落合順平 作品集

現代小説の部屋。

オヤジ達の白球(48)足底筋膜炎(そくていきんまくえん)

2017-12-31 15:37:34 | 現代小説
オヤジ達の白球(48)足底筋膜炎(そくていきんまくえん)


 
 
 「いてて。こんなときに持病の足底筋膜炎が再発しゃがった!」

 柊がグランドへ座り込む。あまりの苦痛に顔がゆがむ。
足の裏には足底筋膜と呼ばれる薄い膜がある。
幅の広いこの腱がかかとの骨から、足指の付け根までをカバーしている。

 足は、弓状(アーチ)に体重を支えている。
弓の弦のようにピンと張り、足のこの構造を支えているのが足底筋膜。
丈夫なはずのこの足底筋膜も、過度の歩行やランニング、ジャンプなどで使いすぎると、
やがて古いゴム管のようなひびが入る。
このひびがやがて炎症を起こす。
筋膜にひろがった炎症がしだいに、足裏の激痛をもたらす。

 「なんと。古(いにしえ)のホームラン王は、足裏を痛めていたのか。
 それはまた大ごとじゃ。
 どうじゃ、立ち上がり、ホームベースまで歩くことはできるか?」

 3塁の塁審が柊へ問いかける。
顔をゆがめている柊が「いや、駄目だ。無理だ。立つことは出来ん」と首を振る。

 「もったいないのう。誰が見てもフェンスを越えた大ホームランじゃ。
 じゃがのう。打った本人がホームインしないと、4点目は成立しない。
 またこのままここで立ち止まり、3塁ベースへ到達しない場合は記録上、2塁打ということになる。
 それがルールじゃ」

 ええっ・・・特大のホームランが2塁打になっちまう?。
冗談じゃねぇ。それじゃ俺が肩を貸してやろうと3塁コーチがグランドへ駆けだす。
うずくまっている柊へ駆け寄る。
 
 「柊さん。俺が肩を貸します。3塁を踏んで、ホームベースへ戻りましょう」

 「こら。ランナーコーチ。よさんか。選手へ手を貸してはいかん。
 それではホームランどころか、柊がアウトになってしまうぞ!」

 3塁の塁審が肩を貸そうとする3塁コーチをあわてて制止する。

 「間違っても走者に触れてはいかん。
 ホームインする前に、3塁のベースコーチとハイタッチしただけでもアウトになる」
 
 「なんだって。味方同士でハイタッチしただけでもアウトになる?。
 そんな馬鹿なルールがあるのか!」

 「ところが有る。事実じゃ。
 ルールブックに、味方が走者の帰塁や離塁を肉体的に援助したと審判員が認めた場合、
 援助を受けた走者にインターフェア(守備妨害)を宣告することができる、
 とちゃんと書いてある。
 走者をアウトにしたうえ、ボールデッドで競技が中断になる」
 
 「手助けを排除して、自力でホームインしなければホームランも、
 得点も成立しないということか?」
 
 「うむ。ルールの上ではそういうことなる。
 だがな。味方が手を貸せばアウトになるが、敵が手を貸した場合はおとがめなしじゃ。
 わかるかな。わしの言っておる意味が」

 「なるほど。味方は手を貸すことはできないが、敵が手を貸してもルール違反にはならん。
 そういうことですね事務局長。
 となれば黙って見ている場合ではないですね。おい。ショート」

 なりゆきを見守っていた3塁手が遊撃手に声をかける。
「俺らが手を出してもルール違反にならないらしい。手伝おうじゃないか」

 おれたちの肩につかまってくれと、2人の若者が腰をおとす。

 「すまんな。助かるぜ。恩に着る」

 「いいえ。どういたしまして。人を助けるのが俺らの仕事です。
 それに、あそこまで飛んだ大ホームランが無効になるなんて勿体ないかぎりです。
 2人でささえます。
 ゆっくり3塁ベースを踏み、ホームインしましょう」

