落合順平 作品集

現代小説の部屋。

居酒屋日記・オムニバス (38)         第四話 肉じゃが美人 ①

2016-03-25 11:30:25 | 現代小説

居酒屋日記・オムニバス (38)
        第四話 肉じゃが美人 ①




 「つぎは富山で大型のマンションだ。雪が降る前に終わりになるだろう。
でもね、たぶん群馬には戻ってこれないよ。年が明けたら九州だもの。
仕事が有るのは嬉しいけど、あんたと遠く離れるのが寂しいな」
そんな言葉を残して鉄筋女の智恵子が、次の現場へ急ぐトラックに乗り込んだ。


 「気をつけて行けよ。元気でやれ」
幸作はぶっきら棒に、それだけを智恵子に告げた。
高速へ消えていく智恵子のトラックを見送ってから、早くも半年が経った。



 智恵子たちが鉄筋を組みあげた現場に、大型のトラックターミナルが誕生した。
100mを超えるプラットホームが見える。
そこへ10トンを超える大型トラックがひんぱんにやって来る。
大きな荷物が、フォークリストで降ろされていく。
引き換えに、地方ごとに組み直された荷物がトラックに積み込まれていく。



 24時間。物流の拠点に休みは無い。
反対側のプラットホームへ、2トンや4トンのトラックがやって来る。
こちらは地元専用の宅配便だ。小分けされた荷物が次々荷台へ積み込まれていく。
時々、赤帽の軽トラックなども姿を見せる。



 仕入れの帰り道。自転車を停めた幸作が、トラックの数に目を奪われる。
高速の入り口まで、5分という立地に建つターミナルだ。
近郊県のナンバーだけではない。近畿や九州、東北や北海道ナンバーをつけた
10トン車が次から次にやって来る。


(渋滞せず次から次にタイミングよく、うまく到着するもんだ。たいしたもんだ・・・)
感心している幸作の目の前に、すっと黒塗りのベンツが止まる。
後部座席の黒いガラスが、全開に開く。
見覚えのあるスキンヘッドと、黒いサンブラスが勇作を見上げる。



「なんじゃ。何やってんや、ワレ。トラックが出入りすんのがそないに珍しいか?」


 ぬっと窓から顔を出したのは、関東大前田組の若頭、安岡だ。



 「おう。誰かと思えば安岡か、この間はラーメンをありがとう。
 渋滞せずに、タイミングよくやって来るトラックたちに感心していたところだ。
 うまくやって来るもんだ、さすが運転のプロたちだ」



 「これやから素人は往生する。
 きょうびのトラックはひとつのこらず、位置確認ができるGPSを積んでぇおる。
 倉庫のコンピュータに管理されておって、何時何分に倉庫へ入れと指示が出る。
 なんやワレ、そんなんも知らんのか」


 「えっ・・・いまどきのトラックは、コンピュターで管理されてんのか。
 道理で効率的に到着するはずだ」


 「そんなことより、ひとつワレに頼みが有る」



 ちょっと耳を貸せと安岡が、サンブラスを下へずらす。



 「極道の頼み事か?。ラーメンをおごってもらったが、簡単にウンとは言わないぞ。
 面倒なことに巻き込まれるのは、御免だからな。
 俺にも生活が有る。家に帰れば、13歳になる可愛い娘がいるからな」



 「馬鹿野郎、そんなんは百も承知のうえや。
 頼みて、ワレの腕のことや。その腕っぷしに用が有るんや」



 「腕っぷし?、柔道なら20年も前にやめたぞ。
 腕力だけならお前さんの取り巻きの、若い衆の方がよっぽど上だと思うが」



 「すまん悪かった。ワイの言い方がまずかった。腕っぷしやなぁ、腕前や。
 ワレの腕を見込んでぇひとつ、頼みが有る。
 頼む。清水の舞台から飛び降りたって思って、ワイの頼みを聞おってくれ。
 実はここだけぇんはなし、料理の出来具合にワイの面子がかかっとる」
 

