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第448回 澁澤龍彦の不思議話−1

2021-11-19 | エッセイ
若い頃、澁澤龍彦の作品を愛読していました。
 古今東西の書物を渉猟し、多くの著作を残しています。中でも「黒魔術の手帖」、「毒薬の手帖」、「世界悪女物語」、『妖人奇人館』などおどろおどろしいタイトルの本が気になって、妖気漂う異端の世界をこわごわ覗き込んだのを思い出します。こちらの方です。



 先日、氏の「東西不思議物語」(河出文庫)を古書店で見つけ、久しぶりに読み返しました。古い物語や伝説も登場しますが、現実に起った不思議な出来事に絞って、シリーズでご紹介することにします。

★ユニークなポルターガイスト★
 ポルターガイストというのは、ドイツ語で「騒ぐ幽霊」というほどの意味です。原因がまったく分からないままに、家の中の家具や食器などを、がたがた揺すったり、ひっくり返したりするもので、世界各地で多くの事例が報告されています。
 著者が紹介するのは、1968年2月3日午後3時半頃、ニューヨークのシーフォードという町のハーマン一家に起った「事件」で、AP通信で日本にも伝えられました。
 その日、息子のジェームス君が学校から自室に戻ると、陶器の人形とモデル・シップが床に落ちて粉々になっています。でも、家族にはまったく心当たりがありません。
 夫人が次の部屋に行くと、聖水を入れた瓶が倒れ、フタが抜け、水が床に流れ出していました。その時、洗面所で、ポン、ポン、ポンと音がしたので行ってみると、そこにあった全ての瓶のフタが抜けていました。さらに地下室では、一家の目の前で、漂白液の瓶がボール箱から飛び出し、コンクリートの床で踊った挙げ句、割れてしまったというのです。
 栓を抜くのにこだわるなんともユニークな霊でした。

★銅版画を彫らせた霊★
 19世紀のフランスにヴィクトリアン・サルドゥーという通俗劇作家がいました。ある晩、ベルナール・パリッシーと名乗る霊が夢に現れ、彼に銅版と金属彫刻用のノミを用意するよう命じました。パリッシーは16世紀フランスの陶工、著述家で、一種のルネサンス的万能人です。
 3世紀も昔の人物から言われるままに、まったく心得のないサルドゥーが銅版とノミを用意して机に向かうと、なんと手が自然に動いて、実に細かな形を金属板に刻んでいくではありませんか。仕事は幾晩も続きました。サルドゥーの自宅に呼ばれて、その超人的な仕事ぶりを見た仲間は皆、舌を巻いたといいます。
 その作品ですが「きわめて幻想的なもので、死後の霊が地球を離れ、木星に移り住み、そこでふたたび人間の姿となって生きているところを描いたものであった。いわば天国の美しい生活である。私は、この絵の複製を見たことがるが、たしかに素人ばなれのした、まことに繊細な仕事であった。」(同書から)
 絵心のまったくない私には、ほんのちょっぴりだけ羨ましい「事件」です。

★石の上に現れた顔★
 スペイン南部、アンダルシア地方の山村で農業を営むペレイラ一家でその事件は起りました。
 1971年8月のある日、マリア夫人が食事の支度をしようと煖炉の灰を書き分けると、火床の石の上に絵のようなものが見えます。すっかり灰をはらってよく見ると、それはまぎれもなく等身大の女性の顔です。目、鼻、口や髪の毛、顔の輪郭までがくっきりと描き出されています。
 気を失いそうになりながらも勇気を奮い起こして雑巾をかけても、洗っても、こすっても消えません。
 ふるえながら、夫や近所の人に来てもらいましたが、みんな不審がるばかりです。それからというもの、毎日のように見物人が押し掛けるので、夫は火床の石の上を3センチほどセメントで塗り固めてしまいました。ところが、セメントが乾くにつれ、再び同じ顔が現れたのです。
 記録によると、一家のある辺りは、17世紀まで墓地だったことがわかりました。そこに埋葬されている人物の顔である可能性もあり、結局、セメントをはがして塗り直し、台所の一隅に安置し、花を備えて供養しました。
 それでも、しばらく経つと、塗り直したセメントにはまた顔が出現したといいますから、なんとも執念深い霊(かどうかは分かりませんが)です。
 「スペインの片田舎に、科学者や心霊学者や新聞記者が大ぜい、集まってきて、この奇現象を開明しようと躍起になったが、結局、最後まで謎は解けなかったらしい」(同書から)とのこと。
 その後の経過も含め、ちょっと歯切れは悪いですが、不思議な「事件」です。

 いかがでしたか?いずれ続編をお届けする予定です。
 それでは次回をお楽しみに。