落合順平 作品集

現代小説の部屋。

北へふたり旅(80) 札幌へ⑤

2020-02-26 17:42:37 | 現代小説
北へふたり旅(80) 


 
 1万坪あまりの敷地に鮮度の良い海産物をはじめ、農園からの直売品、
衣料や青果、日用雑貨、食料品などの店舗がひしめいている。
その数、250軒。
午前9時。朝市の路地はすでにおおぜいの人でごった返していた。
 
 しかし会話のどこか違和感がある。
よく聞き取れない。なにを話しているのかわからない。
聞こえてくるのは中国語ばかりだ・・・
店員ですら中国語で応対している。 


 ガタゴトと旅行鞄を引きずる中国人が、四方八方から押し寄せてくる。
そんな表現が当てはまるほど、中国人観光客の姿がおおい。
今ここに居る大半が中国人だろう。
そんな気がするほど中国人がおおい。


 「函館の朝市は中国人に占領されたのか?」


 「オーバーツーリズム。観光公害です」


 ジェニファーの旦那、アイルトンが流ちょうな日本語で答えてくれた。


 「観光公害?」


 「観光客があふれ過ぎたため、市民生活に悪影響が出る。
 むかし日本で問題になった公害に例えて、そんな風に表現しています」


 「君、日本語が上手だね。なんの仕事しているの?」


 「観光業です。
 日本へ中国からの観光客を誘致するため、5年前に来日しました。
 毎年うなぎ登りで実績が伸びています」


 「ではこれは、君がもたらした公害か?」


 「とんでもない。わたしひとりでは無理です。
 昨年、観光で日本をおとずれた外国人は3000万人。
 そのうち中国人は800万人。
 ここにいるのはそのうちの、ごく一部です」


 「どうりで中国人がおおいはずだ」


 「京都では市民がバスに乗れません。
 あふれすぎた観光客がバスを占領しているからです。
 富士山の麓では観光客が、民家の敷地へ勝手に入り込み問題になりました」


 「たしかに深刻だ」


 「日本は観光地として人気がありますからねぇ。中国人には」


 「そうなのか?」


 「中国人が行きたがる1位が、日本です。
 近いうえに、どこへ行っても清潔です。
 魅力的な文化もたくさん有ります。
 2度3度と日本を旅する中国人が増えてきました」


 どの路地にも大きな荷物を持った中国人の姿が見える。
そういえば駅の貸しロッカーが、どれも満杯だったことを思い出した。
大きな荷物は邪魔になる。
できれば手ぶらで観光したい。しかし貸しロッカーはどこも満杯。
やむなく大きな荷物を引いたまま、人ごみの中を歩くことになる。
これもまた観光公害のひとつ、と言えるかもしれない・・・


 「そろそろ駅へ行きますか?」


 アイルトンが携帯を取り出す。
妻とジェニファーは二人で別行動中だ。連絡をとってくれるらしい。


 「駅で落ち合うことにしました」


 携帯を切ったアイルトンが駅を指さす。


 「お酒の肴に、あぶったイカを買ったそうですよ。奥さんが」


 酒のサカナにあぶったイカ?。
お酒はぬるめの 燗がいい肴はあぶった イカでいい、
女は無口な ひとがいい 灯りはぼんやり 灯りゃいい・・・
なんだ。八代亜紀の舟歌じゃないか。




 (81)へつづく



北へふたり旅(79) 札幌へ④  

2020-02-22 17:27:19 | 現代小説
北へふたり旅(79) 
 
 噂通り、ホテルの朝食は豪勢だった。
海鮮丼をはじめどれも新鮮な素材が食べ放題のバイキング。


 妻はほかの物に目もくれず、一目散に山盛りのイクラの前。
イクラは国産の極上品。海のダイヤの粒はおおきい。
白米へたっぷり盛り付けた。
おわりかなと思ったらさらに小鉢へ、イクラを盛りつけている。


 「お替わり用です。うふ。北海道のぜいたく。
 ひとつめの夢、極上のイクラをお腹いっぱい食べる。
 それがもう満たされました。
 ああ~美味しかった・・・しあわせです!」


