落合順平 作品集

現代小説の部屋。

オヤジ達の白球(65)屋根から落ちる雪

2018-03-22 09:29:14 | 現代小説
オヤジ達の白球(65)屋根から落ちる雪



 

 ドサッ。物音で祐介が目を覚ます。
(なんの音だ。いまの音は・・・)こたつの中で身体の向きをかえる。

 横になった瞬間、そのまま眠りに落ちていたようだ。
陽子がかけてくれたのだろう。動いた瞬間、ピンクの毛布がずれ落ちていく。
部屋の中はあたたかい。ストーブは赤々と燃えているし、電気も点いたままだ。

 ドサッ。また表から重たい物音が響いてきた。

 こたつから出た祐介が膝で、猫間障子まで這い寄っていく。
小障子に手をかける。力をいれるまでもなく、するりと小障子が滑りあがっていく。
何も見えない。完全に結露したガラスがあらわれた。

 (くもりガラスを手でふいて・・・か。まるでさざんかの宿みたいだな)

 結露を手でぬぐう。ガラスの感触が手のひらに冷たい。
表の様子が見えてきた。
庭は全面真っ白だ。それいがい、何も見えてこない。

 (まだ薄暗いな。夜明けの前かな?・・・)

 この頃の日の出は、6時30分頃。
雪はまだ小やみなく降っている。明るくなるのはすこし遅くなるだろう。

 (まだ降り続いているのか。ずいぶん大量に積もったもんだ)

 祐介の目が、雪の中にくぼみを見つける。

 (なんだ・・・雪の中に、出来たばかりのようなクレーターがあるぜ)

 クレータはひとつではない。
建物と平行に、ふぞろいの大きさのクレーターがいくつも並んでいる。
ドスン。またひとつ。上から何かが落ちてきた。
雪煙をまきあげたあと、地面へにぶい衝撃音をひびかせる。

 (雪のかたまりだ。それも氷結した雪のかたまりだ!。そいつが2階の屋根から落ちてくるんだ。
 物音は、そのときの衝撃音だ)

 途中から雨音を聞いたような記憶がある。
風も強まったようだ。(荒れた天候になって来たようだなぁ・・・)
そんな感想をぼんやり抱きながら、そのまま眠りの中へ落ちていった記憶がある。

 (雨がふると積もった雪が水気を含む。
 そこへつめたい強風が吹きつければ、氷のかたまりが出来上がる。
 そのかたまりが、2階の屋根から滑り落ちてくる。
 そいつが雪の地面に、クレーターのような穴を開けるんだ)

 眠っているあいだに雪が重みを増していたんだ・・・と祐介が、ぼんやりした頭で考える。
水をふくんだ雪は想像を超える重量になる。
しかも雨は一時的なもので、いまはまた雪に変わり、それはいまも降り続いている。

 (あ・・・)

 祐介が急に覚醒する。

 (屋根から落ちる氷のかたまり・・・まずい!)

 車は玄関の直前に停めてある。
停めた車の真上に、2階からひさしが突き出ている。
愛車へ氷のかたまりが落ちる可能性がある。直撃したらたいへんな事になる。
祐介の予感が的中した。

 毛布をはおり、表へ飛びだした祐介がみたものは、変わり果てた愛車のボンネットだった。
屋根に大量の雪が降り積もっている。
ゆうに60㌢はあるだろう。
しかし。ボンネットの上に雪は無い。

 そのかわり。2ヵ所に、ハンマーで殴った様なへこみが出来ている。
2階のひさしから落ちてきた氷のかたまりが、ボンネットを直撃したのだろう。
凹んだボンネットの様子を見て、祐介がおもわず苦笑をうかべる。

 (雪が凶器になる事実を、おれは、産まれてはじめてこの目でみた・・・)

 祐介が毛布にくるんだ身体を、おもわずぶるりと震わせる。

 (66)へつづく

オヤジ達の白球(64)ホワイト・バレンタイン

2018-03-20 17:56:03 | 現代小説
オヤジ達の白球(64)ホワイト・バレンタイン



 
 2月14日。時計は午前3時をまわった。
雪のやむ気配はみえない。時間とともにしんしんと降り積もっていく。

 陽子が猫間障子に手をかける。
猫間障子の下半分に、ガラスがはめこまれている。そのうえに開閉できる小障子がついている。
もともとは猫が出入出来るよう、小窓があいていた。

 雪見障子というものがある。こちらは最初から下半分がガラスになっている。
部屋に居ながらにして、外に積もる雪を見ることができるものだ。
しかし。ガラス部分の内側に小障子はついていない。

