落合順平 作品集

現代小説の部屋。

オヤジ達の白球(58)バレンタインデー前日

2018-02-25 17:34:06 | 現代小説
オヤジ達の白球(58)バレンタインデー前日



 
 朝の天気予報が、南岸低気圧が接近していることをつげた。

 日本列島の南岸を発達しながら東に進んでいく低気圧を、南岸低気圧と呼ぶ。
冬から春にかけて発生することがおおい。
発達すると太平洋側に、大雪や大雨を降らせる。
特に東京を含む関東地方南部に降る大雪は、この南岸低気圧によるものがおおい。

 しかし、2月13日の朝はしずかにあけた。
大荒れの天候がやってくるとは思えないほど、よく晴れ渡っている。

 午後1時。青空に雲が増えてきた。
西から東へ流れる灰色の雲が、やがて青空の半分を覆い隠す。
(雲が増えてきたぞ。予報通り、南岸低気圧が関東へ接近してきたのかな?)
ちらりと祐介が空を見上げる。

 「祐介。なに呑気に空なんか見上げてんのさ。早くしてよ。
 みんながもう集まってきちゃうじゃないの」

 陽子が祐介を急かせる。
郊外のバッティング・センターの駐車場へ、次々に車が集まって来る。
いずれもこの日が来るのを心待ちにしていた、ドランカーズのメンバーたちだ。
捕手の小山慎吾が1番乗りでやって来た。
右手に愛用のバット。左手にキャッチャーミットをぶら下げている。

 「打つだけじゃもったいないです。
 せっかくです。キャッチングの練習もやりましょう」
 
 設置されている機械は2台。
1台は60キロの球速に固定されている。しかしもう一台は、最大90キロまで出るという。
14mの距離から飛んでくる90キロの球は早い。当てるだけで精いっぱい。
野球に換算すると120キロから、130キロの球速に相当する。

 60キロの打席へ岡崎が入る。初球、2球目とたてつづけに空振りする。
(まいったな。なんだかおかしいぜ・・・タイミングがまったく合わねぇ)
3球目も見事な空振りになる。
うしろで捕球していた小山が「岡崎先輩。みごとな3球3振です」とクスリと笑う。

 「先輩。球の出てくる瞬間を待っているだけでは、タイミングが取れません。
 この機械はアーム式。
 アームの動きは、ピッチャーの腕の振りによく似ています。
 下から上に向かって動き始める時から、バットを振るタイミングを逆算します。
 球を力で弾き返そうとしないで、芯でとらえてください。
 それだけに集中して、バットを振り切ってください」

 ピッチングマシンは、アーム式とローター(ホイール)式がある。
アーム式は基本的にストレートのみ。
モーターが2つあるローター式は、回転数を変えることで変化球を投げることができる。

 「なるほど。アームの回転を投手の腕の振りに見てタイミングをとればいいのか。
 あ・・・あれ、機械のやつ、おかしいなと思ったら、下からじゃなくて、
 上から投げてくるぜ!
 いいのかよ。上から投げてくるソフトボールの投球は!」

 「しかたないですよ。なにしろこの機械は、30年も前の古いものですから。
 俺も中学でソフトをはじめたころ。ここへずいぶん通いました。
 その頃から投げていたんです、この機械は。上から」

 「世話になったのは小山だけじゃねぇぞ。俺も中学の頃はよくここへ来た。
 あそこにぶら下がっているホームランの看板へ、打球を当てると景品がもらえる。
 それが欲しくて、手に豆が出来るまで必死に打ったもんだ」

 柊がバットを片手に小山の背後へやって来た。

 「先輩もですか。実は俺もそうなんです。
 景品が欲しくてずいぶんこのバッティング・センターへ通いました」

 嬉しそうにこたえる小山へ、柊が表を見ろと指をさす。

 「そんなことよりも慎吾。
 どうやら、ビニールハウスの心配をする必要がありそうだ。
 天気予報より早く、西から雪雲のかたまりが接近してきたようだ。
 表の駐車場がもう、雪で白くなってきた」

 (59)へつづく


オヤジ達の白球(57)バッティング・センター

2018-02-23 18:32:33 | 現代小説
オヤジ達の白球(57)バッティング・センター


 
 