 部屋へ戻るなり、しあわせですと踊り出す。


 「今朝のイクラでホテル代を取り返しただろう?」


 「夏です。カニは無いでしょ。そうなれば本命は当然イクラ。
 満喫しました。
 さて恋の町札幌をめざして、出かける準備をしましょうか」
 
 「恋の町札幌?」


 「あら。裕次郎の歌ですよ。しらないの?。
 ♪~時計台のしたであって、私の恋ははじまりましたぁ~♪」


 「君は札幌で恋をしたいの?」


 「鈍いわね。そのくらい幸せという意味です。
 さぁ仕度しましょう。もう気分は札幌の空の下。
 いまころはジェニファも、札幌を目指して準備をしています」


 「ジェニファ・・・?。誰だ、それ」


 「今朝、ご一緒に散歩した中国のご婦人。
 英語名をジェニファーというそうです」


 「へぇぇ。じゃちなみに旦那の英語名は?」
 
 「・・・ロッキーだったかしら。
 それともクリントだったかしら?」


 「映画俳優か、ジェニファーの旦那は」


 「わかりやすい英語名か、キンキラの英語名をつけるのが、
 中国の流行りだそうです」


 「なぜかれらは自国の名前を名乗らず、わざわざ英語名を使うんだ?」


 「中国人の名前はとてもユニーク。
 外国人に面白く聞こえることもあるそうです。
 そのため、多くの中国人が英語の名前を持っています。
 たとえば香港の映画スター、ジャッキーチエンの本名は、成龍(シェンロン)。
 カンフー映画のさきがけ、ブルース・リーは、李小龍(レイシウロン)」


 「初耳だ・・・知らなかったなぁ」


 「急ぎましょ。ジェニファと市場で会う約束をしています」


 「市場って、函館の朝市か?」


 そうよ。他にないでしょ。あなたも準備を急いでくださいと妻が促す。
時刻はまだ8時をすぎたばかり。
乗車予定のスーパー北斗7号は、函館駅発10時05分。
時間はまだじゅうぶん過ぎるほどある。


 「もう出るのかい?。早くないか?」


 「朝市は6時から開いているそうです」


 「なら問題ないな。わかった。準備を急ぐとするか」


 「そうしてくださいな。
 いまごろ市場でジェニファーが首を長くして待っていると思います。
 うふっ」


 


 (80)へつづく


北へふたり旅(78) 札幌へ③

2020-02-18 18:04:55 | 現代小説
北へふたり旅(78) 

 
 妻が中国のご婦人と手をつなぎ歩きはじめた。
「一キロ通」の標識を過ぎて間もなく、広い道路へ出た。
中央に分離帯がある。
「さかえ通」と書いてある。
分離帯に木が植えてあり、子供たちのためのブランコまで置いてある。


 「分離帯というより、ミニ公園みたいですねぇ」


 「グリーンベルトと呼ばれる緑地帯だ。
 函館は風が強いため、何度も大火に見舞われた。
 昭和9年の大火のあと防火帯として、中央分離帯をもつ道路を整備した。
 全部で15本。総延長14kmに及ぶという。
 2度と大火を起こさないという当時の人々の思いが、ここにこめられている」


 「いつの間に調べたの?」


 「君と中国のご婦人が手をつないだとき。
 手持ち無沙汰になったので、ちょっと携帯をググってみた」


 「ほかに何か有りましたか?」
 
 「このあたりから通りの雰囲気が代わるらしい」


 「そういえば通りが狭くなってきました。
 住宅街の中を通る、生活道路のような雰囲気にかわってきました」


 
 芝桜が歩道にはみだして咲いている。雑草に覆いつくされた場所もある。
突き当りに海が見えてきた。津軽海峡だ。
集魚灯をならべた船が戻ってきた。たぶんイカ釣り漁船だろう。


 「セリの時間ぎりぎりに戻って来たのかな。
 旨いだろうなあれ。採ってきたばかりのイカは・・・」


 「ホテルの朝食も豪勢です。
 もしかしたら、ピチピチのイカ刺しが食べられるかもしれません」


 「まさか。朝飯だ。そんな豪勢なはずがない」


 「あら。知らずに予約したのですか、あなたは。
 有名ですよ。
 函館べィの豪華すぎる朝食は」


 「そうか?」


 「ふふふ。やっぱり知らなかったんだ」あなたらしいですと妻が目をほそめる。
「どういう意味だ?」問い返すと、どこか抜けているところです、と妻が笑う。
図星だがチクリと胸になにかが突き刺さる。


