落合順平 作品集

現代小説の部屋。

農協おくりびと (89)所得倍増政策の落とし穴

2015-12-31 08:24:19 | 現代小説
農協おくりびと (89)所得倍増政策の落とし穴



 「アベノミクスの第3の矢で、農業所得が2倍になるのならいいことじゃないの。
 目くじら立てて、怒ることもないと思いますが?」



 「第3の矢が実施されれば、全ての農業者の所得が2倍になる、
 と信じている人がいるかもしれない。
 だけど。そんな単純な話じゃない。
 だいいち、農業者の所得を2倍にするとは、何処にも書いてない。
 「全ての」農業者の所得を2倍にするとも言っていない。
 じゃいったい、誰の所得を10年後に、2倍にするんだ。
 ここにこの政策の巧妙な、落とし穴が有る」


 「誰の所得が、2倍になるというの?」



 「株式会社に、農地の所有権をみとめる。
 農業を成長産業に変えて、農業所得を2倍にする、と書いてある。
 つまり。農業者の所得を増やすのではなく、農業法人の所得を2倍にすると言っている。
 所得が増えても、地方の経済は潤わない。
 増えた分は会社の所得になる。本社が有る都市部に吸い上げられる。
 本社が海外にあるのなら、所得は海外へ流出してしまう」



 「え・・・アベノミクスの所得倍増計画って、農業に参入した民間企業の
 便宜をはかるものなの?。
 それじゃ地域の農家は、だれも助からないじゃないの!」



 「そういうことさ。
 農村版のアベノミクスは、3つの柱で構築されている。
 ひとつ目の柱は、農地の集積だ。
 点々としている耕作地をひとつにまとめあげ、集中的な大規模農場を作る。
 10年間で8割の効率的営農体制を創りあげる、と明言している。
 小さな畑や水田で仕事しているのは非効率的だから、一カ所にまとめて
 機械化し、効率的に生産していこうという計画だ。
 こんなことは個人の力じゃできない。
 当然。資金力を持った大手企業が参入してくることになる」




 「大規模に整った農場を大企業に、はいどうぞと貸し出すわけね」



 「それを促進するため、都道府県に『農地中間管理機構(仮称)』を設立する。
 とはっきり書いてある。これがふたつ目の柱だ。
 この機構が、放置されている農地など借り受ける。
 用水路や排水路を整備してから、規模拡大をめざしている農業生産法人などに、
 まとめて転貸する。
 整備されたこの土地は、個人には絶対に貸さない。
 大型農家か、大手の農業法人に限って貸し出すことになっている。
 これが所得倍増政策の、目玉政策だ。」



 「念のために聞きます。第3の柱って、どんな内容なの?」



 「2020年までに6次産業の市場規模を、現在の1兆円から、
 10倍の10兆円まで拡大する。
 農業や水産業などの第一次産業者が、2次の食品加工と、3次の流通販売業務まで
 手がけていくことをまとめて、6次産業と呼んでいる。
 ここまでの規模の仕事を手がけるには、べらぼうな資金が必要になる。
 個人じゃ、絶対に無理だ。
 結局、6次産業の場にも、大手企業が参入してくる。
 アベノミクスは、農業分野へ大手企業が参入してくるのを手助けするものだ」



 「じゃどうなるの。大多数の日本の農家は?」



 「自民党は、小さな農家の事なんか考えていない。
 効率良く農産物を生産していくため、あちこちに大規模農家をつくりだす考えだ。
 小さな農家を残したままじゃ、海外の農業に勝てない。
 日本の農家はいま、全国におよそ163万戸ある。
 農家1戸当りの耕地面積は、1.2ha。
 EUは平均で15.8ha。米国は平均160ha。まるっきり規模が違う。
 小さい農家は邪魔だから、ドンドン潰してしまえというのがいまの考え方だ。
 空いた農地は大型農家や、農業法人に吸収させていく。
 大型農家と大手の農業法人を中心に、10年後に2倍の農産物を生産していく。
 生産が2倍になれば、当然、所得も2倍になる。
 政府は10年後の農業を、そんな風に考えているのさ」



