落合順平 作品集

現代小説の部屋。

北へふたり旅(4) 第一話 ベトナムがやってくる ④

2018-11-27 18:13:49 | 現代小説
北へふたり旅(4)



  
 「ベトナムの送り出し機関は、230社をこえる。
 どうしてこんなに多いか、それは、とにかく儲かるからだ。
 送り出し機関の費用はハノイで7000ドル(79万円)。
 ホーチミンは5000ドル(56万円)が相場の平均。
 ただし。どこの送り出し機関に聞いても費用についてはベトナム政府が決めている
 3600ドル(40万円)、と言っているけどね」

 農協職員M君の饒舌は、とまらない。
かれは海外実習生制度ついて驚くほどよく知っている。
それには、じつは背景がある。

 2017年3月23日。
群馬県はベトナムの社会事業省と、技能実習生の育成を行う覚書(MOU)を締結した。
MOUは条約や契約書とは異なり、法的な拘束力をもたない。
しかしこれを契機に群馬県は、ベトナムの農業研修生受け入れに本腰を入れる。
関係団体のひとつ農協へ、打診が来る。
これにこたえるかたちで、農機具課のM君に白羽の矢がたった。

 「公式費用とは別に、プラスの費用がかかる。
 実習生の話によれば来日前の日本語教育費や寮費、ブローカーへの紹介料、
 制服代やスーツケース代(指定のものを購入させられる)、
 組合への謝礼や、送り出し機関の職員に対する賄賂、保証金など、
 さまざまな名目の上乗せがあるという。
 あげく。出国する前の借金が、100万円をこえることになる」

 「出国するまえの借金が100万円。大金だろうベトナムじゃ」

 「大金です。かれらの平均月収は3万円。
 しかし月3万の収入じゃ、ぎりぎりの生活しかできないという。
 でも実態はもっと酷い。
 ホーチミン市での接客のアルバイトは、時給90円。
 一ヶ月ははたらいても、1万5千円にしかならない。
 これではいくら働いてもベトナムの若者は、貧困から、
 絶対に抜け出すことができない」

 「それでかれらは日本へやってくるのか。
 一攫千金を夢見て、多額の借金をしてでも日本へやってくるんだな」
 
 「そうです。かれらの目的はただひとつ。
 ベトナムで百姓をするためじゃない。ただひたすらに金を貯めることです。
 それだけのため、かれらは日本へ出稼ぎにやってくる」

 「実際のところかれらは日本へきてどの程度、稼げるの?」

 「実習生の大半は『日本で250万円~300万円稼げる』と思っている。
 これ自体は間違いじゃない。
 ベトナムの送り出し機関も、このくらいは稼げるとハッキリ言っている。
 ただし。稼げるはイコール利益というわけじゃない。
 ここを誤解してはいけない」

 「そうだね。すべてが使えるわけじゃないからね」

 「そういうことです。時給834円として、8時間、22日働くと146,784円。
 残業は25%増しで、2時間づつ22日働くと、45,870円。
 ということで月の収入が、192,654円になる」

 「そこそこの収入のように思えるけど?」

 「はい。全部、本人の手元に残ればそれなりの収入になります。
 でも実は、落とし穴があるんです」

 (5)へつづく

北へふたり旅(3) 第一話 ベトナムがやってくる ③ 

2018-11-23 17:50:20 | 現代小説
北へふたり旅(3)


 

 「どこの監理団体も、少ない人数で運営している。
 おばちゃんはとにかく忙しい。
 農家のビニールハウスへ入るのに、いちいち着替えている暇などないさ」

 「そんなに忙しいのか?。管理団体の仕事ってのは・・・」

 「5人しか、いないんだぜ。
 代表をかねた事務局長。おばちゃんは総務と経理を兼務している。
 書類担当の事務屋がひとりいて、そのほか通訳が2名。
 この5人で、大人数を管理しているんだ。
 忙しいなんてもんじゃない。想像を絶するフル回転だ。
 一日の行動半径は、かるく100キロをこえる」

