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第366回 ちびっこ言語学者

2020-04-17 | エッセイ

 かねがね、子供が母語を身につける仕組み、プロセスを不思議に思っていて、当ブログでも話題にしました(第259回 「言葉を身につける」(文末にリンクを貼っています))。
 実は最近になって思い出したエピソードがあります。ずいぶん前に、何かの本で読んで、印象に残っていたこんな話です。

 インドで、生後すぐになんらかの事情で、親からはぐれたのか、捨てられたのかして、オオカミの群れに育てられた男の子がいました。5~6年経って「発見」された時には、四つん這いで歩き、発するのは当然のごとく不気味な唸り声だったといいます。生肉にむしゃぶりつくのが食事で、生きていたのが奇跡のようなケースです。

 生きていくための教育の一環として、10年近くかけて、言葉を教えたのですが、覚えたのは、3つか4つの単語だけ、といいます。いろいろストレスもあったのでしょう、若くして、本人は亡くなりました。
 こういう話を聞くにつけ、人間の場合、「2~3歳頃までだけ働く言語習得能力」がある、という仮説を信じたくなります。細々とではありますが、60年続けてきた英語がいまだにモノにならない一方、日本語の習得に苦労した覚えは全くありませんから。

 さて、「ちいさい言語学者の冒険」(岩波科学ライブラリー 広瀬友紀)という本があります。副題に、「子どもに学ぶことばの秘密」とあるように、著者の狙いは、言葉を覚え始めた時期の子供たちがおかしがちなエラーとかミスを通して、日本語の仕組みを考えよう、という興味深く、楽しい本です。

 いろんな事例の中から、まずは、テンテン(濁点)の問題をご紹介しましょう。

 「た」にテンテン付けると「だ(da)」、「さ」にテンテン付けると「ざ(za)」、「か」にテンテン付けると「が(ga)」。これは、たいていの子どもが理解してます。

 では、「は」にテンテン付けると、と訊くと、知識として知ってる子どもを除けば、「わかんない」と答える子どもが結構いるというのです。無理に出そうすると「▲%&$#◎!!」みたいなわけの分からない声になったりします。

 「た」「さ」「か」にテンテンを付ける時は、ほぼ同じ口の形で、無声音(声帯を振動させず、のどに空気だけを通して出す音)を、有声音(声帯を振動させて出す音)にすればいいのです。

 ところが(やってみれば分かりますけど)「は」を同じようにしようとしても、音になりません。「ば」って、閉じた口から一気に空気を出す破裂音ですから。

 「は」には、濁音化の一般ルールが通用しないこと(無理に適用しようとしても音にならない)ことを、「感覚的」「経験的」に認識できる子ども達の能力って、スゴいと思います。

 「は」は、昔、「ぱ」または「ふぁ」のような音だった時期があって、「ぱ」ー>「ば」というのが、著者の説明です。でも、私は、「ば」は、「ま」にテンテンでいいんじゃないかと、勝手に考えてますけど・・・・是非、お試しください。

 もうひとつ、「死の活用形」(著者の命名による)という事例が載っています。

 どういうのかというと、「これ食べたら、死む?」「ホントに、死まない?」などのように、ナ行五段で活用すべきなのに、マ行五段で活用させてしまう、というものです。
 同書によれば、ネットなんかでも、同じ間違いを犯す子ども達のことが話題になってるとのことです。

 これも著者がタネ明かししてますが、「現代の標準語」で、ナ行五段活用するのは、唯一「死ぬ」だけなんですね。「飲む」「読む」「はさむ」「つかむ」など、子どもがよく使うマ行の言葉って、多いです。だから、子どもたちは、使う頻度が低い「死ぬ」を「とりあえず馴染みのある」マ行で活用させてる、というのです。言われてみれば、なるほどと腑に落ちます。

 なお、関西出身の著者も指摘してますけど、標準語以外で、ナ行活用する言葉が、大阪弁にあって、それは、「去(い)ぬ」という言葉。標準語だと「去(さ)る」ですけど、「帰る」「お暇(いとま)する」という意味で使います。こんなイメージでしょうか。

 「そろそろ去(い)のうかな」「まだ去(い)なんでもよろしいやんか。ゆっくりしていきなはれ」と、見事にナ行で活用してる用例を、私も思いついて、ミニ大阪弁講座も兼ねました。

冒頭でご紹介した「第259回 言葉を身につける」へのリンクは<こちら>です。あわせてお読みいただければ嬉しいです。

 いかがでしたか?それでは次回をお楽しみに。

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