 「そんなことをしたら、日本中で農家が潰れちゃうじゃないの」


 「そんな羽目にならないように、いまから準備をすすめる必要が有る」



 「何か秘策が有るの?、あなたには」



 「秘策は無いが、それなりの構想はある。聞きたいかい?」


 
(90)へつづく

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農協おくりびと (88)TPPのデメリット 

2015-12-29 11:07:35 | 現代小説
農協おくりびと (88)TPPのデメリット 




 「TPPの、デメリットは?」



 問いかけるちひろに、「まぁ座れ」と山崎が手招きする。
手には、先日買ってもらったものと同じ、プレミアムの缶コーヒーが握られている。
「10時休みだ」と、ちひろへ手渡す。



 「一番目のデメリットは、海外から安価になった商品が乱入することにより、
 デフレを引き起こす可能性がある。
 ふたつ目は関税の撤廃により、アメリカなどから安い農作物が入って来ることだ。
 特に米の流入は日本の農業に、大きなダメージを与えることになる。
 それだけじゃない。
 食品添加物や遺伝子組み換え食品や、残留農薬の農産物が規制緩和のため、
 ぞくぞくと日本へ入ってきて、食の安全が脅かされる。
 みっつ目は、医療の問題だ。
 医療保険の自由化と混合診療が解禁されることにより、国保制度が圧迫されていく。
 医療格差が、国民の中にひろがっていく危険性が出てきた」



 「凄いですねぇ!。まるで専門家のような知識です、あなたって!」



 「馬鹿やろう、このくらいはあたりまえだろう。
 TPPの導入を受けて農林水産省は、農業に関係する予算を
 3兆円増やす必要があると、はっきり断言した。
 同じように雇用が340万人減り、食料自給率が現在の40%から13%に
 ダウンするという試算も明らかにした」



 「食料自給率が、13%までダウンしてしまうの!
 そんなことになったら、日本の農業が壊滅状態になっちゃうじゃないの。
 嘘でしょう。政府は農家を守るためにがんばっていると、大きな声で言っています。
 主要5品目を守るため最後まで、踏ん張ったと報告しているわ」



 「政府は環太平洋のTPPに加盟することで、国内の農林水産業の生産額が、
 3兆円ちかく減るという試算を出している。
 農家の暮らしを守るために、コメ、麦、牛肉・豚肉、乳製品、サトウキビなどの
 主要5品目を死守すると言いつづけてきた。
 コメは、誰もが認める日本人の主食だ。
 だけどさ。1970年代の半ばから、減反政策をとって来たんだぜ日本の政府は。
 農協は、減反廃止に強く反対してきた。
 コメの価格が下がれば、農業をやめる人が増える。
 農協の組合員が減ればコメの販売手数料や、肥料や農薬の販売も減ってしまうからだ」



 「驚いたぁ・・・あんた。
 農協職員のわたしより、はるかに農政に詳しいわね。
 あ・・・情報にうといわたしのほうが、のんびりし過ぎているのか」



 「酪農家だって、そのうちに大変なことになる。
 和牛が国際ブランドになり、世界に通用していると鼻高々だが、それはごく一部の話だ。
 関税が撤廃されれば、赤み肉のオーストラリア牛が大量に入って来る。
 そんなことになったら、日本の酪農家は大打撃を受ける。
 たとえば、いまの牛丼並盛の定価は、380円。
 1杯当たりの定量が、牛肉90g、ご飯は250g。
 仕入れ価格は、牛肉が98円、米が30円と試算されている。
 一杯当たりの材料費は合計で、128円だ。
 10年後に関税が廃止されると牛肉は1杯当たり、71円になる。
 安い輸入米にシフトすればコメは1杯あたり、13円まで下がる。
 合計で84円だから、44円も安くなる。
 だが、手放しでは喜べない。
 同じような変化は、飲食業界のあちこちで発生してくる。
 そんなことになってみろ。日本中で価格破壊と生き残りの競争がまたはじまる。
 太平洋の真ん中で発生した台風は、農業ばかりか飲食業界にまで、
 途方もない影響を巻き起こす」



 「あらぁ・・・暴れん坊将軍みたいな台風ですねぇ、TPPという怪物は」


 
 「政府は合意したTPPの中身について、ほとんどの部分を明らかにしていない。
 詳細が公開されていくのはこれからだ。
 大型の嵐がやって来る前に、俺たちは対策を整えておく必要がある」