 この2つの分類は少々厄介だ。
雪見障子はつねに下半分から外が見えるもの。
猫間障子は小障子を降ろせば、すべてが障子のように見えるもの。
と解釈すればよいだろう。

 生垣の上に積もった雪が風にあおられ、どさりと落ちた。

 「ねぇ祐介。知ってる?。雨と雪のちがいを」

 陽子が4本目の熱燗を持ち上げる。

 「あめかんむりは、空から落ちるしずくをあらわしたもの。
 雨の下にヨという文字を書き足すと、雪になる。
 このヨは、箒を省略したものなの。
 白く降り積もった雪は、箒で掃くことができる天からの贈り物という意味になる。
 しずくは地面に浸みこんで消えるけど、雪は掃くことができるのよ」

 「雪は掃くことのできる天からの贈り物か。なるほどね。
 だけどよ。どうやら箒じゃ掃けないほど積もって来たぜ、この雪は」

 「どのくらい積もったかしらねぇ?」

 「30㌢は越えたかな?。ここまでの雪を見るのはひさしぶりだ」

 「ホワイト・バレンタインデーのはじまりかぁ。
 うふふ。なんだか、いきなりロマンチックな展開になってきましたねぇ」
 
 陽子が小障子をパタンと降ろす。
外からの寒気がいっきに遮断される。室内にあたたかさがよみがえってきた。

 「よほど冷えていたんだな。
 小障子を降ろしただけで、急に、部屋の中があたたかくなってきたぜ」

 「あら、そう?。わたしはそれほど感じないけど。
 鈍感になっているのかしら。熱燗のせいで、酔っぱらっているのかな?」

 「酔ってるみたいだ。目元がほんのり赤くなってる」

 「酔っぱらったついでに、本音を吐いちゃおうかな」

 「おだやかじゃないねぇ。なんだ、本音というは?」

 「もう一本呑む?。熱燗」

 「おう。呑む。外は遣らずの雪だし、時刻はもう深夜の3時半だ。
 降り籠められて、帰りたくても帰れねぇ状態だ。
 焼け酒とはいわねぇがこんな状態じゃ、もう、ひたすら呑むしかないだろう」

 「なにもすることのない男と女が、バレンタインデーの未明に焼け酒をのんでいる。
 長い人生だ。
 たまにはそんな夜があってもいいわよね。
 じゃ、もう2~3本、まとめて熱燗をつけてこようかしら」

 空の徳利をもって、陽子が立ち上がる。しかし足元がおぼつかない。
案の定。態勢を崩して前のめりになる。
「あ・・・あぶねぇ!」
身体をささえようとして立ちあがった祐介の手を、陽子がするりとすり抜ける。

 「おあいにく様。どさくさにまぎれたボデイタッチは、大火傷のもとです」

 「なんだ・・・酔っていねぇのか」

 「酔ってるよ。だからとっさに逃げたんだ。あんたの手からね。
 なんだかややっこしいことになる前にさ」

 あははと笑いながら陽子が、腰をくねらせてキッチンへ消えていく。
しかし。そのあしもとは、あきらかに酔っている。

(65)へつづく

オヤジ達の白球(63)遣らずの雪?

2018-03-18 18:26:50 | 現代小説
オヤジ達の白球(63)遣らずの雪?




 高台の道に、車が走った跡は残っていない。
住民たちは、早い時間からそれぞれの家にこもっているようだ。
点々と連なる外灯の下。白い布団をひろげたような雪道がどこまでもつづいている。

 縁石の部分だけわずかに、こんもり段差がある。
段差の間を慎重に通過しながら祐介の車が、陽子の家の庭へ入っていく。
玄関へ正対する形で停車する。

 「遠慮しないでなるべく近くへ停めて。
 短いブーツを履いているのよ。雪が入ると冷たいの。だから雪は大嫌い」
 
 「5、6歩歩けば玄関だぜ。そのくらいなら我慢できるだろ。
 じゃなぁ。無事に送り届けたぜ。引き留めるなよ。俺はこれで帰る」

 「あら。帰っちゃうの? あなた」

 「この雪だ。古いだけが取り柄の我が家が、つぶれているかもしれねぇ。
 急に心配になってきた。そういうワケだ。いちおう帰る」

 「わかりました。そういうことならひき止めません。
 でもね。ひとつだけあなたの帰り道で、心配なことがあるの」

 「帰り道の心配?。なんだ、おだやかじゃないね。どんな心配だ」
 
 「さっき登って来た急坂。帰るときはけっこうな下りになるの。
 そうねぇ。例えていえば、雪がたっぷりのノーマルヒルのジャンプ台ってところかしら」

 「ノーマルヒルと言えば、70メートル級のジャンプ台だ。
 そいつは凄い。想像しただけで鳥肌が立ってきた。
 急に帰りの道が怖くなってきた。
 この雪はまるでおれたちのための、遣らずの雪かもしれねぇな」