(39)へつづく

 
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居酒屋日記・オムニバス (37)     第三話 除染作業員のひとりごと ⑭

2016-03-24 11:49:18 | 現代小説
居酒屋日記・オムニバス (37)
    第三話 除染作業員のひとりごと ⑭



 「なんや。平気だと言っとったくせに、やっぱり気にしとるんやないの。
 素直やないんやからあんたって人は、昔から。うふふ」


 嬉しそうな顔を見せて佳代子が、歩みを止める。
2つの影が外灯の下で、接近したまま立ち止まる。お互いの顔を見つめあう。


 
 「町工場のおかみはんになるのなら、考えてもええわと返事した」



 「そうか、町工場のおかみさんになるのか・・・そうか、やっぱりな」



 ふっと短い溜息を吐いたあと、幸作が顔をこわばらせて歩き出す。
2人の手はつながれたままだ。
引きずられる形で、あわてて佳代子も歩き出す。



 「あら、怒ったの?。ねぇ、理不尽やないの。
 いきなり訳も分からず、わたしに腹を立てて怒り出すなんて」


 「別に怒っている訳じゃねぇ」



 幸作の歩く速度が、一歩踏み出すたびに速くなる。
小柄な佳代子の足が急ぎ足になる。必死に、幸作の歩く速度に着いて行く。



 「ねぇ・・・聞いてよ。私の話を最後まで」



 「嫁に行って幸せになろうとしている女を、止める権利は俺には無ぇ!」



 「嫁に行くとは言っておらへんでしょ。考えてもええとあの人に言っただけや。
 ちゃんと聞いて。せっかちなんやから、あんたってもう・・・」



 「どういう意味だ。ただの早合点だというのか、俺の?」



 「3年たっても今の気持ちが変らなかったら一緒になろう俺たち、と言われた。
 気持ちがくるくる変る女だと思われとるのね、あたしは。
 悔しいから、3年くらいなら待って見せまんねんと、大見えをきっちゃった」



 「工場を倒産させたとき。
 あいつは町工場の仕事なんか、大嫌いだと言っていた。
 あいつの気持ちはよくわかる。
 学生の時。不本意なまま、親から町工場の経営を引き継いだからな。
 しかしあいつは何で、町工場を復活させる気持ちになったんだ。
 そのあたりの事情が、いまひとつわからない。
 何があいつを変えたんだ」



 「そのあたりは、あたしにも、よくわかりまへん。
 でも帰りたくても帰れへん人たちがたくはん居る場所で働いとるんです、
 いまのあいつは」


 「除染の仕事が、あいつを変えたというのか?」


 「変えたんやなくて、多分、変りたいのよ、あいつは」


 「変りたいって言ったのか?。あいつが?」


 「夢を持って働きたいと考えているのよ、もういっぺん」



 「夢なんかないだろう。ひどい目に遭ったんだぜあいつは。
 親から引き継いだ町工場の仕事で。
 工場は倒産しちまうし、家族は離散して、散りじりになっちまったんだ」


 「絶望の先に夢が有る。あいつは、それを見つけたんだと思う。
 やから、あたしみたいな女でもいいから、3年後に所帯を持とうと言い出した。
 あんたがわたしを口説かないから、そんな話が持ち上がったのよ。
 猶予期間は3年間。その間にあたしを口説かなかったら、あたしはホンマに
 あいつの嫁に、なっちゃおるさかいに」



 「3年間の執行猶予か、う~ん、厳しいな・・・」



 「その間、わたしは除染作業員と居酒屋をしている幸作の、両手に花。
 夢のような3年間のはじまりやねぇ。
 毎日、ワクワクしながら、約束の日を待つことが出来るわ、最高です!。
 うふふ。よかったわぁ、女に生まれてきて!」




 第三話 除染作業員のひとりごと 完


(38)へつづく
 
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居酒屋日記・オムニバス (36)     第三話 除染作業員のひとりごと ⑬

