オヤジ達の白球(29)大暴投
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2b/52/76aafd6f2d04a3ae1992f3dfa1305bab.jpg)
準備運動もしないまま、坂上が投球の態勢に入る。
身体はまっすぐ伸ばしたまま。棒立ちだ。
ポンポンとグローブの中でボールを弾ませたあと、2本の指でボールを握る。
「なんだぁ、あの野郎。2本の指でボ―ルを握ったぞ・・・」
「えっ、2本じゃまずいのか。ソフトボールの場合は?」
「当たり前だ。2本で握るのは野球のボールだ。
ソフトのボールは、野球のボールよりはるかに大きい。
だからソフトの場合は3本の指で握る。指が短いやつは、4本で握ってもいい」
「3本の指で握るのが基本で、4本で握ってもいいのか!」
「そうだ。握り方は、人差し指と中指をV字に開く。
指先の腹をボールの縫い目にしっかりかける。
親指は反対側をはさむように握る。それが基本的なソフトボールの握り方だ。
それから投球前に、あんな風に棒立ちというのも、すこぶるまずい」
「棒立ちじゃまずいのか?」
「投げる前はまず、軸足のひざを軽く曲げておく。
膝をやわらかく曲げておくことで、次への動きがスムーズになる。
棒立ちというのは足腰を使わず、ただ、上半身と腕っぷしで投げることになる。
誰が投げても、かならずの最悪の結果を産む」
「最悪の構えなのか?、棒立ちは。本当に最悪なのか?」
「見ていりゃすぐにわかる。結果が出るから。
見てろよ。あの構えじゃ、まっすぐの球なんか絶対に投げられないから」
熊がグビリと2本目の山崎を呑み込む。
堤防の上でそんな会話が交わされているとも知らず、坂上が投球動作にはいる。
ぐるりと腕を回したあと、力任せの白いボールがコンクリートの壁に向かって飛んでいく。
「ほら見ろ。いわんこっちゃねぇ。予想した通りの大暴投だ」
坂上の手元を離れたボールが、コンクリート壁のはるか上部へ向って飛んでいく。
4mほどある壁の頂点で、大きな音をたてて跳ね返る。
跳ね返ったボールが坂上の頭上を超えていく。そのままはるか後方へドンと落ちる。
「言わんこっちゃねぇ。あの態勢からじゃ、いくら投げてもあんな大暴投ばかりだ。
しかし。あの大暴投は、予想外のメリットを生むかもしれねぇなぁ。
投げるたびに、うってつけのトレーニングになるぞ」
「うってつけのトレーニングになる?。いったいどういう意味だ、北海の熊?」
「考えてもみろ。
あんな投げ方していたんじゃ、いつまで経ってもボールにコントロールはつかねぇ。
投げるたびに大暴投する。
だがその大暴投が、実は、けっこう役にたつ。
見ただろう。勢いがあるぶん、ボールははるか後方まで転がっていく。
となるといやでも、ボールを拾うため走っていくことになる。
つまり。暴投するたび、いやでも結果的に、足腰の鍛錬ができることになる」
ボールを拾い終えた坂上が、ダッシュでまた投球の位置まで戻って来る。
息が落ち着くのも待たず、また腕をぐるりと回す。
そのまま壁に向かってボールを投げる。
こんどもまたボールはまっすぐ飛ばない。壁の右側へ向かって凄い勢いで飛んでいく。
大きな音をたてて跳ね返ったボールが、強い勢いのまま、ふたたび坂上の頭を越え
はるか後方へ転がっていく。
「いいかげんな投げ方をしているわりに、球威と球速は有りそうだ」
「あいつの夢は、火の出るような剛速球を投げることだ。
元気のいい球を投げて、バッターを全員、きりきり舞いさせることを目指しているそうだ」
「速い球を投げて三振をとるつもりなのか、あいつは・・・
ふん。だから素人は困る。
早い球を投げる前に、制球力を磨いてストライクを投げないと、
誰もバットを振ってくれないぜ」
「球威より、制球力をつけることが大事なのか、投手の練習というものは・・・」
「当たり前だ。100キロの速球を投げてもボールじゃ誰も手をださねぇ。
それどころか、大汗をかいていくら投げても、四球とデッドボールの山をきずくのが
せいぜいだ」
「それじゃ困る。それじゃ、今度の試合に間に合わねぇ!」
「なに・・・もう坂上に投げさせるつもりでいるのか。おまえらは!。
ボールがどこへ飛んでいくかもわからねぇ、あんなど素人のピッチャーに!」
(30)へつづく