 「なるほどね。白いおばちゃんがハイブリッド車で走り回るわけだ。
 で、おばちゃんの北関東アジアン・ビジネスは、いま何人くらいいるんだ?」

 「正式な数字はわからない。
 おそらく130人から、150人くらい抱え込んでいるだろう。
 ほとんどパンク状態だ。
 一ヶ月に一度、巡回指導していくはずだが、それも無理な状態だ。
 実態が把握できないまま、放置状態がつづいている」
 
 「なんだよ。管理団体としての仕事に、おおいに支障が出ているじゃないか。
 無理してそこまで受け入れなくてもいいだろう」
 
 「人手が不足している時代だ。
 どの企業でも人材が欲しい。外人でもいいから、とにかく元気な働き手がほしい。
 しかし。実習生が過剰になる原因は、それだけじゃない。
 多ければ多いほど、管理団体にメリットがある。
 とにかく儲かるからね」

 「儲かる?。
 管理団体というのは、非営利団体のはずだろう?」

 「非営利団体であっても、利益を出すことに問題はない。
 ただし。団体内で利益を配分してはいけないという規定がある。
 儲けた金は、翌年の活動費としてつかう。
 営利団体のように役員や出資者に、利益を配分することはできないからね」

 「でも儲かるんだろう?」
 
 「儲かるが、経費もかかる。
 実習生1名を配分させるまでに管理団体は、40万の初期投資をする。
 その見返りとして1ヶ月、4万円から5万円の管理費を雇用主から徴収する」

 「なに。実習生のうわ前をはねているのか!。
 それじゃ実態は海外研修生の、人材派遣業になるだろう」

 「うわ前をはねているわけじゃない。人材派遣会社じゃないからね。
 あくまでも非営利団体としての仲介だ。
 経費としての管理費を、雇用主から毎月徴収しているだけだ。
 3年間で1人当たり150万円から180万円の管理費が、管理団体へはいる」

 「なるほど。たしかに管理団体は儲かる・・・」

 「だが儲かるのは、日本側の管理団体だけじゃない。
 送り出すベトナム側も儲かる。
 すべての実習生に、ベトナム側の人材派遣会社が関与する。
 3年間仕事すればベトナムで、15年から20年分に相当する金が稼げる。
 その後の人生が大きく変わる。
 だからほとんどの実習生が、100万円以上の借金を背負ってでも、
 稼ぐために日本へやってくる」

 (4)へつづく

北へふたり旅(2)  第一話 ベトナムがやってくる ②

2018-11-20 17:28:47 | 現代小説
北へふたり旅(2)


  

 「お願い。ポーズしてくださる?」

 いきなり背後から声をかけられた。
振り向くとSさんと会話を終えたおばちゃんが、そこに立っていた。

 「写真を撮りたいの。いいかしら。
 あ・・・自然体の方がいいですね。そのままでけっこう。
 こんな風に仕事していますという画を、あちらへ送りたいの」

 あちらへ画を送る?。あちらとは何処だ?。いったいどういう意味だ?・・・
しかし。おばちゃんはこちらの疑問に応えない。
はやくしてとばかり、デジカメをかまえる。

 (また無視か。どうなってんだ、このおばさんは・・・)

 しかたがない。言われるままナス採りの作業を再開した。
ナスの皮は繊細。そのため素手で触らず、綿の手袋をつかう。

 紫色の花をつけてから15日から20日目が、収穫のタイミングになる。
長さは12㌢から15㌢。重さは80~120グラムが目安になる。

 しかし。ハウスの中で長さやは重さは測れない。
どうするかというとおおきさに達しているかどうかを、手のひらで確かめる。
ヘタの部分を上に出して握る。
このとき。ナスのお尻が手のひらからはみ出れば、収穫サイズということになる。

 素人は、この動作を何回も繰り返す。
熟練してくればおおきさを、瞬時に見抜くことができる。
しかし新人には至難の業。
この動作を際限なく、何度も繰り返すことになる。