(ふぅ~ん。有名なのか朝食が・・・知らなかった)


 沖へ目を向ける。さきほどのイカ釣り船はどこだろう?
見つかった。
港へ急いでいるのか立待岬をいそいで回り、函館山の陰へ消えていった。


 そういえば腹が減って来た。
時計を見ると6時15分をすぎている。
(20分も有ればホテルへ戻れるだろう。ちょうどいい時間だ)
戻ろうと顔をあげたとき、目の前に居たはずの妻と中国のご婦人の姿がない。


 (あれ・・・どこへ消えた、2人して)


 あわてて路地をのぞきこむ。2人の姿は見えない。
おかしい。ついさっきまでわたしのそばに居たはずなのに・・・


 うしろからクラクションが聞こえてきた。
振り返ると軽トラックが停まっている。
運転しているのはまったく無覚えのない、ひげだらけの男性。
指で後ろへ乗れと合図している。


 (うしろへ乗れ?。いったいどういう意味だ?)


 荷台へまわる。
驚いたことに妻と中国のご婦人が荷台へ座りこんでいる。


 「なにやってんだ、2人とも!」
 
 「のんびり歩いていたら、朝食の時間に間に合いません。
 見回していたら、魚市場へ向かうこの軽トラックを見つけました。
 乗せてくれるそうです。
 あなたも荷台で荷物になってくださいな」


 「違反だろう、これって・・・」


 「津軽海峡でとれたマグロを運んでいると思えばだいじょうぶ。
 あなたは横になってください。マグロになった気分で。
 うふふ」




 (79)へつづく


北へふたり旅(77) 札幌へ②

2020-02-15 17:32:28 | 現代小説
北へふたり旅(77) 


 「旦那さんは?」


 「ジャーン フゥ(旦那?)
 ホーァ タイ ドゥオ リヤオ(呑みすぎて)
 ザイ シュウイ ジュエ(まだ寝ています)」


 市電通りを横切る。ちかくに魚市場通りの停留場が見えた。


 「市電。はじめて乗りました」


 中国のご婦人から日本語が飛びだした。
なにかを見つけるたび、妻が日本語で教えている。
次の交差点がやってきた。角に白亜のおおきな大きなホテルが建っている。
ホテルショコラの文字が見える。


 「このあたりに1キロ通りと書かれた標識があるはずだけど・・・」


 「あら。公式名ですか。1キロ通りというのは・・・」


 「そうだよ。ちゃんとした函館市の公道だ」


 「あ・・・ありました!。あんな高いところに」


 妻が指さす先。3メートルの高さに1キロ通の標識がある。
ほんとに高い位置だ。
記念撮影のためには反対側の歩道へ行かないと、人と標識がいっしょに写らない。


 「記念写真を撮りましょう」


 妻が反対側の歩道を指さす。
「いいわね。それ」中国のご婦人がいきなり横断歩道へ足を踏みだす。
車は来ていないが、信号は赤だ!。
危ない。自殺行為だ。
しかし婦人は涼しい顔をしたまま、平然と渡っていく。
「だいじょうぶ。だいじょうぶ。みんなで渡れば怖くない」
たしかに朝早い道路に車の姿は見当たらない。


 (君が教えたのかい?。あんな危険な日本語を?)


 (冗談半分で教えたのよ。でもまさか実行に移すなんて・・・
 大胆ですねぇ。大陸で産まれた方は)


 (とにかくルールを守らないからね。中国人は)


 (そうなの?)


 (バスや電車に乗る時、日本人は列にならんでちゃんと順番を待つ。
 扉が開いたら、中にいた人が降りるまで待つ。
 最後のひとりがおりてから、列をまもり乗車する。
 ところが中国はまったく違う)


 (どう違うの?)


 (列なんか無い。人のかたまりが有るだけ。
 扉が開くと自分の席を確保しょうと、なかへ突入していく。
 車両の中から外へ出ようとする人もいる。
 そうなるととうぜん、出口のあたりでもみ合いが発生する。
 デモ隊へ機動隊が突入していく場面を想像するとわかりやすい)


 (まさか!)


