落合順平 作品集

現代小説の部屋。

舞うが如く 第七章 (9)工女の月給と食事

2013-02-22 04:50:37 | 現代小説
舞うが如く 第七章
(9)工女の月給と食事





 糸をとるために熱湯を満たしたまゆ容器は”釜”(洗面器みたいな形)
と呼ばれています。
繰糸場ではこの釜が25個、直線に並んでいます。
その作業台は2列あり、2つを合わせた50個が1つのブロックをつくります。
富岡製糸場で稼働しているのは、4ブロックで合計が200釜です。


 西からの2ブロックを、一等台(最上品質の糸をつくる)と呼んでいました。
次の1ブロックは二等台、その次の一番東側の1ブロックが、三等台とされています。
等級に応じて、それぞれに選別された繭が支給されます。
繭そのものにも等級があり、上、中、下と3段階に仕分けられています。
釜の作業台の後ろには、揚げ枠台が配置をされています。
糸とり担当がまず、釜の前で糸とりの作業をします。
糸揚げの担当は、揚げ枠台の前に立って仕上げの作業をします。

 揚げ枠台には、子枠をさす棒があり、
ここにさした小枠から糸をあげ、ガラスで出来たガイドを通して
上の大枠へと、さらに生糸をつなぎあわせます。


 大枠が蒸気エンジンの力で回転をはじめると、
小枠からは糸が繰り出されて、次第に大枠に巻き取られていきます。
巻き取る際には、糸が自動的に左右に往復運動を繰り返し、
綾目を作りながら巻き取られます。


 切れた際の糸のつなぎ目は、
ごく小さなものにしなければなりません。
また横糸を出してもいけないという、厳しい基準なども有りました。
(1個のまゆからは、平均して、800m~1500mの糸が取れます)

 新人たちは、その他のこまかいノウハウなども含めて、
ベテランの工女たちから、糸とりのための一通りの技術と指使いなどの指導を受けます。
この講習を受けた後に、ようやくひとり立ちとになるのです。
最年長の民子も、ひととおりの講習を受けた後に、
初めての糸取りに挑戦をしました。



 ところが、一等台の後側にある大枠の3個
(これに連動する小枠は、全部で12個あります。)を受け持ってみると、
しょっちゅう糸が切れてしまい、思いのほかに泣かさてしまいます。


 切れた糸をつなぐ際に、うっかり器械についてる油にさわったりすると、
その糸まで汚れてしまい、商品価値が台無しになってしまいます。
そのたびに指導員からはきつく叱責をされました。


 工女たちの月給は、フランス人指導者が、
日本人指導員の意見と評価を参考にしながら、査定をしました。
一等工女から三等工女までと、中廻り(巡回指導員)も、
それぞれランクごとに、おのおのの月給が定められています。


 この当時の、中廻りの月給は2円です。
一等工女が1円75銭、二等工女が1円50銭、三等工女は1円と、
この当時の記録に残っています。
当時の歩兵(新兵)の月給が、1円でしたのでそれほど、
安月給と言うわけではありません。


 ましてや、技能研修生という立場でありながら、
住居費や光熱費、食費もかからないことなどを勘案すると、
けっこうな高収入とも言えます。
とはいえ、世間慣れしていない箱入り娘たちが、
現金を手にしてしまうと、あとさきも考えずに場内の売店で
目につくものを、色々と購入をしてしまいます。
ツケがきくので、月給の数倍くらいのツケを貯めてしまう人も出てくる始末です。


 場内の売店では、
娘たちの興味をひく、たくさんの物が揃っていました。
帯をはじめとする呉服類、おしろいなどの化粧品、髪飾りなどの装飾品、
その他もろもろの雑貨類などを、まかない方の妻たちが販売していました。



 また、三度の食事も、
発足の当初は、寄宿舎の部屋に戻って済ませていました。
まかない方が各部屋の入り口まで配達をするのです。
朝は、ご飯と味噌汁と漬物で、昼のおかずは、インゲンなど野菜の煮物や、
切り昆布、こんにゃく、やつがしらなどの煮つけたものが中心です。

 夕飯のおかずは、魚の干物などが多かったようです。
当時の上州は、物流が不便で、生の魚はとても入手が困難でした。
したがって、魚は塩引きか干物ばかりです。

 しかし仕事のあとは、工女たちもおなかがペコペコです。
育ち盛りの工女たちは、どんなものでもすべてを美味しく平らげました。
毎月の一日、十五日、二十八日には、お赤飯に鮭の塩引きと決まっていて、
これもまた、とても楽しみにしていたようです。

 11月ころになると大食堂が完成して、
自分のお茶碗とお箸を持っていって食事をとるように変わりました。
誰もが先にいって、はやく自分の分を確保したいために、
それはもう、ものすごい勢いで食堂へと殺到します。


 恥も外聞もなく、猛烈な早食いが流行ったとも、
当時の記録に残されています。
これにはさすがに混乱が起きないようにと、役人たちが総出で監視をして、
食堂内の秩序維持につとめたと言う、なんとも凄まじい光景の
笑えないような逸話が、同じく語り継がれています。


 第7章(10)へつづく




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