落合順平 作品集

現代小説の部屋。

オヤジ達の白球(75)ピンクの割烹着

2018-07-08 18:10:35 | 現代小説
オヤジ達の白球(75)ピンクの割烹着




 日曜日。午前4時。
祐介が厨房で、せっせと弁当を作っている。

 5升炊きの業務用ガス炊飯器を今日のために借りてきた。
100個の握り飯を、22分で炊くことができる。
むらしの時間を入れても30分でにぎりめし用の米が炊きあがる。

 午前4時30分。
入り口のガラス戸があく。完全武装の陽子があらわれた。

 「なんだ。色気のない白熊の登場か。どうした、アラスカへでも行くつもりか?」

 「ごめんなさいね。色気のない白熊で。
 何度あると思ってんの。氷点下なのよ、おもての気温は」

 「そんなに寒いか。表は・・・」

 「あら、表の気温もわからない状態なの、もしかして。
  ひょっとして、昨夜から泊まりこみ?」

 「出てきたのは午前3時。そういえば・・・たしかに寒かったなぁ」

 「お弁当のことで頭がいっぱいなのね。
 全員分のお弁当をつくるなんて大風呂敷をひろげるから、こんなことになるのよ。
 コンビニのおにぎりでもいいし、各自に弁当を持参させてもよかったのに」

 「チームとして動くんだ。
 それにビニールハウスが倒壊した慎吾を、俺なりの方法で激励したい。
 そんなことばかり考えていたら、家にいられなくなった」

 割烹着へ手を伸ばす陽子を、ちょっと待てと祐介がとめる。

 「そいつじゃねぇ。
 そのとなりに置いてある割烹着を、着てくれないか」

 「となり?。なにこれ。白じゃなくてピンクじゃないか。
 いやだよあたしは。
 こんな派手なピンクの割烹着なんか好みじゃないよ。小娘じゃあるまいし」

 「そうでもないと思うがな。
 このあいだのピンクのパジャマ、よく似合っていた」

 「正妻は白。2号はピンクか・・・趣味が悪いんだねぇ、あんたという男は」

 「いやならいままで通り白を着ればいい。俺はいっこうに構わねぇ」

 「はじめてのプレゼントだ。ピンクにします。
 ねぇ知っている?。
 ピンクが女子の色というイメージは、フランスからうまれたのよ。
 18世紀のフランス。貴婦人たちがドレスや家具や食器、あらゆるものをピンクで彩ったの。
 それから大流行がはじまったのよ。
 もうひとつ。
 男の子の赤ちゃんはキャベツから、女の子の赤ちゃんはバラから産まれる。
 ということわざもある。
 このふたつがあわさって18世紀の後半、ヨーロッパ全土にピンクのブームが広がったのよ」
 
 「大袈裟だな。たかがピンクの割烹着だ。
 着るために、そこまで大義名分をつけなくてもいいだろう」

 「唐変木。最大限によろこんでいるというのに、まったくわからないんだから」
 
 「嬉しいのか・・・たかが1枚の割烹着のプレゼントが?」
 
 「つまらないことに感心している場合じゃないでしょ。
 手も動かしてちょうだい。
 のんびりしていたら、20人分のお弁当が間に合わないよ」

 「おっとっと。
 そうだ。のんびりしている場合じゃねぇ。
 超特急で頑張らねぇと、全員の弁当が間に合わねぇ。
 すまねぇが陽子。そこにあるたくわんをトントンと切ってくれ!」

 「あいよ、おまえさん!」

 「お・・・おまえさん?。なんだか可笑しくねぇか、返事の仕方が?」

 「気にしないでよ。ただの社交辞令さ。
 大好きなピンクのプレゼントをもらったんだもの。ささいなお返しさ」

 「なんだか、良くわからねぇけど・・・」

 (ふふん。唐変木のあんたには、わからないでしょよ。
 不意にプレゼントをもらったときの、女のときめきが。うっふっふ)

 (76)へつづく

オヤジ達の白球(74)ボランティア

2018-07-04 19:10:52 | 現代小説
オヤジ達の白球(74)ボランティア



 
 「そうだよな。こんなことは、はじめて見た」岡崎がつぶやく

 「朝起きたらよ。ビニールハウスが潰れていた。信じられない光景だった。
 悪い夢でも見ているのかと思った。しかし夢じゃねぇ。目の前でおきている現実だ。
 しかもひとつじゃねぇ。
 見える限りのビニールハウスが倒壊している。
 こんな光景、俺は生まれて初めてみた」

