★★★ 芦坊の書きたい放題 ★★★

   
           毎週金曜日更新

第375回 不自由さが生んだポケベル語

2020-06-19 | エッセイ

 いささか古い話題にお付き合いください。1970年代に入って、無線呼び出しサービスと、それを利用するためのポケットベル(以下、ポケベル)と呼ばれる機器が普及し始めました。

 なにしろ当時は、一旦、外に出かけたら連絡手段はなく、どうしてもの時は、こまめに出先から公衆電話で連絡を入れるくらいしか方法はありません。
 そこへ登場したのがポケベルです。自宅とか職場などから、ポケベル番号を回します。電波がポケベルに向けて発せられ、ポケベルのベルが鳴ります。利用者にはポケベル番号を知っている職場の人とか家族とかが連絡を欲しがっているというのが分かって、電話をかける、という仕組みです。

 会社から「持たされる」ことはなかったです。また、出かけている時くらいは束縛されず、自由でいたいと思ってましたから、便利とは思いつつも、結局利用したことはありませんでした。

 普及が加速したのは、1987年に、数字が送信できる機種が登場してからじゃないでしょうか。こちらです。

 連絡して欲しい電話番号を表示させるのが本来の使い方ですが、90年代に入ってから、女子高生を中心に、数字と、限られた記号に工夫を加えて、それなりに意味のある内容を連絡し合うのが社会現象ともいえるブームになりました。

 井上ひさしのエッセイ「ポケベル文法」(「ニホン語日記2」(文春文庫)所収)には、言葉好きの彼が集めた1995年当時の用例(?)がいろいろ載っています。ちょっと懐かしい想いも込めて、ご紹介しましょう。

 まず、基本中の基本として、数字に、日本語の音を当てる「語呂合わせ」です。
 13(父さん)、88(母)、11(いい)、18(いや)、100003-1(万歳)なんてのが挙げられています。
 中には、5643というのも。「ゴム持参」と読んで、「デートには、コンドームを持ってくるように」というメッセージだというんですが、いやはや。

 待ち合わせとかに欠かせない地名。郵便番号や市外局番で表す手もありますが、ここも語呂合わせの出番です。
 428(渋谷)、88(高田馬場)、1393(ちょっと苦しいですが、浅草)のように。
 さて、296はどこでしょうか。ブクロと読んで、池袋です。学生運動はなやかなりし頃、池袋に拠点を置いていた一派を、他派が「ブクロ」と呼んでいたのを思い出します。

 時刻には、117を付けるというアイディアもあります。なぜかお分かりですか?117は電話の時報サービス用の番号だからなんですね。
 19-117-1900は、(午後7時に行く)となります。

 記号も、当事者の間で、約束事として、使われている例があります。例えば、
 ] [ が否定を表すというものです。9494] [(クヨクヨしちゃだめ)のように。そして、文字通り「かっこ」として使う用法があります。
 [ 11 ](かっこいい)、[ ] ] ] ](かっこつけすぎ)、[ 11 ] に否定を表す ] [ をつけて、[ 11 ] ] [ とすれば、(かっこ悪い)というわけです。

 数字を、その形からいろんなものに「見立てる」という技も開発しています。
 000ーは、お団子であり、111は、川のことです。0000は、自動車ですが、00は?
 そう、バイクまたは自転車です。
 男の子のポケベルに、女の子から、1-1と送られてきたら喜んでいいんじゃないでしょうか。
 「エッチしよっ」というメッセージだから、というんですが・・・・

 数字と限られた記号しか使えないという「不自由さ、制約」を逆手に取るたくましさ、アイディア、創造力に感心します。
 その後、文字が送れる「便利な」ポケベルが登場しましたが、もはや彼女たちの創造力を刺激することはなかったようです。時代の流れはケータイへ、そして、ポケベルの一般向けサービスは2019年に廃止となりました。

 いまやスマホ全盛。メールやSNS上では、絵文字も含めてあらゆる文字が使え、写真まで送れる「何不自由のない」時代です。そうなると、問われるのは、創造性とか工夫ではなく、メッセージの「中身」かな、とオジさん的イヤミ半分で思ったりします。

 いかがでしたか?それでは次回をお楽しみに。