北へふたり旅(72)
酔いが回ってきた。やきとりは美味かった。
この店は何を頼んでも旨いので、ついつい長居をしてしまった。
「そろそろ帰ろうか」立ち上がりかけたとき、壁に貼ってある写真に気がついた。
古い写真が1枚。ずいぶん昔のものだ。
目を細め、黄ばみかけた写真を覗きこんだ。
「あっ・・やっぱり」
「なに?。どうしたの?」
「寅さんとリリー。男はつらいよのロケ写真だ」
寄り添った寅次郎とリリー役の浅丘ルリ子が、こちらへ笑顔をむけている。
背景に写っているのは、おそらく函館の港。
ということはシリーズ第15作、『男はつらいよ 寅次郎相合い傘』。
夜明け前。函館のラーメン屋台で、リリーと寅さんが再会をする。
「来たんですか寅さんとリリーが、こんな場所まで!」
「こんな場所で悪かったな。
おう。そうとも。その写真は俺が撮った。
1975年のことだ。
寅さんも若かったが、リリー役の浅丘ルリ子はとにかく綺麗で可愛いかった。
好きみたいだなお客さんも。男はつらいよが」
「好きなんてもんじゃない。全部の作品を見ています。
リリーが登場する作品は、どれも好きです。
中でも15作目の寅次郎相合い傘は、最高傑作だと思っています」
「いいね。気に入った。
どうだ。こっちへきていっぱいやるかい。お客さん」
カウンターから大将が身体を乗りだしてきた。
願ってもない誘いだ。
こんな場所で寅さんのファンに出会うとは、夢のようだ。
「でも、なぜ1枚しかないのですか?写真が」
「たくさんあった。昔は。壁一面に貼ってあった。
俺も寅さんとリリーは大好きだ」
「いつの間にかそれが消えた、ということですか」
「寅さんとリリーが好きなのは、俺だけじゃない。
1枚消え、2枚消えて、気がついたらそれが最後の1枚になっていた」
熱燗でいいかと大将が徳利を持ち上げる。
リリーがはじめて登場するのは11作目の「寅次郎忘れな草」。
旅回りの三流歌手・リリーが、寅さんと北海道の網走で出会う。
みじかい会話をとおし、すぐおたがいを理解しあう。
「言ってみりゃ、リリーも俺もおなじ旅人さ。
見知らぬ土地を旅してる間にゃ、そりゃ人に言えない苦労があるのよ・・・
例えば、夜汽車の中、すこしばかりの客はみんな寝てしまって、
なぜか俺一人だけが、いつまでたっても眠れねぇ。
真っ暗な窓ガラスにホッペタくっつけてじっと外を見ているとね、
遠くに灯りがポツンポツン・・・
あー、あんな所にも人が暮らしているのかぁ・・・
汽車の汽笛がポーッ・・・ピーッ
そんな時、そんな時よ、ただわけもなく悲しくなって涙が
ポロポロこぼれてきちゃうのよ」
海を見つめながら寅さんが語るこの台詞・・・
いまも耳に残っている。
(73)へつづく