星を見ていた。

思っていることを、言葉にするのはむずかしい・・・。
良かったら読んでいってください。

天使が通り過ぎた(25)

2008-03-20 18:02:19 | 天使が通り過ぎた
 私が何と答えようかと思案しているうちに、ケンイチさんはぽつぽつと話始めた。
「僕はあまり、何と言うか、あまり口に出して物事を言わないんです。口下手なのかもしれない。それでいつもいつも、女の子と付き合うようになっても、つまらないわねと言われる。あなたは何を考えているか分からないとか、私のこと好きじゃないのでしょうとか。女っていうのは、いちいち言葉に出して言わないと分かってくれないのでしょうね。」
 私はそれについて、何と答えてよいのか分からなかった。それで黙っていた。しばらくの間車は静かに走り続けた。
「私にはケンイチさんは口下手のようには見えませんが。」
 ケンイチさんがかなり長い間次の言葉を言わないので、私は思っていることをそのまま口に出した。
「今まで付き合った数人にそう言われたので、そうなんだろうと思う。」「あなたはあまり話をしないから疲れると。そんなにどうでもいいこと喋ることって重要なのかな。」
 私はケンイチさんの言っていることは、分かるような気がした。私自身、同じようなことを通彦から言われたのだから。
「人によるのではないですか。ずっと喋らなくても苦にならないタイプの人と、そうでない人がいて。私は黙っていることが苦にならないのですが、私を振った人は、お前はつまらないと、もっと色々なことを話たかったんだって、そう言っていました。」
ケンイチさんは相変わらずまっすぐと前を見ていた。運転している最中は絶対横見をしないらしかった。ずっとずっとハンドルの向こう側をじっと見ていた。
「僕は冷たいって言われるんですよ。色々なことを延々と話されて、一体この子は何を言いたかったのかなって思う。で、僕は特にどうともないことを返す。女の子の興味のあることが、僕にとって興味のあることでないのかもしれない。かといって色々な女の子と付き合ったことがないので、そうとも言い切れないのかもしれないけれど。」
 ケンイチさんはどういう女の人とお付き合いをしていたのだろうかとふと思った。
「私、この間振られたことで、自分のどこがいけなかったのかを考えてみたりしたんですが」
 私は自分で、何でほとんど見ず知らずも同然のケンイチさんにこんなことを話し始めているんだろうと、心の中で思いながら言った。
「結局、自分に自信がないことがいちばんの原因なんではなかったかって。こんなことを話して何て思われるんだろう、とか、こんなことを言ったってつまらないと思われるんだろう、とかって、そういうことを無意識的に思いながら相手の反応に過剰すぎるほど敏感になりすぎて、それで身動きが取れなくなってしまったような気がして。」
 そうなんだろうか。自分で話していながらもよく分からなかった。
「だから、あまりよく知らない僕には、こんな風に喋れるのかな。」
 ケンイチさんの発言にどきっとした。的を得ているのかもしれなかった。
「んー。もしかしたらその通りかもしれません。」
 信号付近で少し車が多くなってきた。車が止まってケンイチさんはこちらを見た。
「正直言って、あなたを見たときに、この人は自殺するんじゃないかって思ったんですよ。」
「自殺?」
 私は訳が分からなかった。
「僕がチェックインしているときに、実は僕もあなたをちらりと見たのです。どこかから帰ってきたみたいだった。そしたら、すごい形相で、なんというか、ひと目で訳ありという感じがしたのです。」
 私は昨日散歩から帰ったときの、モーニング姿のケンイチさんをぼんやりと思い出した。だが私が鮮明に思い出したのは、紙袋に入っていた一輪のカーネーションの花だけだった。
「女の人がひとりでこんな所まで旅にくるなんて、と思ったのです。あの近くの、1時間ほど山を行ったところに、有名な滝があるんですよ。自殺の名所が。」
 ケンイチさんはふざけて言っているのか本気で言っているのか分からなかった。
「私、振られたのは確かなんですが、自殺しようとまでは思わなかったです。」「そんなに悲壮な顔つきをしていたんでしょうか、私は。」
「そしたら、今朝、僕が偶然余計なことをしてしまったんで、あなたはまたひどい気分になってしまったと思う。正直、このまま帰して明日の朝新聞にでも載ったら困ると思いました。」
 信号が青になったので、ケンイチさんは顔をまた前に戻した。最後に口角がすこし上がった気がした。やはり冗談なのかもしれない。
「それで私を、こうして送ってくれているのですね。」
 それにはケンイチさんは答えなかった。冗談で言っているのかもと思うと、何だかおかしくなって何故か心がほっと緩んだ。
「じゃあ私は、ケンイチさんにコーヒーをこぼされてよかったかもしれないわ。あの雨の中をバスで帰らずに済んだし、そしておいしいコーヒーもご馳走になれたのだから。」
 そしてケンイチさんに知り合うこともできた、と言おうかと思ったが、私たちはまだ知り合い、とまで言うほどではないんだと思い、言うのをやめた。

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