 「遣らずの雨は聞いたことがあるけど、遣らずの雪は、初耳です。
 長らく会っていなかった男が久しぶりに、女のもとへやって来る。
 久方ぶりの逢瀬にも関わらず、男はまたすぐ、出ていく用事をもっている。
 わずかな時間を惜しむ2人。
 そろそろ出なければと男が立ち上がったとき、それに合わせるかのように、
 激しい雨が降り出してくる。
 まるで、まだ行ってほしくないと、引きとめるように。
 こんな風に行かせたくないのに行こうとする人を引きとめる雨が
 遣らずの雨なのよ」

 「さすがはもと文学少女だ。言うことがちがう。
 しょうがねぇな。中華まんをサカナに、熱燗でも呑むとするか」

 「そうこなきゃ!」

 雪は冷たいから大嫌いだと言っていた陽子が、ひょいと助手席から降りていく。
8時間以上も降り続いている雪は、この時点ですでに20㌢を超えて居る。
しかし収まる気配はいっこうに見えてこない。
それどころかむしろ降り方が、しだいに強くなっているような気配がある。

 (どこまで降り積もるのだろう・・・この雪は)

 玄関へ飛び込んだ祐介の足元へ、いきなり、攻撃的な黒い物体があらわれた。
敵意を帯びた牙がいきなり、祐介の靴下へ喰いついた。

 「こら!。ユウスケ。噛んだら駄目だよ。
 そのひとは、あたしの大事なお客さんだからね!」

 キッチンから響いてくる陽子の声に、ユウスケが靴下をくわえたまま振り返る。
しかし。靴下を離すつもりはないようだ。
すこしうるんだおおきな目が、どうしたものかと祐介を見上げる。
牙は肌に達していない。先制攻撃をくわえたが、本気の敵意はないようだ。

 「ユウスケ。俺は敵じゃねぇ。
 おまえが陽子の用心棒だということはよく知っているが、今日は寄ってくれと
 陽子の方から頼まれた。
 遣らずの雪の客人ということで大目にみてくれ。よろしく頼むぜ」

 意味が通じたのだろうか。
靴下を離したユウスケが、陽子の居るキッチンへ向かって駆け出していく。
犬にも『遣らずの雪』の意味が、わかるのだろうか・・・

(64)へつづく

オヤジ達の白球(62)中華まん

2018-03-16 17:22:00 | 現代小説
オヤジ達の白球(62)中華まん




 祐介がアクセルを踏む足に、すこしだけ力を込める。
雪道にあせりは禁物。ましてここは高台へむかう心臓破りの急坂の途中。

 空転したタイヤは、雪に溝を掘る。
そうなると、雪用のタイヤでも雪にはまることがある。
頂上まであとすこしというところで祐介が「あ・・・」と急ブレーキを踏む。

 ロックされたタイヤが、ガツガツと車体を揺らす。
しかし新品のスノータイヤの効き目は抜群だ。
左右にふられることもなく坂の斜面で、車体をしっかり停止させる。

 祐介の車の前方、およそ10メートル。
ハザードを点灯したまま、立ち往生している車が有る。
後部に見えるのは高齢者マーク。
スノータイヤは履いているらしい。しかし、履き古しているような感がある。
頂上まであとすこしというところで、ついに力尽きたようだ。

 急坂は、いちど停まってしまうと厄介だ。
「押すか・・・」。祐介がドアを開けて坂道へ出る。
坂道には充分な広さがある。そのままパスして追い越していくことは簡単だ。
しかし。苦戦している車をそのまま見捨てていくのは、なぜか後味がわるい。
「押しましょうか?」祐介が運転席のガラスをノックする。

 「あら!。困り果てていたのよ。助かるわぁ~」

 半分ひらいたガラスから、老婦人の笑顔が返って来た。

 「押しますから声をかけたら、ゆっくり、アクセルをあけてください。
 タイヤが空転してしまうと、脱出が難しくなります。
 そうですね。赤ん坊をあやすようにやさしく、アクセルを踏み込んでください」

 押しますよと祐介が、車の背後へ回っていく。
「見捨てるわけにいかないわね。わたしも手伝うわ」陽子が助手席から降りてくる。
2人の手が、車の後部をささえる。
「押しますよ。すこし前へ出たら、アクセルをゆっくり踏み込んでください」
祐介の声にこたえて老婦人がアクセルを踏み込む。

 2人の押す手とアクセルのタイミングが合った瞬間。山を減らしたスノータイヤが
新雪にすこしだけ食いついた。
「おっ、反応が出たぞ。タイヤが雪に食いついた!」動き出せば、あとは早い。
2人が押す手に力をこめる。
ゆるゆる登り始めた老婦人の軽車両が、数分後、坂道の頂へ出る。

 運転席のガラスが全開で開く。

 「ありがとう。助かったわ。
 坂道の途中で停まってしまった瞬間から、わたし、生きた心地がしなかったもの。
 これ。2人で食べて。
 亡くなった主人が大好きだった、中華まんです」