 あるんだな、こんなことが、あまりの光景に心が痛んだ、とつぶやく。
 
 「何かできないかと考えた。
 だがよ。どうしたらいいのかわからねぇ。
 もどかしい気持ちが堂々巡りしているだけで、いい考えなんか浮かんでこねぇ。
 だけど、いまのあねごのひとことで、やっと気がついた!」

 「おれも同感だ」消防上がりの寅吉が座り直す。

 「気が付いただろう、熊。
 仕事じゃねぇ。ボランティアとして立ち上がろうじゃねぇか、俺たち」

 「チームとして、慎吾のハウスを片づけに行こうというのか。
 たしかにボランティアとしていくのなら、なんの問題もネェな」

 「できるかな、おれたちに?」

 「その点なら大丈夫だ。熊がいれば鬼に金棒さ。
 あねご。実行にうつすぞ。こんどの日曜日、全員を集めてくれ。
 朝8時。集合は、慎吾のハウスの前。
 手弁当だぞ。おれたちはあくまでも、ボランティアとして行くんだからな」

 寅吉の提案に「全員分の弁当は俺が作る」まかせろと祐介が、
厨房から声をあげる。
祐介の全身に電気が走った。
(なんてことだ。簡単なことだ。ボランティアという方法があったんだ)
なぜそのことに気がつかなかったのだろうと祐介が、自分自身をふりかえる。

 朝。電話をいれたとき。慎吾の声は冷静だった。
慎吾はキュウリを守るため、ビニールハウスに積もった雪を、徹夜でおろし続けた。
朝を迎えた時、ようやくほっとしただろう。

 (助かるかもしれねぇ・・・これで) 

 そんな期待が慎吾の胸の中で生まれていただろう。
慎吾だけじゃない。
雪と格闘したおおくの農家が、そんな風に考えたことだろう。
空が明るくなってきた午前7時。ほとんどの農家が休息を入れた。

 ハウスの倒壊を目撃した農家は少ない。
この時間。ほとんどの農家が自宅へ戻っている。
疲れた身体をやすめ、食事をとり、お茶を飲み、のちの作業に備えていた。
慎吾も自宅へ戻ろうと、軽トラックのドアを開けていた。

 油断していたわけでは無い。
つぎのたたかいにそなえて、おおくの農家がひとときの休息をもとめた。
その矢先。ハウスへ最後の打撃がやってきた。

 崩壊していくハウスの姿を、慎吾はどんな気持ちで見つめただろう。
おおくの野菜農家もまた、どんなおもいでこの変わり果てた姿を見つめただろう。
一帯には400棟をこえるビニールハウスが有る。
そのほとんどがわずか15分の間に、連鎖的に倒壊していった。

 陽子が22名の選手全員へ、メールをおくる。
文章は簡潔。「つぎの日曜日。潰れた慎吾のハウスの前へ、朝8時に集合」
たったそれだけの連絡文。
「一斉送信で全員に送ったよ」陽子がちいさくつぶやき、携帯を閉じる。

 寅吉の心配は無用だった。メールの反応は早かった。
つぎからつぎに、返信があつまって来た。

 「祐介。返事がかえってきた。
 国道18号で立ち往生を処理している県職の柊さん以外は、全員が、
 朝8時に慎吾のハウスへ集まって来る。
 あ・・・また柊さんから、メールが届いた。
 『くやしいが現場から離れられねぇ。気持ちは、潰れたハウスへ行きたい』だってさ。
 粋だねぇ。ホント、ウチの男たちは。いいチームだねぇ」

 陽子がそっと背中を向ける。携帯の画面を見つめたまま、目頭をぬぐう。

(75)へつづく

オヤジ達の白球(73)男たちのバレンタイン

2018-07-01 14:21:35 | 現代小説
オヤジ達の白球(73)男たちのバレンタイン




 午後7時。男たちが集まって来た。
さいしょに顔を出したのは北海の熊。遅れて消防上がりの寅吉がやって来た。
さらに5分後。岡崎が、作業着のままやってきた。
いつものように自分の席へすわりこむ。