 「それがさっき言っていた、5か年計画でハウスを大きくしていくということなの?」



 「これからさきの5年は、俺の勝負の5年間になる。
 のんびり構えていたら、TPPという台風に潰されちまうからな。
 それに嵐はTPPだけじゃねぇ。もうひとつ別の嵐が、日本中の農村を襲うはずだ」



 「もうひとつ別の嵐が日本中の農村を襲う?。どういう意味なの、それって?」



 「安倍政権がアベノミクスで、農業と農村の所得倍増計画というやつを明らかにした。
 第3の矢の、成長戦略というやつだ。
 農業の分野において今後10年間で、所得を2倍に増やすという。
 冗談みたいな話だが、安倍さんは本気らしい。
 だが、こんなものが実行されたら、おそらく日本から農家が居なくなる」


(89)へつづく

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農協おくりびと (87)TPPという、嵐がやって来る   

2015-12-27 11:17:05 | 現代小説
農協おくりびと (87)TPPという、嵐がやって来る 


 
 「ホント。選別するだけで神経衰弱になりそうです。
 とてもじゃないけど、わたしは、キュウリ農家のお嫁さんになれそうも有りません。
 あっ、ごめんなさい。本心じゃありません。
 雑音として、寛大な心で聞き流してください」



 「気にしないさ。俺もカミさんには、農家を手伝わせないと決めている。
 一家総出で、農業を支えてきたのは昔の話だ。
 嫁さんをもらえば、戦力が増えるなどと考えていた農業はもう古い。
 だいいち。その程度の労働力では、いつまでたっても規模の拡大はできない。
 3~4人の労働力では、朝から夜遅くまで働き続けることになるからだ。
 そんなギリギリの職業に未来は無い。
 親父もおふくろもいまは元気だが、まもなく還暦を迎える。
 近い将来。戦力として当てにするわけに、いかなくなる」



 「そうなったらどうなるの。若いキュウリ農家の行く先は?」



 「収穫期に入ったら、他人を使う。
 いまよりも規模を広げて、ハウスも大きくする。きゅうりの苗も増やす。
 5人、10人とパートのおばちゃんを使って、収穫と出荷を軌道に乗せていく。
 家内労働力に頼っていた時代は、もう終わりだ。
 これからは他人をたくさん使い、ひとまわり大きな生産に乗り出していく」


 「大きく出ましたねぇ。栽培規模を広げ、他人を使っても採算は合うの?」


 
 「いきなり大きくするための借金はできない。しかたないから、徐々に規模を広げていく。
 5年後には、いまの3倍から5倍の規模へ拡大するつもりだ」



 「ふぅ~ん。大きな夢を描いているのね、あなたって」



 「呑気なことを言っている場合じゃねぇからな。
 農協の職員なら、TPPの交渉が基本合意したことは知っているだろう」



 「日本と米国を中心にした、環太平洋地域の経済連携協定(EPA)のことでしょう。
 知っているわよ、そのくらい。
 2006年に、シンガポール、ニュージーランド、ブルネイ、チリの4カ国間で
 発効したP4(パシフィック4)が、はじまりです。
 2009年に米国が参加表明したことで、状況が一変します。
 その年にオーストラリア、ペルー、ベトナムが参加して、名称もTPPに変更されます。
 2010年にはマレーシアが加わり、参加国は9カ国に拡大します。
 12番目の参加国として日本が加盟したのは、2013年のことです。
 それからのことでしょ。何かとTPPが話題になりはじめたのは」



 「おっ、知っていたか、よかった、ひと安心した。
 そのTPPが今年(2015年)の10月5日、基本合意に達した。
 発足するのは先の話だが、環太平洋で、関税が完全に撤廃される時代がやって来る。
 太平洋の真ん中に、どちらへ進んでいくかわからない超大型の台風が、
 誕生したようなものだな」



 「でも。関税を撤廃することで、日本にメリットは有るんでしょ?」



 「関税の撤廃により、貿易の自由化が進む。日本製品の輸出額が増大する。
 大手の製造業企業にとっては、企業内貿易が効率化し、利益が増えることになる。
 環太平洋に乗り遅れなかったことで鎖国状態から脱し、GDPが10年間で
2.7兆円増加すると言われている。
 政府は試算でGDPが、年間2700億円は増加すると見込みんでいるからだ。
 経済産業省の試算によれば、TPPに参加しないと雇用が81万人減るともいっている。
 だがまぁ、すべて机上の計算だ。
 なにがどうなるのか、正確なことはまだ誰にもわからない。
 しかし確実に現実化されるデメリットが、有る。
 農業への打撃だ。
 農産物の関税がなくなることで、農業に、途方もない衝撃がやってくる」