 右手はハサミをつかう。
そのため、確認していくのは左手の役目。
朝の6時から収穫をはじめる。おおいときは12時ちかくまで作業が続く。
にぎりしめる数は、700~800回をかるく超える。
左手がパンパンになる。しびれてくる。腱鞘炎になりそうだ。

 「ありがとう。いい写真がとれました。じゃね」

 笑顔をのこし、おばちゃんが急ぎ足で去っていく。
バタンとハイブリッド車のドアが閉まり、音もなく農道を遠ざかっていく。
まさにあっという間の出来事だった。

 (忙しいおばちゃんだ。
 それにしても何が起きたんだ?。いったい、ぜんたい・・・)

 事態が理解できないわたしは、呆然としたまま白い車を見送る。
白はもっとも汚れが目立つ色。
街中なら違和感はない。しかしここは、衣服がもっと汚れるビニールハウスの中。
だがこのときのわたしの疑問はのちにM君によって、氷解する。

 「白はおばちゃんの制服だ。
 おばちゃんがおもに足を運ぶのは、人手をほしがっている県内の中小企業。
 技能実習生をいろんな企業へ派遣しているからね。
 農家へ実習生を紹介するのは、はじめてだ。
 おばちゃんこそ白の制服のまま、ホコリだらけのナスのハウスへ飛び込むんだ。
 さぞかし勇気を必要としたことだろう。あっはっは」
 
 (3)へつづく

北へふたり旅(1)   第一話 ベトナムがやってくる ①

2018-11-16 18:01:21 | 現代小説
北へふたり旅(1)




 野菜農家のパートとして働きはじめて、2年目の春がやって来た。
ここで働いているパートはぜんぶで5人。最年長は72才。いちばんの若手は61才。
年齢層が高いと驚くことはない。
農場主のSさんは62才で、奥さんは60才。
それでもこのあたりの農家からみれば平均年齢は、若いほうにはいる。

 それほどまで日本の農業は高齢化している。
政府の統計によれば2018年、農業専従者の平均年齢は67才をこえた。
世間ではおおくの人たちがすでに第一線を退いている年齢にあたる。
このうち70歳以上が、3割をしめている。
年金世代のシニアたちが実は、いまの日本の食をささえている。

 60歳以上しかいないこの野菜農家へ、この春、救世主がやってくる。
ベトナムからの農業研修生だ。
2月のはじめ、やってくるはずだった。
しかし。2月に入り10日が過ぎ、20日が過ぎてもベトナムは姿を見せない。

 「まだ来ないねベトナムからの研修生は。
 どうしたんだろうねぇ。ひょっとして予定がキャンセルになったわけ?」

 「そうじゃねぇ。
 来日はした。しかしいまは千葉の施設で、日本語の教育を受けている。
 それがおわり次第、農場へ配属されてくる」

 昼休み。顔なじみになった農協のM君がやってきた。
かれの専門は農業用機械の販売と修理。
しかし。研修生制度や海外からの働き手事情についてみょうに詳しい。

 「研修生受け入れの管理団体、北関東アジア・ビジネスが研修している。
 あんたもよくしっているはずだ。
 ほら。なんだか胡散臭いおばちゃんだと言っていた、例の白いおばさんが
 所属している、あの団体だ」

 全身白ずくめで胡散臭いおばさんのことなら、たしかに記憶がある。
昨年の夏。40℃をこえるビニールハウスの中でナスを収穫しているときだった。
 
 表に車の停まる気配がした。
顔を上げると曇ったビニール越しに、白のハイブリッド車が停まるのが見えた。
ドアが開いた。白い靴が降りてきた。
つづいてあらわれたスカートも純白なら、着ているブラウスも真っ白。
とてもじゃないが、ほこりだらけの農場へやってくる服装ではない。

 (なんだぁ?・・・全身白ずくめだぞ。何考えてんだ、一体どこの何者だぁ?
 埃だらけの場所へ真っ白で訪ねてくるなんて、正気の沙汰じゃねぇ)

 しかし。全身真っ白のおばちゃんはひるまない。
ビニールで出来たドアをあけ、「いるかしら?」と黄色い声をはりあげた。
わたしはたまたま入り口ちかくにいた。農場主のSさんは奥にいる。