 老婦人がレジ袋に入った中華まんを差し出す。

 「中華まんを買うために、こんな真夜中、わざわざ下のコンビニまで行ったのですか?」

 「亡くなった主人がね、雪が降ると中華まんをサカナにお酒を飲むの。
 そんなことを思いだしたら矢も楯もたまらず、気が付いたら、車に乗っていたのよ。
 あら、あなた。亡くなった主人の若い頃に、よく似ていますねぇ。
 若い頃の主人にうりふたつです。いい男ですねぇ、あなたも。うふふ」

 
 老婦人の車が2本のわだちを残して遠ざかっていく。
祐介の手に老婦人からわたされた中華まん入りのレジ袋が、ぶらさがっている。
時刻は深夜の2時。

 「どうする、これ?」車へ戻った祐介が、中華まん入りのレジ袋を陽子へ見せる。

 「雪見酒用のつまみでしょ。
 熱燗をつけるわ。この雪だもの。朝までふたりでゆっくりのみましょ」


(63)へつづく

オヤジ達の白球(61)おくりオオカミ

2018-03-08 05:12:23 | 現代小説
オヤジ達の白球(61)おくりオオカミ



 午後6時。薄墨色の空から舞い降りてくる雪が、激しさを増してきた。
闇が濃くなってきた。雪の粒がさらにおおきくなる。
居酒屋から駆けだした男たちがたちまちの雪だるまになりながら、八方へ散っていく。

 「祐介。みんな帰っちまったよ。
 臆病風に吹かれて全員、急いでわが家へ戻って行っちまったねぇ」

 戸口に立った陽子が、祐介を振り返る。

 「しかたねぇさ。この雪の、この降り様だ。
 そういう俺たちもいまのうちに帰らないと、家にたどり着けなくなる。
 だいいち。おまえの家の前には急な坂があるだろう。
 登れるのか、あの坂道を」

 あと片づけは明日にして、俺たちも早く帰ろうぜと問いかけた時、
陽子が「問題はそれだ」と溜息をつく。

 「それがさ。どうやらもう、後の祭りみたい」

 「後の祭り?。なんでだ、いまならまだ登れるだろう。帰れるだろう」

 「交換しそびれたの。あたしの車はまだ、夏タイヤを履いたままなの。
 ノーマルタイヤじゃあの坂は昇れないと思うな。たぶん・・・」

 「夏タイヤのままか。なんてこったい。それじゃ登れないな、あの急坂は・・・」

 「そう思うでしょ、あんたも。
 いいわよ私のことは。このまま、お店に泊まるから」

 「泊る?。ずいぶん無茶なことを平然と言うねぇ。
 布団は置いてないぜ。
 しょうがねぇなぁ。しかたねぇ、俺が送って行ってやる」

 「あら。あんたが送ってくれるの。嬉しいわ。
 でもさ。あんたの車は大丈夫なの。ちゃんと、雪用のタイヤを履いているの?」

 「大金をはらって新品のスノータイヤを装着したばかりだ。
 この日のためにな」

 「あら。わたしのためになんとも用意周到なこと。
 ついでに送りオオカミにならないでね」

 「この野郎。素直じゃないなぁ、お前さんも。
 人の親切は素直に受け取るもんだ。
 坂道を登ったらとっととお前を降ろして、そのまま速攻で帰宅するからな」

 「なんだい、つまらない。
 寄っていきなさいよ。お茶かコーヒーくらいなら、入れてあげるから」

 「バカやろう。送りオオカミをわざわざ家に招き入れてどうするつもりだ。
 ありがとうと言って頬にチューして、それで男を送り返すのが
 淑女のふるまいというもんだ」

 「あら。ごめんなさいね。淑女じゃなくって。
 どうせわたしは、えげつないことばかり考えているはしたない女です」
 
 ふんと横を向き、陽子が赤い舌をチョロと出す。

 陽子の家は丘陵地の上にある。
といってもたかだか50メートルほどの高台だ。
それでも眺めはすこぶるよい。
500mほど離れた祐介の家が、手に取るようによく見える。
朝起きるたび、「おはよう」と祐介の家へつぶやくのが陽子の日課だ。

 頂上へ向かってゆるやかに登りはじめた道が、終点ちかくで急坂にかわる。
近所の年寄りたちはこの短い急な登りを、心臓破りの坂と呼ぶ。

 おろしたばかりのスタットレスタイヤの食いつきは、すこぶる良い。
坂道をぐいぐい小気味よく登っていく。
右へゆるく旋回したあと、お年寄りたちが目の敵にする急坂路が迫って来た。
ここをのぼれば高台の頂へ出る。

 (もうひといきだ。ここをのぼり切れば、陽子の家だ)


 (62)へつづく