 3塁手と遊撃手にささえられて柊が立ち上がる。
ゆっくりした歩調を保ったまま、柊が千佳が待ち構えるホームベースへ戻って来る。

 「ホ~ムイン!。4対3で、居酒屋チームさんの勝ちで~す。
 おたがい、たいへん、お疲れ様でした~」


 (49)へつづく

オヤジ達の白球(47)特大のホームラン

2017-12-30 18:13:00 | 現代小説
オヤジ達の白球(47)特大のホームラン




 投球は、3ボール・2ストライクのフルカウント。
投手が勝負の投球へはいる。

(最後の球はおそらく、一番自信をもっている渾身のストレート)
 
 柊はそう読んでいた。
2球続いたライズボールは、最後にストレートを投げるための伏線に過ぎない。
勝負球はライズボールの軌道に似た、高目いっぱいのストレート。
打者がつられてもっとも手を出しやすい場所へ、勢いのあるボールを投げ込む。
それが三振を奪いにくる投手の王道だ。

 投手がプレート板を蹴る。
空中を舞った左足が、半径2・44mのピッチャーズ・サークルをおおきく踏み越える。
足がサークルからはみ出ても、不正投球にはならない。

 (大きく飛んだぞ。やはり最後の勝負球はストレート!)

 バッティングでもっとも大切なことは、できるかぎりボールをひきつけること。
ひきつければひきつけるほど、ボールの軌道がはっきり見える。
好打を打つために打者がすることはふたつ。
ストライクにたいして、ためらわずフルスイングすること。
球から目を離さず、的確にバットの芯でとらえぬくこと。
 
 (焦るなよ。
 遠くへ飛ばすためには、速いバットスイングが必要だ。力んだら駄目だ。
 身体の回転を使い、スイングスピードを極限まであげることだ)

 柊のバットがストライクゾーンへやって来た球をとらえる。
(手ごたえは充分!)ここぞとばかり右手を返す。さらにバットをするどく押し込む。
見事に弾き返された打球が、投手の頭上をはるかに越えていく。
そのまま2塁ベースの真上を通過する。いきおいを増した打球が上空へ向かって伸びていく。
白い打球が、暗い夜空の中へ吸い込まれていく。

 「消えていったぞ打球が・・・照明の上限を越えたんだ!」

 照明塔の高さは20m。搭の上には暗い夜空がひろがっている。
柊の打球は、ナイター照明の上限をはるかに超えた。
数秒後。外野手が、闇の中から下降してくる打球を見つけだす。

 打球を見つめたまま、2歩、3歩うしろへ下がっていく。
しかし途中で足がとまる。
外野手のはるか頭上を、打球がゆうゆうとした放物線をえがいていく。
外野へ落ちてくる球ではない。

 球場に外野席は無い。
周囲に住宅があるため外野フェンスの上に、高さ6メートルの金網が張り巡らしてある。
柊の打球が、その金網の最上部へ当たる。
金網で金属音をはなったあと、推進力を失った打球が外野手の後方へぽとりと落ちる。

 「行ったぜ・・・ほんとに打ちやがった!。
 有言実行のサヨナラホームランだ。
 それにしてもよく飛んだな。外野のいちばん深いところの金網に当たった。
 しかも最上段へ当てるなんて、信じられねぇパワーだ・・・」

 3塁を回り、1塁走者だった岡崎が帰って来る。これで同点。
柊はゆったりした歩調のまま、1塁から2塁へまわる。
2塁を回ったところで、3塁の塁審と目が合う。

 「いいものを見せてもらった。
 最後にストレートを投げた投手もたいしたものじゃ。
 だがそれを読んで、見事にとらえたお前さんもすごい。
 しかしまぁ、呆れるほどよく飛んだのう・・・。
 県庁の土木総合職というのは、よっぽど暇な職場のようじゃな」

 「いえいえ。土曜も日曜も仕事で駆り出される職場です」

 「ほう。週末に仕事する公務員もこの世にいたのか。初耳じゃな。
 んん・・・なんじゃ、どうした?」

 2塁と3塁の中間まで来たところで、柊の身体がぐらりと揺れる。
支えを失った柊のおおきな身体が、ぐずぐずとグランドへ崩れ落ちていく。
「足が・・・」柊の顔を苦痛でゆがむ。


 

