落合順平 作品集

現代小説の部屋。

北へふたり旅(11) 第二話 チタン合金 ①

2019-01-30 17:34:43 | 現代小説
北へふたり旅(11) 



 話は、ベトナムがやって来るすこし前へさかのぼる。

 Sさんの農場で働きはじめて10ヶ月、最初の夏がやってきた。
7月の後半。4月からのナスが最後をむかえる。
最後の日。いつものように収穫を終える。
そのままナスの木の根っこを、片っ端からぜんぶひき抜く。
根が残っていると枯葉剤が効かないからだ。

 この日を最後に、長い夏休みへ入る。
こちろん休みに入るのは、パートさんたちだけ。
8月は全休。つぎに呼ばれるのは9月の半ば。
キュウリがはじまるまでの間、休み。
ほぼ2ヶ月間、無収入になる。しかしそのぶん時間はたっぷりと有る。

 このタイミングを待っていたように、あちこちから声がかかる。
ゴルフの誘いだ。
群馬の夏はとにかく暑い。日中35℃は日常茶飯事。
猛暑で有名になった館林市と埼玉県の熊谷市は、目と鼻の先。
熱い街として急浮上している伊勢崎市は、すぐお隣。
3市のトライアングルの真ん中に位置している太田市が、熱くないはずがない。

 当然。誘いも涼しい早朝か、標高の高いゴルフ場が中心になる。
標高1100メートルのゴルフ場や、赤城山の中腹のゴルフ場には涼しさがある。
直接の陽ざしは強いが、木陰に入るとほっとする。
早朝ゴルフのスタートは午前5時。
この時間で充分明るい。朝日はすでに東の空にある。

 8月の最終週。ひとまわり下の美女から電話がかかってきた。
鳴ったのは、カミさんの携帯。
あいさつもそこそこ、早朝ゴルフのお誘いがやって来た。
「明日の朝、どう?。早朝のスルー」
いいも悪いも毎日、暇を持て余している。

 「どこ?」

 「いちばん近い、Fゴルフ場でどう?」

 「何時?」

 「5時10分のスタート」

 「了解」

 「マスターもね。4人で回りましょう、ひさしぶりに」

 「大丈夫でしょう。たっぷり時間をもてあましているもの」

 ひとまわり下の美女はいまでも、私のことをマスターと呼ぶ。
そういえばゴルフ仲間たちは同じように、相変わらずマスターと呼んでいる。

 「じゃよろしく。明日ね」

 それだけ言って電話が切れる。

 「おい。おれの都合は聞かないのか?」

 「あら。12歳も年下の美女と楽しくゴルフができるというのに、
 なにか不満でもあるのかしら、あなたには?」

 「不満はない。しかし、俺にも心の準備ってものがある」

 「予定があるの?。ゴルフ以外に?」

 「特にないさ・・・
 しいて言えば4人目が誰か、聞きたかっただけだ」

 (12)へつづく

北へふたり旅(10) 第一話 ベトナムがやってくる ⑩

2019-01-11 18:29:07 | 現代小説
北へふたり旅(10) 




 テプとドンは顔つきだけでなく、性格も日本人に近い。
2人とも真新しいいでたちでやってきた。
ピカピカの作業着。汚れひとつない長靴を履いてSさんの農場へやってきた。
北関東アジアン・サービスから貸与されたものだろう。

 2人一組でやって来た。
ベトナムで実習生として採用されたときから、2人はひと組に指名される。
男同士のカップル、バディが誕生する。
来日前の業務研修、日本語の勉強もいっしょ。
来日してからの一ヶ月間の研修も、コンビとして受ける。寮でもひとつの部屋で暮らす。
もちろん派遣された先でも、2人はいっしょに暮らすことになる。
 
 ふたり一組にはいみがある。
北関東アジアン・サービスが生み出した最新式の受け入れ方法だ。
背景に、増え続けている海外実習生の失踪がある。
失踪者は年々増え続けている。
2011年に千人弱だったが、いまや五千人をこえている。
ベトナム人と中国人の失踪率が圧倒的に高いと言われている。
しかし二か国以外でも、失踪者があとをたたない状況がつづいている。

 ベトナムの派遣会社も日本の管理団体も、この問題で頭を痛めている。
失踪を防ぐ手段として生み出された、バディ制度。
おたがいパートナーとして、協力し合う。
しかし同時に、逃亡に備えて監視しあうという要素も含んでいる。
ともあれ。テプとドンはこのさき3年間を、たがいをパートナーとして
ベトナムへ帰国するまで、いっしょに暮らしていくことになる。

 ふたりからお土産をもらった

 「気持ちです」とドンが、真新しいリュクサックの口をあけた。
中から出てきたのはベトナムのコーヒーパック。
パッケージに3in1の3と書いてある。
「どうぞ」と両手いっぱいにつかんだパックを、ドサリとわたしたちの手に
乗せてくれた。


 (ずいぶんたくさんのコーヒーパックだ・・・。
 ずいぶん気前がいいな、こいつら・・・)

 「ベトナムでコーヒーが採れるのかい?」

 「わたしもはじめて知りました。
 ブラジルに次いで世界第二位のコーヒー生産国なんですって、ベトナムは」

 「へぇぇ意外だね。ベトナムがコーヒーの大国だったなんて」

 次の日の朝。妻が、土産にもらったインスタントコーヒーを入れてくれた。
チュングエン(TRUNG NGUYEN)は、ベトナムコーヒーの有名メーカーだという。
パッケージにNO.1 coffeeとある。
 
 「なんだぁ・・・甘いぞ!。甘すぎる」

 「あらホントですねぇ・・・
 まるで子供向けのコーヒーみたいです」

 パッケージに記載されている3in1の3は、コーヒー、砂糖、ミルクの意味。
1杯分ずつ個装されているものが多いという。
なるほど。大量にバラまくのには最適な品といえるだろう。
インスタントコーヒー20パックで、45,000ドン(約220円)
一個あたり11円。なるほど気前よく大量にプレゼントしてくれるはずだ。

 ブラックもあるという。
しかしベトナム人は、甘いものをこのむ。
あとで知ったことだがお茶請けも、かれらは甘いものを選ぶ。
日本人は渋い茶に、しょっぱいせんべいを食べるが、かれらは
甘いコーヒーに甘い菓子を食べる。

 ともあれベトナからやってきたテプとドンの3年間は、こんな風にしてはじまった。

(11)へつづく