落合順平 作品集

現代小説の部屋。

上州の「寅」(26)巣箱は自前で 

2020-09-03 15:45:14 | 現代小説
上州の「寅」(26)


 「いい話ばかりじゃないよ。
 日本ミツバチはもともと野山で暮している虫。悪い面もある。
 まず集める蜜の量がすくない。西洋ミツバチの10分の1くらいかしら。
 気難しい性格で、すぐ野山へ逃げてしまう。
 だから日本ミツバチをつかった養蜂は難しい」


 「ひよっとして、その難しい日本ミツバチの養蜂に挑戦しょうという話か?」


 「そう。ここは日本ミツバチをつかまえる最適の地なの」


 「日本ミツバチを捕まえる最適の地・・・ここが・・・ホントかよ。
 ということは日本ミツバチを捕まえるため、おれはここへ呼ばれたのか」


 「そう。大正解。ハチを捕まえるのが最初のあなたの任務」


 「最初の?。なんだ。ほかにもなにか有るのか。俺の任務が」


 「あっ・・・気にしないで。ふたつ目は。
 あとでくわしく話すから。
 ということでまずは、これ。
 今日は捕獲したみつばちを入れるための木箱を作ります」


 「巣箱も自前で作るのか?」
 
 「そうよ。なにもかも自前よ。ここでは」


 「巣箱をつくってから、ハチを捕まえに行くのか?。
 なんとも呑気な話だな」


 「たかが巣箱とかるく考えないで。
 気に入らなければ日本ミツバチは巣箱に定着しません。
 気難しい虫だもの。
 つくるだけじゃないの。
 いろいろ手をくわえておかないと日本ミツバチは新居へ来てくれないの」


 「手間がかかるみたいだな。たかが巣箱に」


 「たかが巣箱。されど巣箱。
 つくりあげた巣箱は、ハチが居そうな場所へ置くの。
 でもつくりあげた新居が気に入らなければ、一匹も入らないわ」


 「なにか秘訣でもあるのか?」


 「いくつかあります。
 完成品をなるべく古いものに見せるよう、焼き目をつけ、汚れをつける。
 新品の木材も駄目ね。
 匂いをぬくため、さいてい一週間は水につけこむ」


 「大変なんだな。日本ミツバチを騙すのも」
 
 「当たり前です。
 住友総合商社の養蜂部の未来は、責任者のあんたの腕にかかっています」


 「ちょっと待て。いま何て言った。
 住友総合商社の養蜂部?。養蜂部の責任者?。おれが・・・
 聴いていないぞ。そんな話はまったく・・・」


 「専任で働くのは、あんたとユキの2人。
 あたしにはテキヤの本業があるから、手の空いた時だけここへ来る」


 「15歳のユキと2人で暮すというのか!。こんな何もない山奥で!」


 「そうよ。あなたは住友総合商社の養蜂部の責任者。
 ユキはたったひとりのあなたの部下。
 手を出しちゃ駄目よ。
 ユキはまだ、花も恥じらう処女ですから。うふ。
 あ・・・恥じらいはあるけど、チクリと刺し返す元気もあるから気をつけて」


(27)へつづく


最新の画像もっと見る

1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (narufg)
2020-09-04 08:55:09
養蜂家の方々は、ニホンミツバチの事を「ヤマバチ」って呼んでいると気いかことが有るのですが、本当ですか?

コメントを投稿