赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (67)
たまの嗅覚
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6e/c6/5d312813344f12e6cc63ce5133977478.jpg)
たまが、清子の顔をペロリと舐める。
寒いのだろうか。全身が霧から落ちたしずくで濡れている。
『寒いんだろう、お前。いま、拭いてあげるからね』
清子が、リュックサックの中から乾いたあたらしいタオルを取り出す。
そのとき。ガサッと小さな音を立てて、ビニールの袋が地面に落ちた。
落ちたのは、行動食の柿の種の袋だ。
袋の隅に小さな穴が開いている。
『あら・・・落ちたのは行動食のカキのタネです。
袋の下に、小さな穴が開いていますねぇ。
たま、お前、もしかして、リュックの中でこっそりこれをかじっていたのかい?』
『悪いかよ。腹が減ったもんで、道々、おいらが食べた。
でもよう。香ばしい醤油の匂いのするカキのタネは、好物だ。
だけど固いだけのピーナツは苦手だ。
なんで柿の種に、わざわざピーナツなんか混ぜるんだろうな。
人間のすることは良くわからねぇ。
だからよ。おいら、ピーナツは嫌いだからぜんぶ、途中で捨ててきた』
行動食は、エネルギー補給するための食料だ。
たくさんのエネルギーを消費する登山では、低血糖に陥ると集中力が切れ、
思わぬ転倒につながることもある。
補給しないまま歩き続ければ、シャリバテ※になる。
(※ 飯が足りずバテること)
ガス欠にならぬよう、行動中も積極的にエネルギーを取りつづける必要がある。
「偉いぞたま!。
お前のピーナツ嫌いは、私たちのピンチを救ってくれる切り札になる!」
恭子がとつぜん、大きな歓声をあげる。
何のことだかさっぱりわからず、たまはきょとんと恭子の顔を見つめる。
清子にも、まったく意味がわからない。
それでもたまの身体を拭く手を止め、恭子の顔を振りかえる。
「いま、行動食のカキのタネを、つまみ食いしたって言ったわね、たま。
ピーナツだけを食べずに、来る道々、捨ててきたんでしょ。
その匂いを辿れば、避難小屋まで戻れるかもしれないわ!」
あっ・・・事の重大性に、清子も気がつく。
たまのつまみ食いが、こんなところで役にたった。
恭子が結んできた目印のオレンジ色のテープは、濃密な霧に隠れて、
現状ではまったく役に立たない。
しかし。ここまでの道筋に、たまが捨ててきたピーナツが点々と残っている。
「すごいぞ、たま。お前はやっぱりさいわいをもたらす奇跡の三毛猫だ。
嵐が来る前に、避難小屋へ戻ることができるかもしれない。
たま。お前の出番がやってきた。
道に捨ててきたピーナツの匂いを、かぎ分けておくれ!」
『えっ、この悪天候の中で、ピーナツのかすかな匂いをかぎわけるのか。
無茶なことを、平然と言うなぁ恭子のやつも。
視界の効かない霧の中だぜ。
おまけに油断していると頭上で、いきなり雷鳴が轟く最悪のコンデイションだ。
こんな中、おいらに仕事をさせるつもりかよ。酒蔵の10代目は・・・」
『つべこべ言わず、頑張ってちょうだい、たま。
この状態を見れば分かるでしょ。いまはあなただけが頼りなの。
ピーナツを頼りに、避難小屋まで戻れるかどうかの、ぎりぎりの瀬戸際なのよ』
『そう言うけどなぁ。犬とは違うんだぜ、おいらは』
『じっとこのままこうしていても、助かる見込みはない。
たぶん、この天候は回復しない。
待っていても、時間とともに悪化していくだけ。
助かる道はただひとつ。
自力で、尾根道の先にある避難小屋まで戻るしかありません。
それともなにか、おまえさんは、ここでのたれ死んでイヌワシの餌にでも