 (48)へつづく

オヤジ達の白球(46)駆け引き

2017-12-21 18:25:08 | 現代小説
オヤジ達の白球(46)駆け引き



 
 ホームランを打った瞬間。打者のテンションは一気に上昇する。
どっと溢れてきたアドレナリンが、脳全体を支配する。

 とくに魔球のライズボールをホームランしたときは、別格だ。
たまらなく気持ちがいい。
ライズボールには強い回転がかかっている。
そのため、『芯に軽く当たっただけで長打が期待できる変化球』でもある。
それがライズボールという変化球の宿命だ。

 (だが、下から浮き上がってくるライズボールは、バットに当てるだけでも難しい。
 2球続けて打つことができたが、結果は右と左へのファールだ。
 捕手は、3球目もライズだと宣言した。
 しかし鵜呑みにはできん。裏をかいてくることも、充分に考えられる)

 打席へ戻った柊が、ゆったりとバットを構える。
捕手のサインにうなづいた投手が、グローブの中でボールの握りを変えていく。
1球目、2球目にくらべ、ほんの些細だが間合いが異なる。

 (どうやらライズを投げてこない可能性もあるな。速い変化球を2球つづけたあとだ。
 目先を変えるため、チェンジアップか、落ちる球を投げてくるかもしれん・・・)

 柊が、バットのトップの位置を低くする。
低く構えることで振り出すタイミングを、微妙に調節することができる。
投手が3球目のモーションを起こす。
低く構えた態勢から、大きく胸を起こす。

 次の瞬間。プレート板を蹴って、前方へ大きく跳びだす。
2・44mのピッチャーズ・サークルの線ぎりぎりへ、左足が着地する。
ぐるりと回された腕から白いボールが放たれる。

 球が伸びてくる。ストレートの軌道に見える。
だが速球に見えた球が、柊の数メートル手前で急に失速する。
ホームベースの手前でワンバウンドして、捕手のミットへおさまる。

 「ボール・ワン!」

 やはり裏をかいてきた。ゆるく落ちていくチェンジアップだ。

 「やっぱり、落ちる球を投げてきたか。
 3球目もライズと信じて振りにいったら、空振り三振になるところだった。
 あぶねぇあぶねぇ。
 なかなかにやるね、おたくも。おたくのエースピッチャも」

 「いえいえ。
 さきほどは3塁手を狙ったバント作戦には、すっかり騙されましたから。
 それから比べれば可愛いもんです」

 「おう。うまくいったな。あのバント作戦は」

 「バットを放り投げるという、とびっきりの演技までつきましたからねぇ。
 たいていの内野手が、あれだけで完璧にびびります」

 「同点のランナーを出したところで俺がサヨナラホームランを打つ。
 そういう筋書きでバッタボックスへ立ったんだが、どうやら、そうかんたんには
 打たせてくれないようだな」

 「いえいえ、打ってください。
 俺もこの目で見たいです。伝説のバッターの特大のホームランを」

 捕手の言葉と裏腹に、4球目は内角ぎりぎりを狙ったドロップがやってきた。
ひざの高さから落ちた球は、ストライクゾーンをきわどくはずれた。
「ボール・ツウ!」
この投手は、いろいろ変化球を投げることができるようだ。
つづく5球目。こんどは外へ逃げていく、スライダーがやって来た。

 「ボール・スリー!。ストライク・ツウのフルカウントです」

 球審の千佳の声も、こころもちうわずってきた。
打者と投手の対決をまるでギャラリーのひとりのように、いつのまにか楽しんでいる。

 「わくわくします。次の1球に。
 あら。失礼。でも、球審の仕事を忘れているわけではありません。
 わたしも伝説のホームランバッターのことは、事務局長から聞かされています。
 楽しみですねぇ、つぎの1球が」

 うふふと千佳がまぶしく笑う。
わくわくしているのは千佳だけではない。
3塁で塁審をつとめている事務局長も、さきほどから腕組をしたまま、
立場を忘れて2人の対決にこころを奪われている。


 (47)へつづく

オヤジ達の白球(45)右へ左へ 

2017-12-18 18:38:45 | 現代小説
オヤジ達の白球(45)右へ左へ 




 1球目。投手が思い切り前へ跳びだす。
するどく振られた指先から、回転の効いたボールが飛びだしてくる。

(勝負球のライズボールか。臨むところだ)