 12月になるとソフトボールはオフシーズンはいる。
寒い中。重い球を無理に投げると肩を痛める。身体も硬くなり怪我をしやすくなる。
野球部は練習をひかえ、サッカーボルを追いかけてひたすら体を鍛える。
それほど真冬の群馬はとにかく寒い。

 群馬の真冬は強風が吹く。
空っ風とよばれる季節風だ。風速は平均で10メートル以上を記録する。
「上州のからっ風」として知られ、赤城おろしと呼ばれている。

 日本海で発達した低気圧が湿り気の有る冷たい空気を運んでくる。
この冷たい空気が越後や信州へ大量の雪を降らせる。
湿り気を失い、乾ききった空気が標高1800メートルの赤城山を乗り越え、
山肌に沿って強い下降気流になる。
これが平野を吹き荒れる「からっかぜ」だ。

 強い風が畑の土をまきあげる。
風下の一帯に、土ぼこりの黄色いカーテンをひろげていく。
アスファルトの道路を、砂利や砂が横断していく。
土のグランドならなおさらだ。
風上にむかって目をあけていられない。ひどいときは背中を向けて歩くようだ。

 12月の半ばに忘年会を済ませた居酒屋のチームが、年の瀬の休眠へはいる。
そのまま年が暮れていく。
年が明けると、例年になく寒い1月がやってきた。
1月のなかば。赤城の峰を越えた雪雲が、山裾に風花を運んできた。
畑にうっすらと白い花が咲く。

 2月。節分が過ぎる。
この頃になるとストーブ・リーグに飽きた男たちが、祐介の居酒屋へ集まって来る。
そろそろ身体を動かしたいとやってくる。
そんな気配を察した陽子が、バッティングセンターを見つけ出してきた。

 「ソフトボール専用のバッティング・センター?。
 初耳だなぁ。そんな物があったっけか、こんなド田舎の町に・・・」

 「町はずれに古びた、遺構のようなゲームセンターがあるでしょ。
 あそこ。むかし、ソフトボール専門のバッティング・センターだったのょ」

 「過去形だな。機械は大丈夫か?。
 錆びついていて動かないんじゃないか、もしかして」

 「2台あるわ。ソフトボールのマシーンが。
 さいきん手入れをしたというから動くらしいの。どう。凄い情報でしょ!」

 バッティング・センターは街にもう一軒ある。
野球専用だが隅に一台だけ、ソフトボールの打席が有る。
だがそこはいつも小中学の野球小僧と、甲子園を夢見て熱くなっている父兄たちで
満員御礼の状態がつづいている。
50ちかいオヤジたちがソフトボールを打たせてくれと、入り込むすき間はない。

 「おあつらえ向きだ。俺たちにぴったりのバッティング・センターじゃないか」

 人目がないのが何よりもいい。
素人は、とかく人の目を気にする。
誰も見ていないのだが人がいるだけで、注目されているような錯覚を覚える。
そう思うとそれだけで練習に集中できなくなる。
1日だけチームのために動かしてくれるという約束を、陽子が取り付けてきた。

 「いつなんだ?。その日は?」

 「2月13日。バレンタインデーの前日。しかも平日の金曜日」

 「なんとも中途半端な日だな。
 バレンタインデー前日の金曜日に、ひょっとして、何か意味でも有るのか」

 「大当たり。休眠していた私設が再稼働するのよ。
 バレンタインデーの日にカップル優待で、再スタートする魂胆なの。
 その前日、機械の最終調整をかねてチームに貸してほしいと交渉してきたの。
 1日借りて、5000円。どう、悪くない条件でしょ」

 「ということは、本調子でないマシーンと、本営業の前日に対決するのか俺たちは。
 しかも5000円の大金をはらって」

 「安いでしょ、そのくらいなら。
 チームの予算から払うお金だし、ほんものの投手だって暴投はするわ。
 いいじゃないの。1日、好きに使わせてくれるんだもの。
 こんなチャンス、2度とないと思うわよ」

