR両毛線は首都のある南へ向かわず、何故か、北関東のすそ野を、
東から西へ横切っていく。


 東へ1時間あまり電車に乗って移動していくと、青森へ向かう東北本線に接続する。
接続駅の小山駅で北からやって来た電車に乗り換えると、ようやく関東平野の真ん中にある
分岐駅の大宮駅(埼玉県)に向かって南下していく。
同じく西へ50分ほど揺られていくと、信越本線と上越線の始発駅、高崎駅に着く。
上京するためにはここから大宮へ向かう高崎線に、乗り換えなければならない。



 ちひろの町から東京まで、直線距離でおよそ100㎞。
だがJR両毛線は無駄に40キロずつ、ひろげた扇の稜線をそれぞれ東と西の端へ走っていく。
人を運ぶよりも、物資の輸送を重視して作られたからだ。
盛んに生産されていた繭や生糸。桐生織に代表される織物などを輸送するため、
明治の初期から中期にかけて、両毛線はつくられた。
歴史はきわめて古い。しかし、当時の繁栄した沿線の様子はすでに何処にも残っていない。



 遺構のようなものなら、いくつか残っている。
駅前にポツポツと、大正から昭和初期にかけての木造の建物が見受けられる。
女郎たちが居たという朽ちかけた木造の木賃宿。
古びた提灯をかかげていたと思われる、昭和初期の呑み屋らしき跡。
小さく仕切られた部屋がいくつも有ったという、日本旅館。
得体のよくわからない、ただ古いだけの建物が、平成の家屋の中に埋もれて、
いまも残っている。


 ゆうりんはそんな駅前の一角に、ポツリと一軒、赤い提灯を揺らしている。
いまの若い女将は、3代目にあたる。
白い割烹着の女将は弘悦が言った通り、たしかに別嬪さんの部類に入る。と思われる。


 「容姿が綺麗な順に、佳人、麗人、美人、並上、並、並下、醜女(ぶす)、
 違面(いづら)、面誤(つらご)とつづく」



 「ランクの中に入っていないじゃないの。別嬪さんという名称は?」



 「普通の品物と違うから、別嬪だ。
 特別に良い品ものとして昔は、別品と書いたそうだ。
 それがやがて、すぐれた人物を意味するようになり、女性に限らず男性にも使われた。
 そのうちに女性の容姿だけを指す言葉にかわり、高貴な女性を意味する「嬪」の
 文字がつかわれるようになった。
 お前も真面目に化粧すれば、たぶん、別嬪の一番下くらいには滑り込めそうだな」



(21)へつづく


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農協おくりびと (19)たまたま帰省中

2015-09-26 12:55:59 | 現代小説
農協おくりびと (19)たまたま帰省中




 「2年目の修業に入ったところだ。
 坊さんの修業と言えば、1年間と言うのが相場だ。
 だが俺が行っている総本山の長谷寺での修行は、2年がかりになる。
 オヤジが倒れたという連絡をもらって、3日間の休みをもらって帰って来たんだ」


 光悦がちひろの隣に腰をおろす。



 「檀家の葬儀が有ると言うので、オヤジの代わりに打ち合わせのため此処へやって来た。
 で。農協で仕事しているはずのお前が、なんでいまごろこんな辛気臭いところにいるんだ?」


 「倒れたって・・・大丈夫なの、お父さんの病気の具合は」



 「軽い脳梗塞だ。発見が早かったから、それほど大事にならずに済みそうだ。
 オヤジのことは心配しなくてもいい。それより、俺の質問に答えろ。
 なんでお前が、こんなところにいるんだ?。
 お前、農協を首にでもなったのか、それとも上層部の連中に嫌われて、
 こんなところへ飛ばされたのか?」



 「おあいにくさま。首になった訳でも、上から嫌われたわけでもありません。
 自分から望んでやって来たのよ、此処へ。
 今日からは、このさくら会館がわたしの新しい職場です」


 「ふぅ~ん。望んで葬儀場へ転勤してくるとは、いまどき珍しい女だな。
 普通は、辛気臭い職場なんか避けるものだろう。
 望んでやって来たのなら、来るそうそうから、いきなり落ち込む必要もないだろう。
 なんだか相変わらず自己矛盾の多いやつだな、お前って女は」



 「お前、お前って、気安く呼ばないでちょうだいな。
 あんたの女でもないし、気安くお前と呼ばれる理由は、どこにもありません」



 「昔からお前と呼んでいた間柄なのに、いまさら他人行儀なことを言うな。
 高校生の時は可愛い女だと思っていたが、13年も経つと女も腐ってくるようだな。
 で。もう結婚はしたのか、子供は作ったのか?
 まさか、いまでもおひとり様というわけでは、ないだろうな?」

 
 「大きなお世話です!」ちひろが、フンと頬を膨らませる。



 「おっ。逆らう元気が出てきたな。それでこそ、俺の知っているちひろだ。
 それだけ元気が出てくれば、大丈夫だろう。
 いまの質問に答えてくれ。結婚はしたのか、子供は居るのか、
 それともいまだに、おひとり様のままか?」


