落合順平 作品集

現代小説の部屋。

舞うが如く 最終章 (2)下級武士たちの末路

2013-02-28 07:40:49 | 現代小説
舞うが如く 最終章
(2)下級武士たちの末路




 幕末まで、下級武士たちの俸禄(ほうろく)は、
「三両一人扶持(さんりょういちにんぶち)」と決められていました。
これは、物価の高低とは関係なく、一律のものとして定められました。
年間で3両の金銭と、成人男性が1年間に食する米を1日5合と計算をして、
年間分として約5俵を、現物で支給されていました。


 この俸禄ですべての家族たちを養っていたために、
下級武士たちの日常の生活は、きわめて困窮をきわめていました。
さらに幕末期になると、諸物価が急激に高騰をしました。
幕末前には1両で200日分の米を買えましたが、幕末期の慶応年間になると
約17日分しか購入できなかったと言われています。


 それに比べると、商家などに奉公する者の賃金は年々高騰し続けました。
江戸の中期頃になると、年3~4両に加え、盆と正月には仕着(しきせ:季節ごとの着物)
を支給しないと、奉公に来ないという風潮さえ定着をしました。
そのために、下級武士の地位はさらに下落をしていきます。



 生活を少しでも改善しようと考えた下級武士たちは、内職などに精を出しました。
本来であるならば武士は名目上、副業などは禁止をされていた時代です。
しかし、暮らしていけるだけの俸禄を受けていない以上、下級武士たちは、
自力で生活を支えなければなりません。
それらを理解したうえで黙認、あるいは推奨していた藩は全国各地にありました。


 山形県・天童市では、
江戸末期にこの地方を治めていた天童織田藩の家老により、
手内職として、駒の製造が奨励をされました。
全国の将棋の駒の大半を生産する天童の将棋駒の基礎が作られました。


 また、米沢藩主の上杉鷹山(ようざん)は、
藩政改革のために、自ら蚕を飼い家来たちには機(はた)を織らせました。
領民には養蚕や製糸、織物をひろく推奨しています。


 そのほかにも、自宅での農作物の栽培などをはじめ、傘張り、ちょうちん張り、
植木や草花の栽培、ろうそくの製造などが、
個人または、組屋敷での集団的内職などとして行われていました。
組屋敷での同じ役目の者同士による組織的な内職は、材料の共同購入や共同納入などで、
業務の効率化を図ったものともいえました。


 幕末期に、生活苦にあえぎながらも
たくましく生きた彼らは、内職による「職業訓練」によって
技術を身につけることにすでに成功をしていました。
明治維新後の廃藩置県により、路頭に迷う武士たちも少なくありませんでしたが、
こうして手に職をつけていた下級武士たちは、武士を捨てた後も無理なく転身をして、
その技術を生かして身を立てることに成功をしました。


 「芸は身を助ける」の言葉どおり、
激動の時代を生き抜いた下級武士たちを助けたものは、
苦労時代を支えた、内職という芸だったのかもしれません・・・・

 咲と琴による、一軒家での生活が始まりました。


 まもなく咲が、法神流に入門をします。
まゆを煮るのが仕事の咲は、朝の4時には起床をします。
工場での仕事が一段落をすると、いったん自宅に戻り、朝食をとったあと、
身支度を整えて渡良瀬川の渓谷に沿って、走るようになります。

 「糸取りの一等工女たるあなたが、
 二等工女の仕事ともいえる、煮繭の仕事をしていたのでは、、
 世に言う、宝の持ち腐れではありませぬか?」

 琴の問いかけに、咲が真顔で答えます。

 「おそれながら、琴さまのほうが、はるかに持ち腐れにあるようです。
 咲の持ち腐れは、たったのひとつにありまするが、
 琴さまには、人さまが言うには、ふたつもあるようにございます。」

 「わたしには、・・・ふたつもあるのですか?。」

 琴が、目をまるめます。



 「はい、
 男衆が言うには、はや四十路(よそじ)であろうに、
 相も変わらぬ美しさを保ちながらに、
 いまだに一人身を通したままで嫁がぬというのは、いかがに有ろうと、
 皆さまそれぞれに、たいへんご不審にございまする。」

 「うむ、なるほど。で、もうひとつは?」

 「他ならぬ、剣術の腕前そのものにございまする。
 天下において右に出るものはおらぬというほど、とりわけ
 小太刀と薙刀においては、人も及ばぬ名手との評判にございます。
 兄の良之助様が、常々にお嘆きにございます。
 せっかくの腕前も磨いておかないことには、いつかは錆びて朽ちてしまうであろう。
 もう少々だけでも、稽古に励むようにと、
 お小言と、ことずけが、咲に託されておりまする。」



 「兄上が、そのようなことを・・・・」


 「一つお尋ねをいたしたいと思いまする。
 遠慮なく、お聞きしてもかまわぬでしょうか。」

 「改まって何ですか?
 遠慮はいりませぬ、何なりとお答えをいたしますので、聞くがよい。」

 「失礼を申しまするが、気を悪くなさらないでくださいまし。
 琴様が男衆のもとに嫁がぬというのは、いかなる理由によるものでございまするか。
 もしや・・・もともとが男衆をお嫌いか、
 さもなければ、男は受け入れぬ身体ではないかなどと、
 世間の男たちが無遠慮に詮議をいたしておりまする」

 「なるほど、先には私が、どのように見える」


 「失礼ながら、いまでも充分に女盛りと思われます。
 紅、白粉などを用いずともお美しいのは、咲も周りも認めておりまする。
 ゆえに、男衆になびかぬのは、咲には少々不思議です」




 「案ずることは無い、私も生身の女です。
 若き頃には、この胸を焦がして人並みに恋もいたしました。
 たったの一人だけですが、狂おしいほどにお慕いをいたした殿方もおりました。
 とうの昔の話です。
 また、心の底から慕ってくれた殿方もこれまた、お一人だけおりました。
 が、・・・まことに残念なことながら、
 もうお二人がともに、この世にはおられませぬ。
 今思うに、ともに、良き男衆に有りました。
 また、ともに、よき器量の持ち主でもあられました。」



 「まぁ、そのような出来事がおありとは!、
 琴様、それなるは、一体どのような殿方にあらせられますか!。」


 咲がひときわ、目を輝かせました。
其れを見た琴が、するりと話題をかわします。


 「はて、遠い昔ゆえ、すでにもう、すっかりと忘れておりました。
 はるかに遠い過去の出来ごとゆえ、記憶も定かにありませぬ・・・・
 それよりも、最近の咲さんのほうにこそ、色気にあふれている噂がございます。
 工女たちが口々に言うのには、なんでも馬方には良い男が沢山いるそうな。
 いかがにございまする?
 石炭運びの男衆にも、なかなかの男前ぶりの青年がおると評判です。
 咲も好みとするお人が居るとか居ないとか、近頃の風の噂で聞きました。
 真偽のほどは、いかようですか」


 「知りませぬ・・・」

 
 咲が、頬を真っ赤に染めて、
いやいやをしたままに、急にうつむいてしまいました。

最終章(3)へつづく




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