オヤジ達の白球(39)四球の山
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/45/ef/46375effff10b5eb346eaab00d0ea95b.jpg)
「球審。すまねぇ作戦会議だ。タイムにしてくれ」
これ以上は時間の無駄だと寅吉がたちあがる。
寅吉が、マウンド上で金縛りになっている坂上へ駆け寄っていく。
「なに固まっているんだ、お前さんは!」
「俺も投げたいのはやまやまだ。だがよ、どうにも急に身体が動かなくなった。
あちこちギクシャクしてきて投球動作に入れなくなった」
「投球動作に入れねぇ?。なんでだ。
さっきまでずいぶん元気のいい球を、投げていたじゃねぇか?」
「投げるときはかならず、両足をプレートの上に置けと審判部長に注意された。
それが投球のルールだそうだ。
俺はよ、いままでそんな風にして投げたことがないんだ。
左足を後方に引いて半身に構える。それが投球前の俺のスタイルなんだ」
「そいつを修正した途端、身体が動かくなったというのか・・・」
寅吉がすべてを察知した。
坂上のフォームはすべて、野球の投手をまねたものだ。
右足はしっかりプレートを踏んでいる。
しかし。左足はプレートから離れている。後方に位置している。
ソフトボールの投手はプレート上に両足を置き、捕手と正対する形をとる。
野球のように構えてしまうと上体が、1塁の方向を向いてしまう。
これではソフトボールの投手の構えにならない。
野球の投手は大きく左足を踏み込むことで、投げる力を作り出す。
しかしソフトはまったく異なる。
プレートを蹴ることで、大きく前方へ跳びだす。
この独特の動作が、ソフトボールの投球の切れと球速を生み出す。
(まいったな。
この野郎は、ソフトボールのルールを勉強する暇がなかったらしい・・・
審判から足の構えを直せといわれたのが、致命傷になったようだ。
しかたねぇ。球威はあきらめてのらりくらりと投げてもらうおう。
いまはそれしか手がねぇ)
「お前さんが不器用なのは、いまさら始まったことじゃねぇ。
とにかくミットをど真ん中へ構えるから、俺を信じて投げ込んで来い。
うまく投げようなどと考えるな。
とりあえず頭の中をからっぽにしろ。
あとは俺のミットめがけて、さっきみたいに元気いっぱい投げ込んで来い!」
それだけ言うとポンと坂上の肩を叩き、寅吉が戻っていく。
(ぐだぐだ言ったところで、あの野郎は理解する頭を持っちゃいねぇ。
おだてりゃブタも木に登る。駄目でもともと。瓢箪から駒が出るかもしれねぇ。
駄目ならあいつをあきらめて、北海の熊にバトンタッチすればいいだけだ)
「お待たせ」寅吉が主審の千佳に会釈する。そのまま捕手のポジションへ座り込む。
(いいから気楽に投げて来い)寅吉が指を4本出す。
遅い球でいいから、ここへ投げてという意味の新しいサインだ。
しかし。自分の投げ方を見失っている坂上は、それどころではない。
頭の中は真っ白。心臓はさきほどから早鐘のように鳴っている。
額から、冷たい汗がたらりと流れ落ちてきた。
案の定。ぎくしゃくした動作から、元気を失った球を次から次へ投げてくる。
無理もない。坂上はこれまで足をそろえて投球動作を開始したことがない。
左足をプレートの後方へ置き、そこから勢いよく足を踏み出すことで
自分の投球スタイル作り上げてきた。
それが封じられたいま、坂上は自分の投げかたをかんぜんに見失っている。
2番バッターに、まったくストライクが入らない。
つづく3番バッターにも力のない投球がつづく。同じように四球をあたえる。
4番バッターにも四球をあたえてしまう。
1球もストライクが入らないまま、ついに満塁という大ピンチをむかえる。
「どうしたの、坂上君は?。
さっきまでの勢いはどうしたのさ。3人続けてストレートの四球だょ。
いったい何がどうしたんだろう・・・
あっ、足の置き方を変えたのか。
あいつ。さっきまで、左足をプレートの後方へ置いていたもの。
主審にプレートの踏み方を注意されてから、いっきにおかしくなったんだ。
でもさ。しかたないわよねぇ。ルール違反のステップのままじゃ」
スコアブックをつけていた陽子が
「どうやら限界のようですねぇ。坂上君もここまでかしら」と眉をしかめる。
(40)へつづく
