落合順平 作品集

現代小説の部屋。

忠治が愛した4人の女 (52)       第四章 お町ふたたび ④

2016-09-22 08:48:16 | 時代小説
忠治が愛した4人の女 (52)
      第四章 お町ふたたび ④




 「へ・・・、お町が、帰ってきているのか!。
 嘘じゃねぇだろうな!」


 忠治の目が丸くなる。
「そうなんだ。実は、半年前のことだ」嘉藤太が、頬に苦い笑いを浮かべる。


 「本当かよ。信じられねぇな」


 「おめえが、百々一家の客人になった頃のことだ」


 「離縁してきたのか、お町は・・・」



 「あのやろう。
 姑(しゅうとめ)殿と大喧嘩して追い出されてきたと言うだけで、
 あとのことは何も言わねぇ。
 毎日、名主の家にこもりっきりだった。
 名主も世間体があるから、いまは身体を悪くて養生しているの一点張りだ。
 俺が訪ねて行っても、合わせてくれねぇ。
 それがこの間、ひょっこり訪ねて来てぜんぶわけを話してくれた。
 話を聞いて驚いたぜ。
 青天のへきれきってやつだ。瓢箪から駒が出るほどの衝撃だった」


 「俺も驚いた。で、どんなわけが有ったんだ、お町のやつに?」


 「聞いて驚くな忠治。すべては、おまえのせいだ」



 「俺のせい?」



 「お町はいまでも、おめえに惚れている。
 いやはや、おったまげた話だ。
 俺もはじめは呆れた。呆れたまま、何も言えなかった。
 だがお町のはなしを聞いているうち、俺もだんだん納得をした」


 「俺に惚れているのなら、なんでよその嫁に行ったんだ、お町のやつは!」



 「お町は名主に大事に育てられた、世間を知らねぇ小娘だ。
 名主夫婦に勧められるまま、夢見るような気分で嫁に行ったんだ。
 そのときはな」


 「たしかに16歳じゃ、そんなもんか。
 花嫁行列に突入して、あんたに縛り上げられたのもそん時だ。
 たしかあのとき、お町は「あんたなんか、大嫌い!」とはっきり言いやがった。
 それがなんでいまごろ、いまでも惚れているなんて話しになるんだ?」


 「最後まで聞いてくれ、忠治。
 3年前。おめえは名主を助けるため、流れ者を斬り捨てた。
 おめえが命がけで名主を救ったことで、お町ははじめて自分の本当の気持ちに気が付いた。
 ただの乱暴者じゃねぇってことに、ようやく気が付いた。
 お町はおさない頃から、おめえのことが好きだったことを思い出した。
 そんときから、五惇堂の嫁でいることが、嫌で嫌でたまんなくなったそうだ」



 「勝手なことばかりを言うな、お町って女も」



 「そういうな。すべてはおまえに惚れているからだ。
 できることならやり直したいと言っているが、おめえにはもう嫁がいる。
 日蔭の暮らしになるが、それでもいいのかと念を押したら、
 はい、覚悟していますと笑いやがった。
 そうなったら俺にはもう、止めることが出来ねぇ。
 いや。それどころか、おめえに頼みてぇ。
 出来の悪い妹だが、俺にはたったひとりの可愛い妹だ。
 世間の全部を敵に回して、お町は、五惇堂から飛び出してきた。
 これから先のことは覚悟している。
 妹の想いを受け止めてやってくれねぇかな。なぁ忠治・・・」


 「で、お町はいるのかい、この家の中に?」


 「ああ。朝っから奥の部屋で、おまえが来るのを待っている」



 信じられない話が、目の前で展開していく。
夢じゃねぇだろうなと忠治が、右の頬をそっと軽く、叩いてみる。


 (53)へつづく

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忠治が愛した4人の女 (51)       第四章 お町ふたたび ③

2016-09-21 08:29:56 | 現代小説
忠治が愛した4人の女 (51)
      第四章 お町ふたたび ③



 
 2日目の朝。忠治がお鶴に黙って家を出る。
昨夜。田部井村の又八が「嘉藤太さんが、明日の朝、いちばんできてくださいと
言ってやす」と伝言に来たからだ。


 嘉藤太と呑む約束をしている。しかし、朝早くから来てくれと言うのは尋常ではない。
(朝から呑むわけじゃねぇだろう。何か他に、用事があるのかもしれねえな)
懐手した忠治が、半刻ほどの時間をかけて嘉藤太の家まで歩いて行く。