2016-03-23 11:30:17 | 現代小説
居酒屋日記・オムニバス (36)
    第三話 除染作業員のひとりごと ⑬



 
 「ごちそうさん」源さんの屋台を出たとき、すでに12時を回っていた。
「持ってきなよ」と源さんが、アツアツのシューマイの包みを、佳代子に手渡す。
「若頭のおごりだ。遠慮することはねぇ」源さんが目を細めて笑う。



 「12時を過ぎちまったな。ひさしぶりの午前様だ。
 送っていこう。遠回りになるが、2度目の結婚を控えた大事な体だからな」


 「あら。嫁に行くと決めたわけやないわよ、あたしは」



 「3年経ったら、結婚しようとプロポーズされたんだろう、あいつに。
 お前さんだって、まんざらでもなさそうだ。
 決まった様なもんだろう。3年後に、2人が一緒になることは」



 「やっぱり妬いてんの、あんたは?」



 「俺の所有物じゃねぇ。
 3年後に嫁に行こうが、何処かで誰かの愛人になって暮らそうが、
 俺には一切、関係ねぇことだ」



 「素直やないのね、心中は穏やかやないくせに」



 「負け惜しみで言っているわけじゃねぇ。
 娘を連れて戻って来た時から、いつかは、こんな日が来ると思ってた。
 おめえは、ひとりで暮らせるような女じゃねぇ。
 それに、幼なじみのあいつは不器用な男だが、正直で気持ちの良い奴だ」



 「あんたに言われなくても同級生や、そのくらいは知っとるわ。
 なんで止めへんの。あいつだけはやめて、俺にしろって言ってくれへんの」



 「大学が終ったら、必ず帰って来る。
 だから浮気しないで待っていてと言ったのは、どこのどいつだ。
 それを信じて待っていたというのに、3年後に、結婚したという葉書が届いた。
 勝手過ぎる女だとあらためて腹を立てたが、あとの祭りだ。
 つながっていなかったんだな俺たちの紅い糸は、と運命を恨んだ。
 お前。学生結婚するために大学へ行ったのかよ」



 「ふふふ。結果的にそうなるわね」佳代子が、ふわりと身体を寄せてくる。
「もう時効でしょ。20年も前の話だもの」と腕を絡ませる。



 「もういっぺんジャーナリストを目指して頑張ってみる。
 なんてあいつが言い出したら、わたしは今夜、あんたの店にはいかなかった。
 そやけどね、あいつ。もういっぺん、町工場を復活させるのが夢なんだって。
 除染の仕事をはじめたときから、コツコツ、そのための資金を貯めとるそうよ」



 「町工場を復活させるって言ったのか?・・・あいつがホントに言ったのか。
 信じられねぇな。町工場の仕事なんか大嫌いだって吐き捨てたくせに。
 リーマンショックで四苦八苦していた頃は・・・」



 「あいつだけやない。自動車関係の町工場は全部、転職か廃業を覚悟してたもの。
 酷かったもの、あの頃の太田市の経済は・・・」



 「呑み屋街だって悲惨だった。景気が悪くなりすぎて、毎晩、閑古鳥が泣いてた。
 町がゴーストタウンになるんじゃないかと、本気で心配したもんだ。
 いくらか景気が持ち直してきて、さてこれからという矢先、
 今度は東北に大震災がやって来た。
 元気になりかけていた繁華街の灯が、そのせいで、また消えちまった。
 負けてたまるかと、提灯とローソクだけで店をあけてみたが案の定、誰も来なかった・・・
 そんな場合じゃなかったよな。
 未曽有の被害で、日本中が悲しみにひたっていたんだから」



 「あれから4年が経つけど、被災地はまだまだあの頃のまんまだって、
 あいつが、しみじみ言っとったわ」



 「で、腹は決まったのか、お前は。
 どんな風にして、あいつと再出発するつもりだ。
 他人事とはいえ、やっぱり、すこしばかり気にかかる」



 佳代子の家までもう少し。
そこの角を曲がれば佳代子の家というところで、幸作が足を止めた。



(37)へつづく
 
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居酒屋日記・オムニバス (35)     第三話 除染作業員のひとりごと ⑫

