オヤジ達の白球(58)バレンタインデー前日
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/55/62/6983de75c10f6a6eadd01b6ed2eb83c2.jpg)
朝の天気予報が、南岸低気圧が接近していることをつげた。
日本列島の南岸を発達しながら東に進んでいく低気圧を、南岸低気圧と呼ぶ。
冬から春にかけて発生することがおおい。
発達すると太平洋側に、大雪や大雨を降らせる。
特に東京を含む関東地方南部に降る大雪は、この南岸低気圧によるものがおおい。
しかし、2月13日の朝はしずかにあけた。
大荒れの天候がやってくるとは思えないほど、よく晴れ渡っている。
午後1時。青空に雲が増えてきた。
西から東へ流れる灰色の雲が、やがて青空の半分を覆い隠す。
(雲が増えてきたぞ。予報通り、南岸低気圧が関東へ接近してきたのかな?)
ちらりと祐介が空を見上げる。
「祐介。なに呑気に空なんか見上げてんのさ。早くしてよ。
みんながもう集まってきちゃうじゃないの」
陽子が祐介を急かせる。
郊外のバッティング・センターの駐車場へ、次々に車が集まって来る。
いずれもこの日が来るのを心待ちにしていた、ドランカーズのメンバーたちだ。
捕手の小山慎吾が1番乗りでやって来た。
右手に愛用のバット。左手にキャッチャーミットをぶら下げている。
「打つだけじゃもったいないです。
せっかくです。キャッチングの練習もやりましょう」
設置されている機械は2台。
1台は60キロの球速に固定されている。しかしもう一台は、最大90キロまで出るという。
14mの距離から飛んでくる90キロの球は早い。当てるだけで精いっぱい。
野球に換算すると120キロから、130キロの球速に相当する。
60キロの打席へ岡崎が入る。初球、2球目とたてつづけに空振りする。
(まいったな。なんだかおかしいぜ・・・タイミングがまったく合わねぇ)
3球目も見事な空振りになる。
うしろで捕球していた小山が「岡崎先輩。みごとな3球3振です」とクスリと笑う。
「先輩。球の出てくる瞬間を待っているだけでは、タイミングが取れません。
この機械はアーム式。
アームの動きは、ピッチャーの腕の振りによく似ています。
下から上に向かって動き始める時から、バットを振るタイミングを逆算します。
球を力で弾き返そうとしないで、芯でとらえてください。
それだけに集中して、バットを振り切ってください」
ピッチングマシンは、アーム式とローター(ホイール)式がある。
アーム式は基本的にストレートのみ。
モーターが2つあるローター式は、回転数を変えることで変化球を投げることができる。
「なるほど。アームの回転を投手の腕の振りに見てタイミングをとればいいのか。
あ・・・あれ、機械のやつ、おかしいなと思ったら、下からじゃなくて、
上から投げてくるぜ!
いいのかよ。上から投げてくるソフトボールの投球は!」
「しかたないですよ。なにしろこの機械は、30年も前の古いものですから。
俺も中学でソフトをはじめたころ。ここへずいぶん通いました。
その頃から投げていたんです、この機械は。上から」
「世話になったのは小山だけじゃねぇぞ。俺も中学の頃はよくここへ来た。
あそこにぶら下がっているホームランの看板へ、打球を当てると景品がもらえる。
それが欲しくて、手に豆が出来るまで必死に打ったもんだ」
柊がバットを片手に小山の背後へやって来た。
「先輩もですか。実は俺もそうなんです。
景品が欲しくてずいぶんこのバッティング・センターへ通いました」
嬉しそうにこたえる小山へ、柊が表を見ろと指をさす。
「そんなことよりも慎吾。
どうやら、ビニールハウスの心配をする必要がありそうだ。
天気予報より早く、西から雪雲のかたまりが接近してきたようだ。
表の駐車場がもう、雪で白くなってきた」
(59)へつづく
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朝の天気予報が、南岸低気圧が接近していることをつげた。
日本列島の南岸を発達しながら東に進んでいく低気圧を、南岸低気圧と呼ぶ。
冬から春にかけて発生することがおおい。
発達すると太平洋側に、大雪や大雨を降らせる。
特に東京を含む関東地方南部に降る大雪は、この南岸低気圧によるものがおおい。
しかし、2月13日の朝はしずかにあけた。
大荒れの天候がやってくるとは思えないほど、よく晴れ渡っている。
午後1時。青空に雲が増えてきた。
西から東へ流れる灰色の雲が、やがて青空の半分を覆い隠す。
(雲が増えてきたぞ。予報通り、南岸低気圧が関東へ接近してきたのかな?)
ちらりと祐介が空を見上げる。
「祐介。なに呑気に空なんか見上げてんのさ。早くしてよ。
みんながもう集まってきちゃうじゃないの」
陽子が祐介を急かせる。
郊外のバッティング・センターの駐車場へ、次々に車が集まって来る。
いずれもこの日が来るのを心待ちにしていた、ドランカーズのメンバーたちだ。
捕手の小山慎吾が1番乗りでやって来た。
右手に愛用のバット。左手にキャッチャーミットをぶら下げている。
「打つだけじゃもったいないです。
せっかくです。キャッチングの練習もやりましょう」
設置されている機械は2台。
1台は60キロの球速に固定されている。しかしもう一台は、最大90キロまで出るという。
14mの距離から飛んでくる90キロの球は早い。当てるだけで精いっぱい。
野球に換算すると120キロから、130キロの球速に相当する。
60キロの打席へ岡崎が入る。初球、2球目とたてつづけに空振りする。
(まいったな。なんだかおかしいぜ・・・タイミングがまったく合わねぇ)
3球目も見事な空振りになる。
うしろで捕球していた小山が「岡崎先輩。みごとな3球3振です」とクスリと笑う。
「先輩。球の出てくる瞬間を待っているだけでは、タイミングが取れません。
この機械はアーム式。
アームの動きは、ピッチャーの腕の振りによく似ています。
下から上に向かって動き始める時から、バットを振るタイミングを逆算します。
球を力で弾き返そうとしないで、芯でとらえてください。
それだけに集中して、バットを振り切ってください」
ピッチングマシンは、アーム式とローター(ホイール)式がある。
アーム式は基本的にストレートのみ。
モーターが2つあるローター式は、回転数を変えることで変化球を投げることができる。
「なるほど。アームの回転を投手の腕の振りに見てタイミングをとればいいのか。
あ・・・あれ、機械のやつ、おかしいなと思ったら、下からじゃなくて、
上から投げてくるぜ!
いいのかよ。上から投げてくるソフトボールの投球は!」
「しかたないですよ。なにしろこの機械は、30年も前の古いものですから。
俺も中学でソフトをはじめたころ。ここへずいぶん通いました。
その頃から投げていたんです、この機械は。上から」
「世話になったのは小山だけじゃねぇぞ。俺も中学の頃はよくここへ来た。
あそこにぶら下がっているホームランの看板へ、打球を当てると景品がもらえる。
それが欲しくて、手に豆が出来るまで必死に打ったもんだ」
柊がバットを片手に小山の背後へやって来た。
「先輩もですか。実は俺もそうなんです。
景品が欲しくてずいぶんこのバッティング・センターへ通いました」
嬉しそうにこたえる小山へ、柊が表を見ろと指をさす。
「そんなことよりも慎吾。
どうやら、ビニールハウスの心配をする必要がありそうだ。
天気予報より早く、西から雪雲のかたまりが接近してきたようだ。
表の駐車場がもう、雪で白くなってきた」
(59)へつづく