落合順平 作品館はこちら
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「球審。すまねぇ作戦会議だ。タイムにしてくれ」
これ以上は時間の無駄だと寅吉がたちあがる。
寅吉が、マウンド上で金縛りになっている坂上へ駆け寄っていく。
「なに固まっているんだ、お前さんは!」
「俺も投げたいのはやまやまだ。だがよ、どうにも急に身体が動かなくなった。
あちこちギクシャクしてきて投球動作に入れなくなった」
「投球動作に入れねぇ?。なんでだ。
さっきまでずいぶん元気のいい球を、投げていたじゃねぇか?」
「投げるときはかならず、両足をプレートの上に置けと審判部長に注意された。
それが投球のルールだそうだ。
俺はよ、いままでそんな風にして投げたことがないんだ。
左足を後方に引いて半身に構える。それが投球前の俺のスタイルなんだ」
「そいつを修正した途端、身体が動かくなったというのか・・・」
寅吉がすべてを察知した。
坂上のフォームはすべて、野球の投手をまねたものだ。
右足はしっかりプレートを踏んでいる。
しかし。左足はプレートから離れている。後方に位置している。
ソフトボールの投手はプレート上に両足を置き、捕手と正対する形をとる。
野球のように構えてしまうと上体が、1塁の方向を向いてしまう。
これではソフトボールの投手の構えにならない。
野球の投手は大きく左足を踏み込むことで、投げる力を作り出す。
しかしソフトはまったく異なる。
プレートを蹴ることで、大きく前方へ跳びだす。
この独特の動作が、ソフトボールの投球の切れと球速を生み出す。
(まいったな。
この野郎は、ソフトボールのルールを勉強する暇がなかったらしい・・・
審判から足の構えを直せといわれたのが、致命傷になったようだ。
しかたねぇ。球威はあきらめてのらりくらりと投げてもらうおう。
いまはそれしか手がねぇ)
「お前さんが不器用なのは、いまさら始まったことじゃねぇ。
とにかくミットをど真ん中へ構えるから、俺を信じて投げ込んで来い。
うまく投げようなどと考えるな。
とりあえず頭の中をからっぽにしろ。
あとは俺のミットめがけて、さっきみたいに元気いっぱい投げ込んで来い!」
それだけ言うとポンと坂上の肩を叩き、寅吉が戻っていく。
(ぐだぐだ言ったところで、あの野郎は理解する頭を持っちゃいねぇ。
おだてりゃブタも木に登る。駄目でもともと。瓢箪から駒が出るかもしれねぇ。
駄目ならあいつをあきらめて、北海の熊にバトンタッチすればいいだけだ)
「お待たせ」寅吉が主審の千佳に会釈する。そのまま捕手のポジションへ座り込む。
(いいから気楽に投げて来い)寅吉が指を4本出す。
遅い球でいいから、ここへ投げてという意味の新しいサインだ。
しかし。自分の投げ方を見失っている坂上は、それどころではない。
頭の中は真っ白。心臓はさきほどから早鐘のように鳴っている。
額から、冷たい汗がたらりと流れ落ちてきた。
案の定。ぎくしゃくした動作から、元気を失った球を次から次へ投げてくる。
無理もない。坂上はこれまで足をそろえて投球動作を開始したことがない。
左足をプレートの後方へ置き、そこから勢いよく足を踏み出すことで
自分の投球スタイル作り上げてきた。
それが封じられたいま、坂上は自分の投げかたをかんぜんに見失っている。
2番バッターに、まったくストライクが入らない。
つづく3番バッターにも力のない投球がつづく。同じように四球をあたえる。
4番バッターにも四球をあたえてしまう。
1球もストライクが入らないまま、ついに満塁という大ピンチをむかえる。
「どうしたの、坂上君は?。
さっきまでの勢いはどうしたのさ。3人続けてストレートの四球だょ。
いったい何がどうしたんだろう・・・
あっ、足の置き方を変えたのか。
あいつ。さっきまで、左足をプレートの後方へ置いていたもの。
主審にプレートの踏み方を注意されてから、いっきにおかしくなったんだ。
でもさ。しかたないわよねぇ。ルール違反のステップのままじゃ」
スコアブックをつけていた陽子が
「どうやら限界のようですねぇ。坂上君もここまでかしら」と眉をしかめる。
(40)へつづく
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