2016-03-20 11:00:26 | 現代小説
居酒屋日記・オムニバス (35)
    第三話 除染作業員のひとりごと ⑫



 「なんだ、やっぱり愛人やなかったのか・・・
 ずいぶん仲良さそうやったから、俺はてっきり、愛人かと勘違いしちまったぜ。
 悪いことをしたな、幸作。
 そういうわけやから幸作のことを恨むんやねぇぞ、佳代子。
 俺の只の勘違いやからな」



 長居は無用だ、おい行くぞと、若頭の安岡が若い衆に号令をかける。
「騒がせたな、源ジィはん」これで2人にたらふく食わせてくれと、1万円札を置いていく。



 昔と違い今のやくざは、肩で風を切って縄張りの中を歩いたりしない。
そんなことをすれば暴力団排除条例で、あっという間に警官の職務質問を受ける。
極道が、おおっぴらに街を闊歩できない時代になった。
酔っぱらった客を装い、目立たない程度にしまの中をこっそり巡回して歩く。
それがいまどきのやくざのやり方だ。



 「だがあれじゃ、これ見よがしに目立ち過ぎだろう・・・」
肩ひじを張り、大股で遠ざかっていく若頭の背中を、幸作が苦笑いの目で見送る。
若頭の安岡も、幸作の同級生のひとりだ。
3歳で「神童」と言われたほど、明晰な頭脳を持っている。
関西の大学を卒業したあと、大手商社に就職したが、40歳を前に限界を感じて、
極道の世界へ足を踏み入れた変わり者だ。



 「ごめんね。痛かったやろ」佳代子が、幸作の手のひらを覗き込む。
出血こそなかったが、佳代子の爪で押された部分が、紅く充血している。



 「ごめんね、わたしったら、相変わらず、そそっかしくて」



 「いいさお前さんの粗忽は、いまにはじまったことじゃねぇ。
 それより、突然に身に降りかかってきた幸運というのは、いったい何ごとだ?。
 やっぱり気になる。正直に白状しろ」



 「借りを作ってしもたから、白状するしかないのかな・・・」


 「嫌なら別にいい。無理強いしてまで聞きたくはねぇ」



 「うそつき。ホントは聞きたくてしゃあないくせに。
 素直に白状しなさい。幼なじみの除染作業員に、何を言われたのかって」



 「じゃ聞く。いったい何を言われたんだ、幼なじみのあいつに?」



 「3年たったら結婚しょうって、真面目な顔でプロポーズされた」


 「プ、プロポーズされたって・・・、ホントかよ。信じられねぇな」



 「わたしだって信じられへんわよ、突然すぎて」



 「なんで3年後なんだ、結婚するのが」


  
 「ほら見い、慌ててんねん。
 でも、確実に結婚するわけやないわよ、わたしたち。
 3年後もいまと同じ気持ちでいたら、結婚せんか俺たち、と言われたの」 



 「で、お前さんは何と答えたんだ。幼なじみのあの野郎のプロポーズに?」



 「ええわよと、その場で即答したわ」



 「そ・・・その場で即答しちまったのか、いとも簡単に、お前は・・・
 まったくもって信じられねぇ!」



 「なんであなたが、そないに動揺するの。
 動揺しとるのはわたしなのよ。
 なんで3年後なのかはよく分かりまへんけど、なんとなく意味は分かる。
 わたしも子育てが一段落するし、彼も再出発の足場が固まる。
 その頃にもういっぺん会って、気持ちが変っていなければ、俺たち結婚しょうと
 言ってくれたのよ。
 別に否定する理由もないし、老後をひとりきりで過ごすのも寂しい。
 結婚してもええかな、幼なじみのこいつと・・・なんて漠然と考えた。
 なんか変かしら?。そないな風にわたしが考えたら」