 「あんたのほうこそどうなのさ。結婚はしたの?。居るの子供は?」



 「安心しろ。どっちも居ない。いまだに独り身のままだ。
 好きな女の子はいるんだが、あいかわらず片思いのままで一向に進展がない。
 お前。少しだけ時間が取れるか?。俺のために」


 「独り身の女だもの。午後5時過ぎの予定は、いつでも真っ白です。
 寂しい女は、長い夜の時間を対戦ゲームで延々と過ごしていくものなのよ」


 
 「そいつは良かった。久しぶりだ。お前に話が有る。
 仕事が終ったら、駅前にある居酒屋「ゆうりん」で行きあおう。
 見た目美人の、若い女将が居る店だ。
 悪いなぁ。俺はもうひとつ、行かなきゃならない打ち合わせが残っているんだ。
 坊主は友引の翌日が、稼ぎ時になる。
 斎場を2ヵ所や3ヵ所、掛け持ちで駆け回るのも珍しくねぇ。
 じゃあな。また逢おうぜ、駅前の居酒屋で」


 「忘れずに、時間までにちゃんと来いよ」青々とした剃髪の弘悦が、
くるりとちひろに背を向ける。


(20)へつづく



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農協おくりびと (18)13年ぶりの再会

2015-09-25 11:33:40 | 現代小説
農協おくりびと (18)13年ぶりの再会




 「よう、ネエチャン。困ってんのなら、相談に乗ってもいいぜ、俺が」


 溜息をついているちひろの足元に、若い男が立ち止まる。
どこかで聞いたような声だ。
だが、葬儀の司会で相談できる知り合いなど、いまのちひろには居ない。



 「遠慮すんな。同級生の間柄だろう。
 それともなにか。長い農協勤めの中で、昔の事はすっかり忘れたか?。
 俺の顔まで、忘れたわけじゃないだろうな?」



 (え、同級生?)驚いて顔を上げるちひろの前に、坊主頭の若い男が立っている。
初めてではない。たしかにどこかで見た記憶はある・・・
だが記憶は、すぐにはよみがえってこない。
誰だっけ?。霧の向こう側にある記憶を、ひとつひとつちひろが掘り起こしていく。



 「本当に忘れちまったのか、お前。冷たい女だな。
 この声に聞き覚えが有るだろう。
 それともなにか。若年性のアルツハイマーでも発症しちまったのか、もしかして?」


 それでも思い出すことはできない。
もどかしい想いで、遠い日の出来事をちひろがひとつひとつ掘り起こしていく。
やがて、ひとつの記憶にたどり着く。
思わず、「あっ」と短い驚きの声がちひろの口から飛び出す。




 「な、なんでなの・・・なんであんたが今ごろ、こんなところに居るのさ。
 驚くでしょう。消えたはずの人が、突然あたしの目の前にまたあらわれるなんて。
 だいいち、そのクリクリ坊主の頭は何さ。
 いまどきの高校球児だって、そんな青びょうたんの頭にはしないわよ」



 「その様子じゃ、やっと思い出してくれたようだ。俺の事を」



 「覚えているも何も・・・。
 なんであんたが、そこの事務室から出てくるの。
 ここは生きている人間には、あまり用事が無い場所なのよ」


 
 「オヤジの代理で、打ち合わせに来ただけだ。
 用事が済んだので帰ろうとしたら、ロビーに見覚えのある女がソファーに座り込んでいる。
 見るからに元気のない様子を見れば、知らん顔もできないだろう。
 細かい事情は知らないが、話くらいなら聞くことが出来る。
 俺で良ければ、話を聞いてやるぞ。
 なんだ、どうした、何が有った。悩みが有るなら俺に言って見ろ」
 


 「相変わらずですねぇ、すぐにお節介を焼きたがるその性格は。
 落ちこんでいるわけじゃないけど、難問に突き当たっているのは事実です。
 わたしのことはともかく、その頭は見るからに雲水じゃないの。
 高校を出てすぐ、消防署のレスキューに入ったと、風のうわさに聞いていたけど・・・
 それがいきなりクリクリの頭で、わたしの目の前にあらわれるなんて。
 何がどうなってんのさ、あんたのほうこそ・・・」


 「話せば長くなる。なんだよ、聞きたいのか、俺の話を?」



 「上から目線も昔のままですね。あんたって。
 はいはい。わたしはどうせ暇です。
 わたしのことはとこかく、先にあなたの話を聞かせてよ。
 わたしは明日までに、さっき手渡されたばかりの葬儀査定を、丸暗記するだけだもの。
 1時間や2時間、無駄にしたところでどうってことありません」

 
 「なるほど。お前らしい考え方だ。
 ところで専門的なことだが、すこしばかり誤解しているぞ、お前。
 雲水というのは、禅宗の修行僧たちの事を言う。
 俺が学んでいる真言宗の総本山、奈良の長谷寺では見習い中の者のことを修行僧と呼ぶ。
 青々としたこの頭は、剃髪という。
 2年間の修業がおわれば俺も晴れて、やがて実家の跡を継ぐことになる」


 「ということは、お坊さんのなるための修業を始めたの、あんたは?」




(19)へつづく



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