★★★ 芦坊の書きたい放題 ★★★

   
           毎週金曜日更新

第468回 イギリスの劇的風景画

2022-04-15 | エッセイ
 イギリスというのは、歴史的遺産とかアート作品の「収集」、「保存」には熱心な国です。ロンドンだけでも、大英博物館、ナショナル・ギャラリー、テート・ギャラリーなど有名な博物館、美術館がいっぱいあります。でも、アートの「創作」分野で、優れた芸術家をあまり輩出してこなかったのが不思議です。高貴な方々は収集とか観賞に熱心でも、多くの人々は日々の生活、仕事に追われていたからかも知れません。

 そんな中、奇跡ともいうべきか、ほぼ同時期に、世界的な風景画家2人が登場しています。コンスタブル(1776ー1837年)と、ターナー(1775ー1851年)です。
 コンスタブルは、当時の農村風景を中心に、そこで働く人たちを配した温かみのある風景画を数多く残しています。国内の展覧会で、私も何点か目にしています。彼の作品のひとつです。



 さて、今回は、もう一人の画家、ターナーに焦点をあてることにします。そういえば、夏目漱石の「坊っちゃん」にターナーの作品が登場していました。悪徳教頭の「赤シャツ」とその提灯持ちの「野だいこ」、それに坊っちゃんが加わって釣りに行き、松を眺める場面です。

「あの松を見給え、幹が真直で、上が傘のように開いてターナーの画にありそうだね」と赤シャツが野だいこに言うと、野だいこは「全くターナーですね。どうもあの曲り具合ったらありませんね。ターナーそっくりですよ」と心得顔である。ターナーとは何の事だか知らないが、聞かないでも困らない事だから黙っていた。」(『坊っちゃん』より)
 ここで話題になっているのがこの作品です。



 漱石は、イギリス留学時代に見たのでしょう。知識をひけらかす赤シャツと、見てもないのに調子を合わせる野だいこ、そんな二人を冷ややかに見つめるぼっちゃんーー留学時代の思い出を、彼一流のユーモアでくるんだ一節です。

 とはいえ、日本人に比較的馴染みの作品といえば、「雨、蒸気、速度ーグレート・ウェスタン鉄道」(ナショナル・ギャラリー所蔵)でしょうか。こちらの作品です。



 雨に煙る中、手前に向かって走ってくる蒸気機関車を描いています。近代化の象徴である鉄道をモチーフに、スピードを主題にした初の西洋絵画とも言われます。私も若い頃、ナショナル・ギャラリーで見ました。雨の質感、空気感まで伝える画家の力量がスゴいです。
 と、ここまでを前フリに、本題として取り上げるターナーの作品はこちらです。



「解体のために投錨地に向かう戦艦テメレール号」と題された作品(同ギャラリー所蔵)です。エラソーに紹介してますが、恥ずかしながら、「そして、すべては迷宮へ」(中野京子 文春文庫)を読むまで、この作品を知りませんでした(以下、情報は同書によります)。

 画面の左手奥、落日の中、浮かび上がる白くて大きな帆船は、トラファルガーの戦いで、ナポレオン軍を破るのに大いに貢献した英雄艦「テメレール号」です。残念ながら老朽化が進み、解体されることになりました。それを曳航するのは、手前の黒い船体の蒸気船です。小さいながらも力強く煙を吐く最新鋭船との対比で、残酷なまでの世代交代を描ききっています。
「まるで一人の人間の晩年を見るようで、痛切きわまりない」との当時の新聞評を著者が引用しています。まさにその通りで、心から共感を覚えます。
 イギリス国民にとって、ターナーが誇りであるのはもちろんですが、どうもこちらの作品の方が人気があるようです。裏付けとして、著者は、こんなエピソードを紹介しています。

 2005年にBBCラジオが「イギリスで見ることができる最も偉大な絵画は何か?」というアンケートを実施しました。約21万人の回答者が、第1位に選んだのが、この作品だというのです。
 身贔屓はあるとしても、ベラスケスやルーベンスなど古今東西の大作家の名画を差し置いての第1位ですからね。
 単なる風景画を越えて、人生を重ね合わせることができ、心に響く劇的な風景画ってあるものだ、とあらためて感じました。

 いかがでしたか?それでは次回をお楽しみに。
この記事についてブログを書く
« 第467回 「たいたん」と「か... | トップ | 第469回「聞く」から「わかる... »
最新の画像もっと見る