星を見ていた。

思っていることを、言葉にするのはむずかしい・・・。
良かったら読んでいってください。

天使が通り過ぎた(4)

2007-11-04 08:50:16 | 天使が通り過ぎた
 私はテーブルに置いてある紙製のコップ敷きを意味もなくじっと眺めてはいじっていた。コップ敷きはくちゃくちゃになった。今日の通彦は機嫌が悪い。そういえば、この間会った時も通彦はあまり浮かない顔をしていた。今日のように仕事の後待ち合わせをして居酒屋で少し飲んで、その後当然通彦のアパートに行くのだと思っていたら、今日は悪いけど、と言ってそれぞれ家に帰ったのだった。でもこの間は通彦が風邪気味だからそうしたほうがいいねと、早めに別れたのだ。1泊旅行のこともあるのでその計画も立てたいと思っていた。一応ホテルだけは予約してあるのだが、あとは何も決めていなかった。

 しばらくするとビールが運ばれてきた。通彦がすぐにグラスに口をつけようとしたので、私は慌てて「ちょっと待って。」と言った。怪訝そうな顔をして私のほうを見たので、私は自分が何か変なことを言ったのかと一瞬思ってしまった。
「ねえ、今日通彦の誕生日でしょう。乾杯しようよ。」
通彦は私の顔を数秒見て、そして「ああ、そうだったっけ。」とまるでひとごとのように答えた。私は今日のデートに誘ったときも、誕生日なんだからと言ったはずだった。プレゼントを何にしようかも何度も聞いたはずだった。それなのに通彦は、たった今私がそう言ったかのような反応をするのだ。

「お誕生日おめでとう。」
少し照れながら言った。「この歳になっておめでとうもないよな。」と言いながらカチッとグラスを合わせると通彦は一気にグラス半分くらいまで飲んだ。
「何歳になる?」
一応お約束だと思いそう言うと、「いいだろう歳なんて。ていうかお前と2つしか違わないだろ。」と素っ気無い回答が返ってきた。私は当然彼の年を知っている訳で、そう言われればくだらない質問だったなと思った。

それから通彦はしゃべりもせずひたすらビールを飲んでいた。私も通彦につきあってビールを注文したが、店の中が空いていてるせいかあまり暖かくなかったのでちっともおいしいと感じなかった。いつもより苦いと感じるビールをちびちびと飲んだ。今日の通彦はなんでこんなに黙っているのだろう、私は自分が何か彼の気に障るようなことを言ったりしたりしたのではないかと考えだした。だが思い当たることは何も無かった。私はいつもと同じように通彦と接していたし、今日の約束も無理を言って取り付けたわけでもなかった。それに、誕生日なのだから、二人で会って当然だと思っていた。

ウェイターが料理を運んできた。二人で黙々と食べた。通彦は芋は嫌だと言っていたがお腹が空いていたのか特に嫌がる風でもなく料理を口に運んで、やや早いペースでビールを流し込んでいた。私たちはまるで何かに急かされて慌てて食事をしている風に見えた。いつもの空気と違っていた。それは通彦があまりしゃべらないからに違いなかった。

「誕生日って、子供の頃どんなプレゼント貰ってた?」
 私はこういう風に、相手と話していて沈黙が長く続くと耐えられなくなる。何か話しをしなくては、とか私は話相手としてつまらないのではないかと悶々と考えてしまうのだ。
「覚えてないな。」
 やはり素っ気無く通彦は答えた。私はその気の無い答えに過剰に反応するように、勝手に口が喋りだした。
「私子供の頃お父さんが本しかくれなくていつもいつも何か他のもの欲しいって言っていたのに本しかくれなかったわ、幼稚園のときは絵本で小学校に入ると偉人伝とか昔話とか世界名作全集とかそういうもの、でも私読書するのがあまり好きでなかったから本は本棚に溜まっていく一方で全然読まなかった、たまには読もうかなと思って本棚から取り出して表紙を眺めるのだけれどあの表紙の絵があまりにもかわいくなくて読む気がまったくしてこなくて、でも全部は読まなかったけれど少しだけ読んだのもあるの、キューリー婦人とかコロンブスとかアンデルセンの伝記とかあと人魚姫とか白雪姫親指姫ヘンゼルとグレーテル不思議の国のアリスとか、あとトラがバターになるちび黒サンボって言うのが大好きだったかないちばん、高校生の頃本棚が狭くなって全部処分してしまったのだけれど今思うと取っておけばよかったよね、あれだけの本きっとお父さんは本好きの子にしたかったのだろうけれどあの頃はつまらないと思っていたから、今だったら読書は大好きなのだけれど。」
 言い終わるとビールを一口飲んだ。ビールは生ぬるくなっていて余計に苦味が増したようだった。
「そうだ。」
 私は雨のせいで皺になった紙袋の存在を思い出した。
「これ。誕生日プレゼント。」
 通彦は受け取ると「ありがとう。」とぼそっと言って中身を見もせずそのまま空いている椅子の上に置いた。私は今日の通彦の機嫌の悪さは、ただの思い過ごしではなくて何かもっと悪いことがある前兆だと、その態度を見て思った。けれどあまり深く考えたくない自分がいた。

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