舞うが如く 第六章
(12)老農のため息
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/34/2f/858ffc7deb6a4e04e29714f2bc7d61c7.jpg)
「百姓は、昔から菜種(なたね)みたいなもので、
生かさず殺さず、時の支配者たちに、
油のように絞りぬかれてきたもんだ。」
陸稲畑の様子を眺めながら、
老農が一つ、大きなため息をつきました。
「作柄(さくがら)が、良くありますせぬか?」
琴の問いかけに、老農が目を細めます。
先日の此処での出会い以降、足まめに通ってくる琴がたいそう気に入っています。
「作柄のことにはあらず。
近頃の村々での騒動のことだ。
取り過ぎた地租の返還を求めた騒動が
日を追うごとに、大きくなってきているようだ。」
「ワッパ騒動のことですか。」
「左様。
租税の取り戻しにとどまらず、
県の役人や役所を相手取って、不正をあばくということになれば、
以前の天狗騒動よりも、騒ぎが大きくなるのは必定である。
役職を解かれた、元庄内藩の武士たちも、
知恵と力を貸していると聞く。
なかなかのキレ者たちが多いと、もっぱらの評判のようだ。」
「士族たちが、農民を応援しているのですか」
「士族といっても、
特権階級と言えるのは、ごく一部の上層部だけのことである。
あとは利用されたり、使い潰される者たちがほとんどだ。
下級の武士たちの立場は、それほど農民たちと変わらないのであろう。
農民をたぶらかして、相変わらず私腹を肥やしている、
腐敗した特権階級の、
そんなやり方を許せないという気持ちは、
いまの時代となれば農民も失職したおおくの下級武士も
同じことなのであろう。」
「何処までも燃え広がる、野火のようですね。」
「旨い事を言うのう。
確かに、その通りになるであろう。
ワッパとは、ヒノキや杉で作った弁当箱のことであるが、
納め過ぎた租税を、この弁当箱に一杯になるほど
取り戻せるぞという話を聞けば、
飢えた農民たちが、本気で、必死になるのも無理はない。
大騒動となる要因は、それだけでも十二分にある。」
「それは・・・
ご老人が指揮をされた天狗騒動のとき以来、
ず~といだいている、根の深い、
支配層へのやりきれない不満の様ですね。」
「年貢を、絞り取られていたころは、
武士の天下で、文句を言えばたちどころに問答無用で、
切り捨て御免の時代であった。
百姓一揆にしろ、打ち壊しの騒動にしろそのいずれもが、
命をかけての百姓たちの、抗議行動そのものであったと言える。
ところがあれほど大騒ぎをして、
時代が変わり、明治という新政府ができても、
県を支配するのは、あいかわらず旧庄内藩の役人たちだ。
慶応から明治にと、またひとつ年号が変わっただけで、
庄内は、昔となにひとつ、
いまだ変わってはおらんようだな。」
老人がまぶしそうに、目を細めます。
見やった彼方から一人の大柄な青年が、こちらに駆けてくるのが見えます。
あちこちがほつれた野良着からは、強靭そうな若い筋肉が覗いています。
「おう、爺、ここにおったか・・・
村で一大事が始まりおったぞ。
急いで戻って、みんなを指示してくれ。
もう、上へ下への大騒ぎになっちまった。」
「これこれ、待たぬか、
ここには客人が居る。
琴殿、この若者は良太といって、
村でもなかなかの若者の一人であるが、
少々、気の早いのが玉にきずだ。
読み書きは出来ぬが、そこそこには機転は利く。
まァ、一番の取り柄といえば、
見た通りの、頑丈な身体だけだがのう。」
老農が、大汗を流す青年を見上げながら、嬉しそうに大きな声で笑い始めます。
しかし、この大柄な青年は顔を真っ赤にしたまま、老農をせかし続けます。
「役人どもがやってきて、
県に盾つく反乱などは、もってのほかだと脅したあげ句、
主だった指導者たちを、片っ端から連行すると意気込んでいる始末だ。
現に、隣村では20人余りが、一斉につかまったと言う噂だ、
呑気に構えてないで、急いで戻っておくれ。」
「ご老体は、やはり
天狗騒動の時の、名のある指導者の
お一人だったのですね。」
「いやいや、
只の年老いた、百姓だ。
物好きだけが取り柄の、おいぼれじゃよ。」
ようやくのことで、「どれっ」と、
老農が、ゆっくりと腰を上げ始めます。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6c/f1/a5bfd481c3f410d2a729e83447788ba9.jpg)