落合順平 作品館はこちら
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準備運動もしないまま、坂上が投球の態勢に入る。
身体はまっすぐ伸ばしたまま。棒立ちだ。
ポンポンとグローブの中でボールを弾ませたあと、2本の指でボールを握る。
「なんだぁ、あの野郎。2本の指でボ―ルを握ったぞ・・・」
「えっ、2本じゃまずいのか。ソフトボールの場合は?」
「当たり前だ。2本で握るのは野球のボールだ。
ソフトのボールは、野球のボールよりはるかに大きい。
だからソフトの場合は3本の指で握る。指が短いやつは、4本で握ってもいい」
「3本の指で握るのが基本で、4本で握ってもいいのか!」
「そうだ。握り方は、人差し指と中指をV字に開く。
指先の腹をボールの縫い目にしっかりかける。
親指は反対側をはさむように握る。それが基本的なソフトボールの握り方だ。
それから投球前に、あんな風に棒立ちというのも、すこぶるまずい」
「棒立ちじゃまずいのか?」
「投げる前はまず、軸足のひざを軽く曲げておく。
膝をやわらかく曲げておくことで、次への動きがスムーズになる。
棒立ちというのは足腰を使わず、ただ、上半身と腕っぷしで投げることになる。
誰が投げても、かならずの最悪の結果を産む」
「最悪の構えなのか?、棒立ちは。本当に最悪なのか?」
「見ていりゃすぐにわかる。結果が出るから。
見てろよ。あの構えじゃ、まっすぐの球なんか絶対に投げられないから」
熊がグビリと2本目の山崎を呑み込む。
堤防の上でそんな会話が交わされているとも知らず、坂上が投球動作にはいる。
ぐるりと腕を回したあと、力任せの白いボールがコンクリートの壁に向かって飛んでいく。
「ほら見ろ。いわんこっちゃねぇ。予想した通りの大暴投だ」
坂上の手元を離れたボールが、コンクリート壁のはるか上部へ向って飛んでいく。
4mほどある壁の頂点で、大きな音をたてて跳ね返る。
跳ね返ったボールが坂上の頭上を超えていく。そのままはるか後方へドンと落ちる。
「言わんこっちゃねぇ。あの態勢からじゃ、いくら投げてもあんな大暴投ばかりだ。
しかし。あの大暴投は、予想外のメリットを生むかもしれねぇなぁ。
投げるたびに、うってつけのトレーニングになるぞ」
「うってつけのトレーニングになる?。いったいどういう意味だ、北海の熊?」
「考えてもみろ。
あんな投げ方していたんじゃ、いつまで経ってもボールにコントロールはつかねぇ。
投げるたびに大暴投する。
だがその大暴投が、実は、けっこう役にたつ。
見ただろう。勢いがあるぶん、ボールははるか後方まで転がっていく。
となるといやでも、ボールを拾うため走っていくことになる。
つまり。暴投するたび、いやでも結果的に、足腰の鍛錬ができることになる」
ボールを拾い終えた坂上が、ダッシュでまた投球の位置まで戻って来る。
息が落ち着くのも待たず、また腕をぐるりと回す。
そのまま壁に向かってボールを投げる。
こんどもまたボールはまっすぐ飛ばない。壁の右側へ向かって凄い勢いで飛んでいく。
大きな音をたてて跳ね返ったボールが、強い勢いのまま、ふたたび坂上の頭を越え
はるか後方へ転がっていく。
「いいかげんな投げ方をしているわりに、球威と球速は有りそうだ」
「あいつの夢は、火の出るような剛速球を投げることだ。
元気のいい球を投げて、バッターを全員、きりきり舞いさせることを目指しているそうだ」
「速い球を投げて三振をとるつもりなのか、あいつは・・・
ふん。だから素人は困る。
早い球を投げる前に、制球力を磨いてストライクを投げないと、
誰もバットを振ってくれないぜ」
「球威より、制球力をつけることが大事なのか、投手の練習というものは・・・」
「当たり前だ。100キロの速球を投げてもボールじゃ誰も手をださねぇ。
それどころか、大汗をかいていくら投げても、四球とデッドボールの山をきずくのが
せいぜいだ」
「それじゃ困る。それじゃ、今度の試合に間に合わねぇ!」
「なに・・・もう坂上に投げさせるつもりでいるのか。おまえらは!。
ボールがどこへ飛んでいくかもわからねぇ、あんなど素人のピッチャーに!」
(30)へつづく
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