 「Sさんなら奥ですが・・・あのう、どちらさまでしょうか?」

 「いるのね。奥ですね。はい、わかりました」

 白いおばちゃんが狭い通路を、あるきはじめる。
どなたですかと尋ねたのに、聞こえなかったのか、返事はまったくかえって来ない。
ホコリで白いナスの葉を手でかきわけながら胡散臭い人物が、Sさんのいる
奥へ向かって、ずんずん大股ですすんでいく。

 (2)へつづく

オヤジ達の白球(最終話)おとこたちの白球

2018-11-09 17:08:53 | 現代小説
オヤジ達の白球(最終話)おとこたちの白球





 一塁手が坂上へ顔を寄せる。

 「おまえがもどってくるのを、待っていた。
 すぐに戻って来ると思っていたが、予想外に1年間も待たされた。
 おれたちはいくら待たされてもいい。
 しかし。これ以上待たせるとリベンジにやってきた、消防チームが気の毒だ」

 三塁手も顔を寄せる。

 「全力で投げることはねぇ。力を入れず、楽に投げればいい。
 俺たちが守っているんだ。
 どんな打球でも取ってやる。ぜんぶアウトにしてやるさ。
 一年ぶりのゲームじゃねぇか。楽しくやろうぜ坂上」

 一塁手と三塁手の顔を、遊撃手が怖い顔で睨む。

 「坂上。こいつらの甘い言葉を信じるんじゃねぇぞ。
 かならず二遊間へ打たせろ。
 おもえも知っているとおり、1塁手と3塁手は下手くそだ。
 だが遊撃手の俺と、2塁手の寅吉は鉄壁だ。
 まちがっても、1塁と3塁には打たせるな」

 ポンと背中をたたき、内野手がそれぞれの位置へ散っていく。
坂上の顔が、うえをむきはじめた。
(お・・・やっと投げる気になったみたいですねぇ。坂上先輩が)
マウンドを見つめていた慎吾がうれしそうに、ミットを鳴らす。

 「監督さん。3度目のプレィボールをかけてもいいでしょうか?」

 球審の千佳が祐介をふりかえる。
しかし。顔をあげはじめた坂上は、まだ目頭をこすっている。

 「すまねぇ千佳ちゃん。あとすこし。もう30秒だけ待ってくれないか。
 それからいつものようにいい声で、プレーボールを宣言してくれ」
 
 「わかりました。でもこんなことは今回だけですよ監督さん。うふふ」

 「すまねぇなぁ。
 呑んべェどもが国際審判員の千佳ちゃんに、迷惑ばかりかけちまってよ。
 恩に着る」

 「どういたしまして。そのかわり、こんど顔を出したら冷酒をおごってください。
 素敵なチームに乾杯しましょ」

 「素敵だって?、こんなどうしょうもない、呑んべェどものチームがかい?」

 「うふふ。
 素晴らしさに気が付いていないのは、しろうと監督の大将だけです。
 さて、それではこんどこそ、試合開始といきましょう。
 消防さんもしびれをきらして待っていますから」
 
 おう。頼むとぜと祐介がベンチへ引き上げていく。
監督がベンチへ座ったのをたしかめたあと、主審の千佳がマウンド上の坂上へむかい
「プレィボ~ル」と、ひときわたかい声をはりあげる。

 目元をぬぐった坂上が、身体を前へ傾ける。
ボールを握った指先に力がこもる。

 (待たせたな慎吾。今度こそ本気で行くからな。しっかり受けてくれよ)

 (待たせすぎです、坂上先輩。
 それはともかく、今夜は本気で、おもいきりゲームを楽しみましょう)

 「お~い、みんな。打たせるぞ!。しっかり守ってくれよ」

 慎吾の大きな声がグランドを響き渡る。

 「おう。打たせろ、打たせろ。おれのところへ打たせろ。ぜんぶアウトに取ってやる」

 内野と外野から、つぎつぎ男たちの元気な声がかえってくる。
 

(完)