落合順平 作品集

現代小説の部屋。

舞うが如く 第七章 (8)ただの、手違い

2013-02-21 06:57:32 | 現代小説
舞うが如く 第七章
(8)ただの、手違い





昼休みの汽笛が鳴ったあと、
前橋出身者たちは琴の部屋に集まりました。
昼食も食べずに、ただくやしがっては涙にくれるばかりです。


 たまたま通りかかった琴が、
気配に気がついて部屋へ入ってきます。
管理職付きの見習いとして、諸事と会計帳簿係として別行動中です。

 一同を眺めまわして、どうかしたのかと尋ねます。
かくかくしかじかと、説明を聞いた琴が
思案顔のままに、とりあえず一同を諌めます。

 「よくよく事情は調べてみますゆえ、まずは、私にお任せください。
 それよりも、みなさんは、
 ここは機嫌を直して、気持ちよく持ち場にお戻りください。
 泣いているだけでは、何事も解決はいたしませぬ、
 まずは、しっかりと食事をしたうえで、事の解決に臨みましょう。
 いくさの前には、腹ごしらえも大切です。
 民子さん、みなさんには、
 しっかりと食事をさせください。」


 それだけ言うと、琴が部屋を後にします。
残された一同が最年長の民子へ、一斉にその視線を集めました。

 「泣いているだけでは、
 確かに、何も解決などはいたしませぬ。
 ここは、琴様に一任をして、まずは午後の汽笛と共に、
 職場に復帰をいたしましょう。」


 その翌日、琴が、
約束がちがうことで、担当の高木指導員に詰め寄ります。
高木指導員は、その気迫にうろたえます。

 「今回のことは、フランス人の手違いで、僕は知らなかったことの一件です。
 これから、おいおいと都合つけていきますので、
 もうちょっとだけの辛抱をお願いします。」


 と、汗だくになりながら釈明をしました。
このいきさつが民子を通じて、一同に伝達されたため、
今回に限ってという条件付きで、なんとかその場がおさまります。

 その数日たった後のことでした。

 指導員たちが、まゆ選別場にやってきて
前橋の工女7,8人を、次々に指でさすと着いてくるようにと合図をします。
選ばれた工女たちは、うれしくて満面に笑みを浮かべました。
その日と、その翌日のまゆ選別場では一日中、この指名が繰り返されます。
ようやくにして全員が、無事に繰糸場へ入ることができました。

 繰糸場で、最初に教わる仕事は、”糸揚げ”と呼ばれる作業です。
まゆから引き出されて、六角形の小枠に巻かれた生糸を、
もう一度巻きなおすための作業です。
生糸は濡れたままにしておくと、まゆ成分のうちのニカワ質が、
枠にくっついてしまうため、小枠から生糸を乾燥させながら引き上げながら、
大枠にもう一度、巻き直すという作業です。

 巻きなおされた生糸のひとくくりが、完成をした商品となります。
この一連の工程のことが”糸揚げ”とよばれる作業です。
なお、まゆから糸を引き出して、その数本をよりあわせながら
生糸として小枠に巻くまでの前工程のことは、”糸とり”と呼ばれています。


 品質に大きな影響をおよぼすこの”糸とり”は、ベテランの年長者たちが担当をします。
その後工程の”糸揚げ”は、


 しかし新入りの民子たちは、
いくら年長者であっても、ここでは見習い仕事から始めなければなりません。
本工女となるためには、沢山ある仕事と工程のうち、この”糸あげ”から
まずはタートすることになるのです。









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赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (19)会津磐梯山は、女なの?
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