落合順平 作品集

現代小説の部屋。

上州の「寅」(30)刺されると・・・

2020-09-17 07:33:46 | 現代小説
上州の「寅」(30)


 「準備はできたね。じゃ巣箱を仕掛けに行くよ」


 チャコとユキが立ち上がる。
「おう」すこし遅れて寅がたちがる。
女たちが防護服のようなつなぎを着始めた。


 「防護服?。刺されないための用心か?」


 「それもあるけど、分蜂を見つけた時の強制捕獲にそなえるの。
 寅ちゃんも着て。そこへ用意してあるから」


 なるほど。大きめのつなぎが置いてある。


 「春になると、新しい女王蜂が生まれる。
 そうすると母親の女王蜂が、働き蜂の約半数を連れて巣を飛び出す。
 新たな場所に巣を作るため母親が家を出る。それが分蜂。
 飛びだしたハチの群れの捕獲は自然入居と、強制捕獲の2つ」


 「自然入居と強制捕獲?」


 「巣を飛び出した群れは新しい巣の場所を探す。
 巣箱を新しい巣として選んでもらう。それが自然入居。
 新しい場所に引越し中の群れは、木などに一時的に集合する。
 このタイミングを狙い、強制的につかまえ巣箱に入れてしまう。
 それが強制捕獲」


 よく分からないが、強引な方法で捕まえることに間違いなさそうだ。
刺されないのか?。それが不安だ。


 「刺されるさ。当たり前じゃん。相手は針をもっているハチだもの」


 「たいへんだろ。刺されたら・・・」


 「日本ミツバチはいちど刺すと死んでしまう。
 西洋ミツバチも一度刺すと死ぬ。何度も刺すのはスズメバチだけ。
 ミツバチは命をかけて人を刺す。だからそう簡単に人を刺さない。
 日本ミツバチが敵意をもっているときは、体当たりしたり、
 体にしつこくまとわりついたりして、刺す前にちゃんとサインを送ってくる。
 そんなときはゆっくりハチから遠ざかればいい」


 「ハチを無意味に刺激するなということか」


 「その通り。でも強制捕獲はそうはいかない。
 群れを丸ごと網の中へ落とし込む。
 しょうしょう強引な昆虫採集というところかな」
 
 「網でまるごと群れをつかまえる?。だいじょうぶか、そんな真似して」


 「だから刺されてもいいように、こうして完全武装で行くんだ。
 実力行使するときは、顔を覆う安全ネットを使うからね」


 「やっぱり危険じゃないか!」


 「だいじょうぶ。一度や二度刺されたくらいで死にゃしない」


 「刺されるんだ。やっぱり!」


 「なにビビッてるの。死なないよ。
 日本ミツバチの毒性はそこまでは強くない。ショック死するのはかなり稀だ。
 痛みは激痛というよりチクっと痛い感じで、新米看護婦の
 下手な注射の方がよっぽど痛い」
 
 「アレルギーがあると別だよ」


 ユキが話に割り込んできた。


 「アレルギーを持っていると、アナフィラキーショックを起こす。
 意識を失ったり、命の危険もある。
 大丈夫?。寅ちゃん。
 わるいアレルギーなんか持っていない?」


 「ハチより君らの方が、怖く見えてきた・・・」
 
(31)へつづく 
 


最新の画像もっと見る

1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (narufg)
2020-09-17 21:54:38
スズメバチも、実は一刺しでハチが死ぬ事が判明したそうですよ。
スズメバチが刺す前の行為として、ハリを出し入れする姿を見て、何度も刺すと思われていましたが、実際に一度人間の皮膚に刺さると、皮膚から抜けないようにハリに付いてる鋸歯が人の皮膚に引っかかり、ハリと毒嚢ごと蜂の腹部から引きちぎられて人の皮膚に残るそうです。
返信する

コメントを投稿