 「あねご。とりあえずビール!」

 「呑むのか、やっぱり。あんたたちは、こんな日だというのに」

 「そういうな、姐御。
 呑まずにやっていられるかよ。こんな日だからこそ、よけい呑みたいんだ。」

 「チョコレートはあげないよ。こんな日だからね」

 「わかっている。そのくらいのことは。
 野暮は言いっこなしだぜ、姐御。緊急事態のど真ん中だ。
 姐御のチョコレートを、のんきに頬張っている場合じゃねぇさ」

 「なにか名案が浮かんだかい。なにか、あたしたちにできることが?」

 「国と県が潰れたハウスの片づけに、補助金を出すという話は聞いただろう。
 しかしなぁ、片づけるとなると、べらぼうな人手が必要になる。
 あちこちでハウスがつぶれているんだぜ。
 建設業界の人間を総動員したってとてもじゃねぇが、人手が足らねぇ」

 厨房の祐介の手が止まる。

 「そういえば、再建用の資材も足りないという話をテレビがしていた。
 資材がととのうのは、来年か、再来年になるだろうという話だ。
 どうなってんだよ、いったい。
 そんなことじゃ再建が、ますます遠のいていっちまう」
 
 「しょうがねぇだろう大将。それが現実だ。
 資材会社だって、このあたりのハウスがここまで潰れるなんて考えちゃいねぇ。
 急いで生産したってぜんぶにいきわたるまで、おそらく3年はかかるだろう、って話だ」

 「在庫がないんじゃ、どうにもならねぇ。
 どうにもこうにも、どっちをむいても、お先真っ暗な話ばかりだな」

 「それだけじゃねぇ。
 片づけを指名された建設業界だって協力はしたいが、現状は人手不足のままだ。
 そのうえ納期に追われた仕事をかかえている。
 あまった人間はどこにもいない。
 解体業者や、ハウスをたてる職人もいる。だが、数はしれている。
 このままじゃ、ぜんぶを片づけるまで、どのくらい日数がかかるのか誰にもわからねぇ」
 
 「JAが動き始めたという話を聞いたが?」
 
 「JAが、解体のための業者を手配しはじめた。
 ウチへもJAから連絡が来た。
 社長が俺を責任者にして、4人の解体チームを特別に編成した」

 「熊、おまえ。ハウスを解体した経験があるのか?」

 「解体したことはない。
 しかし。大型のビニールハウスなら、いくつか建てたことがある。
 少し前のことだ。
 仕事が暇だったとき。ビニールハウスの建て方の講習会に行ったことがある。
 建てる逆の手順をたどれば、解体することができるからな」
 
 「解体できるのか?。おれたちいみたいな素人にでもか?」

 「ビニールハウスってやつは、簡単にできている。
 高いところが苦手でない限り、誰でも建てることができる。
 大工仕事のような専門の道具も必要ない。
 ひと昔まえまで、農閑期に、農家が自分で建てていたくらいだからな」

 「素人でも、解体はできるということか」

 「手順を間違えなければ、解体することはできる。
 だがつぶれた現場は危険だ。めちゃくちゃだ。
 捨てるものもあるし、再建するときのために残しておきたいものもある。
 そういうものが混雑している。
 問題は、分別だ。
 パイプは鉄。継ぎ手の部品も鉄。だが中には、アルミの部品も混じっている。
 やっかいなのは屋根をおおっているビニールだ。
 ゴムとビニールの紐も厄介だ。
 これらは産業廃棄物になる。
 家庭ゴミとして勝手に処分することはできないし、燃やすこともできない。
 産廃業者に引き渡し、適切に処理してもらう必要がある」

 「なるほどな。状況はよくわかった。
 そういうことなら熊。おまえ、優先的に慎吾のハウスを撤去してくれないか。
 解体チームの責任者なんだろう。
 そのくらいの便宜、何とかなるだろう」

 「大将。無茶を言わないでくれ。
 被害を受けた農家は、慎吾だけじゃねぇ。
 このあたりで、250棟から300棟のハウスが倒壊している。
 どこから手を付けたらいいのか、先頭に立ったJAだって頭を悩ませているんだ!」
 
 「なるほど。
 産廃なら知っている業者がいる。その人へ頼めばいい。
 高いところが苦手でない素人なら、つぶれたハウスを解体することができるのか。
 ということは私たちでも、ハウスを解体できるという事だね」

 陽子がそういう事よねぇと、つぶやく
 

 (74)へつづく