居酒屋日記・オムニバス (62)
第五話 見返り美人と伊豆の踊り子 ⑧
湯ヶ島温泉は、伊豆半島のほぼ中央に位置している。
狩野川(かのがわ)の周辺に旅館が立ち並び、共同浴場が2ヵ所残っている。
歴史の古い温泉で、明治以後、多くの文人たちが訪れている。
川端康成の「伊豆の踊り子」。井上靖の「しろばんば」。
尾崎士郎の「人生劇場」などは、ここへ逗留して書きあげられたものだ。
川端康成が『伊豆の踊子』を執筆したのが、旅館「湯本館」。
文豪が愛したこの宿が、俊子が予約した宿だ。
執筆に使っていたという3畳の間が、たくさんの資料とともに残されている。
予約したのは文豪たちが愛した、趣のある8畳の和室。
『展望風呂付の特別室が取れなかったのが、残念。
でも明治38年に建てられたというだけあり、ホント、落ち着く造りですね』
俊子は部屋の中を見回しながら、自画自賛に余念がない。
だが、夕食後に事件がおきた。
浴衣に着替えたあと。俊子と2人で館内の探索に出かけていた美穂が、
スリッパを鳴らして、8畳の部屋へ駆け戻って来た。
「パパ。ビッグニュースです。
耳よりの情報を聞きつけてきました!」美穂が部屋へなだれ込んで来た。
「なんだ?、川端康成の亡霊でも現れたのかい?・・・」
「モノ書きなんかの亡霊に、興味が有るのパパは・・・
死んだ人間などに興味はありません、わたしは。
それより14歳の踊子と、42歳の豊満な美女と、念願の混浴ができるようです。
しかも場所は、川沿いの露天風呂です。
ねぇパパ。願ってもない展開でしょ。
手持無沙汰でテレビなんか見て、ふて寝している場合じゃないわよ」
「別に手持無沙汰で、ふて寝しているわけじゃ無いさ。
これでも俺なりに、宿の風情を満喫している。
しかし混浴できるというのは嬉しいね。
だけどお前。俺と風呂に入るのは、10歳の時から封印しているはずだろう?」
「うふふ。今夜だけは、特別です。
踊り子だって、共同浴場で『私』に向かって、全裸で手を振ったでしょ。
それから比べれば、露天風呂は真っ暗な闇の中だもの。
昼間じゃないもの、わたしはぜんぜん大丈夫です。
あら・・・乗り気じゃないみたいですねぇ、パパは。
嫌ならいいのよ。別に無理をしないでも」
思いがけない提案に、幸作の頭が真っ白になっている。
願ってもないことだ。
だがさすがに、3人での混浴となると少しばかり抵抗が有る。
美穂は胸も尻も、もう、大人になりかけている。
42歳になった叔母の俊子は、女としての盛りを迎えている。
幸作にしてみれば、眩し過ぎる2人のハダカを、真近に見ることになる。
だが美穂はすでに、すっかりその気になっている。
『先に行くわねぇ~』とバスタオルを抱え、元気よく廊下へ飛び出していく。
思ってもいない展開に、幸作の胸が騒ぎはじめてきた。
先着順で利用できる貸切の露天岩風呂が有ることは、到着した時から
気がついていた。
(しかし、珍しい・・・
家族ブロでは無く、混浴が出来る、貸し切りの露天風呂が有るとは・・・)
だが幸作の口から『みんなで入ろう』とは、口が裂けても言い出せない。
足元を見透かされてしまう。
美穂とはもう、4年近くもいっしょに風呂へ入っていない。
美穂に生理が来たあの日。
『パパとはもう、一緒にお風呂には入りません』と絶縁宣言をされている。
あれから4年あまり。子供だった美穂の身体が、大人の女に変りかけている。
その美穂から『露天風呂へ入ろう!』と、突然の誘いがやって来た。
(なんだかなぁ・・・
キツネにでも化かされているような、そんな気分がするなぁ・・・)
幸作が、タオルをふわりと肩にかける。
『娘に頼まれたんじゃ仕方ねぇ。あとに引くわけにはいかねぇな。
しょうがねぇ、久々に一緒に入ってやるか』
と露天風呂をめざし、いそいそと興奮を抑えて廊下へ出ていく。
(63)へつづく
新田さらだ館は、こちら
第五話 見返り美人と伊豆の踊り子 ⑧