 「関税がなくなることで、農家が大きなダメージを受けるというの!」


 「農業だけじゃねぇ。デメリットは他にもまだまだたくさん有る」



 聞きたいかと山崎が、ちひろのそばへやって来た。
朝の作業を終えたハウスの中から、すべての雑音が消えた。しんと妙に静まり返ってきた。
かすかに鳴っていたラジオが、「まもなく10時です」と小さく時報を告げる。


(88)へつづく

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農協おくりびと (86)キュウリの等級と階級 

2015-12-26 12:51:06 | 現代小説
農協おくりびと (86)キュウリの等級と階級 




 キュウリの曲がりは、キュウリ農家の悩みの種だ。  
キュウリはなぜか、曲がりやすい。
東北大学の金浜 耕基教授(園芸学)によれば、曲がる原因はキュウリがもつ、
実の構造に起因するという。


  種の部分に、ちょっとした秘密がある。
発生学説によれば、葉が変形したものを(しんぴ)と呼ぶ。
きゅうりは、この心皮が3枚寄り添った独特の構造をもっている。
3枚の心皮には、上下関係がある。
上に位置している心皮は、下の心皮よりも成長が遅い。



  太陽の光が良くあたり、光合成で作られる栄養分が充分にいきわたるとき、
心皮に成長の差は出ない。
そのため、ほとんどのキュウリはまっすぐ育つ。
しかし。天気の悪い日が続き、光合成が不十分になると栄養分の奪い合いで、
成長の差が出てくる。その結果、キュウリに曲がりが出てくる。



 光が十分にあたり光合成が活発になるよう、余分な葉は取り除いていく。
繊細なキュウリをまっすぐ育てるためには、かなり緻密な管理が必要になってくる。
光をさえぎる葉をこまめに間引きするなど、丁寧な仕事をしている農家ほど、
キュウリの曲がりは少ないという。



 しかし。最近は品種の改良が進み、以前ほど曲がらなくなってきた。
だがキュウリほど厳しくランク分けされている野菜は、他にない。
曲がりの幅が1㌢未満、長さ20~23㌢のキュウリが、最も良いキュウリとされている。
曲がりが大きくなるほど等級も下がり、価格も下がる。
4㌢以上曲がると市販品にならず、加工品に回されてしまう。



 「最盛期になると、忙しくなるから家の人だけでは大変でしょう。
 応援の人とか、パートさんを使っているの?」



 「収穫は、朝7時からはじまる。
 間に合わせるため、パートのおばちゃんを4人頼んでいる。
 3時間ほどで収穫はおわるが、キュウリ農家は、そのあとが戦争になる。
 キュウリは曲がりの等級と、大きさによって階級が決められている。
 1㌢以内の曲がりは、A級。
 B級はAにつぐ曲がりで、2㌢以内と決められている。
 C級はBにつぐもので、曲がりの程度は3㌢以内と決まってる。
 それ以上のものは販売にまわされず、加工用として漬物屋などに引き取られていく」



 「だから採りたてのうちに、手で、きゅうりの曲がりを直すのね!」



 「採りたてで、水分がたっぷりあるうちはある程度の修正が効く。
 だが強くやりすぎると、折れることもある」


 「折れてしまったキュウリは、どうなるの?」



 「ほとんどが、破棄処分だ。
 一本でもおおくA級品にしようと欲をかいた結果、廃棄していく羽目になる。
 きゅうり農家の宿命さ。別に気にすることはねぇ」



 「大きさによる階級と言うのは?」



 「18㌢から19㌢未満が、SSサイズ。
 18㌢から21㌢未満が、Sサイズ。
 21㌢から23㌢未満が、Mサイズ。
 23㌢から25㌢未満が、LLサイズと決まってる。
 だがそれだけじゃねぇ、箱詰めにもこまかい規則が有る。
 SSは1箱につき、58本から60本で、14本並びにする。
 Sは1箱につき52本で、13本並び。
 Mは1箱につき45本から48本で、11本から12本並び。
 Lは1箱につき38本から40本だ。
 どうだ。頭が痛くなって来ただろう。
 キュウリ農家は、決められた等級と階級を守って、サイズごとに
 せっせと箱詰めするんだ。
 忙しい時なんか、仕事が終わるのは深夜になる・・・」