 「あれ?・・・」嘉藤太の家を見て、忠治が驚きの声を上げる。
以前はあちこちが壊れていた。障子やふすまも破れていた。
荒れ放題だった嘉藤太の家が、すっかり綺麗に修復されている。
「嘉藤太のやつ。忠治が帰ってきたら一家がはれるように、家を綺麗に直した」
と言っていた富五郎の話しは本当だった。



 嘉藤太の家系は、田部井村の名主、小弥太の親戚筋にあたる。
かつては裕福な農家だった。
しかし。嘉藤太が九歳、妹のお町が六歳の頃、両親が相次いで亡くなっている。
2人は名主の小弥太に引き取られ、育てられた。
だが嘉藤太は十四、五歳の頃から博奕を覚え、ワルの仲間と遊び歩くようになる。
やがて、名主の家に寄りつかなくなる。


 いっぽう。お町は小弥太の養女として育てられる。
読み書き、裁縫を習い、名主の娘として美しく育つ。
16歳になったとき。伊与久村にある私塾、五惇堂(ごじゅんどう)教授の
息子のもとへ嫁いでいく。



 「おう、来てくれたか。悪いなぁ、朝っぱらから呼び出したりして。
 まずは上がってくれ。話はゆっくり、それからだ」



 「家の中がすっかり綺麗になってんな。景気がよさそうじゃねぇか」

 
 「俺には博奕しかねぇからな。
 久宮一家の賭場に出入りして、稼がせてもらってるんだ」


 「久宮一家か。俺には、なにかと因縁の多い相手だ・・・」



 「だがその一件もすっかり、片がついたはずだ。
 おめえのために玉村の佐重郎親分と、藤久保村の重五郎親分が動いたって噂だ。
 この2人は、どっちも大前田の英五郎親分の兄弟分にあたる。
 ということは、おめえは英五郎親分から認められた男ということになる。
 たいしたもんだ。おまえって男は」


 「なぁに、ただの成り行きだ」



 「とんでもねぇ。おめえだから出来たことだ。
 俺がおめえと同じことをしても、佐重郎親分も英五郎親分も出てこねぇだろう。
 今頃はきっと、凶状持ちの旅を続けてるだろう。
 おめえはそのうち、きっと、立派な親分になると俺は見た。
 一家を張るときは、この家を使ってくれ。
 俺はよろこんで、おめえの子分になる」



 「勘弁してくれ。おれより3つも年上のあんたを、子分なんかに出来ねぇ」


 「いまさら何を言ってんでぇ。昔は五分の立場で俺に楯突いたくせに。
 いまごろ年上だなんだと言うのは、お門違いだ」

 
 「おめえさんが、俺とお町の恋仲を邪魔したからだ。
 ただ憎らしかっただけだ、あの頃は・・・」



 「そうだよな。あの頃のおめえはお町に、どうしょうもなく惚れていたからなぁ」


 「それをすべて承知のうえで邪魔したのは、どこの誰でェ!」




 忠治が思わず、声を荒げる。
「そうだよな。ぜんぶ俺が悪かったぜ」嘉藤太が頬に、苦い笑いを浮かべる。


 「すまなかった。あの頃のことはぜんぶ謝る。
 ところでおめえ。ひとつだけ聞くが、今でもお町のことが好きか?」



 「いまさら何を言ってんでぇ。お町は嫁に行った女だ。
 そんな女を、いつまでも想いつづけているような俺さまじゃねぇや!」



 「やっぱりな。
 そう言うだろうと思っていたぜ、国定村の忠治という男は。
 だがな。仮にだぜ。お町がこの家に戻ってきてるとしたら、いったいどうする?、
 忠治、お前は?」


 (52)へつづく


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忠治が愛した4人の女 (50)       第四章 お町ふたたび ②

2016-09-19 08:58:13 | 時代小説
忠治が愛した4人の女 (50)
      第四章 お町ふたたび ②



 
 姉さん被りをしたお鶴が、口をとがらせ、怒った顔でやって来た。
何も言わず、じっと忠治の顔を見つめる。
言葉を口にすることもできず忠治もただただ、お鶴の顔をじっと見つめ返す。