湯ヶ島温泉は、伊豆半島のほぼ中央に位置している。
狩野川(かのがわ)の周辺に旅館が立ち並び、共同浴場が2ヵ所残っている。
歴史の古い温泉で、明治以後、多くの文人たちが訪れている。
川端康成の「伊豆の踊り子」。井上靖の「しろばんば」。
尾崎士郎の「人生劇場」などは、ここへ逗留して書きあげられたものだ。
川端康成が『伊豆の踊子』を執筆したのが、旅館「湯本館」。
文豪が愛したこの宿が、俊子が予約した宿だ。
執筆に使っていたという3畳の間が、たくさんの資料とともに残されている。
予約したのは文豪たちが愛した、趣のある8畳の和室。
『展望風呂付の特別室が取れなかったのが、残念。
でも明治38年に建てられたというだけあり、ホント、落ち着く造りですね』
俊子は部屋の中を見回しながら、自画自賛に余念がない。
だが、夕食後に事件がおきた。
浴衣に着替えたあと。俊子と2人で館内の探索に出かけていた美穂が、
スリッパを鳴らして、8畳の部屋へ駆け戻って来た。
「パパ。ビッグニュースです。
耳よりの情報を聞きつけてきました!」美穂が部屋へなだれ込んで来た。
「なんだ?、川端康成の亡霊でも現れたのかい?・・・」
「モノ書きなんかの亡霊に、興味が有るのパパは・・・
死んだ人間などに興味はありません、わたしは。
それより14歳の踊子と、42歳の豊満な美女と、念願の混浴ができるようです。
しかも場所は、川沿いの露天風呂です。
ねぇパパ。願ってもない展開でしょ。
手持無沙汰でテレビなんか見て、ふて寝している場合じゃないわよ」
「別に手持無沙汰で、ふて寝しているわけじゃ無いさ。
これでも俺なりに、宿の風情を満喫している。
しかし混浴できるというのは嬉しいね。
だけどお前。俺と風呂に入るのは、10歳の時から封印しているはずだろう?」
「うふふ。今夜だけは、特別です。
踊り子だって、共同浴場で『私』に向かって、全裸で手を振ったでしょ。
それから比べれば、露天風呂は真っ暗な闇の中だもの。
昼間じゃないもの、わたしはぜんぜん大丈夫です。
あら・・・乗り気じゃないみたいですねぇ、パパは。
嫌ならいいのよ。別に無理をしないでも」
思いがけない提案に、幸作の頭が真っ白になっている。
願ってもないことだ。
だがさすがに、3人での混浴となると少しばかり抵抗が有る。
美穂は胸も尻も、もう、大人になりかけている。
42歳になった叔母の俊子は、女としての盛りを迎えている。
幸作にしてみれば、眩し過ぎる2人のハダカを、真近に見ることになる。
だが美穂はすでに、すっかりその気になっている。
『先に行くわねぇ~』とバスタオルを抱え、元気よく廊下へ飛び出していく。
思ってもいない展開に、幸作の胸が騒ぎはじめてきた。
先着順で利用できる貸切の露天岩風呂が有ることは、到着した時から
気がついていた。
(しかし、珍しい・・・
家族ブロでは無く、混浴が出来る、貸し切りの露天風呂が有るとは・・・)
だが幸作の口から『みんなで入ろう』とは、口が裂けても言い出せない。
足元を見透かされてしまう。
美穂とはもう、4年近くもいっしょに風呂へ入っていない。
美穂に生理が来たあの日。
『パパとはもう、一緒にお風呂には入りません』と絶縁宣言をされている。
あれから4年あまり。子供だった美穂の身体が、大人の女に変りかけている。
その美穂から『露天風呂へ入ろう!』と、突然の誘いがやって来た。
(なんだかなぁ・・・
キツネにでも化かされているような、そんな気分がするなぁ・・・)
幸作が、タオルをふわりと肩にかける。
『娘に頼まれたんじゃ仕方ねぇ。あとに引くわけにはいかねぇな。
しょうがねぇ、久々に一緒に入ってやるか』
と露天風呂をめざし、いそいそと興奮を抑えて廊下へ出ていく。
(63)へつづく
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