落合順平 作品集

現代小説の部屋。

舞うが如く 第六章 (15)米と生糸

2013-02-12 09:23:22 | 現代小説
舞うが如く 第六章
(15)米と生糸


 
 庄内地方を大きく揺るがせたこのワッパ騒動の、
最大の激戦地となったのは、この酒田監舎での衝突です。
一万数千におよんだ農民たちは、鎌や竹やり、手製の武器などを持って
指導者たちの奪還を叫んで、県内各地から潮のように酒田監舎へと押し寄せました。


 しかしその農民たちの決死の峰起も、
最新鋭の火力を誇る警官隊と、3000人の松ヶ丘開墾場の士族たちの武力の前に
あえなく制圧をされてしまいます。
結果的に、双方ともに大きな犠牲者や怪我人をだすこともなく、
やがて暴動はその勢いを失いました。
鎮静化をみせはじめた農民たちの運動は、
9月に入ると、新たな方向へ闘争戦術の転換を見せはじめます。


 運動を指導した旧庄内藩の反県士族と、
農民の代表20名が、第2次酒田県の対応を訴えるために上京をしました。
訴状は新政府に受理されましたが、同時に全員が検挙されてしまいます。


 ワッパ騒動は、再び逮捕者の放免を求める運動へ、
方針の転換を余儀なくされてしまいます。
また、10月から12月にかけては農繁期でもあるために、ワッパ騒動は、
次第にその行き詰まり感を見せてきます。



 老農の陸稲畑では、この秋の収穫の時期を迎えています。
一面の黄金色の様子を前にして、いつものように
老農が目を細めています。

 「琴どの、我々が米つくりによって生き長らえてきた、
 農耕の民であるということは、
 よくよくご存じのことにあろう。
 大昔、太古と呼ばれた時代には、約27万人が住み
 稲作が始まったとされる時代には、それが60万人に増えました。
 奈良の時代には、600~700万人にまで増えたと記録に残されております。
 米を作ることによって、この国に住む人々が増えてきました。
 わしらには、この国とすべての人々を支えてきたという、
 農民ならではのささやかな誇りがこの胸に息づいています。
 見なされ。
 この小さな一粒が、わしらを毎日生かし、
 明日を生み出してくれるのです。」


 「同感そのものです。
 なれども、肝心のワッパ騒動は、
 この先で一体、どうようになるのでしょうか」


 「さぁてな・・・・
 先のことよて、わしにはわからん。
 上京して、訴訟のうえ裁判で争うということであるが、
 もう、そうなるとわしら農民の頭では、まったく解らん。
 自由民権運動という考え方が有るそうだが、
 学者や教育者でもなければ
 どうにも、理解できない学説の様である。
 難しすぎて、わしの頭では
 すでに、お手上げだ。」

 「自由民権運動・・・それも初めて聞きました。
 それはまた、
 いかなる事にありますか。」


 「できたばかりの明治新政府から、
 わしらが師と仰ぐ、西郷隆盛が薩摩へと去ったは知っておろう。
 同じく同胞の志、板垣退助もまた野に下ったそうである。
 野に下った者たちが、
 平民や庶民にも平等の権利と自由を与えよということで、
 板垣たちが提唱をしている、あたらしい考え方が
 自由民権運動とやらである。
 なんでも、大きな目標が
 日本中に、子供たちの教育のための学校を建てるという。
 日本の行く末を議論するために、議会も作るという。
 言論の自由と、集会などの自由も守るという話だそうにある。
 学校というものが、これよりは全国すべてに
 建つということになれば、民がたくさん学ぶことになる。
 なんにせよ、これからは、
 多くの者が学ぶという、
 新しい学問の時代が来るようである。」


 「老翁は、
 さすがなる博識です。
 琴は、とうてい足元にもおよびませぬ。」


 「そういえば、琴どのの故郷、
 上州には、官営の生糸工場が出来たそうでありますぞ。
 蒸気と器械で糸繰りをするそうですが、
 なんと世界いちを誇る最新の技術にあるようです。
 ここの松ヶ丘の開墾場からも、
 昨年より、幾人もの女子たちが技術習得のために、
 そちらへ派遣された模様でもある。」


 「生糸を、
 繭より取りだす方法が
 機械によってできるようになるのですか!」



 「外国人が講師となり、
 全国より模範工女を育てるために、
 おおくの女子たちを受け入れているそうである。
 聞いた話ではあるが、
 なんでも最新式の西洋の器械を使えば、生糸を簡単に
 大量に生産できるようになるという話である。」


 「ずいぶんと、近代的なのですね」


 「それが、新政府の言う、文明開化であろう。
 米の生産技術は、国内を豊かにするが、それ以上のものにはありえない。
 生糸は昔より我が国の誇る、貿易の宝物とも言えるものだ。
 大量に造ることが、国の力にもなるという。
 ここの松ヶ丘にも、やがて洋風の技術を取り入れた、
 生糸の製糸工場がいくつも建つことになろう。
 米は、わが身を守るものであるが
 生糸は、この国の行く末を豊かにするために 
 是非ともに必要な物になるのであろう。
 まことに、大地からは色々な物が育つものである。
 不思議な力がたくさんあるのう・・・
 この大地には。」




 
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