落合順平 作品集

現代小説の部屋。

舞うが如く 第六章 (7)総司の遺品

2013-02-04 09:36:41 | 現代小説
舞うが如く 第六章
(7)総司の遺品





 「お初に、お目にかかります。
 沖田林太郎と申し、総司とは義兄の間柄にあたります。
 私も、天然理心流・試衛館道場の免許皆伝を得た剣士のひとりです。
 法神流には、小太刀と薙刀を得意といたす、
 天下無双の美人剣士が居ると、つねに京よりの総司の手紙にありました。
 まずはぶしつけながら、
 本件の用事の前に、一手のご指南いただけると嬉しいのですが。
 お手合わせを、お願いいたします。」

 
 いぶかる琴の様子を見て、
林太郎が、あわてて言葉を付け足します。


 「あいや・・・・
 ご心配にはおよびませぬ。
 当方は妻子持ちにて、
 勝った負けたでどうこうしようというつもりなどは、毛頭もありませぬ。
 あの総司から、見事一本取ったという琴殿の技量に
 興味を抱いたまでのことにありまする。」


 尊拠から一礼をして立ち上がると、
双方、2間ほどの距離を保ってともに正眼に構えて対峙をします。
間合いを計り合うこと数分、先に林太郎が動きます。
短い気合と共に、鋭く一歩を踏みこんで真正面から面を打ち込んできました。

 頭上の手前でその竹刀を柔らかく受け止めた琴が、
一歩退いてから、その足を軸にしてくるりと半回転をします。
手ごたえも与えずに、林太郎の竹刀の勢いをそのままさらりと受け流してしまいます。

 さらに反対側の足の上で半回転をした琴が、
しなやかに返す竹刀で、林太郎の空いた胴を綺麗に横一閃なぎ払いました。



 「お見事、さすがに聞きしに勝る早技と、その身のこなしぶり。
 実に見事につきまする。
 わが弟、沖田総司がその男としての終生をかけて、
 想いを寄せただけはありまする。
 感服いたしました。」


 「終生とは・・・
 まさか、総司さまが、」


 「慶応4年の冬でした。
 病気療養をかねた潜伏中の江戸にて、病の末に、24歳にて没しいたしました。
 本日は、義弟の形見の品と、
 書きかけた琴殿への手紙を届けに参上をいたしました。
 遅くなりましたが、これなる品々を
 持参いたした。」

 「亡くなられたというのですか、
 あの、総司さまが、」


 「最後には・・・
 中庭に遊んでいる小さな黒猫ですら、斬れなかったと聞きました。
 剣も、思うように抜けぬほど、
 病に勝てず、衰弱してやせ細ったとありました。
 総司と言えば、幼き時より、人一倍寂しい想いをしながら育った子供です。
 取り柄と言えば剣のみと、かねてより私どもも、心配をいたしておりました。
 あの不器用者の総司が、どうやら恋心をいたしたようだと
 いつぞやの手紙にも書いてまいりました。
 それが、琴さまだったと知ったのは、
 ついぞ最近の事です。
 
  良之助どのから、あなたが京都に単身残られたのは、
 いちずに総司のことを思っていた結果だと、先日初めて教えていただきました。
 あなたのようなお方と、2年余りも、京都で過ごせたことが
 総司には、よほどうれしい事であったと思われまする。」


 居ずまいを正した林太郎が琴の前へ、
書きかけのままの書状ですが、という説明を加えながら、古い3通の手紙を並べます。

 
 「いずれも、
 名前こそ書いてないものの、
 すべて琴殿宛に、ございます。
 それぞれに、日付けは入っているものの、
 文は、どれもが最後までは書き綴られておりませぬ。
 もともとが泣き言などは嫌いな男です。
 武骨にしか暮らしていけない性質ゆえ、あなたに、
 ついに本心が書けなかったようだと思います。
 書ききれなかった総司の想い、
 受取っていただけると、あいつもさぞかし喜ぶだろうと思います。
 これが、終生にわたって武骨に通した総司の
 形見とよべる手紙です。」
 
 「わたくし宛に・・・」


 「それと、これは総司の遺品を整理したおりに、
 荷物の中より出てきたものです。
 わが妻は、総司の姉に当たりますが、
 これともよくよく相談をいたした結果、これも
 琴どのにお届けしょうと相成りました。
 遺稿とともに、受取っていただこうと、こちらも持参をいたしました。
 おそらくは・・・
 新撰組にて京都で働いた折に
 手にした報奨金などを溜めたものだと思われまする。
 何かの際にお役にたててほしいと、
 こちらにも、総司の走り書きした
 書き添えなどがありました。」


 手ごたえのある、ずしりとした革袋がさし出されます。
しかし、そればかりは受け取りませんと、琴が辞退をします。
しかし林太郎も引きさがりません。

 「覚えてはおいでと、思われますが、
 兄と慕う、山南敬助を介錯した折に、
 総司が、私のところへ短い便りを書き送ってまいりました。
 その折に、良き女人と行き会った故、くれぐれもご心配などご無用にありと、
 そうしたためてありました。」

 林太郎が琴の顔を、正面から見つめなおします。


 「総司は、姉二人を上にもつ、男一人の末っ子でした。
 幼いころから、近藤家の誌衛館に住み込みで育ち、
 剣以外には、遊び方の一つさえも知らない、引っ込みがちな子供でした。
 京都にて、浪士組が江戸に引き返すと決まった時にも、
 近藤とかけあって、実は無理やりにでも、総司を連れ戻す決心でおりました。

  一人前の剣士とはいえ、総司はまだ20歳に満たない若輩者です。
 どうあっても、連れ戻すつもりで説得をしたのですが・・・
 総司自身に、見事に却下をされてしまいました。
 おそらくは・・
 あなたが京都に残ると決めた時から、
 総司も、京都での残留を決めたようだったと思えます。
 出来ることであれば、
 京都であなたを守り通したかったのかもしれませぬ。
 だが手合わせをした際に、
 あまりにも見事に一本をとられたために、
 その後は、ずっとそんな思いを胸に秘めたままにしていたようです。
 総司とは、そんな男です」



 「琴、受取るがよかろう。
 男が腕をかけ、すべての意地と生命を賭して、
 おまえのために、残したものにあろう。
 それは、沖田総司という一人の男が、
 女人を愛して、この世を生きぬいたという証拠の品々でも有る。
 終生、大切にするがよかろう。」


 兄の良之助は、それだけ言うと、
林太郎に一声かけて、道場を後にしてしまいます。
深く一礼をした林太郎も、良之助を追うように、こちらも道場を後にしてしまいます。
沖田の遺品と道場の静寂だけが、琴の前に残ります。





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