(87)へつづく


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農協おくりびと (85)キュウリのハウス

2015-12-25 10:44:46 | 現代小説
農協おくりびと (85)キュウリのハウス



 
 数日後。ちひろが山崎のビニールハウスへ顔を出した。
キュウリを見るため、約束通り、ビニールハウスへやって来た。
ちひろの姿を見た瞬間、山崎が思わず目を丸くする。


 「どうしたんだ、その恰好は。
 どう見てもパートでやってくる、近所のおばちゃんたちと同じだな」



 頭に、日よけ対策のてぬぐい帽子。
帽子の下には、汗吸収用のアンダーフードをつけている。
ブラウスは肌障りの良い、綿100%。
下には軽くて涼しいと評判の久留米ちぢみ織りの、もんぺを履いているし、
おふくろ専用の赤い長くつまではいている。
どこからどう見ても収穫期のハウスで働く、パートのおばちゃんのいでたちだ。



 「母屋へ、おはようございますって声をかけたら、お母さんが出てきました。
 ハウスの中は湿気が多いから、そのままの服装では大変だから、
 着替えてくださいと、この衣装を貸してくれました。
 変かなぁ、やっぱり・・・わたしに、似合わないですか?」


 「いや。似合いすぎて、ちひろさんには見えなかった・・・
 おふくろのやつ。もう少し若い衣装を貸してやればいいものを。
 全部、自分のお気に入りばかり着せるなんて、どうかしてるぜ、まったく」


 
 「えっ、何か言った、いま?」



 「いや、なんでもねぇ。ただのひとりごとだ。気にしないでくれ」



 キュウリハウスの中は、苗がすくすくと育成中だ。
伸ばし放題のまま収穫していく農家も有るが、葉の枚数までしっかり管理して
キュウリを栽培していく農家も有る。
山崎は、どちらかといえば後者のほうだ。


 キュウリは年2回、2月と9月にハウスへ苗を植える。
40日ほどかけて苗を育てる。
春もののキュウリの収穫期は、3月の半ばから7月の初旬まで。
秋に栽培されるキュウリは、10月の半ばから翌年の1月頃まで収穫がつづく。
最近のハウスは重油が高騰したため、あまり暖房を使わない。
そのかわり。ハウスの上部にもう1枚ビニールが張れる構造になっている。
これを操作して、上手にハウス内の温度を調節していく。



 午前中の室温は、光合成促進のため30℃を保つ。
12時から13時は28℃、13時から15時は23℃、夜は16℃~17℃と、
徐々に温度を下げていく。
こうすることでキュウリに、まんべんなく栄養がいきとどく。



 「いまは苗を育てている最中だから、比較的のんびりだ。
 本格的な出荷がはじまるのは、来月からだ。
 忙しくなれば1日に、5000本から6000本のキュウリを収穫する」

 
 「それにしても、綺麗に管理していますねぇ。
 わたし。キュウリの苗がジャングルのように、成長していると考えていました」


 
 「枝が込み合ったり、葉が重なると病気が出やすくなる。
 収穫量も半減する。
 葉欠きといって、邪魔になる葉を片っ端から取り除いていく。
 それがいまの時期の大事な仕事だ。
 放っておくと、枝の間から脇芽がどんどん出る。
 出る芽は全部摘み取る。
 本場の5枚目より下の脇芽は、遠慮しないでぜんぶ摘み取る。
 ほら、こんな風に見つけ次第、指先でポキンと摘み取っていくんだ」



 小さな実を付け始めた新芽まで、山崎が慣れた手つきで摘み取っていく。
プロが育てる苗は、1株あたり、200本から250本のキュウリを実らせる。
もちろん、出荷が可能な本数だ。
出荷できない未熟なものまで含めれば、株は4か月間で400あまりの実を着ける。



 「ぜんぶ出荷が出来たら、2~3年でキュウリ農家に、蔵が建つ。
 それにキュウリってやつは曲がりやすいから、ぜんぶAクラスに育つわけじゃねぇ。
 規格が厳しいから、曲がるとすぐに評価のランクがさがっちまう。
 そのあたりが、キュウリ農家の悩みのタネだ・・・」



(86)へつづく


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