なりたいというのかい?』
恭子のするどい眼が、たまを覗き込む。
『イヌワシの餌だって。冗談じゃねぇ。さすがにそれだけは、勘弁だぜ』
おいらまだ、こんなところで死にたくねぇと、たまが首を振る。
『じゃあ素直に、あたしの言うことを聞くんだね。
いま頼りになるのは、お前さんの嗅覚だけだ。
嵐がひどくなる前に避難小屋へ戻ることができれば、わたしも清子も助かる。
おまえも、イヌワシの餌にならずに済む』
『でもよう、ちょいとした問題が有るぜ。
たしかに猫は人間に比べれば、数万倍~数十万倍の嗅覚をもっている。
だけど。餌の匂いをかぎわけるのに、特化してるんだ。
おいらが捨てたのは、大嫌いなピーナツだ。
できることなら、2度とピーナツの匂いなんか嗅ぎたくねぇ。
それでも探せというのは、立派な児童虐待だ・・・』
『生きるか死ぬかの瀬戸際だ。
児童虐待だろうが、動物虐待だろうが、いまは関係ない。
四の五の言うのなら、イヌワシの餌になるまえに、わたしがお前を八つ裂きにする。
どうだたま。どちらでも好きなほうを選べ。
素直にピーナツの匂いを探して、避難小屋へ戻る路を探すか。
それともわたしに八つ裂きにされて、イヌワシの餌食になりたいか。
どちらでもよいぞ。好きな方を自由に選ぶがいい!』
『わっ、わかった。わかったよ。しょうがねぇなぁ。ピーナツの匂いを探す。
そのかわりおいらにもひとつだけ、交換条件が有る』
『なんだ。交換条件って。いいだろう、言って御覧。
この際だ。どんな条件でもいい、聞いてあげようじゃないか』
『Bカップの清子の胸じゃなくて、Dカップの恭子の胸に入れてくれるなら、
一生けん命、ピーナッツの匂いをかぎ分けてやってもいいぞ』
『清子より、わたしの胸のほうがいい?。
お安い御用だ。
ほら、おいで。ただしわたしのヤッケにポケットはないから、セーターの中だ。
それでもいいのなら、ほら、潜り込んでおいで』
(68)へつづく
落合順平 作品館はこちら
たまの嗅覚
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6e/c6/5d312813344f12e6cc63ce5133977478.jpg)
たまが、清子の顔をペロリと舐める。
寒いのだろうか。全身が霧から落ちたしずくで濡れている。
『寒いんだろう、お前。いま、拭いてあげるからね』
清子が、リュックサックの中から乾いたあたらしいタオルを取り出す。
そのとき。ガサッと小さな音を立てて、ビニールの袋が地面に落ちた。
落ちたのは、行動食の柿の種の袋だ。
袋の隅に小さな穴が開いている。
『あら・・・落ちたのは行動食のカキのタネです。
袋の下に、小さな穴が開いていますねぇ。
たま、お前、もしかして、リュックの中でこっそりこれをかじっていたのかい?』
『悪いかよ。腹が減ったもんで、道々、おいらが食べた。
でもよう。香ばしい醤油の匂いのするカキのタネは、好物だ。
だけど固いだけのピーナツは苦手だ。
なんで柿の種に、わざわざピーナツなんか混ぜるんだろうな。
人間のすることは良くわからねぇ。
だからよ。おいら、ピーナツは嫌いだからぜんぶ、途中で捨ててきた』
行動食は、エネルギー補給するための食料だ。
たくさんのエネルギーを消費する登山では、低血糖に陥ると集中力が切れ、
思わぬ転倒につながることもある。
補給しないまま歩き続ければ、シャリバテ※になる。
(※ 飯が足りずバテること)
ガス欠にならぬよう、行動中も積極的にエネルギーを取りつづける必要がある。
「偉いぞたま!。
お前のピーナツ嫌いは、私たちのピンチを救ってくれる切り札になる!」
恭子がとつぜん、大きな歓声をあげる。
何のことだかさっぱりわからず、たまはきょとんと恭子の顔を見つめる。