 「どこへ行っていたのさ、このバカ・・・」



 お鶴の表情は石のように硬い。目の奥で怒りが光っている。


 「すまねぇ。わけあって、また半年余り旅の空だった」


 
 「博奕打ちのおかみさんになりたくて、お嫁にきたわけじゃないのよ、
 あたしは・・・」



 「分かってるさ。だが仕方がねえんだ。俺はもう堅気の暮らしにゃ戻れねぇ」


 「あんたが辛い道をあるきはじめたのはわかります。
 でもね、あたしだってそれ以上に、辛い立場に立たされているのよ」



 「勝手ばかりしてすまねぇ。だが俺はもう、引き返すことは出来ねぇ。
 博徒になると、決めたんだ。
 おめえは俺の代わりに、おふくろと2人で長岡の家を守ってくれ」



 「言われなくても守ります。わたしは長岡家の嫁だもの。
 でもさ。
 いつ帰って来るのかわからない亭主を、わたしは一生、待ち続けるのですか?。
 そんなの嫌よ。ねぇぇ、わかるでしょ、忠治」



 旦那様とは呼ばない。
お鶴は、嫁に来た頃と同じように、「忠治」と名前で呼び捨てる。
「何を考えているのさ、あんたって人は・・・」
そうつぶやいた瞬間。気丈を見せていたお鶴の顔が、にわかに崩れていく。
「待つだけなんて、そんなの嫌。絶対に」忠治の胸に、お鶴の悲しい顔が寄って来る。
目からみるみる、涙が地面へ落ちていく。


 「すまねぇな、苦労をかけちまった。ぜんぶ俺が悪い・・・」


 忠治が、お鶴の肩を抱きしめる。



 「百々一家の盃をもらった。
 そんなわけだ。これからはちょくちょく帰って来る。
 おめえには苦労をかけるが、俺は絶対、関東いちの大親分になってみせる」



 「ならなくてもいいわ、親分なんかに。
 あたしだけの忠治でいてくれたら、あたしは、それだけで充分」


 「そんなわけにはいかねぇ。
 俺が大親分になったら、おめえは一家をささえる姐(あね)さんになる。
 頼むぜ。姐さんになって、子分たちの面倒を見てやってくれ」


 「いや、そんなの」


 「どうしてだ。おめえなら、立派な姐さんになれる」


 「あたしは、いまのままの普通のおかみさんでいい」



 「欲のねぇやつだな、おめえって女も。
 一家を構えたら、金に不自由はさせねぇ。好きなものをいくらでも買ってやる。
 綺麗な着物を着て、毎日楽しく、遊んで暮らせる。
 いままでかけた苦労はぜんぶ俺が、まとめて取り返してやる」



 「いりません、そんなもの。
 あたしはあなたが、側にいてくれるだけでそれだけで良い」



 お鶴の潤んだ瞳が、忠治をじっと見上げる。
その瞬間。忠治の身体の奥から、熱いものが激しくこみ上げてきた。
抱き寄せた両手に、力がこもる。


 「もう、どこへも行かないで・・・」


 お鶴がゆっくり目を閉じる。
熱い想いにかられた忠治が思わず、むさぼるように、
お鶴の、やわらかいくちびるを吸う。

  
(51)へつづく



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忠治が愛した4人の女 (49)       第四章 お町ふたたび ①

2016-09-17 07:28:26 | 時代小説
忠治が愛した4人の女 (49)
      第四章 お町ふたたび ①



 旅から戻った忠治が、半年ぶりに国定村へ帰る。
流行縞の袷(あわせ)に、愛刀の義兼を腰に差し、帯に洒落た煙草入れを
ぶら下げて、忠治が肩で風を切って歩いて行く。


 「あれ・・・誰かと思ったら、おめえは忠治じゃねぇか!」



 うしろから、慣れ慣れしい声が飛んできた。
振りかえると田部井村の嘉藤太が、そこに立っている。
嘉藤太はお町の兄だ。
顏さえ見れば喧嘩してきた間柄だが、久しぶりに会うとなんだか懐かしい。