(36)へつづく
 

新田さらだ館は、こちら

居酒屋日記・オムニバス (34)     第三話 除染作業員のひとりごと ⑪

2016-03-19 10:54:45 | 現代小説
居酒屋日記・オムニバス (34)
    第三話 除染作業員のひとりごと ⑪



 南一番街のアーケードが見えてきた。
北関東で屈指の風俗街と称されている、飲み屋街の入り口だ。



 もともとは、駅の南口に誕生した商店街だった。
商店街の構築が不発に終わり、バブル全盛の頃、風俗中心の飲み屋街に姿を変えた。
入り口にラーメンの屋台を構えた源ジィさんは、40年間この街の
変遷をその眼で見続けてきた。
古びた提灯が今夜も、繁華街の入り口で揺れている。



 (あ・・・、まずい・・・)



 屋台の裏側に、見覚えのあるスキンヘッドがちらりと動く。
夜更けだというのに、真っ黒のサングラスをかけている。
スキンヘッドに、黒のサングラスと言えば、知る人ぞ知る関東大前田組の若頭だ。
(おい、立ち止まるな。素知らぬ顔をして、そのまま屋台を通り過ぎるぞ)
幸作が佳代子に耳打ちをする。



 屋台の様子をチラリと見た佳代子が、「了解・・・」と乾いた返事をかえす。
スキンヘッドの周りには、数人の若い衆がたむろしている。
いずれも人相は良くない。誰が見ても不良そのものだ。
ぎこちない歩きかたのまま幸作と佳代子が、屋台の前を通り過ぎていく。
そこの角を曲がれば、別の路地へ姿を隠すことが出来る。



 (やれやれ、無事に通過できそうだ・・・)そう思った矢先。
背後から関東大前田組の若頭の声が、2人の背中を追いかけてきた。



 「おいおい。挨拶なしで素通りとは、水くせえやなぁ幸作。
 あれ・・・このあいだ連れとった別嬪の若い娘とは、ちゃうようやなぁ。
 隅におけまへんなぁ、幸作も。
 このあいだの別嬪さんは確か、30歳前後。
 今夜の連れは、熟れ切った40女やろか。
 なかなか持てまんねんなぁ、居酒屋家業のやさ男はんは。いっひっひ」



 (幸作が別嬪の30女を連れていたって?)佳代子の足がピタリと止まる。



 「初耳やなぁ。幸作が連れとった30女ってのは、いったいどこの何者なんや。
 安ちゃん。いつ見たんや。うちはさらさら、そないなことは知らんでェ!」



 「あ・・・どなたはんかと思ったら、同級生の佳代子やないか。
 なんやお前。化粧してスカートなんか履いておるから、どこぞの主婦かと思うたわ。
 佳代子なら佳代子と最初に挨拶せんか、見損なりよったやろ」



 「極道には興味がないから、素通りしただけのことや。
 そないなことはどうでもええことや。それよりウチの質問に先に答えてな。
 幸作が30女といっしょに居たちうのは、ホンマかいな」



 「あいかわらず、みょうな関西弁でなまっとるのか、お前はんときたら」



 「関西なまりはお互いさまや。安岡、早う答えや、ウチの質問に」



 「深夜に車でデートしたちう話や。
 帰って来たのは朝早くだぞ。なにやら2人とも、クタクタで帰って来たそうだ」



 「聞いてないわ、幸作!」佳代子の鋭い目が、幸作を振り返る。
別嬪の30女というのは、先日の鉄筋女の事だ。
たしかに深夜にドライブをした。
しかしそれは、茨城へ小悪魔志望の女子高生を送り届けるためだ。
朝早く戻って来たところを、関東大前田組の誰かに目撃されたのだろう。



 「ああいうのを、小股の切れ上がったええ女ちうのやろうな。
 美人なうえに、腹がすわっとる。
 組の事務所に乗り込んできたちうのに、まるっきし動じねぇで交渉しやがった。
 陽子姐はんも、あの女のことを褒めてたぜ。
 あたしの若いころにそっくりだって」



 よせばいいのに同級生の若頭が、余計なことまで口にする。
佳代子の誤解が、頂点に達していく。
からんでいた指先にじょじょに力がこもってくる。
とぎすまされた佳代子の紅い爪先が、キリキリと音を立てて幸作の
手のひらに突き刺さって来る・・・


(35)へつづく


 
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