落合順平 作品集

現代小説の部屋。

舞うが如く 第六章 (14)酒田の監舎

2013-02-11 10:19:27 | 現代小説
舞うが如く 第六章
(14)酒田の監舎



 
9月11日の早朝。

 ワッパ騒動の拡大を恐れた県は、
指導者の白幡や、金井兄弟らをはじめとする主だった者、
100人余りを、一斉に検挙してしまいます。

 さらに暴動化する危険性に備えて、
松ヶ丘開墾場の全士族3000人に対して、武装を準備する指令が出されます。
おのおのが武具の手入れに専念します。
さらに次の指令があれば、一気に馳せ参じる態勢が整いました。


 明けた12日になると、
村々の戸長宅には、警備にあたる警官たちも配置されます。
それらの上部組織に当たる郡の役所や県庁舎には、
選び向かれた精鋭たちが銃を手にして配備をされていきます。


 しかし農民たちの怒りは、一向に収まる気配を見せません。
各ごとに、日暮れと共に集会が開かれ、松明を掲げて多くの農民たちが
次々と群れ集いはじめます。

 14日になると、県より松ヶ丘の全士族に対し、
主要な県庁組織の警備にあたれという、総動員指令が伝えられます。
この同じ日に、各村々でも農民たちの総決起の準備が整いました。
農民たちは手に鎌や棒、飯と松明などを準備して
各地ごとに、続々とその集結をはじめます。

 当初の予定通り、目標を指導者たちが収容されている
酒田監舎と定めて、筵旗(むしろはた)を先頭におしたてながら、
第一陣がその行軍を開始しました。

 を通過するたびに、その人数が増え続けます。

 その数はとどまる事を知らずに、ついに、
数百から、数千人へと膨れ上がり、やがて1万人を越えてしまいます。
この人数になった頃から、道中にて食い止める手立ては不可と見て、
県は防衛部隊を、急きょ酒田監舎のみに集中をさせるようになりました。
武装した警官隊が、酒田監舎を取り巻いて最前線の防衛にあたり、
松ヶ丘の士族たち3000人が、その後方支援へと走ります。

 夜を徹して酒田監舎へと集結してきた農民の数は
すでに、その総数が一万5千人にまで到達をしていました。
さらに15日の夜明けと共に、装備を整えた第二陣の農民たちが
次々と酒田へ向かってその行進を開始しています。

 うねりのように押し寄せてきた農民たちと、
監舎前で防衛線を張る警官隊との間で、緊張感が走ります。


 武装した松ヶ丘開墾場の士族たち3000人が、
警官隊の前面に踊り出ました。
間合いを詰めてくる農民たちに向かって、全員が刀の柄に手をかけます。
それでも農民たちに、ひるむ様子はありません。
それどころか押し寄せてくる人の波に押されるようにじりじりと、農民たちが
至近距離へと迫りはじめます。

 「そこをどけ!」

 「俺たちの指導者を返せ、」

 「お前らも、
 おらたちと同じ大地の民だろう。
 もう、県の手先たちにこき使われるのは
 いい加減に、やめたらどうだ。」

 鎌を構え、棒を突き出した農民たちが口々に叫びます。
お互いを隔てる距離が、さらに数間ほど詰まります。
先陣が、相手の眉の動きまも克明に見える距離にまで最接近をした時のことです。
いきなり、士族の一人が抜刀をしました。


 農民の先頭集団が一瞬だけひるみを見せました。
そこの一角だけが気迫に負けて、数歩ずつ後へ下がり始めます。
つられたように士族の数人が、相次いで抜刀をします。


 悲鳴と怒号が上がるなか、
大地を踏みしめなおした農民たちが、腰を低くに構えると棒と竹やりを、
ようやく水平に構え直します。
いつでも隙を見て飛びかかれるように、さらに腰を据えて
眼光鋭く身構えました。

 ひと時だけひるんだものの、
農民たちには、引きさがる気配は微塵も見えません。
逆に刃物を見据えるそのいずれの目には、
異様な怒りの色が、満ち溢れてくるようにもなります。

 「斬れるものなら、斬ってみろ。」

 厚みを増した農民たちの先陣が足並みをそろえて、
じわりじわりと前に進みます。
後方に連なる農民たちの人波も、津波のようなうねり見せはじめました。
爆発寸前のように、にわかに前進をする気配を充満させます。

 「怪我をさせてはなりませぬ。
 我らがここで争いあっても、何の解決にもなりませぬゆえ、
 ここでの命の奪い合いこそ、愚の骨頂!。」

 やまれぬ想いで琴が悲痛な声を上げた、その一瞬でした。


 後方に展開していた警官隊から、
上空に向けての、一斉の威嚇射撃が始まってしまいました。
さらに群衆たちの真ん中に向けて、両翼に置かれた大砲からは大きな轟きと共に
その砲弾が、立て続けに打ち出されてしまいます。
激しく炸裂する土煙が合図となり、それまで押し殺してきた農民たちの
怒りの声が、ここで初めて地鳴りのように湧き上がります。


 押し寄せる農民たちと防衛側で、激しい衝突がはじまりました。
次々と押し寄せる人波の圧力に負けて、ついに琴自身も剣を抜きはなちます。
真剣の峰を返し、最小限に剣をふるい続ける琴の両眼からは、自然と涙があふれます。
果てしなく押し寄せ続ける農民たちの姿を前にして、琴はただ、
己の無力さばかりが悔やまれて、悔しさに、きつく唇を噛むばかりです。




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