 「達者かよ。旅に出ていたという噂を聴いていたぜ。
 いつ帰って来たんだ、おまえ」



 「帰って来たばかりさ。半年あまり留守にしていた。
 まいったぜ。越後はやたらと雪が深くてよう、帰るにも帰れねぇ」


 「へぇぇ、越後はそんなに雪が深いのか。そいつは大変だったな。
 で、しばらく国定に居られるのか、おまえは?」


 
 「暇が出たから、2、3日、ゆっくりするつもりでいる。
 なんだ。俺に何か用事でもあるのか?」


 「用事というほどじゃねぇが、手が空いたら俺の家へ寄ってくれ。
 たまにゃゆっくり、2人で呑もうじゃねぇか」



 「呑むのは構わねぇが、喧嘩友だちのおめえから誘うとは妙だな。
 何か有るのかい、おいらを誘う魂胆が?」


 「何もネェさ。だが、ちょいとした楽しみはある。
 どんな楽しみが有るかは、俺の家に来てからの楽しみだ。
 じゃあな。お前さんが来るのを、首を長くして待ってるぜ、忠治。
 またな」



 嘉藤太が、懐手をしたまま立ち去っていく。
キツネにつままれたような顔で、忠治が立ち去っていく嘉藤太の背中を見送る。



 (妙だな、嘉藤太のやつ。あれほどおいらのことを嫌っていたくせに、
 急に愛想がよくなりやがったぜ。・・・
 まぁいいか。あいつのほうから、呑みに来いって言ってるんだ。
 落ち着いたら、嘉藤太の家に顔を出してみるか)



 意気込んで帰って来た忠治だが、自分の家の前に立つと急に弱気になった。
義兼を門の脇に隠す。足音をしのばせて家の中へそうっと入っていく。
春の養蚕がはじまっている。お鶴も母親も女たちに混じり、忙しそうに立ち働いている。
忠治の顔を見ると、母親があわててそばへやって来た。



 「こっちへおいで」と怖い目で、裏庭へ誘う。
冷たい水をくみ上げ、母親が手を洗う。
「とうとう、博奕打ちになっちまったようだね」と、額の汗をふく。


 「あたしはいいさ。
 おまえが人様を殺(あや)めた時から、覚悟はしていたからね。
 だけどね、女房のお鶴が可哀想だ。
 お鶴はよくやっている。
 あたしはお鶴に、あんなやつとは別れてもいいよと言ってやった。
 でもさ健気じゃないか。
 お鶴は、あんたの帰りを待っていると、はっきり言った。
 泣かせるんじゃないよ、女房を。いっぱしの男なら」


 「それからね」と母親の目が、鋭く光る。



 「何が有っても、弱い者いじめだけは絶対にするんじゃないよ。
 分かっているんだろうね、それくらいのことは?。
 じゃ、お鶴を呼んでくる。
 今後のことは、お鶴と2人でよく話しあうんだよ」

 
 「すまねぇ、おふくろ・・・」



 「いまさら遅いよ、詫びたって。
 あたしゃ覚悟が出来ているからいいけれど、お鶴はまだ20になったばかりだ。
 詫びるんなら、お鶴に詫びるんだね。
 あんないい娘。このあたりじゃ、いくら探してもいないと思う。
 弱い者と女は、絶対に泣かせるんじゃないよ。守ってやってこそ男だ。
 わかっているだろう。いっぱしの博奕打ちなら」


 「うん・・・」小さな声で忠治が、返事をかえす。


 
(50)へつづく

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忠治が愛した4人の女 (48)       第三章 ふたたびの旅 ⑯

2016-09-16 10:22:29 | 時代小説
忠治が愛した4人の女 (48)
      第三章 ふたたびの旅 ⑯



 
 
 忠治と文蔵が上州へ戻って来たのは、4月のはじめ。
半年あまり。2人は川田村をふりだしに、越後の長岡と出雲崎を旅してきた。
早く故郷へ帰りたかったが、国境は深い雪に閉ざされたままだった。


 ようやくのことで戻って来た百々村で、満開をむかえたサクラが2人を出迎える。
久しぶりに見る赤城の峰も、青々と輝いている。
あちこちでのらぼう菜の収穫に精を出す、百姓たちの姿が見える。