 「それもそうだ。じゃさっそくチームの全員に集合の連絡をとるか」

 
(58)へつづく 

オヤジ達の白球(56)全力疾走

2018-02-21 18:27:35 | 現代小説
オヤジ達の白球(56)全力疾走


 
 「昔の坂上がどんなやつかは知らん。
 だが敵に背中を見せて逃げ出すのは、卑怯者のすることだ。
 坂上は自分で作り出した事態の責任もとれない、意気地なし男だ。
 そんなやつは、大嫌いだ!」
 
 北海の熊が舌を鳴らす。見かねた寅吉が寄って来た。

 「そんな風に決めつけるな。そんな風に斬り捨てたら坂上が可哀想だ。
 やつにだって事情がある。
 投げ始めてまだ、3ヶ月だぜ。
 その程度で投手ができるほど、ソフトボールは甘くねぇ。
 そのことを初登板でいやというほど体験したんだ、やっこさんは。
 いいクスリになっただろう」

 「それに」と、寅吉がさらにつづける。

 「グランドでの失敗は、グランドでしか取り返せねぇ。
 しくじったからと言って登板の機会をゼロにしたんじゃ、坂上の立つ瀬がねぇ」

 「なんだと。やい、寅吉。
 お前はあの意気地なし野郎にこのうえまだ、投げる機会を与えるというのか!」

 熊が血相を変えて立ち上がる。

 「馬鹿を言いうんじゃねぇ。冗談じゃねぇ。
 2度と投げさせるもんか、あんな無責任野郎に。
 坂上をもう一度投げさせるというのなら、俺はこのチームを辞める。
 なんでぇ。いままで気持ちよく呑んでいたというのに、すっかり酔いが醒めちまった。
 帰る。くそ、面白くねぇ!」

 ガタガタとガラス戸を揺らし、北海の熊が帰っていく。
「妙な方向へ話が飛んじまったな・・・まぁいい。どうやら俺たちは呑みすぎだ」
どれ、俺たちもそろそろ帰ろうぜと、寅吉が立ち上がる。

 小上がりで眠っている男たちを、つぎつぎ起こしていく。
千鳥足の男たちといっしょに、岡崎と小山慎吾も帰っていく。
大騒ぎがつづいた店内に、今日はじめての静寂が戻ってきた。

 「じゃ・・・わたしも帰ろうかしら」陽子が割烹着を脱ぎ始める。
亡くなった女房が愛用していた割烹着だ。
いまは陽子用として厨房へ入るたび、あたりまえのように身に着けている。

 「喧嘩がはじまるかと思ったら、その前にみなさん、退散したわね。
 北海の熊さんたら、そうとう頭にきているのね。敵前逃亡した坂上くんのことで」
 
 「熊か。やっこさんはまだ、謹慎が解けたとはいえ保釈中の身だ。
 ここで喧嘩をはじめたらはまずいだろう」

 「そういえば役員さんたちが、チームをほめていたわ」

 「褒めていた?。俺たちのチームをか?。
 呑んべェ軍団の割に、よく健闘したとでも言っていたか?」

 「1塁へ全力で疾走する姿が新鮮だって、役員さんたちが褒めていました」

 「1塁へ全力疾走?。
 当たり前だ。どんな当たりだろうとセーフになるため、真剣に走るだろう」

 「そうでもないのよ。
 マンネリ化がすすむとアウトだと思い、1塁まで全力で走らなくなるんですって。
 アウトと言われるまでは何が起こるかわからないのに。
 途中で走るのをあきらめて、自分からアウトになる選手がおおいんですって」
 
 「ウチの選手の半分は、ど素人だ。
 ボテボテのゴロでもセーフになりたくて、1塁に向かって全力で走る。
 なるほどねぇ。ベテランになってくると1塁へ全力で走らなくなるのか・・・」

 「居酒屋の飲んべェ軍団は初登場の初優勝で、まわりをあっといわせた。
 でも驚かせたのはそれだけじゃないの。
 たとえ間に合わなくても一塁へむかって全力で走る姿で、
 もうひとつの感動を産んだのよ」

