落合順平 作品集

現代小説の部屋。

舞うが如く 第六章 (16)兄の決心

2013-02-13 10:06:31 | 現代小説
舞うが如く 第六章
(16)兄の決心



 
 大久保利通を中心とする明治新政府にとって、
庄内地方は、天狗騒動やワッパ騒動などによる農民たちの反乱が相次いだため、
とかく目の上のこぶのような存在です。
さらには、軍事組織を保持したままの松ケ岡農場などの問題もあり
とかくにつけて、やたらと問題が山積した地方のひとつです。
松ケ岡開墾場は、武士としての本職を失った士族たちの救済と再生の道を、
開墾に求めるという構想によるものでした。
しかし新政府は、東北の鹿児島と目されていた庄内地方を
常に警戒の目で見ていたのです。


 この年(明治7年)新政府は、
ワッパ騒動の徹底的な弾圧のために12月に入ると、鹿児島出身の三島通庸(みちつね)を
第二次酒田県令として任命し、庄内へ派遣しました。


 県令となった三島は、同行した薩摩藩士6名を側近として登用します。
まずワッパ騒動にかかわる農民たちを治めることに全力を注ぎ、
鎮圧のために県内を奔走します。
管内に通達を出してこれ以上、雑税や浮役(臨時に課せられる雑税)について、
農民たちが騒ぎ立てることを厳禁としたうえで、厳罰を持ってのぞみました。
農民たちへの対応では力を持って抑え込もうという、弾圧の姿勢が、
いっそう鮮明になります。

 しかしこうした一方で、今まで農民を苦しめてきた
雑税の多くが廃止されるなどの、譲歩された部分なども生まれてきました。
部分的にはなりますが、農民達の言い分が聞き入れられて、
若干の勝利を勝ち取ることもなります。

 ワッパ(弁当箱)に、一杯になるほどの過剰金を取り戻す闘争は、
一連の武力を用いた騒動から、世論に訴えて法廷で戦うという方向へ
その路線が変更をされていきます。
翌年の明治8年の1月からは、過納金の償還と相次いだ逮捕者の
釈放を求める法廷訴訟という合法的な闘争がはじまりました。

酒田出身の民権家・森藤右衛門がその先頭に立ちました。
元老院や司法省に県の悪政を訴えつづけ、粘り強い法廷闘争は続きます。
ようやく1878年(明治11)になってから、雑税の一部をふくむ、
6万3千余円の返還を含む農民側勝訴の判決が出されました。

  ワッパ騒動における農民たちのこうした結集と行動は、
酒田県政の改革や、地租の軽減に有効な影響を与え、さらには、庄内における
近代の扉を開く契機にもなったようです。




 庄内へ移り住み、敗戦以来開墾に明けくれて早7年余りが経ちました。
良之助が家族を、あらためて居間へと集めました。
琴もその場に呼ばれます。
正月をまじかに控えた囲炉裏端で、初めてともいえる
家族会議がはじまります。


 「異郷の、この東北にまで足を運ばせて、
 お前たちには、ずいぶんと苦労をかけさせた。
 本日、お前たちに集まってもらったのは、ほかでもない。
 故郷への帰還について願い出ていたが、
 先日、県より正式に許可が出た。
 よって年明けには、全員がうち揃って
 故郷の深山村へと戻ることに、あいなろう。」

 「帰れるのですか!」


 琴が身を乗り出して、瞳を輝かせます。
妻のお佳代が両手をついて、深々と頭を下げました。


 「長きにわたるお勤め、
 ご苦労さまにございました。
 わたくしも、この子たちもたいそうに安堵をいたしました。
 晴れてのご帰還、まずはおめでとうございます。」

 「うむ、お前にはなかなかに苦労をかけた。
 150名も居た新徴組も、いまでは我が一家を含めても
 わずかに、5軒を数えるまでに激減をいたした。
 いままでに、一度たりとも泣き言もいわず、
 慣れぬ土地にて、よくぞ辛抱を貫いてくれた。
 この良之助、心より感謝を申す。」

 「もったいない・・・」


 子供二人を招き寄せると、
良之助が、ようやく安堵の笑顔を見せます。


 「お前たちも、よくぞの辛抱をいたした。
 さすがに法神流の跡継ぎで有る。
 なれども、すでに世は
 剣術の時代にはあらぬのが、いささか残念で有る。
 こうなれば、一家そろって、
 老農に教えを請うて、野良に出て
 琴のように、百姓の修業でもいたすとするか。」

 「あ・・・兄上!」

 「先日、老農の使いで良太と言う若者が来た。
 沢山の野菜を抱えてきて、世話になった礼だと言って
 置いていったのだが、
 お前には、それなりの心当たりがあるであろう。」

 「はい、それなりには。」


 「もう、この先の時代などには
 凄腕の剣士などは、一人も残ってはおらぬぞ。
 いい加減なところで腹をくくって、
 適当なところで、嫁いでみたらどうである?
 良太とかいう、あの青年だが
 なかなかに知恵もあるし、思いやりもあるようだ。
 聞けば、天狗騒動を指揮した古老の弟子というではないか。
 庄内の農民にも、なかなかに気骨のある者がいるようだ。」

 「兄上、
 琴にそのつもりは、毛頭もありませぬ。」


 「そうであるのか?
 もったいない話である。
 お前のことを、まんざらでもないと、
 良太と言うその青年が、白状をしていったのだが・・・。
 なんだ、その気が無いのか、
 お前には。」

 「滅相もない」


 「そうか、
 では、帰るのか?
 しかし、戻ったところで上州には、
 婿の候補などは、これっぽっちも残っておらんぞ。
 お前が、あれほどさんざんに打ち負かしてきたものだから、
 もう誰一人として、あらためて嫁には欲しがるまい。
 良いのかそれでも・・・
 惜しいのう。
 いい若者で有るぞ、あの良太とかいう若者も。
 どうしても駄目か?。」

 「知りませぬ」


 「そうか、
 農家と言えば、食うには困らぬものを。
 おい、お前たちの伯母さまは、
 かなりの強情者で有るぞ。
 どれ、それでは、俺が行って、
 断ってきてやろう、
 良太が、首を長くして待っているであろう。」

 「まさか、兄上!」


 「ははは、冗談で有る。
 年が明けたら、上州へ旅発つゆえ、
 お前も、身辺を整理するがよかろう。
 なんなら、旅の道連れに
 良太も連れていってもかまわぬぞ。」

 「ありえぬ話でございます。」

 「そうそうむきなる話でもになかろう。
 もう少し、時が有れば、何とかなったものを・・・
 まことにに残念ないきさつである。
 まぁ、それはそれとして、
 世話になった方々も沢山いることで有り
 ひととおりにご挨拶もいたさねばならぬであろう、
 どれ、一回り出かけてまいる。」

 散々に、琴をからかってから、
良之助が、二人の子供を引き連れて新徴住宅に残る
仲間の処へ挨拶にと出かけます。
良之助の背中と肩のあたりに、
安堵の気配が漂っているように見えるのは、
まんざら表の、温かい日差しのせいばかりではなさそうです。



第六章・ 完





 ・本館の「新田さらだ館」は、こちらです http://saradakann.xsrv.jp/