 負けじと柊も右足を大きく踏み込む。
外角ぎりぎりのストライクコースへ、ライズボールが浮き上がって来る。
(あわてるな。ぎりぎりまでひきつけて、しっかり上から叩くんだ)
目の前へボールがぐわりと浮き上がって来る。
(いまだ!)渾身の力でバットを振り出す。
充分な手ごたえが有った。

 飛距離は充分だ。しかし。打球は右へ切れていく。
(振り遅れた!。手ごたえは充分だったが、押し込まれて1塁側のファールだ)
柊がバッターボックスを外す。
身体は覚えていた。しかし、長年のブランクがある。
魔球のライズボールに順応したと考えたのは甘かった。
もうすこし速くバットを振り出すべきだな、と何度も素振りをくりかえす。

 柊のそんな様子を捕手がチラリと、横目で盗み見る。
(ほんものだぞ。油断できん。振り遅れてくれたから助かったが、危なかった)
2球目もライズボールで攻めようと、捕手がサインを送る。

 (たしかに力強いいいスイングだった。
 だが50ちかいおっさんに簡単に当てられるようじゃ、俺の目覚めが悪い)

 こんどは本気で行くぞと、投手がライズの形に指をかける。
ライズボールは球の回転がいのち。
そのため親指は使わない。人さし指を寝かせ、中指をボールの縫い目にかける。
親指をかけておくとボールが安定し過ぎ、回転数があがらない。
投げる瞬間。ドアノブを右へひねる形ですばやく手首を返す。
ボールにバックスピンに近い回転を与える。

 腕の振りが強くないとライズボールは上昇しない。
腕の振りを強くするために、右足を素早くひきつける必要がある。
1球目と比べると、投手の足の動きがはるかに速い。

 (おっ、次も本気のライズボールで来るつもりだな。
 好都合だ。それならそれでこちらも、早めにバットを振り出すだけだ)

 ソフトボールのバッテリー間の距離は14,02m。
野球の18,44mよりはるかに短い。
それだけではない。
投手は、ピッチャーズサークルの半径2,44mぎりぎりまで前へ跳ぶ。
11m余りの至近距離から、威力のあるストレートや緩急の有るチェンジアップや
上に浮き上がるライズボールが飛んでくる。
そのため。110キロの速球がバッターから見れば160キロに相当する。

 
 手元を離れてから振り出したのでは、はるかに遅い。
ボールがリリースされる直前。打者のバットは上から叩くための始動をはじめている。
上から叩かなければ野球よりも大きく重い球は、遠くまで飛んでいかない。

 柊の読み通り。こんどはインコースをえぐるようにライズボールが飛んできた。
(さすがにAクラスの好投手。想定通りの、インコースだ)
腕をたたんだ柊が、胸元へむかってせりあがって来る球を上から強烈に叩く。
こんども手ごたえは充分にあった。

 しかし。対応が速すぎたため、バットを押し込み過ぎた。
3塁線上を飛び始めた打球が途中から軌道を変え、おおきく左へ切れていく。

 「ファールボール。ストライク2!」

 「いい投手だ。ひさびさに俺の闘争本能に火がついたぞ!」

 「ナイススイングです、2球とも。
 おっさんだと思ってあなどっていました。
 さすが伝説のホームランバッタです。スイングはいまだ健在のようですね」
 
 「嬉しいねぇ。若い者からそんな風に褒められると。
 君のリードも素晴らしいが、おたくの投手もなかなかのものだ。
 次もとうぜん、ライズボールで勝負に来るんだろ」

 「そのようです。
 いまのスイングでウチのピッチャのやる気スイッチが入りました。
 ライズボールをど真ん中へ投げたくて、うずうずしているのがわかります」

 「それでこそAクラスのエースピッチャだ。
 おかげでひさびさに、いい勝負ができそうだ。」

 柊がふたたび打席を外す。びゅっと強く、思い切りバットを振りぬく。


 (46)へつづく

オヤジ達の白球(44)千両役者登場 

2017-12-15 16:47:54 | 現代小説
オヤジ達の白球(44)千両役者登場 




 
 「ようやく場面が整った。ということは次は俺の出番だな」

 岡崎がバントを決めて一塁にゆうゆうセーフになる。
それを見届けた柊が「つぎは俺の番だ」と、バットを握りベンチから立ち上がる。

 「ベンチの諸君。お前さんたちの出番は、もう来ないぞ。
 俺が、ここで代打サヨナラホームランを打つ。
 今夜のヒーロはこの俺だ。
 岡崎と俺がグランドを一周してくれば、この試合はそれでジ・エンドになる」