 (さいきんはマナーが向上したらしい。
 しかし昔は日常茶飯事だった。
 これ以上、中国のご婦人が暴走すると厄介なことになる。
 君。責任をもって手をつないで歩いてくれ)


 (知りませんでした。軽率でした)


 責任をもって対応しますと、信号が青になるのを待ち、
妻が横断歩道を駆け出す。
婦人はすでにスマホを構え、記念撮影の準備をととのえている。


 「あなたは?」


 「ぼくはいい。標識の下で通行人のふりをする」


 「わかりました。さりげなく映しますので笑顔をくださいな」


 「通行人が笑顔を見せるのか?」
 
 「中国と日本の美女2人がお願いしているの。断れないでしょ。
 写しますよ。笑ってくださいな。はいチーズ!」


 (はいチーズか・・・いまじゃ昭和の死語だな)
 


 (78)へつづく


北へふたり旅(76) 札幌へ①

2020-02-12 17:35:07 | 現代小説
北へふたり旅(76) 


 「散歩へ行こうか」


 「こんな朝早くから?」


 「6時30分から朝食。
 かるく身体を動かし、腹を空かせておこう」


 5時15分。妻とホテルを出る。すでに表は明るい。
赤レンガの塀に沿い、函館湾へ向かって歩く。
海は見えない。
突き当りに函館市の水産物卸売市場が建っているからだ。
建物の背後から吹いてくる潮風が、海がちかいことを思わせる。




 セリの時間がちかいのだろう。ひんぱんに業者の車がやって来る。
函館朝市で出される海鮮丼も、居酒屋で食べる新鮮な刺身やホッケの開きも、
元をたどればここから提供される。


 「くびれを歩こう」


 「くびれ?。くびれはありません、もう。うふっ」


 「むかしはあった。君にもね。
 そうじゃない。函館のくびれだ。最短で横断できる路がある」


 「そう。細かったの、わたしも昔は。
 で、そのくびれを横断する路はどのくらい距離があるの」


 「驚くなかれ。わずか1㎞」


 「1㎞!・・・そんなにみじかいの!。函館のくびれは!」
 
 「1キロで、北の函館湾から南の津軽海峡へ抜ける。
 スタート地点はここ。
 水産市場の前から南へむかう路がはじまる」


 「面白そうです」妻が目をほそめたとき、背後から
「ザオ シャーン ハオ(おはようございます)。ニー ハオ マ?(元気?)」
の声が飛んできた。聞き覚えのある声だ。


 「ズゥオ ティエン シエ シエ(昨日はどうも)」


 笑顔の主は、昨日電車の中で行きあった中国のご婦人だ。
妻は最上階の湯舟の中で再会している。


 「びっくりしました。おはようございます。
 あなたもお散歩?」


 「シー ザオ チェン ディー ユイン ドーン(朝の運動です)」


 「ごいっしょにいかが?。1キロ通りのお散歩」


 「1キロ通りのお散歩・・・シー フェイ(是非)。
 ニー ハオ(はじめまして)。
 レン シ ニー ヘン ガオ シン(あなたと知り合えてうれしいです)。
 チャン チャン ティン ウォ タン チー ニー
 (あなたのことは奥様から聞いています)」


 昨夜のことを思い出す。
いくら待っても妻が風呂から戻ってこないはずだ。
しかし妻はわたしのことを、どんな風に紹介したのだろう。
中国のご婦人がすべて知っています、と満面に笑みをうかべている。


 (女のおしゃべりに、国境は関係なさそうだ・・・)


 妻と中国のご婦人が肩を寄せてあるきはじめた。
最初の信号が見えてきた。
このあたりにコンクリート造りのおおきな倉庫がいくつも建っている。


 実は此処。映画のロケ地として使われたことがある。
土屋太鳳が不良にからまれてケガをするシーンが、ここで撮影された。
倉庫がたちならぶごく普通の通りが、映画では不良たちのたまり場として登場する。
そのすぐさき。地ビールレストラン・はこだてビールがある。
残念ながら店はまだ開いてない。


 「ビールですか?・・・呑みたかったですねぇ」


 女2人が寄り添って、かたく閉ざされたはこだてビールのドアを、
残念そうな目で見つめている。


 
 (77)へつづく