・本館の「新田さらだ館」は、こちらです http://saradakann.xsrv.jp/
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「百姓は、昔から菜種(なたね)みたいなもので、
生かさず殺さず、時の支配者たちに、
油のように絞りぬかれてきたもんだ。」
陸稲畑の様子を眺めながら、
老農が一つ、大きなため息をつきました。
「作柄(さくがら)が、良くありますせぬか?」
琴の問いかけに、老農が目を細めます。
先日の此処での出会い以降、足まめに通ってくる琴がたいそう気に入っています。
「作柄のことにはあらず。
近頃の村々での騒動のことだ。
取り過ぎた地租の返還を求めた騒動が
日を追うごとに、大きくなってきているようだ。」
「ワッパ騒動のことですか。」
「左様。
租税の取り戻しにとどまらず、
県の役人や役所を相手取って、不正をあばくということになれば、
以前の天狗騒動よりも、騒ぎが大きくなるのは必定である。
役職を解かれた、元庄内藩の武士たちも、
知恵と力を貸していると聞く。
なかなかのキレ者たちが多いと、もっぱらの評判のようだ。」
「士族たちが、農民を応援しているのですか」
「士族といっても、
特権階級と言えるのは、ごく一部の上層部だけのことである。
あとは利用されたり、使い潰される者たちがほとんどだ。
下級の武士たちの立場は、それほど農民たちと変わらないのであろう。
農民をたぶらかして、相変わらず私腹を肥やしている、
腐敗した特権階級の、
そんなやり方を許せないという気持ちは、
いまの時代となれば農民も失職したおおくの下級武士も
同じことなのであろう。」
「何処までも燃え広がる、野火のようですね。」
「旨い事を言うのう。
確かに、その通りになるであろう。
ワッパとは、ヒノキや杉で作った弁当箱のことであるが、
納め過ぎた租税を、この弁当箱に一杯になるほど
取り戻せるぞという話を聞けば、
飢えた農民たちが、本気で、必死になるのも無理はない。
大騒動となる要因は、それだけでも十二分にある。」
「それは・・・
ご老人が指揮をされた天狗騒動のとき以来、
ず~といだいている、根の深い、
支配層へのやりきれない不満の様ですね。」
「年貢を、絞り取られていたころは、
武士の天下で、文句を言えばたちどころに問答無用で、
切り捨て御免の時代であった。
百姓一揆にしろ、打ち壊しの騒動にしろそのいずれもが、
命をかけての百姓たちの、抗議行動そのものであったと言える。
ところがあれほど大騒ぎをして、
時代が変わり、明治という新政府ができても、
県を支配するのは、あいかわらず旧庄内藩の役人たちだ。
慶応から明治にと、またひとつ年号が変わっただけで、
庄内は、昔となにひとつ、
いまだ変わってはおらんようだな。」
老人がまぶしそうに、目を細めます。
見やった彼方から一人の大柄な青年が、こちらに駆けてくるのが見えます。
あちこちがほつれた野良着からは、強靭そうな若い筋肉が覗いています。
「おう、爺、ここにおったか・・・
村で一大事が始まりおったぞ。
急いで戻って、みんなを指示してくれ。
もう、上へ下への大騒ぎになっちまった。」
「これこれ、待たぬか、
ここには客人が居る。
琴殿、この若者は良太といって、
村でもなかなかの若者の一人であるが、
少々、気の早いのが玉にきずだ。
読み書きは出来ぬが、そこそこには機転は利く。
まァ、一番の取り柄といえば、
見た通りの、頑丈な身体だけだがのう。」
老農が、大汗を流す青年を見上げながら、嬉しそうに大きな声で笑い始めます。
しかし、この大柄な青年は顔を真っ赤にしたまま、老農をせかし続けます。
「役人どもがやってきて、
県に盾つく反乱などは、もってのほかだと脅したあげ句、
主だった指導者たちを、片っ端から連行すると意気込んでいる始末だ。
現に、隣村では20人余りが、一斉につかまったと言う噂だ、
呑気に構えてないで、急いで戻っておくれ。」
「ご老体は、やはり
天狗騒動の時の、名のある指導者の
お一人だったのですね。」
「いやいや、
只の年老いた、百姓だ。
物好きだけが取り柄の、おいぼれじゃよ。」
ようやくのことで、「どれっ」と、
老農が、ゆっくりと腰を上げ始めます。
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