上州の「寅」(53)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/65/10/ccb53d0076bdc05162ebdb25e5f4d5c1.jpg)
降りるべき乗客はおり終わった。しかしバスは停留所から動かない。
動きだす気配がない。・・・なんだ?、どうした?。乗客がざわつきはじめた。
駅へ向かうバスはほぼ満席。
(なにかトラブルの発生か?・・・)
乗客の目が運転席の脇で立ちすくむ恵子さんへ集中する。
運転手が恵子さんへ声をかける。
「お母さん。ほんとうはどこまで行きたいのですか?」
「駅までです。
駅まで行きたいのですが、この子がこの通り泣きはじめて、
わたしには手に負えません。
みなさんにご迷惑がかかりますので、ここで降りたいと思います」
「そうですか。わかりました。ちょっと待ってください」
運転手がマイクのスイッチを入れる。
「混雑している中、お時間をかけてすみません。
みなさんにお願いがあります。
こちらのお母さんが赤ちゃんが泣いて皆さんに迷惑がかかるので、
ここで降りると言っています。
お母さんはほんとうは駅まで行きたいそうです。
子どもは小さい時は泣きます。赤ちゃんは泣くのが仕事です。
どうぞ皆さん。少しの時間、赤ちやんとお母さんを乗せていってください。
停留所にしてあと4つ。
泣く子に付き合っての辛抱、よろしくお願いいたします」
3列目に座っていたおばあちゃんが恵子さんを手招きした。
「お母さん。此処に座りなさい」
おばあちゃんがおおきな荷物を持って「よっこらしょ」と立ち上がる。
2列目の中年男性があわてて振り返る。
「とんでもねぇ。荷物を持った年寄りに席を譲られたんじゃ立場がねぇ。
お母さん。ここへ座りな。わしも駅まで行くが荷物もカバンもない。
ほら、ばあちゃんはいいから、そのまま座ってな」
中年男性が席をゆずる。
「いいんですか?」
「いいもなにも。赤ん坊は泣くもんだ。気にするな。元気な証拠だ」
「でも、ご迷惑じゃ・・・」
4列目の乗客が「袖擦れあうのもたしょうの縁。元気に泣かせろ」
がんばれよお母さんと、笑顔を見せる。
「そうだ。がんばれ」「行こう、行こう。いっしょに駅まで行こう」
声といっしょにあちこちから拍手がわいてきた。
運転手がふたたびマイクのスイッチをいれる。
「お待たせしました。では発車いたします」
運転手の優しさと乗客の拍手の中、恵子さんの目頭は涙でいっぱいになった。
「迷惑どころか、こどもは希望だ。がんばれよ、母さん」
席を譲ってくれた中年男性にそう声をかけられたとき、恵子さんの目はもう
何も見えなかった。
「ユキは泣くことで、わたしに子育ての勇気をくれたんです。
バスの運転手さんや、あのときのおばあちゃん、中年のおじさんの優しさに
こころから感謝してます。
手探りの闇の中、希望の光を見た気がします。
育ててわかりました。ユキはとても感性の鋭い子です。
新米の母にもっとしっかり育ててくださいと、泣いて抗議したんです」
「よかったですね。駅まで無事、乗車することが出来て」
「はい。とても貴重な体験でした。
でもあのとき学んだはずなのにわたしはまた、ユキのSOSを
見逃してしまいました」
(54)へつづく
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降りるべき乗客はおり終わった。しかしバスは停留所から動かない。
動きだす気配がない。・・・なんだ?、どうした?。乗客がざわつきはじめた。
駅へ向かうバスはほぼ満席。
(なにかトラブルの発生か?・・・)
乗客の目が運転席の脇で立ちすくむ恵子さんへ集中する。
運転手が恵子さんへ声をかける。
「お母さん。ほんとうはどこまで行きたいのですか?」
「駅までです。
駅まで行きたいのですが、この子がこの通り泣きはじめて、
わたしには手に負えません。
みなさんにご迷惑がかかりますので、ここで降りたいと思います」
「そうですか。わかりました。ちょっと待ってください」
運転手がマイクのスイッチを入れる。
「混雑している中、お時間をかけてすみません。
みなさんにお願いがあります。
こちらのお母さんが赤ちゃんが泣いて皆さんに迷惑がかかるので、
ここで降りると言っています。
お母さんはほんとうは駅まで行きたいそうです。
子どもは小さい時は泣きます。赤ちゃんは泣くのが仕事です。
どうぞ皆さん。少しの時間、赤ちやんとお母さんを乗せていってください。
停留所にしてあと4つ。
泣く子に付き合っての辛抱、よろしくお願いいたします」
3列目に座っていたおばあちゃんが恵子さんを手招きした。
「お母さん。此処に座りなさい」
おばあちゃんがおおきな荷物を持って「よっこらしょ」と立ち上がる。
2列目の中年男性があわてて振り返る。
「とんでもねぇ。荷物を持った年寄りに席を譲られたんじゃ立場がねぇ。
お母さん。ここへ座りな。わしも駅まで行くが荷物もカバンもない。
ほら、ばあちゃんはいいから、そのまま座ってな」
中年男性が席をゆずる。
「いいんですか?」
「いいもなにも。赤ん坊は泣くもんだ。気にするな。元気な証拠だ」
「でも、ご迷惑じゃ・・・」
4列目の乗客が「袖擦れあうのもたしょうの縁。元気に泣かせろ」
がんばれよお母さんと、笑顔を見せる。
「そうだ。がんばれ」「行こう、行こう。いっしょに駅まで行こう」
声といっしょにあちこちから拍手がわいてきた。
運転手がふたたびマイクのスイッチをいれる。
「お待たせしました。では発車いたします」
運転手の優しさと乗客の拍手の中、恵子さんの目頭は涙でいっぱいになった。
「迷惑どころか、こどもは希望だ。がんばれよ、母さん」
席を譲ってくれた中年男性にそう声をかけられたとき、恵子さんの目はもう
何も見えなかった。
「ユキは泣くことで、わたしに子育ての勇気をくれたんです。
バスの運転手さんや、あのときのおばあちゃん、中年のおじさんの優しさに
こころから感謝してます。
手探りの闇の中、希望の光を見た気がします。
育ててわかりました。ユキはとても感性の鋭い子です。
新米の母にもっとしっかり育ててくださいと、泣いて抗議したんです」
「よかったですね。駅まで無事、乗車することが出来て」
「はい。とても貴重な体験でした。
でもあのとき学んだはずなのにわたしはまた、ユキのSOSを
見逃してしまいました」
(54)へつづく
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