 「すごいなぁ。ウチのチームの選手たちは・・・」

 「あんた。監督のくせに、もしかして、そのことにまったく気が付いていなかったの!。
 もしかして?」

 「うん。君に言われてはじめて気が付いた。
 一塁への全力疾走はそれほど新鮮なのか、へぇぇ・・・驚いたねぇ」


(57)へつづく 

オヤジ達の白球(55)初優勝

2018-02-01 19:37:42 | 現代小説
オヤジ達の白球(55)初優勝




 4番にキュウリ農家をくわえたドランカーズの、快進撃がはじまる。
20対0で初戦を快勝。
つづく2回戦も12対2の楽勝ゲーム。これで2連勝。
Aブロックの暫定1位として、1日目の日程をおえる。

 ソフトボールには、コールドゲームの規定がある。
これまでは、5回以降7点差。
今年から新たに3回以降15点差、4回以降10点差という規定が追加された。
これらは公式の競技会で適用される。
親睦大会においては懇親を重視する意味合いからコールドを適用しない。
そのためこんな大差のゲームが成立してしまう。

 初戦、2回戦、ともに北海の熊がひとりで投げる。
受けるのはもちろん、キュウリ農家で4番を打つ小山慎吾。
ベンチに坂上の姿はない。
足を痛めた柊の姿もない。
 
 ドランカーズの快進撃はとまらない。
2日目。Aブロックの3回戦がおこなわれる。
この試合も15対3の大差で勝つ。

 いきおいに乗ったまま順位を決める決定戦にのぞむ。
Aブロックの1位として、Bブロックを勝ち上がってきた古豪チームと対戦する。
この試合も8対0で勝利する、
かくして居酒屋チームののんべぇ軍団がいきなりの登場で、初優勝という
快挙をとげてしまう。

 とうぜんの結果として、祝勝会の酒がとまらなくなる。
午後5時からはじまった祝勝会が、深夜の1時をまわっても終わる気配がない。
呑み潰れた男がひとりふたりと、奥の小上がりで横たわる。
そんな中。真っ赤な顔をした北海の熊が、岡崎の隣りへどかりと腰をおろす。
「呑め!」空っぽの茶碗を岡崎の前へ差し出す。

 「どうしているんだ。敵前逃亡した坂上のやつは。その後?」

 熊が岡崎の茶碗へ、あふれるまで酒をつぐ。

 「どうにもこうもないさ。
 あの野郎はあいかわらず、壁にむかって黙々と球をなげている」

 「飽きずにまだ投げているのか、あの野郎は。
 で、当然のことながらお前は受けているんだろうな、あいつの球を」

 熊の赤く濁った眼が、ぎょろりと岡崎をのぞきこむ。

 「俺にも仕事がある。
 進歩の無い男に、いつまでも付き合っているほど暇じゃねぇ。
 そうでなくても自動車産業の下請けだ。
 月がかわるたび、親会社から単価の切り下げでいじめられてんだぜ。
 とにかく忙しい。だが、そのわりに売り上げは伸びねぇ。
 坂本の球を、のんびりと受けている場合じゃねぇ」

 「同級生だろうお前と坂上は。つめてぇなぁ、おめえって男も」

 なんだ。誰の噂をしているのかと思えば、敵前逃亡した坂上の話か、
おれにも聞かせろと、もと消防士の寅吉が割り込んでくる。

 「坂上?。ひょっとして、野球部の先輩だった坂上一郎さんのことですか?」

 寅吉の背後からひょいと小山慎吾が顔を出す。

 「なんだ、小山は、坂上のことを知ってんのか?」

 「中学の時の2年先輩です。
 外野で石拾いばかりしていたから、よく覚えています」

 「なんだ。野球の練習をしないで、外野で石ばかり拾っていたのか坂上のやつは。
 道理でルールなんか覚えていないはずだ」

 「消防の試合で、敵前逃亡したというのは坂上先輩のことだったんですか・・・」

 「おう。ウインドミルをはじめたばかりでな、四球を山のように連発した。
 消防に一度もバットを振らせず、押し出し押し出しで3点を献上した。
 自分の不甲斐なさに愛想が尽きたんだろ。
 投手の交代を自ら宣言して、球場からさっさと姿を消しちまったのさ」

 「そうですか・・・そんな事が有ったんですか。
 受けてみたかったですねぇ。坂上先輩がいったいどんな球を投げるのか・・・」

 (56)へつづく