星を見ていた。

思っていることを、言葉にするのはむずかしい・・・。
良かったら読んでいってください。

天使が通り過ぎた(29)

2008-05-11 14:54:16 | 天使が通り過ぎた
 健一さんとの待ち合わせの駅に電車が到着すると、駅前の木樹に施されたイルミネーションが白く輝いているのが見えた。職場から数駅の場所なのだが、家と職場をただ往復するだけの毎日を送っていた最近の私は、この場所のイルミネーションが今年はこれ程華やかになっているとは知らなかった。年々豪華になっている気がする。

 改札前は待ち合わせをする人でごった返していた。こんなに大勢の人の中から、たった一度会ったきりの健一さんを見つけることができるのだろうかと、少々不安になってきた。ざっと見回してもそれらしい人は居なかった。まだ待ち合わせには10分ほどある。人を掻き分けて改札前の端から端までを一回りした。柱の周りで待ち人を探している人達は携帯でメールをチェックしたりきょろきょろとしたりしていた。あちらの柱からこちらの柱に戻ってくると、ひょろりとした背格好の白髪まじりの人を見つけた。健一さんに違いなかった。

 私が近づいていくとあと5メートルほどのところで健一さんは私に気が付いた。相変わらず穏やかな顔をしていた。スーツの上にダッフルコートを着ているせいか、この間の時よりもいくらか若く見えた。健一さんと目が合うと何故か照れくさくなって、曖昧な顔をしながらそばに寄っていった。

 「こんばんは。」
 「こんばんは。」
 私たちは同時に挨拶をした。多分、端から見たら私たちは普通のカップルに違いなかった。
 「お久しぶりです。シュトーレン、ご馳走様でした。わざわざ送って頂いてありがとうございました。」
 健一さんはニコニコとしていた。その顔を見ていると私がここに来るまでに少しだけ抱いていた緊張感は解消していった。
 「お元気そうですね。だいぶお詫びが遅くなってしまって、申し訳ありませんでした。」
 ゆっくりと健一さんは言った。 
「そんなお詫びなんて。あの時雨の中を送って頂いたし、それにお茶もご馳走になってしまったじゃないですか。」
 私は慌てて返した。あの旅行のことが随分と昔のことのように思われ、またほんのこの間のことのようにも思われた。旅行先でいっとき会ったきり、二度と会うこともないと思っていた人を、こうして前にしているのが非現実的な感じがした。
 「行きましょうか。」
 何となく歩き始めたけれども、こんな日はどこもいっぱいであるに違いなかった。

 駅から10分程あるくと外資系のホテルやショッピングモールが並ぶ一角に出るので、そこに向かう大勢の人の流れに混じって歩いた。途中すぐ先に小さな遊園地があり、観覧車がきらきらと光の色を変え点滅させながらゆっくりと回転していた。その横で回転ブランコがイルミネーションの残像を残して流れるように回っている。こんな日は多分若いカップルがたくさんいてはしゃいでいるのだろう。職場から近いこの辺りはよく仕事の帰りに通彦と来たことがあった。観覧車や乗り物は最初の1,2回はどきどきしながら乗ったけれども、それからはあまり乗り物には乗らず、もっぱら夜景を楽しんだり空いているベンチに腰掛けて海を眺めたりして時間を過ごした。夏の花火大会のときに来たこともある。あの時ももの凄い人でごった返していた。人込みの中を、浴衣を着た私と通彦は手を繋いで歩いた。うだるような暑さと、慣れない下駄のせいで足が痛くなったのもあり、ロマンティックとは程遠かった。けれども、あの時はそれでもとても幸福だと思っていた。あの頃の通彦は最後の通彦とは違って、もっと柔らかで楽しくてそして優しかった。でもそれは、通彦と別れた秋から、さほど前のことではなかったのだと、考えながら思った。そんな通彦との思い出ばかりがある場所を、健一さんと歩いている、そう考えると何か不思議な心持がした。

「すごい人だ。やっぱり今日はね、仕方がないね。」
 健一さんはそう呟いて遠くを見た。でも口調とは裏腹になかなか楽しそうな顔付をしていた。
「そうね。クリスマスだから。こういうところ来たくなるんでしょうね。」
 今年はこんな場所には縁がないと思っていた。こんな日に、例え女同士でこの辺りを歩いても、それは何だか場違いな感じがしないでもなかった。それに女友達は皆、今日は彼と会っているはずなのだ。
 「あの、変なことを聞いてもいいでしょうか?」
 「いいですよ。」 
私は軽い気持ちで、思いついたことを特に下心もなく聞いてしまった。
 「あの、健一さんは付き合っている方はいないの?つまり・・」
 「つまり、こんな日に暇にしているからですか?」
 ずばりと健一さんは言った。
 「そう、ですね。世間の人はきっと今日はデートで忙しいでしょうから。」
 私は言ってから、馬鹿げた質問をしたと思った。
 「まあ、別に今日がクリスマスイブだからと、さして関係もないのですが。今日が「恋人と会う日」て制定されている訳でもないですしね。」
 健一さんはこちらを見ていたずらそうに笑っていた。
 「いえ、そういう方がいらっしゃるなら、こんな日に私と会っている場合ではないんではないかと、そう思って。」
 「僕はひとりですよ。」「もう随分とね。」
 その言葉を聞いてなぜかほっとしてしまった。でもこの時は、ほっとした自分の気持ちに気づいていなかった。


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