 のらぼう菜は秋撒きの野菜。早いところでは、3月半ばから収穫がはじまる。
見た目は、かき菜によく似ている。
江戸時代のはじめに渡来したもので天明の大飢饉のとき、のらぼう菜のおかげで
この地域が助かったという言い伝えが残っている。
かき菜に比べ、茎が太く、茎には独特の甘味がある。
収穫時期に違いがある。
のらぼう菜はかき菜よりも、ひと月から2月ほど遅れて採れはじめる。



 忠治の命を狙っていた男の件は、すでに落着していた。
去年の暮れ。男がひとり、百々一家にやってきた。
殴りこみかと一瞬、緊張の色が走ったが、やって来たのはこの男ひとりきりだった。
男は、しきたり通りの仁義をきった。


 「なんだって・・・そうするとおめえさんは、忠治が殺した野州無宿の
 兄弟分じゃねぇと言うのか。
 話がよくわからねぇな。もうすこし、詳しく説明しろ」


 応対に出た代貸しの助次郎が、ジロリと男を睨む。
男はどう見ても華奢すぎる。
凄腕には見えないし、かたき討ちする度胸ももっていないように見える。


 「へぇ。実は旅で一度だけ、道ずれになっただけでござんす」



 「なんだって。ずいぶんと話が違うな。
 噂じゃおめえさんは、忠治の命を取り、兄弟分の仇を取ると宣言したそうじゃねぇか」



 「まったくの誤解です。行きがかりでござんす。
 たしかにあっしは、久宮一家にワラジを脱ぎやした。
 野州からやって来たといったら、久宮一家の顔色が変わりやした。
 さらに、殺された野州無宿のことならよく知っていると言ったら、急に態度がかわりました。
 兄弟分のようなものだといったら、今度は待遇まで変ってきやした。
 いつの間にか、客人扱いされるようになりました。
 いい気でのんびりしていたら、忠治が帰って来たという話になりやした。
 こいつはまずいと思っていたら、勝手に、かたき討ちの話が進んでいきやした。
 果たし状を送り、かたき討ちをしょうという話に進んでいきます。
 このまま居たんじゃこっちの命が危なくなると思い、あわてて逃げ出してきやした・・・
 へっへっへ。そういう訳なんでさぁ、実のところは、へい」


 「なんてこった。てめえのおかげで忠治は今ごろは、行かなくてもいい旅の空の下だ。
 おい。忠治と文蔵にはこのことを言うんじゃねぇぞ。
 時期を見て俺が言う。いいか、この件はこれでおわりだ。
 おいお前。ワラジ銭を恵んでやるから、とっととこの上州から姿を消せ!」



 小遣をやっておけと助次郎が、三下に言い付けて不機嫌そうに席を起つ。
からっ風が吹き荒れる中。男は西に向かって旅立っていった。
いきさつを知らない忠治と文蔵が、ほこりにまみれた格好で百々一家へ帰って来た。



 「おう。2人とも今けえったか。無事でなによりだ。
 親分は兄弟分のところへあいさつ回りに行っているから、2、3日は留守になる。
 旅の支度を解き、2人とも田舎へ戻りゆっくりしてこい。
 たまにゃ、親孝行するのもいいもんだ。
 そういえば忠治。おめえはまだ、嫁さんをもらって2年そこそこだろう。
 女郎とばかり遊んでないで、たまには嫁さんも可愛がってやれ。
 俺も2、3日のあいだ留守にするから、のんびりしてこい。
 あっはっは」



 助次郎が、上機嫌で席を起つ。
立ち去っていく代貸しの背中を、文蔵が不思議そうな顔で見送る。
親分と筆頭格の代貸しが、そろって留守をするなど滅多にないことだ。



 「いってぇどうなってんでぇ、ウチの組は。
 親分もいなきゃ、代貸しも留守にするという。
 まるでウチの組が、開店休業みたいな有様じゃねぇか・・・
 俺たちが半年あまり居ないうち、島村の伊三郎との力関係が変わったのかな?。
 まぁいいや。どっちにしろ争いがねぇのはいいことだ。
 さんざん旅先で遊んできたが、いまのうちだ、もうすこし羽根を伸ばしておくか。
 俺はひさしぶりに、木崎の宿へカヨを抱きに行く。
 忠治。おめえも実家へ帰り、カミさんを目いっぱい抱いてやれ。
 じゃあな。あっはっは」


 
 第三章 ふたたびの旅 完


 
(49)へつづく

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