 「柊。大口をたたいたな。
 いいのか。公務員がホームランを打つなどと大風呂敷をひろげても。
 公約が達成できなかったときは、どう責任とるつもりだ?」

 「神に誓う。俺は絶対に失敗しない!。
 見てろ。あの投手から、超特大のホームランを打ってやるから」

 「たしかにおまえは大学時代、ホームランバッターだった。と聞いている。
 だがいまは、50歳まじかのジジィだぜ。
 ホールランを打つ体力が、いまだに残っているのかょ?」
 
 「選手を信頼しないとはまったくもって失礼な監督だな。祐介、おまえってやつも。
 芯を喰えばいまでも300ヤードはかるく飛ぶ」

 「300ヤード?・・・それはゴルフの話だろ。
 無理するな。振り過ぎて腰を痛めたら、みんなの笑いものになるぞ」

 祐介の苦笑を背中で受けながら、柊がベンチから出ていく。
バットをおおきく振り回したあと「代打、俺。県庁の総合土木職、所長の柊です!」
と勝手に代打を告げる。

 「柊?。柊という苗字はめずらしいのう。
 もしかすると大学選手権で、3連続ホールランを打ったあの伝説の柊か!」

 3塁で塁審をつとめている事務局長が、目を細める。
柊というめずらしい名前を聞いて、遠い昔の記憶を思い出したようだ。
バッターボックスの柊へ声をかける。

 「はい。いまから30年前の話です。
 たしかに選手権の文部大臣杯で、3連続ホームランを打った柊洋一です」

 「おおっ。やっぱりのう。よく覚えておるぞ。
 懐かしいのう~。あのとき球審をしていたのは、このワシじゃ。
 凄かったのう。3発連続で場外へ消えていったあの超特大のホームランは」
 
 「ずいぶん昔のことですが、覚えておられたとは光栄の至りです」

 ドランカーズのベンチが、にわかに騒がしくなる。
「聞いたかいまの話。どうやら予告ホームランも、まったくの眉唾ではなさそうだ」
熱い視線が柊の背中へ集まっていく。
(なるほど。そういうことか。どうりでいまでもドライバーが300ヤード飛ぶはずだ)
祐介がニヤリと笑う。

 30年前の伝説のホームランバッターの登場に、球場内に緊張がはしる。
消防のマウンドを守っているのはAクラスで、3本指に入る好投手。

 もっとも得意な球が、打者の手元でおおきく浮き上がるライズボール。
ソフトボール独特のこの変化球に、絶対的な自信をもっている。
しかし今日は、この決め球を一球も投げていない。
できたばかりの素人チームを相手に、決め球のライズボールを投げる必要はないだろう、
と最初から決めてきた。

 しかしにわかに展開が変わって来た。

 捕手が柊への1球目に、ライズボールを投げろと要求を出す。 
 
 (今日はじめてのライズボールの要求か・・・
 いいだろう。相手は30年前のホームランバッターだ。
 そのおっさんが、どんなもんだか、いまの力を見せてもらおうじゃないか)
 
 ソフトで一番有名な球種が、ライズボール。
下から浮きあがってくる変化球だ。
魔球ではあるが打たれるとよく飛ぶ、という危険な球でもある。
野球のスライダーが、打たれると良く飛ぶ事と同じだ。
独特の変化で空振りを取りやすい反面、強打者を相手にライズボールを投げるのは
危険すぎる側面もある。

 (おっさんがどんなものか、全球、ライズボールで勝負してやろうじゃないか。
 いいか。気を抜くなよ。全力でライズボールを投げてこい!)

 キャッチャーが、ポンポンとミットを鳴らす。


 (45)へつづく