清子にも、まったく意味がわからない。
それでもたまの身体を拭く手を止め、恭子の顔を振りかえる。
「いま、行動食のカキのタネを、つまみ食いしたって言ったわね、たま。
ピーナツだけを食べずに、来る道々、捨ててきたんでしょ。
その匂いを辿れば、避難小屋まで戻れるかもしれないわ!」
あっ・・・事の重大性に、清子も気がつく。
たまのつまみ食いが、こんなところで役にたった。
恭子が結んできた目印のオレンジ色のテープは、濃密な霧に隠れて、
現状ではまったく役に立たない。
しかし。ここまでの道筋に、たまが捨ててきたピーナツが点々と残っている。
「すごいぞ、たま。お前はやっぱりさいわいをもたらす奇跡の三毛猫だ。
嵐が来る前に、避難小屋へ戻ることができるかもしれない。
たま。お前の出番がやってきた。
道に捨ててきたピーナツの匂いを、かぎ分けておくれ!」
『えっ、この悪天候の中で、ピーナツのかすかな匂いをかぎわけるのか。
無茶なことを、平然と言うなぁ恭子のやつも。
視界の効かない霧の中だぜ。
おまけに油断していると頭上で、いきなり雷鳴が轟く最悪のコンデイションだ。
こんな中、おいらに仕事をさせるつもりかよ。酒蔵の10代目は・・・」
『つべこべ言わず、頑張ってちょうだい、たま。
この状態を見れば分かるでしょ。いまはあなただけが頼りなの。
ピーナツを頼りに、避難小屋まで戻れるかどうかの、ぎりぎりの瀬戸際なのよ』
『そう言うけどなぁ。犬とは違うんだぜ、おいらは』
『じっとこのままこうしていても、助かる見込みはない。
たぶん、この天候は回復しない。
待っていても、時間とともに悪化していくだけ。
助かる道はただひとつ。
自力で、尾根道の先にある避難小屋まで戻るしかありません。
それともなにか、おまえさんは、ここでのたれ死んでイヌワシの餌にでも
なりたいというのかい?』
恭子のするどい眼が、たまを覗き込む。
『イヌワシの餌だって。冗談じゃねぇ。さすがにそれだけは、勘弁だぜ』
おいらまだ、こんなところで死にたくねぇと、たまが首を振る。
『じゃあ素直に、あたしの言うことを聞くんだね。
いま頼りになるのは、お前さんの嗅覚だけだ。
嵐がひどくなる前に避難小屋へ戻ることができれば、わたしも清子も助かる。
おまえも、イヌワシの餌にならずに済む』
『でもよう、ちょいとした問題が有るぜ。
たしかに猫は人間に比べれば、数万倍~数十万倍の嗅覚をもっている。
だけど。餌の匂いをかぎわけるのに、特化してるんだ。
おいらが捨てたのは、大嫌いなピーナツだ。
できることなら、2度とピーナツの匂いなんか嗅ぎたくねぇ。
それでも探せというのは、立派な児童虐待だ・・・』
『生きるか死ぬかの瀬戸際だ。
児童虐待だろうが、動物虐待だろうが、いまは関係ない。
四の五の言うのなら、イヌワシの餌になるまえに、わたしがお前を八つ裂きにする。
どうだたま。どちらでも好きなほうを選べ。
素直にピーナツの匂いを探して、避難小屋へ戻る路を探すか。
それともわたしに八つ裂きにされて、イヌワシの餌食になりたいか。
どちらでもよいぞ。好きな方を自由に選ぶがいい!』
『わっ、わかった。わかったよ。しょうがねぇなぁ。ピーナツの匂いを探す。
そのかわりおいらにもひとつだけ、交換条件が有る』
『なんだ。交換条件って。いいだろう、言って御覧。
この際だ。どんな条件でもいい、聞いてあげようじゃないか』
『Bカップの清子の胸じゃなくて、Dカップの恭子の胸に入れてくれるなら、
一生けん命、ピーナッツの匂いをかぎ分けてやってもいいぞ』
『清子より、わたしの胸のほうがいい?。
お安い御用だ。
ほら、おいで。ただしわたしのヤッケにポケットはないから、セーターの中だ。
それでもいいのなら、ほら、潜り込んでおいで』
(68)へつづく
落合順平 作品館はこちら